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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
32/54

隊士募集中六

新選組の夢を見るせいか、昼間眠くてたまらない。


夢だって、すべてを覚えているわけではない。


起きてしばらくすると大部分を忘れてしまっている。




ケガをしてから裏方に回った。


放課後、体育館の舞台裏で、日本刀のほつれた飾り紐を新しい紐と交換していた。


あたりまえだけど銀ちゃんに比べると軽い。


すらり鞘から抜いてみる。


沖田さんが言っていた間合いを思い出した。


片手で持って腕を真っ直ぐ伸ばす。


けっこう遠くまで届くよね……


立ち上がって刀を戻す。


刃が左手の親指の付け根に当たった。


真剣だったら切れてた。


「私、赤い飾り紐がいいな!」


浅葱色のだんだら羽織の久美ちゃんが舞台から走ってきた。


びっくりした。


また夢見てるかと思った。


「う、うん。沖田君は赤ね!」


「テスト全然ダメだったー!睦月は数学良かったんでしょう?」


「うん。中学の時の復習みたいだったから助かった……」


「殺陣もまだ自信ないし……今日剣道部はお休みみたいで誰もいないんだよね」


久美ちゃんは幕の横から体育館を見渡した。


「ほら、土方充君が女の子に囲まれてる……」


本当だ。


だんだら羽織の充は女子に囲まれてスマホで写真撮られてた。


「あれは充目当てじゃなくて、新選組が好きなんじゃないの?」


「……だったら、他の先輩でもいいじゃん。ほら!永倉の立山先輩だっているじゃん」


充の周りの女子が邪魔で、体育館の入口であたふたしてる。


「永倉さんて隣の柴犬みたいだよね……」


夢の永倉さんを思い出してつぶやくと久美ちゃんが


「はぁ?どうみても、ゴリラでしょう?」


あんた……立山先輩に謝れ!


久美ちゃんの頭に突っ込みをいれた。





「何をするんだ……福田…………」


どついた頭がこっちを向いた。


あぐらをかいて座っていたのは!

柴犬そっくりな永倉新八さん(夢バージョン)!!!!


「す……すみません!!!!!間違えました~!!!!!」


朝の稽古中だ。


隊士が一斉にこっちを見た。


「誰と間違えんだ?そこの竹刀取れ!」


笑顔が怖いんですけど……永倉さん。


どうしようかとおろおろしていたら、視界に竹刀が現れた。


「どうぞ」


無表情の馬越さんが横から竹刀を差し出した。


おのれ……余計なことを!


その可愛い顔に面を入れたい!!!




四半時後……いや、その半分も経っていないけど……


いつものように、地面にへばりついていると


「福田……お前馬鹿正直だな……ここへ打ち込むって分かりすぎるぞ」


永倉さんが頭上で楽しそうに笑う。


「あいつなんか、何考えてんのかさっぱり分かんねえ」


永倉さんの視線の先で馬越さんが沖田さんにこてんぱに打ち込まれていた。


沖田さんの事?馬越さんの事?


「……井上は竹刀止めるしなぁ……なんかあったのか?あいつ」


「……よくは分かりませんけど……」


もしかして、お姉さんの許嫁を斬った事と関係あるのかな……?


「そういや、井上見かけねえけどどうした?」


「え?大坂に隊士募集に行かされたんですよ?」


永倉さんはふーんと少し不機嫌になって


「最近は何でも上で決めちまうからな……俺らは蚊帳の外ってわけだ……」


「?永倉さん…………」


「何でもねえ……さて、飯だな!今朝はなんだ?」


「めざしです」


「また、めざしか!あ、お前意外と腕が長いから、沖田に突きでも教えてもらえ!」


柴犬みたいに笑った。





お梅さんから聞いた、馬越さんの両親の話は黙っておくことにした。


……ていうか、なんかわざわざ「聞いちゃた~」みたいに軽く話していいのか迷うし。


沖田さんがあくびをしながら、救護室に入ってきた。


公事宿から戻ってきてから、夜居たためしがない。


いつも夜中や明け方に帰ってくる。


「……沖田さん、つかぬことをお聞きしますが……」


沖田さんは面倒臭そうに刀を置いて、畳に横になった。


「毎晩毎晩どちらへ行かれてるんですか?」


馬鹿丁寧に聞いてみた。


「別に……どこでもいいだろう……」


「そ、それはそうなんですけど!体壊しますよ!」


沖田さんは肩肘立てて目を閉じた。


「……別に遊び歩いてる訳じゃないぞ。芹沢さん達のお供で、見識を広めてるわけで……」


「見識?どこで広めてるんですか?」


「……別に好きで行ってる訳じゃないから……とか……」


「え?どこ?」


沖田さんは寝返りうって背を向けた。


「どこでもいいだろう……」


…………あやしい……


芹沢局長のお供って……飲み屋さんとかかな?


最近朝稽古で芹沢局長を見掛けなくなったし……


でも、飲み歩くお金浪士組にあるのかな?


ふと、ある単語が口からでた。


「島原」


沖田さんの背中を見つめた。


「行くお金はないですよね?」


返事がない……


「沖田さん?」


「……島原って言っても、酒飲むだけだったり飯食うだけも出来るんだ……置屋から芸妓呼んだりする店だけじゃないし…………」


「……ふーん。そうなんだ」


「そうなんだ」


ざあっと雨が降りだした。


「……で、何の見識広めてるんですか?」


答えないよ……


「別にいいんですけど、毎晩飲み歩いて大変ですね~」


「……好きで行ってる訳じゃない。変わってもらえるなら変わってくれよ……福田……でも芹沢さんやり過ぎだ……俺、芹沢さん嫌いじゃないけれど……凄いと思うけれど……………」


思うけれど何に?


「沖田さん?」


背中をつついても反応がない。


「……寝た?また、救護室の邪魔になるとこで寝て……」


壁にかけてあった羽織をかけてやった。


「出掛けてきます……」


小声で言ってそっと障子を閉めた。





近藤局長に外出の許可を取りに隣の八木邸を訪ねた。


吉川先生の所へ行くと伝えると、近藤局長も一緒に行くと付いてきた。


供を付けろと言う土方副長へいらぬと断っていたけれど、


「大丈夫ですか?新選組……いや、浪士組は不逞浪士に狙われたりしませんか?」


「誰もわしの面など知らんだろ?」


「でも……」


「福田君と二人で出掛けるのは初めてだな」


雨足は弱くなったけれど、細い路地は傘がぶつからないように気を使う。


吉川先生はまた留守で、お光さんから救急ガイドブックを受け取った。


「正太君はどんな具合ですか?」


すぐに家に戻ったと聞いて気になっていた。


「傷も膿まんで良くなってきてると聞きましたえ」


お光さんが少し離れた所にいる局長を不思議そうに眺めた。


「局長の近藤です」


「まあ!沖田はんの言われてはった近藤はん!ゲンコツお口に入りますのやろ?」


……そうなの?!




帰りに雨宿りと立ち寄った茶店で、近藤局長にお光さんのことを説明した。


沖田さんには黙っとけと言われたけど、すっかりバレていて、近藤局長は名前意外はほとんど知っていたみたいだった。


「総司の姉と同じ名だな……」


茶店の娘が持ってきたお茶を飲んで、楽しそうに笑う。


「お姉さんいるんですか?」


「ああいる。姉さんといえば、井上君は無事に伊勢についたかな……」


「伊勢?お伊勢参りは途中までで、大坂にいったのでは……」


「…………ああ、伊勢に送り届けてからでいいと言ってあるんだ。芹沢局長には内緒だよ」


お茶を一口飲む。


「……私のせいで、変な誤解を受けて大坂へ行かされたんですよね」


「……誤解なのか?」


「え?誤解ですよ!」


近藤局長は目線を反らして雨空を見上げた。


「……そうか、誤解か……そうか……」


なかなか二人で話す機会がないから、いつも疑問に思っていることを思いきって聞いてみた。


「あの!近藤局長!どうして私を置いて下さるんですか?あんまり役にたたないし、女だってバレたら……その……体面に悪いし、きっと凄く迷惑が掛かるのに……」


「……体面か……そんなことも気にせねばならんのか……」


雨空を見上げたまま他人事のように呟いた。


「……女のままで下働きとかでは、駄目でしょうか……それ方が面倒じゃなくて良くないですか?」


「駄目だ」


近藤局長は厳しい顔で言い放った。


「心配で置いてられん」


「は?でも、私がいることで局長に迷惑が掛かるのは嫌なんです!」


「むさ苦しい男供が何をするか分からんだろ?」


「そんなことより!私が女だってバレたらどうするんですか?!」


「……その時はその時考える……何用だ?」


目の前に傘を被った浪人風の男が二人と立ち止まった。


「おぬし、これを配っているそうだが……浪士組とはどれ程の者か確かめたい」


……確かめたいって、また他流試合!


「……局長、誰か呼んできます……」


「いや、わし一人で十分」


近藤局長は立ち上がって傘も差さずに歩いて行く。


大変だ!


局長に何かあったら!!


でも、私では太刀打ち出来ないし……


「大丈夫だから、福田君はそこで見てなさい」


局長は二人の前で、刀に手をかけた。


相手も慌てて構えた。


通りの人々が驚いて遠巻きに人だかりが出来る。


……局長……


三人は構えたまま…………………………………?


動かないんだけど?


傘の二人は後退りながら


「……行くぞ!」


と足早に立ち去った。


…………何だったの?


近藤局長は茶店に戻って腰を掛けた。


「何の話だったかな?」


「え?」


何事もなかったようにお茶をすすった。


雨で濡れた局長へ手拭いを差し出した。


「……今の浪人は何だったのですか?」


局長は受け取った手拭いで濡れた髪を拭きながら


「冷やかしだろ?昔はよくああして喧嘩ふっかけてたな~」


大きな口で笑う局長はとても可愛く見えた。


「局長笑うと可愛いですね。ケンカとかしてたんだ……意外……」


「か……かわいい?」


……あ、大人の男の人に可愛いは失礼だったかな


「すみません!」


「かわいい……か、そうか……いや、何の話だったかな?そうだ!福田君の処遇についてだったな」


「あ、はい。本当に大丈夫ですか?私なんかいても……私も男の振りしてるの自信ないと言うか……」


お梅さんなんか最初から女の子だと分かってたし


近藤局長は私の頭に手を置いた。


「出て行きたくなったか?最近ふらりと辞めていく隊士も多いしな……」


「そんなことはありません!私は……」


「大樹様の警護と不逞の輩の天誅などと言ってもなかなかそうはいかぬしな……尊皇派の芹沢局長の攘夷とは、巷で囁かれている過激派のやり方とたいして相違はなし。大樹様あっての攘夷ではなかったのか……どうしたものかな……」


雨が上がって、雲の切れ間から光が射した。


話の内容はよく分からないけれど、芹沢局長と少し考え方が違うと言うこと?


黙って近藤局長を見つめて、ない知識で考えていた。


ふと、無意識に台詞が口からこぼれた。


「何が起ころうとも、幕府に付いて行くのですね……」


そう……こんな台詞があったな。


「誠の武士になろう……近藤さん……」


これは確か充の台詞だった。


何があっても、幕府が危うくなっても、新選組は幕府についていく。


ここにいるということは、未来はきっと悲しい結末を迎えるということだ。


隊士が死んだり斬られたり、そんなこともたくさん起こる。


台本でもそんな場面が出てきたから。


だけど、夢の中の新選組は貧乏で、知名度もなくて、隊士すらなかなか集まらない。


近藤局長を誰も知らないし、ゴロツキの集まりなんて言われてしまう。


局長ですら迷っているみたいだし……


近藤局長を見ると、逆光の中で空を見上げて……


「え?泣いてる?」


何故だ……?


悩み過ぎて嫌になっちゃったとか?


隊士がいなくなるのがショックだとか?


「そうだな……何が起ころうと付いて行けばいいんだ……わしらは最後まで武士なのだから!福田君!!」


がばりときた強烈なハグに、息が出来なくて意識が遠くなる。


「……もう多摩に帰ろうかななどと、決して思わぬ!」


ええ?!帰ろうと思ってたの?!


「福田君見ておれ!わしは浪士組で誠の武士になる!!」


…………局長……私……見る前に……苦しくて……


逝ってしまいそうです……離して……






…………やっぱり、男の振りをしておかなくてはならないわけで…………


「ばれたらばれたときだって、近藤局長も言ってたし!取り合えず救護班頑張ろ……あ……」


沖田さん寝てたんだったなと、忍び足で救護室に近付く。


草履を脱ごうと、縁側に手を掛けると中から話し声が途切れ途切れ聞こえてきた。


「……俺……おかしいのでしょうか……」


馬越さんの声だ。


「……福田が?……おかしくは……ないかも知れないが………」


沖田さん……私がおかしくないって何が?


障子に耳をそばだてた。


「そう思う自分が気持ち悪くて……」


馬越さん……私の顔を見ると気持ち悪いって、沖田さんに話してるんだ……


やっぱり……ショックだよ……


ガチョーンだよ……


傷心……だよ……


「……うーん。確かに女……みたいだけどな……呑みすぎだろ?馬越くん……」


「平気です!まだ五合しか呑んでませんよ……」


夕方から呑んで、私の顔を気持ち悪いなんて……ちょっとマジ傷つくんですけど!


ガラリ!障子を開けた。


二人が驚いてこっちを見た。


馬越さんの手からお猪口が落ちて転がってきた。


「そんなに気持ち悪いなら!救護班変えてもらったらいいじゃないですか!それとも、マスクでもしときましょうか?病気も移らなくて一石二鳥でしょう?!」


二人の間を大股で通って、救急箱を掴んだ。


「こんな時間から呑んでていいんですか?隣に居ますから、何かあったら呼んでください!」


もう一度二人の間を通って、隣の襖を開こうとしたら、転がっていたお猪口で足が滑った!


背中からこけるなと覚悟したけど、腕の中に受け止められた。


目の前で沖田さんが呆れた顔で杯をあおった。


「……何してんだお前……」


ってことは、この腕は馬越さん……


「すみません……?」


一向に緩まない腕を押して首を後ろへ向けると、いつものかわいい顔がすぐ側にあった。


前にも……


公事宿の井戸でこんなことがあったよね……


「…………呑みすぎた……福田さんが女に見える……」


!?なっ…………


馬越さんの鳩尾に肘鉄を食らわして、部屋の角へ逃げた。


これ以上!女だとばれる訳にはいかないのだ!!


沖田さんは笑ってお猪口に手酌した。


笑ってないで沖田さん!今ちょっとピンチでしたよ!


「……俺……福田が女でも何とも思わないよ……多分……」


何とも思わないとはなんだ!


それは私のせりふです!


馬越さんは胸を擦りながら


「……はい。女に見えるだけで、もし女でも何もやる気も起こらないと思います……」


…………はい?


「だろ?」


沖田さんは馬越さんのお猪口を拾って渡した。


……悪口言われてる?いや、馬越さんは女だと知らないから悪口ではないよね……


隣へ救急箱を運んで、襖を閉めながら馬越さんを盗み見ると、お猪口に口を付けたままこっちを凝視していた。



慌てて襖を閉じた。


お酒で赤くなった上目使いもかわいい。


こっちがどきどきするよ……どきどき……



「馬越さん女の子だったらマジ超美人だったよね」



隣の酔っぱらいはおいといて、救急ガイドブックを開いた。


止血、骨折のページを開く。


井上さんもだったけど、馬越さんも細そうで意外と筋肉ついてるよね……


私なんて二の腕ふにふにだもん……


腕立て伏せを日課にしようかな……



ふと思い立って、腕立て伏せを始めたら……


「……十……十……一……十…………」


無理!十ー回しか出来ないから!!


……もっと鍛えなければ……


畳にうつ伏せでぷるぷる震える腕で、もう一度体を持ち上げた。


「……いーち…………」


襖が開いて、馬越さんが見下ろした。


「患者です……何をしてるのですか?」


「はい!腕立て伏せですよ。鍛えようと思いまして……」


救急箱を掴むと、馬越さんが側にしゃがんで


「……うちの叔母と何かありました?」


目を眩しそうにしかめながら、肩を組まれた。


あったと言えばあったけど……


返答に困っていると


「福田さんに優しくしろとか、うちにつれてこいだのお風呂はどうしてるだの……やけに気にかけるのですが……」


ああ、女の子だから気を使ってくれてるんだね。優しいね、お梅さん……


肩に回った手に力が入った。


「痛っ!」


「叔母に妙なことしはったらゆるしまへんで……」


可愛い顔で凄まれて、思わず頭突きをかましてしまった!


「……痛っ!!」


馬越さんはおでこを抱えた。


酔っぱらいめが!何誤解してるんだ!!


救急箱を持って隣へ行くと、沖田さんがお猪口片手に


「新入りさん、お前の頭突き見て怯えて帰ったよ……」


「え!どの人ですか?!」


外に出て隊士を見回したけれど、誰が新入りなのかすら分からない……


「……福田、馬越君の額が腫れてるぞ」


沖田さん顎で隣の部屋を指した。







お寺の鐘がなる。


暮れ六だ。


「今日?文久三年四月六日どす」


夕餉のだしを取りながら、おかよさんは不思議そうに今日の日付を教えてくれた。


…………それって西暦何年なのかな?


慶応が江戸時代最後の年号なのは知ってるけど


「こんなときに井上さんが居たらな……」


井上さんでも西暦は知らないかな。


「ホンマやな……井上様が居れば夕餉の支度も楽なんやけどな……」


おかよさんと二人小さくため息ついた。






ちらし効果か、新入隊士が増えた。


あまり隊士達と関わり合いのない……いや、関わってはいけない私には、一部の幹部の方を除き、誰が誰だか全く分からなくなっていた。


「救護室にはとんでもなく恐ろしい先生がおる言うてましたけど……今日は不在でっか?」


佐々木さんという若い隊士が救護室で治療を受けながら、質問してきた。


「え?救護班は私と馬越さんだけですよ?」


例の女に見えて気持ち悪い発言から、私は救護室ではマスクをすることにした。


佐々木さんの目が、馬越さんを見て、私の顔で止まる。


「…………失礼」


「今、その恐ろしい先生私だと思ったでしょう?誰かな、そんな噂立てたのは…………」


「いや、いきなり殴り倒して治療しはると……」


「……そんなことはしません!ねえ、馬越さん…………」


こっちに背を向けてるけど肩が震えてる。


笑ってるだろ?


「あ!もう昼餉の用意をしなければ」


マスクを取って壁に掛けてあったたすきを取った。


「痛みがひかなかったら、お医者さんに診てもらった方がいいですよ」


佐々木さんはほっとため息をついた。


「鬼のような形相してはるって言うのも嘘やったんか……」


「誰が鬼だって!?」




外から声がして障子を開けると、勘定方の河合さんが帳簿片手に立っていた。


…………一度治療費の事で怒られてからなんとなく苦手だ。


そろばんも借りっぱなしだった!


おもわず閉めようかなと思ったけど


「治療費の事だが、どうなっておる?隊士からもらっておるのか?」


「……えーっと、それが、薬代がよく分からなくて……」


ちょっと薬ぬったり、包帯代だけだからいいかな~って、もらってなかった!


「芹沢局長の仕入れたものだが……薬屋から金を払えとえらい金額を請求された」


馬越さんは治療した隊士や使用した薬の覚書を出して、河合さんに差し出した。


「…………ここにすべて記してあります」


「では、徴収してくれたまえ」


「すでに、いない方もおりますが」


河合さんはため息をついて


「救護班などなくとも、町医者で足りようものを……無駄な出費がかさむだけだ」


無駄な出費ってそんな……


「無駄かどうかは局長が決めることです。あなたのご苦労には頭が下がりますが、ここがとやかく言われる筋合いはありません」


馬越さんは不機嫌に言い放って、


「薬を仕入れたのは俺です。芹沢局長と薬屋に確認してきます」


「私も行きます!」


河合さんの手から、帳簿を受け取って八木邸へ向かった。




芹沢局長は新見局長やいつものメンバーで、部屋で飲んでいた。


薬の話をすると


「救護班の治療費は隊が持つさかい!福田君は心配せんでええ!京の言葉上手くなったやろ?」


大笑いして盃を仰いだ。


「しかし、勘定方からは治療した隊士からもらえと言われましたが」


馬越さんの質問に、面倒くさそうに


「金が足らんのか?よし、ついて参れ!天子様の攘夷軍に資金を提供したい店は多々あるのだ!」


よろけた芹沢局長を佐伯さんが支えた。


八木邸の玄関を出ると、河合さんと鉢合わせた。


芹沢局長は河合さんをいきなり殴りつけた。


「資金の調達くらい勘定方でどうにかせい!これから攘夷というときに、けちけちと!病の隊士で異国と戦えるか!」


振り上げた腕にしがみついて止めた。


「芹沢局長!やめて下さい!!殴らなくても…………!」


「たわけが!」


腕から振り落とされて、地面に肩から叩きつけられた。


「……金がなくてどう隊を整える?軍備を整えるかと聞いている!」


背中を踏まれて痛みに吐き気がした。


「ついて参れ。勘定方のお前もだ!」





痛む体を引きずって、芹沢局長について行った。


半ば強引に脅しともとられるような方法で、商家で金を借りた。


借用書にサインする局長を黙って馬越さんと河合さんと見つめていた。



確かにお金は必要だけど、、会津藩お預かりを豪語する隊士は、本当に卑劣で憎むべき存在にしか映らなかった。


商家の人の怯えて軽蔑した視線が体に突き刺さって息をするのもはばかれた。


違う!


こんな方法間違ってる!!


私はこんな隊士じゃない!!


そう言いたかった。


だけど…………


攘夷のために、隊のために、必要な事をしてるの?


この行為はこの時代では普通なの?




店を出て芹沢局長は借りた金を河合さんへ投げて渡した。


「これで救護班の治療費は払え。お国のために使われる金に出し惜しみするような商家は逆賊に等しい……わしらは、異国から国を守るのだからな…………」


だまって局長を見つめていると


「福田君、金策とは大変心が痛む務めだ…………」


ぽんと頭に手を置かれて、局長は一瞬真顔になった。


その後すぐに、目に留まった店に入って行ってしまった。


新見局長が鼻で笑って後に続いた。


中から、何かが倒れる音が聞こえてきた。


「…………戻りましょう……」


馬越さんの声に頷いて、ずきずき痛む肩を押さえた。





右肩は腫れ上がって、腕も上げられなかった。


馬越さんが救急ガイドブックを見ながら、包帯で腕を吊ってくれた。


「……近藤局長に報告しなくともいいのですか?あの金策の仕方はまずいでしょう……」


私が芹沢局長に足蹴にされたことは、近藤局長の耳にも入っていた。


心配して顔を見に来て下さったけれど、何でもないと平気な振りをした。


「…………まずいと思います?私はあの金策もここでは普通なのかと……思い込もうと思ってました。井上さんだったら、きっと…………」


隊のためならだからしかたがないと言う。


沖田さんが人を斬ったのも立派な務めだと言っていたから……


「普通?あれはただの強請です。会津藩の名前使って後で怒られなければいいですけど」


「……ですよね?」


めずらしく感情的な馬越さんを見ていたら、自分はおかしくないんだとほっとして少し胸が軽くなった。


「何をにやにやしてるんですか?あの金で救護班は成り立っていると思うとげんなりします。ここの治療費も締めていかないと申し訳ないです」


「はい。絶対、浪士組が偉くなったら、たくさん利子付けて返済しましょうね!」


外から咳ばらいがして障子が開いた。


「……それは私の務めだ」


河合さんが痛み止めの薬を買って来てくれた。


お礼を言うと


「……薬代は給金からひいておく」


「……分かりました」


河合さんがふと息をついた。


「…………嘘だ。戯れだ……福田君がかばってくれなければ、私がそうなっていた」


ぶっきらぼうに言った。


「福田君は芹沢局長のお気に入りだと聞いていたが……酒が入ると見境なく乱暴を働くのはめいわく極まりない」


「そうなんですか?」


確かに今日のような芹沢局長は初めて見た。


地面に投げつけられて足で踏まれた……


「何人も殴られたのを見た」


そういう河合さんの頬も紫色になっていた。










「福田!お前芹沢局長に……!腕どうした?」


沖田さんが珍しく夕餉時に帰ってきた。


「大丈夫です。馬越さんに吊ってもらいましたから。沖田さんご飯は?」


「食ってきた」


慣れない左手でご飯を口に運ぶ。


スプーン借りてくれば良かったな。


沖田さんは刀を置いて、あぐらをかいた。


「……商家で金を押し借りしたそうだな」


「…………はい。救護班の治療費に当てるって……」


沖田さんは黙りこんでしまった。


「沖田さん?」


「…………当てるも何も、いくら金が必要なんだよ…………」


「攘夷のために国を守るために必要なんだって……」


沖田さんは立ち上がって布団を敷きはじめた。


「沖田さん。芹沢局長も仕方なくやってるんですよね……きっと…………」


「…………お前は芹沢局長が好きなんだな……」


好きかと聞かれると、よく分からないけれど、女でも頑張れと言ってくれたり、何かとお世話になってるし。


今日はきっと酔っぱらっていたから、乱暴になっていただけで、本当の芹沢局長は…………


「俺も芹沢さん嫌いじゃない…………でも、酔ったあの人は軽蔑する」


沖田さんの表情が白く冷たくなる。


背中がぞくりとした。


「お前にこんな怪我を負わせるなんて……」


え?


沖田さん……私のために怒ってるの?


「近藤さんに説教食らったし……本当に迷惑な話だ……俺はお前の見張り役じゃねえっ!」


…………近藤局長に説教されたのが嫌で怒ってるのか


「すみませんでした……」


文句を言いながらも私の布団も敷いてくれた。


「別にお前が悪いわけじゃないんだろ?しかしなんでお前の事、近藤さんはこんなにかまうかな……昔から、そういう所はあったけど…………」


沖田さんは布団にもぐって肘をついた。


「まさかとは思うけれど……お前近藤さんの…………」


「付き合ってなどいませんよ!!」


「隠し子か?…………え?付き合うって何だ?」


「隠し子なわけないじゃん!福田誠の娘です!!」


沖田さんはあくびをして


「全く似てないもんな……俺この頃は近藤さんに呼ばれると、お前の事必ず聞かれるからな。俺に用はないのかよ……今日なんかお前を連れて巡察に出ろなんて……ありえないだろ?なんで、お前の事ばかりかまうんだろうな……」


布団に頭までもぐっても何かぶつぶつ文句言ってる。


「沖田さん、もしかしてやきもち?」


ぶつぶつ文句が止まった。


「近藤局長にかまって欲しいの?ねえ沖田さん?」


無視ですか?


「分かりました。近藤局長に伝えときます。沖田さんは局長が大好きだから、かまって欲しいって……」


「…………るぞ」


布団にもぐったまま沖田さんが何かつぶやいた。


「はい?」


「話したら、その腕へしおるぞ……」


「嘘に決まってるじゃないですか!!馬鹿だな~本気になんてしないで下さい!!!」


ちょっとからかっただけなのに……本気で怒んないでよ!


「あ……やっぱりかまって欲しかったんだ……」


枕が飛んできて障子に穴が開いた。




























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