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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
34/54

Go!大坂二

近藤局長に会い、きちんとあいさつをして、壬生浪士組を出て行く




たくさん泣いて決めたのに…………




「怪我の具合はどうだ?」


めずらしくにこやかな土方副長に八木邸の門前で声を掛けられ、そのまま救護室に逆戻りした。


「使いで大阪へ行ってくれるか?何分上覧試合や下坂の支度で隊士も足りねえ。暇なのお前くらいだろ?」


返事に困っていると、馬越さんが救急箱を持ってやってきた。


土方副長は、馬越さんを見つめて


「…………知ってるのか?井上君のように?」


「はい?」


二人で同時に返事をして、顔を見合わせた。


「何のことでしょうか?」


真顔な馬越さんの質問に、ああとこぼして


「しばらく救護班は閉鎖する。二人で大坂へ行ってくれるか?こいつ一人だとどうも…………」


言葉を切ってこっちをみつめた。


「お断りします」


馬越さんは副長の頼みをあっさりと断った。


「行くなら私一人で行きます。その方が何かと円滑に事が進むと思います」


「……まあな。それはそうだが…………」


副長はしばらく考えて


「分かった。大坂には馬越君に行ってもらう。福田君は別の用件を頼む」


それからすぐに馬越さんは大坂へ使いに行ってしまった。



「そうか馬越君は福田君のことを男だと思っているのか……」


土方副長に連れられて、屯所を出て西の方へ歩いた。


しばらくすると南に折れた。


副長はほくそ笑んで


「して、まだ出て行く気か?」


「……だって私がいたら迷惑でしょう?近藤局長に迷惑かけたくないんです…………」


「そうか。なら話しは早い。娘に戻って働く気はないか?」


副長はふいに立ち止まった。


そこは町の入り口で、立派な門が迎えてくれた。


「噂だが、家茂公のお命を狙う輩がいると会津も目を光らせているらしいが、京のやつらは長州や志士贔屓でな……」


副長は門をくぐった。


後に続こうとすると


「お前はそこまでだ。それで働き口というのがここ花街なんだが……行けるか?」


花街?


多分……女の人がお客さんをとるあの花街だよね?!


「……島原とはここでしょうか…………」


「ああ。お前の気にしていた島原だ。ここへ潜り込んで志士とか言う輩の動向を……」


聞き終わらないうちに、回れ右して来た道を全速力で逃げ出した。





初めて沖田さんとケンカして出て行こうとしたとき、土方副長が島原の話をしていた。


沖田さんが口ごもってしまったのは、島原がどういう所か知っていたからだ。


屯所の近くの壬生寺の近くまで走って、よろけて地面に座り込んだ。


もう走れない…………


何で私がそんなところへ行かされるの!?


「土方副長のバカ!」


荷物をまとめて早く出て行かなければ!!


「お雪さん?」


声に体がびくりとした。


振り返ると公事宿で会った芝様と他に二人のお侍が見下ろしていた。


慌てて立ち上がって袴を払った。


……どうしよう…………ごまかさないといけないよね?


いや、もう出て行くからそんなことしなくてもいいのかな……


「覚えてないですか?芝です。公事宿でお会いした。また、なんぞそんな格好して?」


どうしよう!?


「これは芝殿。浪士組に御用ですか?」


土方副長が間にゆっくり入ってきた。


「はい。上覧試合のことで参りました……お雪さんにはすっかり忘れて去られていたようですが……」


副長はちらりこっちを見て


「お雪?ああ……これの双子の妹のことですか?」


「双子!こりゃ驚いた……瓜二つで。声をかけても怪訝な顔されるわけだ」


芝様は楽しそうにこっちを眺めた。


とりあえず頭を下げとこう。


「福田君は救護室で隊士が待っていたよ」


土方副長にも頭を下げて……とりあえず救護室へ戻った。





「あ!いたいた先生!」


前川邸の門の所で、佐々木さんに呼び止められた。


「永倉助勤に呼んでこいと言われて」


「私は先生じゃありません。医者でもないし……」


「早く来て下さい!先生!」


違うってば…………でも、とりあえず佐々木さんの後をついていった。



「だから!熱中症ですから!!」


ほら、また隊士がぶっ倒れたんでしょう?


「水なんか飲むな!これしきの暑さでたるんでるだけだ!」


「何時代のスポ魂アニメですか……こまめに水分補給は常識です!その考え古いですから!熱中症で死んでしまう人だっているんですよ!どうするんですか?そんなことになったら!!」


とりあえず救護室へ運んでもらって、体を濡れた手拭いで冷した。


そういえば救急ガイドブックに、経口なんとかっていう飲み物の作り方が載っていたような……


パラパラとガイドブックをめくりながらふと顔を上げだ。


「出ていくって決めたのに……私何やってるんだろう…………」


倒れた隊士が額にのせていた手拭いを取って体を起こした。


「大丈夫ですか?」


隊士は部屋を見渡してうなずいた。


「お名前を教えてください」


患者リストに手を伸ばすと、痛めていた肩をつかまれた。


「痛っ!」


「……あんた馬越のなんや?」


そっぽを向いたままぼそり質問した。


「なんやと聞かれても……同じ救護班ですけど……?」


「仲ええやんか……」


「そうですね。仲良くしてもらってます……多分……」


ケンカもしますが……


「あいつ……好いたやつおるんか?」


「さあ……女の子にはめっちゃ親切ですけど……彼女とかは恋人はいないんじゃないかな……」


隊士は黙ってうなずいた。


「それが何か?」


「いや、何でもない……世話になった」


隊士は慌てて部屋を出て行った。


何だろう?


誰かに聞いてって頼まれたのかな?


馬越さん顔かわいいもんね。


もてそうだもんね。


頭の中変態だけどね…………


「あ!名前聞くの忘れた!!」






そんなこんなで夕方になり、沖田さんが救護室へ戻って来た。


「…………お前まだいたのか?」


「いましたけど何か?こっそり出て行っても良かったんですけど、誰かがやめてくれ~って懇願するから」


「土方さんに勤め先紹介してもらったろ?」


「してもらったけど!……嫌です。て言うか無理!」


沖田さんは刀を置くと横になった。


「まあ、お前に女中は無理だろな。井上君ならまだしもお前には細かい気配り丁寧さが欠けてるもんな……」


「女中?私島原で女中するんですか?芸者さんとかお客さんとるんじゃなくて?」


「……誰がそんなことしろって?!」


「いえ……誰も言ってません…………」


…………勘違いしてた……


そうだよね。土方副長がそんなことしろなんて言わないよね……


そういえば志士がどうとか言ってなかった?


「福田に密偵は無理だと思うんだけどな……」


「みってい?」


「島原とか花街に来る志士の情報を探って報告するんだよ。見つかったらそれこそ……なんだった?」


ここへ来た時に藤堂さんに言われた。


「拷問して吐かせて奉行所へ突き出す……」


「あ!それだ。最後は違うけれど」


「やっぱり無理!絶対無理!!何で私がそんなこと…………」


沖田さんが小馬鹿にしたように笑って目を閉じた。


「だから早く国へ帰れ」


お前にはここは無理だから。




一人部屋を出て、お梅さんの店に向かった。


また近藤局長に断わってないけれど。


そう。最初から無理だったんだよね。


思想も価値観も全く違うし。


浪士組の為なら、人も殺してもいいし、お金だって無理矢理取り立てる。


空は赤くて、大きな鳥が一羽、西の空から羽ばたいて頭上を横切って行った。




お梅さんの店の前で、男が二人何かを踏みつけていた。


一人は商人風で、もう一人は袴に刀を差していた。


近づくとそれが店ののれんだと気付いた。


道行く人は遠巻きに見て見ぬ不利をして過ぎていく。


「何してるんですか!?」


声を掛けると、店の中からお梅さんが無言で手をしっしと振った。


困った笑顔で、口パクで帰りなさいと……


「どこぞの妾のくせして生意気な!何や?どこの武家さんか?」


「こんな若い男までたらしこんでやらしいわ」


かっと顔が熱くなった。


「あんなアバズレ女の飯なんか梅毒がうつるわ!」


蹴り上げたのれんが足元にふわり舞って落ちた。


ひどい……


酔っているのか浪人風の男がふらふらこっちへ歩いてくる。


「で、あの女と寝たんか?いくら払った?とうは立ってるがええ女やもんな」


何でそんな事言えるんだろう。


悔しくて睨みつけていると、男に胸ぐらを掴まれた。


「何とか言いや……かわええ面してやることやっとんやろ!」


男の腹を蹴って、銀ちゃんに手をかけた。


「おい!その辺でやめとけ」


もう一人の男が店の外に出てきたお梅さんを後ろから羽交い絞めにした。


袷から胸に手を入れた。


腹を蹴った男に頬を殴られて、地面に尻もちをついた。


お梅さんは抵抗もせずに、


「……早よ逃げて」


悲しそうに微笑んだ。



…………知ってるけどさ。


思想も価値観も全く違うって。


だけど今起きてるこれって、悪いことなんじゃないの?


女の人を侮辱するような言葉と行動。


島原にいたからこんなことされるの?


酷いこと言われても普通なの?


お梅さんがなんか悪いことしたの?!



銀ちゃんを抜いて、目の前の男に突きつけた。


ゆっくり立ち上がる。


一歩踏み出すと男も一歩下がって刀に手をかけた。


お梅さんに触れていた男も慌てて離れた。


「なんや。そんな危ないもん抜いて……」


「……もう。こんな夢うんざりだ…………」


銀ちゃんは冷たい冷気を放って、本当にぞくぞくするほどきれいだ。


「いいんですよね?殺しちゃっても切り捨て御免で許されるんですよね?」


稽古で習った構えを取る。


切っ先は喉元へ向ける。


相手もゆっくり刀を抜いた。





「何だ?福田も隅におけんな。美人を守って決闘とはな」


原田さんが間に入ってきて、その後ろでまささんがお店ののれんを拾った。


「まさが一大事っていうから来てみりゃ……邪魔したな」


まささんが原田さんの袖を引っ張って


「このお人ら、お梅はんしつこう言い寄ってん。相手にされんと暴れて……」


「ほー。袖にされてな。お前らそれは格好が悪すぎるだろ。よし、二対一か……」


原田さんは刀を抜いて


「助太刀だ。文句ねえな?」


返事をする前に、目の前の浪人へ向き直った。


男二人は後ずさって何かつぶやいて逃げて行った。


「何だ。ただの冷やかしか?…………おい刀納めろ」




原田さんを見上げると、涙がこぼれた。


「何でですか?こんなひどいことされるんですか?それが普通なんですか?」


原田さんは答えず口をつぐんだ。


「もううんざりだ…………」


刀を上手くしまえなくて、刃先に触れて親指に血が滲んだ。





お店の机に突っ伏して目を閉じた。


まささんと原田さんはとっくに帰ってしまって、一人お梅さんに連れられてお店の机に顔を伏せて泣いていた。


「今夜は店じまいや。お客も驚いて帰ってしまったし」


甘い香りがする。


「あんなんどうってことない。もうあんな危ないことしたらあかん。おばちゃん肝が冷えたわ」


顔を上げると、目の前にぜんざいが二つ置いてあった。


「怖かったわ。お雪ちゃんにもしもの事があったらどないしよ思て……顔も青くなって……」


お梅さんが濡れた手拭いを左の頬に当ててくれた。また涙が浮かんできた。


「…………だってひどいです。お梅さんの事ひどいこと言ってた……」


「あんなの!無視したらよろし。相手する方があほや。おまさちゃんが左之助はん呼びに行かへんかったら、お雪ちゃん斬られてたかもしれへん。分かってる?」


頷いて急に怖くなってきた。忘れていた肩がずきりと傷んで、殴られて切れた口の中に血の味が広がった。


「もう、泣かんとお食べ!……それで浪士組にはまだおるん?」


ぜんざいは甘くて、涙のしょっぱさとちょうど混じりあって喉を落ちていった。


「…………浪士組は私には無理だって。他のお仕事紹介してもらったんですけど……」


密偵なんて出来ないよ。


「どんなお仕事や?」


「……女中のお仕事です。島原で」


お梅さんはうーんと唸って


「そうか……そうやな……でもおばちゃん心配やな……お雪ちゃん世間ずれしてへんから、変な男にころっと騙されるんやないかと…………」


「無理ですよね。やっぱり。私どうしたらいいんだろう」


お梅さんがふと入り口の方を向いて頭を下げた。


「今夜は早よう閉めました。またよろしゅうお願いします」


振り返ると、沖田さんが入り口に立っていた。


「迎えに来ました。帰るぞ……」


それだけ言って外へ出て行った。


お梅さんに今夜は帰りと促されて店の外へ出ると、沖田さんは背を向けたままゆっくり歩き出した。


少し距離を取ったまま後をついていく。


畦道に入ると真っ暗で、足元も見えなくなった。沖田さんの後ろ姿も、もうとっくに見えなくなっていた。


空にも星は無くて、蛙の鳴き声しか聞こえない。


何度か草にけつまずいて、真っ暗な中でため息ついて立ち止まった。


遠くに赤い光が見える。


島原ってあっちの方角だったよね。


「……やだな……島原……島原行くなら、浪士組にいたいな……でも、近藤局長に迷惑かけるのはもっと嫌だし……」


ため息が出る。


一寸先も闇。


まさにその状態だ。


「早く夢なら覚めてよ……」


「そんなにいたいのか?浪士組に……」


「!?きゃー!!!!」


いきなり闇から浮かび上がった沖田さんの顔に驚いて、そのまま田んぼへ転がり落ちた。







全身泥まみれで、頬には殴られたあと。右肩は前から傷めていたけれど…………


近藤局長はしばらく茫然自失でこっちを見たまま、八木邸の玄関で固まってしまった。


「風呂入れば?」


沖田さんの言葉に、近藤局長もようやく頷いた。





お風呂から上がって救護室へ戻ると、近藤局長の声が中から聞こえてきた。


「……わしのせいだな。わしが不甲斐ないばかりに、福田くんはここへ居づらくなってしまったんだな……」


違うから!近藤局長のせいじゃ!!


縁側に手をかけて障子を開いた。


「私が悪いんです!女なのが全部悪いんです!!近藤局長のせいじゃありません!だから……」


出ていきます……の一言が喉に突っかかって言えない。


ここは夢だけど、私はここ以外何も知らない。本当は、他の場所は怖いし心細い。


公事宿だって、井上さんがいてくれたから何とかやっていけただけで、一人だったらどうなっていたのか分からない。


攘夷だとか勤王だとか、みんなみたいに思想もないけれど……人を殺してまで浪士組を守るなんて、絶対出来ないけれど…………


「近藤さん、もしこいつが女だと露呈しても、近藤さんは知らぬ存ぜぬを貫けますか?間者だと斬れますか?」


沖田さんが淡々と問う。


「こいつをかばって、浪士組を手放したりしませんよね?甘いんですよ……福田もみんなも……皆揚げ足を取ろうと企んでんのに、殿内さんみたいに、斬られたくはないでしょう?」


近藤局長の顔が恐ろしくひきつる。


「俺はいつでも、こいつが邪魔になるなら斬る覚悟ですから……それでも」


「総二郎……すまないな……」


近藤局長は呟いて沖田さんの頭を撫でた。


「お前にまでこんな辛い事を言わせて」


沖田さんがびくりと肩を震わせた。


「皆で一緒に浪士組を作って行くのは、無理なことはわかっている。国は違えど同じ志があれば分かり合えるのもまた笑止……」


近藤局長はこっちを見て


「福田君、わしは偉くならなくてはならない。このままでは何も守れん。多摩の仲間も福田君のことも……浪士組も」


局長の言葉に頷いた。


だから私はここにいない方がいい……


そうだよね?近藤局長…………


「わしには福田君を斬ることは出来ん。しかし、救護班としてここへいて欲しい……甘いなわしは……」


沖田さんの頭をぐりぐり撫でた。


「近藤局長!」


深呼吸して畳に手をついた。


「今までありがとうございました。私……国へ帰ります」


今、ちゃんと上手く笑えてるといいな……











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