隊士募集中三
一度屯所へ戻り、山南副長にも同行してもらって
町の道場を訪問した。
きっと将軍様の警護だと言ったら、皆浪士組に参加してくれるだろうと思っていたのに………
「局長は誰だ?」
「多摩の天然理心流の近藤勇です」
「は?知らんな」
近藤局長の名前じゃ誰も食いついてくれない。
「それから、元水戸の天狗党にいた芹沢鴨です」
芹沢局長の経歴で何とか話を聞いてくれる。
………そんな感じだ。
屯所の地図や募集要項の書かれたちらしを何とか受け取ってもらった。
「おい?女みたいな面して、お前さんも一端の浪士組の剣客かい?」
私の顔を見てどっと笑いが起こる。
山南副長がやんわり間に入って
「この人はうちの救護班でして、まだまだ剣の腕はこれからって所です。そんなに浪士組の腕前をご覧になりたいなら、副長の私がお相手致しましょう」
「いえ。副長のお手を煩わす訳には。俺が参ります」
隣に馬越さんが並んだ。
山南さんが困ったように頭を掻いて
「………とは、言ったものの困ったな。他流試合って面倒だな。福田くん。ちょっとひとっ走りして、うちの幹部を誰か呼んできてくれるかな?」
「はい!」
私は戦力にならない。
馬越さんみたいに悔しくても、浪士組がどんなにいい所かって剣道で証明できない。
さっき沖田さんに偉そうに、刀じゃ負けるって言ったけれど、今現在必要なのは鉄砲でも黒船でもなくて、剣の腕なのに………
「そんな奴はここにはいらねぇ」
沖田さんの言っていた意味が今なら少しわかる。
私がいたら浪士組がなめられる。
走りながら悔しくて唇を噛み締めた。
浪士組の屯所の門をくぐると、ちょうど巡察に出る原田さんと永倉さんにぶつかりそうになった。
「どうした?福田君」
永倉さんは試作のだんだら羽織を着ていない。
呼吸を整えて
「道場に勧誘に行ったら、試合することになって!山南さんに、幹部を呼んでこいって言われました………」
原田さんは表情を固くして
「……なめられたもんだ。ちょっと行ってくらぁ……」
「じゃあ俺も。福田案内しろ」
永倉さんは楽しそうに笑った。
道場と屯所を全速力で往復して、吐きそうになりながら二人を案内する。
「…………ここ……です……」
永倉さんは頷いて
「ご苦労。一応近藤局長に報告しといてくれるか?」
……また走れって言うの?
「ほら!行った!」
「……は……はい……」
ふらふらになりながら八木邸の襖を開ける。
「…………近……局……長……」
膝から崩れ落ちながら畳に手をついた。
「!!福田くん!?どうした!!」
駆け寄ってきた局長に試合の経緯について説明すると
「………そうか。山南さんや皆が居れば、大丈夫だろ。それより、福田くんは大丈夫か?」
「……どうして、皆話も聞いてくれないんでしょう…………将軍様の警護なのに…………浪士組なんて知らんって、ちらしもなかなか受け取って貰えないし……………私が剣道出来ないから、なめられて……局長すみません………ここがどんなにいい所かって、伝えられなくて……」
ふと、頭を撫でられて顔を上げると近藤局長が困った顔で見下ろしていた。
「……福田くんのせいではないよ。局長が田舎道場主では、勧誘も難しかったろう?芹沢局長が居なければ、会津藩の後ろ楯だって出来なかったよ」
確かにそれは事実かもしれない。
近藤局長の事なんて誰も知らない。
でも!
「私は近藤局長が大好きですよ……だから、皆に近藤局長のことも、浪士組のことも知ってもらいたい!皆で将軍様の警護に、だんだらの羽織来て行きたいです。田舎道場主とか関係無い!もう!何でわかってくれないかな……悔しいです」
ぽたり、膝に雫が落ちた。
近藤局長が泣いていた。
「局長!?」
「……そうか、そうか……」
何で泣くんだ!?
やっぱり悔しかったのかな?
「……局長…泣かないで下さい。頑張って勧誘しますから!私のアピール不足なだけですから!ちらしも作り替えますから!ね?」
「福田くん!君の気持ちだけで十分だ!!」
「わっ!!」
頭ごと局長に抱き締められて窮屈でじたばたしていると
「……近藤さん、隊士募集の件だが……」
土方副長が襖を開けて
「…………邪魔したな……」
と、閉めた。
「わー!痛いってば局長!土方副長!助けてー!」
それから山南副長たちは他流試合に勝って二人勧誘してきた。
ああ……強くなりたいな…………
ちらしに朱色で、隊士募集の文字が目立つようにアンダーラインを引く。
「隊士募集……それ配ってるの福田か?」
「……係りをさぼってどこ行ってたんですか?」
部屋に戻ってきた沖田さんの方を見ないで、次のちらしを机に置いて赤く線を引く。
「他流試合になって、沖田さんいないから、永倉さんと原田さんに来てもらったんですよ……」
ふいに目の前に、絆創膏の貼られたてるてる坊主のイラスト入り募集ちらしを突きつけられた。
「…………制札に貼ったのお前か?」
「制札?」
確か、人相書きの隣に絆創膏で貼ったけれど、あれって制札って言うんだ……
「奉行所に怒られて、係りの俺が謝りに行ってきた……」
ぐしゃり顔に押し付けられた。
「……すみません……貼ったらいけないって、知りませんでした……」
「……吉川先生の所に貼ったのもお前だろ?壁に穴が空いたと文句言われた……」
「それは、馬越さんが!」
「余計な仕事を増やすな……」
顔に貼り付いたちらしを外すと、沖田さんは壁に立て掛けてあった竹刀をとった。
「鍛えてやるから、来い」
「……えーっと、まだちらし作りが終わらなくて…………」
障子が開いて、馬越さんが紙の束を持ってきた。
「俺がやっときますから、福田さんはどうぞ稽古を。また先程のように、道場でからかわれたくはないでしょう…………」
馬越さんはこっちを見るなり、ぷっと口の端で笑った。
そりゃあ、私は弱いですよ。
見た目だって、本当は女だから女みたいですよ!
立ち上がって、朱色の筆を馬越さんに渡した。
馬越さんは懐から手拭いを取り出すと、私の唇の端を拭った。
「……何か付いてます?!」
「……やわらかい……」
呟いて、馬越さんは口を押さえて座り込んだ。
「大丈夫ですか?!吐きそうですか?まだ、胃腸の具合が悪いんですか?」
「……気持ち悪い……」
外から沖田さんに呼ばれた。
「……気にしないで下さい……行って……」
馬越さんは頭を押さえて、しっしっと手を振った。
救護室を出て、沖田さんの所へ駆けていくと、藤堂さんも竹刀を持っていた。
「……福田……強面になりたいのは分かるが、信長みたいな髭になってんぞ?そのうち生えてくるから焦るな」
顔をこすると、手の甲に墨がべったり付いてきた。
藤堂さんの後ろで、沖田さんがにやり笑った。
さては、さっき紙を顔に押し付けられた時につけたな!
「……おのれ、叩きのめしてやる……」
四半時後……思いきり叩きのめされた…………
「福田……間合いも取れないのか?子供でも、どれだけ離れてたら当たらないか位は分かるぞ」
地面に座り込んで、沖田さんをにらみつけた。
絶対強くなってやる!!
…………痛い。
体の色んな所が筋肉痛と打撲で痛い……
お風呂に入ってマッサージしたい……
でも屯所でお風呂に入るということは、一人では危険を伴う。
誰かが入ってくるかも知れないし。
「え?嫌だよ。何で俺がお前の風呂番やんなければならねぇんだ」
沖田さんはそう言って、そそくさ夕餉の前に出掛けて行った。
昨日も居なかったけど、どこ行ってるんだろう?
井上さんは朝から見掛けないし、近藤局長になんて頼めないし……土方副長?
絶対無理!!!
お湯に浸かるのは諦めて、汗だけでも流そう。
公事宿でお風呂の炊き方はかなり上手くなった。
湯加減もいい感じ!
早速入ろうとすると
「お先!」
藤堂さんが押し退けて、風呂の戸を開けた。
…………え?
「一緒に入るか?でも、ここの風呂狭いしな~」
いやいや!狭いしな~じゃないでしょ!!
私が沸かしたんだし!
「あ、平助上がったら、次、俺な」
後ろで永倉さんが上半身裸で通りすぎていった。
「その後、俺」
原田さんが続く。
「あ……福田。お雪は国に帰ったんだよな?まさが見掛けたらしいんだが、お前の間違いだろって話してて……」
「……まさ?二人は仲良しなんですか?でも、原田さんこの前は……」
原田さんに肩をつかんで引き寄せられた。
「……お友達なだけだそ?泣かれると困るから、たまに顔見に行くだけだぞ?お前の妹に言われた通りにしたら、なぜかなつかれて困ってんだぞ」
原田さんは口を尖らせて迷惑そうに話すけれど
「何かうれしそうですね……原田さん……」
そう言うと、大きなつり目を見開いて、頭を叩かれた。
「うるさいわ。ボケ!」
ほら、にやけてるじゃん。
でも、お友達になれて良かったね!まささん。
「福田!風呂が熱い!!」
藤堂さんに中から怒鳴られて、焚き口へ回った。
私、お風呂入れないんじゃないかな……
「風呂入れますか?」
薪をかき出していると、馬越さんが隣にしゃがんだ。
「この後、二人入りますよ……」
「叔母の所で入るか……」
立ち去ろうとする馬越さんの袴を掴んだ。
「私もお風呂借りていいですか?」
お梅さんの店は忙しい時刻みたいで、馬越さんは勝手に裏口に回って、風呂を焚き始めた。
「そう言えば、今日井上さんに会いました?」
お風呂が炊けるまで、馬越さんは洗濯を始めた。
私も、洗濯物持ってきたら良かったな……
「しばらく大坂に行くらしいですよ」
「どうして?まさか辞める訳じゃないですよね?!」
「……隊士の募集を向こうでもかけるらしいですから、辞める訳ではないようですが……」
馬越さんは着ていた袴を脱いで桶に入れた。
「何かよそよそしいと言うか、変な感じだったな……特におかしいのが……」
馬越さんはこっちを見て
「福田さんに会わないようにしてるのですよ」
「…………え?」
「避けてるのです。あなたを見かけると、部屋を出たり、道を変えたり……何かやらかしましたか?」
やらかした?
避けてる?
…………思い付くのは、昨日ハグしたことしかないけど……
嫌だったのかな……
好きって話して迷惑だったとか?
そう言えば、泣きそうな顔して
「……自分のために、誰かが泣くのは嫌だって言ってた……私、井上さんが居なくなったら泣くよって言ったんです……大好きだから……」
凄いショックだ……
頭がくらっとした。
避けられるなんて思いもしなかった。
「……そりゃ、男に言われたら俺でも避けるな」
「ち……違いますよ!馬越さんも私も、友達として井上さんが好きだって言ったんです!恋愛の好きとは違いますから!!」
馬越さんは袴をぱんっと広げて、開いた風呂の戸に掛けた。
「誰かが泣くのは嫌だって?意気地無しめが……贅沢者めが……」
「?どういうことです……」
馬越さんは帯を解いて着物を桶に入れた。
「そう言うことです。自分が泣くのが嫌だから仲良くしない。好かれても自ずと離れる。ねえ?井上さん!」
いきなり桶を、裏口の木の影に投げた。
「…………ひどい言われようだな……」
桶を片手に井上さんがずぶ濡れで歩いてきた。
「え?井上さん……居たの?」
ばつが悪そうに井上さんは笑って
「明日から大坂へ行くことになりましたから、挨拶をと思って……」
馬越さんは井上さんの顔も見ないで風呂へ入って行った。
何か気まずい……
風呂の炎を見ながら、薪を投げ入れた。
「風呂の炊き方上手くなりましたね。お珠さんのお陰かな?」
「そうですね……」
避けられてる……
ああ……胸がもやもやする。
「芹沢局長にあらぬ誤解を受けまして……しばらく、福田さんに会わぬようにしようと思います」
「誤解?」
「はい。私達が恋仲だと」
誤解だ……そんなわけないじゃん。
「……はぐ?している所を見られたらしくて」
……私、土下座したい。
いや、しよう。
「本当に申し訳ありません!」
地面に手をついた私の前に、井上さんは慌てて膝をついた。
「気にしないで下さい。ちょうど私も、お伊勢詣りの姉を途中まで送って行けますから……」
「気にします。私が大坂へ飛ばされれば良かったのに……寂しくなります……井上さん居なくなると……」
言ってまた後悔した。
そう言う言葉が迷惑で、井上さんに泣きそうな顔をさせるのに。
「本当に寂しくなりますね。二人がいないと……」
顔を上げると、井上さんに真面目な顔でいきなりハグされた。
「私の代えなどいくらでもいると言われ続けてきましたから……寂しいとか、心配されるとかよく分からなくて……姉にも散々叱られました」
…………心臓が止まるかと思った…………
いや、今からでも不整脈で止まりそう……
おじいちゃんの血圧の薬が必要になりそう……
「くれぐれも、他の人にはぐなどしないように。柔らかくてすぐにバレます」
こくこく黙って頷く。
ああ、血圧の薬が必用だって…………!
「風呂福田さんからどうぞ…………何やってるのですか?二人はそういう間柄……」
馬越さんがいい終らないうちに、井上さんは私から離れて、馬越さんをハグした!
「……やめてください。俺は男に興味はない…………」
「暫く会えなくて寂しいので、はぐしておこうかと」
「……頭おかしくなりましたか?」
ばくばくする胸を押さえてハグする二人を眺めた。
確かにこの絵面は誤解を招く…………
「くれぐれも福田さんに手を出さぬようにお願いします」
え?何言ってんの……井上さん!
「…………俺は男に手を出すほど、女に困ってはいないですが…………」
困っていないって、どういうことだ?
「……そうかな?」
「…………気持ち悪いから離せ……」
井上さんは笑って馬越さんから離れた。
お店の裏口が開いて、お梅さんが顔を出した。
「三人とも、お湯入ったら夕餉食べていきなはれ!」




