恋心と友情は紙一重、三
「……なんや、暑苦しいと思ったら……」
おでこに痛みを感じて飛び起きた。
「痛ったい!」
「色仕掛けとは以外やわ……なーんも知らんような顔して」
山崎さんが頭巾を被って、木の箱を背負った。
白々と明ける空。
「誰にでも抱き付く癖、直した方がいいですよ」
馬越さんが朝日に眩しそうに目を細めた。
久し振りの屯所は、朝稽古が終わる時刻で、八木邸の門を潜ると、味噌汁の臭いが母屋から流れてきた。
近藤局長へあいさつし、山崎さんに正体がバレた事を話した。
近藤局長はしばらく黙りこんで、山崎さんを呼んでくるようにと頼まれた。
前川邸の雑魚寝部屋へ向かいながら、どうしても悪い方へ考えてしまう自分がいて、すれ違う隊士にうつ向いて、顔を見られないようにやり過ごした。
山崎さんへ局長の所へいくように伝えて、救護室へ向かった。
ため息をついて障子を開ける。
「福田、帰ってたのか?」
「沖田さん……」
斬られる!?
縁側で、思わず身構える。
「なあ……お前、井上君の所へ嫁にいくのか?」
「へ?」
「……芹沢局長は絶対にやらんと怒りまくって、幹部以外が妻を持つこと禁止とかいう、妙な決まりを作るのなんの言ってたけど……で、いつ嫁に行く……」
「行きませんよ!手紙出したのに届いてないのかな?」
沖田さんは座って刀を抜いて刃を眺めた。
「そうなのか?そういや、馬越君だけで井上君の姿は見てないな……じゃあ、何しに戻ってきたんだ?」
……山崎さんに女だとバレました
ギラギラ光る刀を見ていたら、首筋が痒くなった。
言えない……怖くて言えない……
「山崎丞に女だと知られたんだろ?」
沖田さんは刀を納めて、ごろりと横になった。
「何で…………」
「お前の事、女だと思うから間者ではないか調べて来ると言っていたからな……」
「……それって、浪士組の皆に言ったの?!」
沖田さんは少し考えて
「俺と土方さんと……あと、誰かいたかな?」
誰かって、誰!?
縁側にしゃがみこむと、銀ちゃんがこんと床に当たった。
誰とかもう関係ないけどさ……
どっちみち私は斬られちゃうしさ……
沖田さんが起き上がってあぐらをかいた。
「だから、お前、嫁に行けばいいじゃないか。井上君なら家柄も良さそうだし、ここにいるよりいいだろ?」
「……そんなの無理に決まってるじゃないですか……」
「どうして?」
本当に腑に落ちないと言う顔の沖田さんに、だんだんと腹が立って来るのは何故かしら?
井上さんは、私のこと弟みたいだと言ったの
嫁にもらうくらいなら浪士組辞めるって言ったの
それに、あんな美人のお姉さんの中へ私がいたら、かなり浮くだろ?
いじめられないか心配だし……
それより何より!
山崎さんが私が女じゃないかと疑ってるのに、何もせずに黙って大坂へ行かせたの?
「そんなに私のこと追い出したいですか!邪魔ですか!嫌いですか!」
胸に入れていたおこしを沖田さんに投げつけた。
「痛っ!……女っていきなり怒り出すよな……訳わからん……」
「沖田さんのばか!」
「ばか?!」
外から笑い声がした。
「お、いきなり兄弟喧嘩か?先生すまないが来てくれるか?」
永倉さんが面白そうに眺めていた。
久し振りに雑魚寝部屋へ上がりましたが…………
「臭っ!!」
思わず発して口を押さえた。
何だ?この酸っぱいような汗臭いような、なんとも言えない臭いは……
「臭いか?」
永倉さんは全然気にならないのか、辺りを嗅いでいたけれど
「何か臭うか?それより、救護班が大坂へ行ってから倒れるやつが増えてな。困ったもんだ」
部屋の奥で布団が二枚敷かれていた。
「近頃の若いやつはすぐへばりやがる」
寝ていた隊士二人が体を起こした。
一人は前に話したことがある佐々木さんだった。
「大丈夫ですか?どんな具合ですか?」
二人とも稽古中に意識を失って、ここへ寝かされたらしい。
また、熱中症かな?
「吐き気がして、めまいが……腹も痛みます」
佐々木さんが答えると、隣の隊士も頷いた。
「先生にはみてもらってないですよね?熱はないですか?」
はかると二人とも三十八度以上もあった。
永倉さんが、体温計を自分もはかりたいと脇にはさんで
「そういや、三日くらい前から何人か倒れたな……気合いが足らないのかと思ってたわ」
「……それって、皆熱があったのでは……」
えっと、風邪の処置をして、明日も熱が下がらなかったら、先生にみてもらうでいいかな……
永倉さんの体温計がピピッと鳴った。
「?何て書いてあるんだ?」
のぞくとデジタル表示で
「39.2……って!凄い熱じゃないですか!!」
「そうか?そういや、何だか頭が痛てえな……」
「寝て下さい!ちょっと皆さん頭冷さないと」
部屋の隅に積んであった布団を広げた。
「臭っ!シーツ洗ってますか?布団干してんのかな?」
外を眺めるけれど、空は曇り空……
次の天気の日は布団干しだな……
「福田さん人相覚えてますか?」
大したことないという永倉さんを、布団へ押し込んでいたら、馬越さんと山崎さんが連れだってやって来た。
紙と筆を渡されて
「大坂の脱走隊士、誰だか分からないでしょう?」
人相書をつくって隊士を当たってみるらしいけど、いざ書くとなると全然似てない。
「……うーん。もう少し目が小さかったかな……」
書きながら山崎さんを盗み見ると、興味深か気に救急箱を眺めていた。
……私のことはどうなったのだろう……
局長はどんな話をしたのだろう……
気になったけれど、ここでは馬越さんも永倉さんも他の隊士もいるし……
「真面目に書いてますか?」
別の事を考えていたら、人相書の口がはみ出ていた。
「すみません!脱走隊士は捕らえろと言われたんですか?」
「人相書を大坂奉行所にも回すそうです。浪士組で捕らえられたらそれが一番良いのでしょうが、今動けるのは俺達ぐらいですから……」
「じゃあ、私達で捕まえましょう!」
「あんたはいらんわ」
山崎さんが呟いた。
…………どう言ったらいいのか
もうさ
女だからダメって言われ続けてムキになって怒るのも疲れた。
さっき沖田さんには怒ったけど……
「おい。新入りさんや」
布団の中から永倉さんが顔を出した。
「うちの先生がいらんとはどういうことだ?」
笑顔で肩肘ついた。
「そのままいらんということです。いても邪魔や言う事です」
「ほう。確かに戦力にはならねえが、いねえと皆無理してこの様だ。そう邪険にすんな」
山﨑さんは何も答えず、永倉さんに頭を下げて部屋を出て行った。
「……ありがとうございます」
一応お礼を言っておこう。
「礼を言うなら、剣の腕上げて俺の稽古相手ぐらいになれ。近頃の若い奴らは…………」
「福田さん早く描いてください。永倉さんも寝て下さい」
馬越さんが永倉さんの話をさえぎった。
大人しく寝ているように永倉さんに念を押して、雑魚寝部屋を出た。
人相書はどうしても似なかったけれど、馬越さんは一番近いのを持っていった。
…………で、私の処分はどうなったのかな……
曇り空でも今日は暑い。
着物も一枚で良いくらい。
ふと、隊士とすれ違い様に、ポニーテールを引っ張られた。
「救護班の女医さんお帰り」
頭を押さえて振り替えると、前に馬越さんとケンカした隊士だった。
……うざい……
今日は疲れてるから無視して行こう
数歩歩くとまた、髪を引っ張られた。
「……何か用ですか?」
睨み付けると、へらへら笑った。
「相方は変わりないか?」
「…………それって馬越さんのことですか?一緒に帰って来たから本人に聞いてください」
歩き出すと着いてきた。
「なあ……あいつ国はどこだ?歳はいくつだ?」
「……知りません。本人に聞いてください」
マジうざい……
「どんな奴が好みだ?」
「女の子なら皆好きです……って!本人に聞いてくださいって!」
怒鳴りつけると、笑うのを止めてため息をついた。
何?その切なそうなため息は……まさか!
「馬越さんのこと好きなんですか?」
返事の変わりに頭を叩かれた!
「ふざけたことぬかすなっ!俺が好いてんのは……馬越を好いてる……!?くそっ!」
もう一度頭を叩かれた!?
「何が一目惚れや……あんな女顔どこがいいんだ……」
文句を言いながら、雑魚寝部屋へ消えていった。
「……なんだ?何で私が二発も叩かれるの?」
「知らんのか?近ごろ噂の小料理屋の小町はん」
振り返ると山崎さんが、袴に着替えて雑魚寝部屋を眺めていた。
着物が違うと、いつもの町人風の雰囲気も違って見える。
「小町はん?」
「隊士には目もくれなんだが……馬越には愛想良うて、他の隊士使こうて色々聞き出しとるみたいや」
「…………そんなの本人に聞いたらいいのに」
「あんたみたいに男の中に平気な顔しておる娘とは違うんやろ?好いた相手にはよう聞けんのや」
「……他の隊士は使ってるのに?」
山崎さんは空を見上げて少し考えて
「……意外に鋭いとこつくな……そんな話はどうでもええ……」
一重の大きな目が細くなって、にこり笑顔になった。
あ、山崎さんが笑顔だと何だか嫌な予感がする……
どっかにもいたな……笑うと不吉な人が……
「芹沢局長に、うちの娘に害をなすなら斬り捨てる言われましたけど……あんたら親子やないやろ?」
笑ってるけど、目が怖いのは気のせい?
「近藤局長に至っては、口外するなら腹を切る言われたわ……沖田助勤と土方副長には、もう言ったちゅうねん……」
「……はい」
何て言ったら良いのか……返事だけしておこう。
「馬越に至っては、女や言うても頭おかしい言われるし……頭おかしいんは、われやボケ……」
山崎さんは笑うのを止めて
「面倒やから、もうあんたには関わらん。女や言うのも知らぬ存ぜぬや。せやから、あんたもわてに関わるな。大坂でも別行動や。ええな?」
ええなと言われても
「それは局長の指示ですか?」
「……へいと頷いとったらええねん。この疫病神」
……疫病神!?
何か言い返そうと悪口を考えてる間に、山崎さんは救護室へ歩いて行った。
「沖田助勤、山崎です」
障子が開いて沖田さんが顔を出した。
「福田さんが女や言う件忘れて下さい。わいがボケとりましたわ。あ、馬越さん。あんたの言う通り、頭おかしいのはわてや」
ぺちりとおでこを叩いて、頭を下げた。
笑顔のままこっちへ歩いてきて、すれ違い様に、ちっと舌打ちした。
それからすぐに大坂へ戻るだろうと、思っていたけれど……
夕刻には、私だけを残して、馬越さんと山崎さんは大坂へ連れだって行ってしまった。
それもこれも、芹沢局長が
「御前試合の景気付けだ」
とか言う飲み会で、私は席を立つことを許されなかったから……
時間が経って人がぽつぽつ減って、私も沖田さんが部屋を出たのに続いた。
「福田くんどこへ行く?」
芹沢局長に止められたけれど
「すぐ戻ります!」
と、八木邸の門を飛び出した。
お酒の匂いから解放されて、夜空の下で深呼吸した。
今日も星は見えない真っ暗な空だ。
「福田も上手く逃げ出したか」
藤堂さんも八木邸の門を潜ってきた。
「芹沢局長、今日はご機嫌だな。福田がいるからかな?お前お気に入りらしいぞ」
向かいの前川邸へ歩きながら、藤堂さんが肩を組んできた。
「救護班が大坂へ行ってから、芹沢局長は無理なことやらかすし、近藤さんはふんぞり返って何考えてるのか分んねぇし……何だかなーって感じだったけれども……」
こつりと頭をくっ付けた。
「今夜の酒は楽しかった!福田ー!」
ごりごり頭を動かした。
「……ちょっと痛いです……藤堂さん……」
「よし!このまま遊びに行くか!」
「行かないです!もう遅いから寝ますよ!ごりごり痛いからっ」
「痛くない!お前大坂行かないでずっと壬生へいろ!俺の組に入れてやるから!」
「え?」
頭をごりごりされながら、最近は出ていけだの、斬るだの、関わるなだの言われていたから、その言葉は胸にじーんとした。
女だと知らないからだとは分かってるけど……
「それで異国が攻めてきたら、お前は一番に死ぬな……弱いからな……やっぱりいらねえか?使えないしなー」
藤堂さんは笑いながら頭を離した。
「死んだら姉ちゃん紹介してもらえねぇしな……」
「……だから、何度も言ってますけど、姉ちゃんはいません」
「お前ほっぺたガキみたいに柔らかいなー」
いきなりぐりぐりがほっぺたすりすりに変わった。
「止めてください!酒臭っ!酔っぱらい!!」
横を隊士が笑いながら歩いて行った。
急に藤堂さんが誰かに後ろから引っ張られて、離れた。
「お!救護班!お前も壬生へいろ!」
馬越さんが藤堂さんを胸に抱えていた。
「福田!あ、いたいた!芹沢局長がお呼びや」
佐伯さんが手招きした。
えー嫌だな……
馬越さんと目が合うと、藤堂さんを地面へ置いた。
「馬越さん……大坂は?」
「芹沢局長がお呼びなのでしょう?行きましょう」
先に八木邸へ入って行った。
もう今何時だろう?
気を抜くと、眠ってしまいそうになる……
芹沢局長は私にお酒を飲ませることはしないけれど、酌をさせたいみたいで、何度も席を立とうとしたけれど
「どこへ行く?」
と、腕を引っ張られて正座をさせられた。
野口さんも苦笑しながら、とっくに部屋を出ていったし、佐伯さんもいつの間にかいない。
新見局長ですら、戻って来ないし……
いるのは、近藤局長と土方副長、山南さんに井上源さん。
後から参加させられた馬越さんに、芹沢局長の取り巻きの……名前忘れた隊士が二人……
「福田君の酒は……上手い……なあ、近藤局長よ……ち……やな……ははは……」
もう、何言ってるから意味が分からない。
近藤局長も酔っているのか、目が半分しか開いてない。
後ろで山南さんと源さんに、馬越さんは飲まされてる。
あんなに飲んで大丈夫かな?
いつもの無表情で、茶碗に注がれた酒を一気飲みしてるけど……
ああ……眠い…………
瞼が重い……
持っていった徳利が畳を転がって、畳に染みを作った……
「福田さん」
名前を呼ばれて、体がびくりと痙攣した!
「はい!お酌ですね!」
側にあった徳利を取った。
馬越さんが目の前にいるだけで、部屋には誰もいない。
転がった盃や茶碗はそのままだ。
「俺が酒を取りに行っている間に、芹沢局長を運んで行かれたみたいですね」
茶碗を差し出した。
「……まだ飲むんですか?」
「残ってるのもったいないではないですか」
茶碗一杯に注いで、立ち上がると目眩がした。
眠いの限界だ。
部屋を片付けないといけないかな……
畳に転がった盃を拾うたびに頭がくらくらした。
正座して茶碗を拾った姿勢のまま、膝に顔を埋めた。
もう無理……寝る……
「……よくそんな格好で寝ますね」
馬越さんの呆れた声が聞こえたけど、もう寝るんだから!
「運べるか?」
「手伝おうか?」
「……起きろや…………」
時折声が聞こえるけど、目が開けられない。
カエルの鳴く声。
肩を支えられて、外へ引きずられた。
「沖田さん。福田さん置いておきます」
板の上に寝かされた感触が背中にした。
少し寒い……
「沖田さん……寝てるのか…………」
馬越さん何か困ってるの?
頬に温かい手が触れて、額の髪を払った。
「…………気持ち悪い……男や……」
首がくすぐったくて、目を開けた。
十センチの距離で見下ろしてる馬越さんの目が見開いた。
しかし可愛いよね
馬越さんは……………………………………ん?
首に掛かっていた両手が襟に滑り込んできた。
そのまま襟がはだけた。
胸に触れた手に二、三度揉まれた……
ひっ!と喉が鳴ったけれど、馬越さんを見つめたまま動けなかった。
馬越さんも見下ろしたまま動かないし……
「……なんや俺おかしくないやん」
とびっきりのキラキラ笑顔でいきなりハグされた。
「わっ!馬越さん何するんですか!!」
抱き起こされて、もう一度ハグされた。
「おかしくない……よし!」
キラキラ笑顔で頷いて、ふらふらと雑魚寝部屋へ歩いて行った。
開いた襟を押さえて、胸の柔らかさにびっくりした。
大坂へ行ってから、娘の格好をするからと、カチカチにさらしを巻かなくなっていた。
「……しまった……ブラしかしてなかった……」
ああ……もう終わりだ……斬られる……
救護室の障子を開けて、沖田さんの布団へ足の方から潜り込んだ。
「わっ!福田が驚かすな……何してんだ?」
「……何も聞かず眠らせて下さい……もう……」
「ふざけるな……布団自分で敷け」
「限界です……」
精神的ショックで
胸見られたのも……触られたのも……女だとバレたのも…………
もう……何もかもが眠たさには勝てなくて
沖田さんの文句も子守唄に聞こえた。
「おはようございます。永倉さんがもう起きてもいいのかと朝からうるさいのですが……」
……眠い……まだ全然寝てない……
朝日が眩しくて布団から顔を出すと、無表情の馬越さんが竹刀を持って部屋へ上がってきた。
「おはようございます……熱はからないと……」
布団の中でよれよれの袴と着物を整えた。
整えながら昨日胸を揉まれたのを思い出して、どうしたら良いのか今になって動揺してきた。
「早く行かなければ、竹刀を持って稽古に出そうでしたよ」
馬越さんの声はいつもと変わらず無愛想だ。
布団を頭にかぶったまま
「…………あの、昨夜のことですが……」
勇気を出して聞いてみた。
「…………俺何かしましたか?妙な夢を見たような気がして……」
布団から顔を出して馬越さんを見ると、目をそらした。
「…………夢って何?」
馬越さんは急に立ち上がって、鴨居に頭をぶつけた。
そのまま障子を膝で破いた。
明らかに挙動不審だ。
男だと思ってたんだから、そりゃあ驚いたよね。
「ごめんなさい……」
嘘をついていて
「……謝られるようなことをしましたか……俺……」
「いえ。謝るのは私が女だと……」
「思って抱擁したのは覚えてます……気持ち悪いわ……俺……酔って訳分からんようになったことなんてないんけやどな……あかん……」
ごんと柱に頭をぶつけた。
「大丈夫ですか?」
「あのおっさんのせいや……女や女や言うからっ、男や言うとるのに妙な夢を見るんや……見た目女でもついとるもん見たら……」
ぶつぶつ柱に頭をぶつけながら、何か言ってたけど、振り向いて
「ちょっと脱いでくれますか?」
真顔で竹刀をこっちへ向けた。
「……ふざけるな……昨夜は胸を揉まれて、今日は脱げだ?」
それだけでもどんなに恥ずかしかったか!
「……あれって夢ではなかった……?」
向けられた竹刀をつかんで奪い取った。
「変態!」
面を狙って飛び起きると、右にかわされた。
「危ないな……」
「デリカシーのない奴!セクハラ!」
胴を狙うと素手で竹刀を掴まれた。
そのまま後ろに突き飛ばされて、襖に背中をぶつけた。
「ほんまムカツク顔や……やるかこら……」
馬越さんの方を見たまま、転がった竹刀を握って、後ろ手で背中の襖を開けた。
ちょっと本気で怒ってない?馬越さん……
でも悪いの馬越さんじゃない?
一歩ずつ下がりながらどうしようかなと思案した。
馬越さんは沖田さんの羽織の掛かっていた物干し竿を取って構えた。
ヤバイ……武器を持たれたら敵うわけないじゃん!
物干し竿が落ちてきて、竹刀で受け止めた。
押されて壁に肩をぶつけた。
喉に物干し竿を突き付けられて、顎を上げられた。
「……相手にもならない」
無愛想な顔が鼻で笑って見下ろしていた。
悔しい……悔しい……悔しい…………!
竹刀を振り回すと何処かに当たったらしく、馬越さんが膝をついた。
「……あほ……勝負はついたやろ…………」
「油断大敵!」
馬乗りになって竹刀を喉に突き付けた。
「私の勝ちですよね?」
「急所狙っといて勝ちもあるか……汚ない奴……」
「急所?」
竹刀を横に置くと、胸を捕まれて体がぐるりと回った。
いつの間にか形勢逆転…………
「油断大敵って奴ですね……では、脱いでくれますか?」
「変態!変態!!変態!!!」
「…………俺も男の裸なんか見たくはないのですが」
「はあ?男じゃないって知ってるくせに!もう馬越さんとは絶交だから!!」
目の前に煌めく刃が出現した。
「……離れてもらいますか」
井上さんが馬越さんの肩に手を乗せた。
馬越さんは井上さんを睨み付けたまま、手を離してあぐらをかいて座った。
私も両手を挙げたまま身体を起こして正座した。
井上さんは刀を納めて息を吐いた。
「何事ですか?この有り様は?」
部屋を見渡すと、襖は破れて外れているし、障子はもちろん破れて、庭へ一枚は落ちていた。
沖田さんの羽織は投げてあるし、布団もぐちゃぐちゃに部屋の隅へ飛んでいた。
「もう一度聞きます。何事ですか?」
井上さんは馬越さんを見下ろして問う。
馬越さんは井上さんを見上げて
「俺、頭がおかしいみたいです」
そう言ってこっちを見た。
「福田さんがもう女にしか見えません」
井上さんの口が、は?と開いた。
「だから脱がして男だと頭に叩きつけようかと」
…………こいつは本当にアホなのか…………
「一つ聞きますが……」
井上さんも正座した。
「福田さんの事を……その……好いているのでは……」
え?!そうなの!
馬越さんと目があって顔が熱くなった。
どうしよう……私は友達としてしか……
「いや、例え女でもこれはお断りします」
「!?これって何?!」
「……そうですね」
井上さんもそうですねって何!?
ちょっとそこまで言わなくても……泣きそう……
「だからさっさと脱いでください」
いやいやいやー!無理だから!!
「脱げば良いだろう?」
外れた障子を拾って、沖田さんが縁側に上がってきた。
「それで、馬越君が福田を貰ってくれれば事は全て丸く収まると!下……はまってるか?」
井上さんが立ち上がって、手伝って障子を下の溝にはめた。
「いりませんけど」
馬越さんも立ち上がって、外れた襖をはめた。
「そりゃあひどいな馬越君。脱がしておきながら」
沖田さんが部屋を見渡して
「井上君にも断られて、やっぱり斬るしかないかな……俺の刀どこへやった?」
斬る?刀?!
逃げないと!!
「あの、沖田さん。先程から、貰うだ斬るだと言われてますが、何の事だか俺にはさっぱり分からないのですが……どこ行くのですか?片付けて下さいよ」
部屋を出ようとすると馬越さんに襟を引っ張られた。
「何って……福田の処遇だよ。ここにいられると迷惑だから、誰か貰ってくれないかと……局長が許してくれないからな……追い出すの……」
沖田さんは腰に手を当てて
「何で女なのに男のふりさせてまで置くんだろうな?」
「沖っ!」
井上さんが言いかけて、額を押さえて目を伏せた。
……沖田さんのばか…………馬越さんは…………
「知らなかったのに……」
呟いて後の馬越さんを見た。
可愛い目をぱちぱち何度か瞬きした。
「…………え?知らなかったのか?女だと……」
馬越さんがふと笑った。
「何をあほな事を……俺のこと担ごうとしてますか?」
馬越さんの両手が襟に掛かって、思いきり左右に引っ張った。
「ほら!男やない……です…………ね……え?」
ピンクのお気に入りのブラの上から…………胸を揉まれた。
「……なんや、本物みたいですけど……よう出来てますね。さわり心地もええし……」
…………胸を揉まれてる……ちょっと痛い……
沖田さんを見ると、目がくるりと回った。
「……馬越君。それ本物」
「また俺を騙そうとして……」
思いっきり息を吸い込んで叫んだ!
「きゃああぁぁぁぁああぁーーーーーーーーー!
!!!!!!!」
ぐーで馬越さんの可愛い顔を殴って外へ飛び出した。




