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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
28/54

隊士募集中!

屯所に戻ったら、まず、近藤局長へ公事宿での報告をしなければいけないと分かっていたけれど……


近藤局長を見つけるなり口から出たのは



「井上さんが除隊って本当ですか?」



局長よりも、同じ部屋にいた山南さんが驚いた顔をした。


「井上君が除隊?何かあったのかね。近藤局長?」


「……総司か…………」


局長はばつが悪そうな顔をした。


「今朝、井上君から話があって、家の事でどうしても暇をもらいたいと言われてな……そんな事許されんと、芹沢局長や土方副長に叱咤されて……それならば除隊処分と……」


除隊……辞めるって事?


山南さんは腕を組んで


「除隊処分など、厳しくはないか?井上君はよく近藤さんに使えてくれていたのに……何か退っ引きならないわけがあっての事だろう?あの者を失うのは勿体ない気がするが……」


「しかし、井上君に許してしまえば他の隊士にも同じにしなければなんねえ……」


「いけないことか?局長」


「……ただでさえ脱走者が近頃は多いんだ。はい、暇をやりますなんて言えねぇだろ?」


井上さんがいなくなる……


ぽっかり胸に穴が開いた。







救護室に戻ると何だか騒がしい。


中には包帯で頭をぐるぐる巻きにされた隊士が一人、目の縁を晴らした隊士も一人……


痛てえと文句を言いながら、馬越さんに足の爪の消毒をされている隊士もいた。


「……見てないでお願いします……」


「……あ!はい!」


眺めていたら馬越さんに睨まれた。


急いでぐるぐる巻きの包帯を代える。


「どうしたんですか?おでこ……」


「……沖田さん突きを避けきれなくて額で受けました……」


隊士は恥ずかしそうにうつむく。


ほどいていくと湿布が中から出てきた。


ヒリヒリしなかったかな?


「めまいや吐き気もなかったから、脳しんとうだと思いました」


馬越さんが答えた。


救急ガイドブックちゃんと読んで勉強してるんだ……


「たんこぶも出来てました」


感心していると、沖田さんと井上さんが救護室をのぞいた。


「忙しそうだな……」


沖田さんはすぐに顔を引っ込めた。


「お手伝いする事ありますか?」


井上さんはいつもと変わらない。


「……腹減った……」


馬越さんの一言に


「ああ……おかよさんの所へ行ってきます」


隣へ行く井上さんの後を慌てて追いかけた。





「福田さんは救護室を……」


「……除隊って本当ですか?」


前川邸の門の外で井上さんは足を止めた。


「……内密にという話だったのに……沖田さんかな……」


井上さんは振り返って、いつもの笑顔で


「逃げ出した私が悪かったのです。きちんと片付けなければならなかったのに……姉が迷惑をかけました」


「いえ!私は何も迷惑なんて……」


本当にいなくなるんだ……


胸がずきりと痛んだ。


「私の方こそいろいろ迷惑かけました……」


井上さんは笑って


「そうですね。はらはらしっぱなしでしたが、許嫁楽しかったですよ」


楽しかった?


「懐かしかったです。うちの上の姉にそっくりでした。お雪さんは」




八木邸のおかよさんと井上さんは、慣れた手つきで昼餉の用意を始める。


上のお姉さんにそっくりって……


「あの、井上さん。昨日のお姉さんは上のお姉さん?」


「いいえ。二番目と三番目です。菊姉は病で伏したままです…………」


「病気なんですか?」


浪士組が間借りている離れの方から、笑い声が聞こえてた。


「…………只今お持ちします!」


外から声がして隊士が一人土間に飛び込んできた。


「酒はないか?」


おかよさんは思いっきり嫌な顔をした。


井上さんはおかよさんに断わって、奥から一升瓶を持ってきた。


「これしかありませんが?」


隊士の後ろから芹沢局長が顔を出す。


「おお?福田君戻って来ていたか!」


芹沢局長に手招きされて外に出ると、新見局長やいつも芹沢局長と一緒にいる隊士が三人待っていた。


皆を先に部屋に帰すと


「……ところでどこへ行っていた?」


「公事宿です。そこで下女をしていました」


「せっかく大阪に連れて行こうと思っていたのにな。福田君を貰い受けて、あたりまえの娘に戻すのも断られた……」


私を養女に欲しいって話だ。


近藤局長が断ってくれた。


井上さんがおかよさんと厨から出てきた。


「本来ならば、この身を攘夷に捧げると誓って入った浪士組から暇を貰いたいなどというふざけた輩は斬首ものだが……今回は特別に図らった」


斬首?


首を斬られるってこと?


その言葉に体がこわばった。


芹沢局長の目が、こっちに頭を下げて前を横切る井上さんを追った。


「そんな暗い顔をするな。わしまで気が滅入る……」


「井上さんはその……除隊なんですよね?斬首ではないんですよね?」


恐る恐る確認する。


「除隊を辞めてここに正規の隊士として置こうかと考えている」


「うへ?!」


いきなりの方針転換発言に変な声が出た。


「……先ほど門の外で、井上君の姉君に弟を返せと散々まくし立てられた。わしは生意気な女は好かん。返してやろうと思うたが、辞めることにする」


…………そ、そんなことで井上さんの就職が決まっていいものでしょうか


「……まあ、あの時は酒も入っておって怒鳴りつけたが……そう厳しくせずとも良かったかもしれぬと思ってな」


芹沢局長は大きく息を吐いた。


「……福田君は井上君を好いているようだし、いなくなってもよかったんだが……」


「好いてなんていません!!友達としては好きですけど!そんなことありませんから!そんな誤解!井上さんも迷惑です!!!!!」


芹沢局長は解せない表情で


「違うのか?もう一人の井上があやしいと触れ回っていたぞ」


井上源さん?


「しかし生意気な女だった……井上君とは正反対だな。美人じゃなければ手討ちにしておった……福田君はあんな女になってはならんぞ!」


もう、何が何だか頭がうまく回らないんですけど。


「…………あの、それで井上さんは除隊ではないのですか……」


「ああ!絶対に帰さん!!」



ぽっかり胸に開いた穴は速攻で埋まった。






それから井上さんは八木邸に呼ばれ、局長達…三人もいるから…と、どんな話になっているのか、気になってしようがなかったけれど………



「言うの忘れてましたけど…………福田さんが女装して、お珠さんと楽しく過ごしている間に、吉川先生が救急ガイドブックを渡せと来られましたよ。何でも戻ったら直ぐに来い!との事でしたけれど……」


と、馬越さんと吉川先生の所へ行くことになってしまった。


まだ、公事宿ボケがなおらないせいか、銀ちゃんは忘れるし、つい男だというのを忘れて、道に這い出てきたヘビに悲鳴を上げたら


「……まだ、女の役が抜けないのですか……」


気持ち悪そうに見られてしまった。


「……失礼」


切り替えないと。


浪士組で何をやらなければならなかったのか、歩きながら整理する。


医者の勉強と剣道。


それから……家事が出来たら追い出されないかもって、井上さんが言っていた。


胃袋を鷲掴み!って、婚活中の従兄弟のお姉さんが料理教室に通ってたな……


「料理が上手な女の人は好きですか?」


馬越さんは振り返って


「当たり前です……て、いきなり何ですか?」


「いや、別に……」


「……あれ、吉川先生ではないですか?」


馬越さんの視線の先に、人だかりが出来ていた。


その隙間からこっちに背を向けてしゃがんでいる吉川先生が見えた。


どうしたのだろうと駆け寄った足が止まる。


吉川先生の前に子供が倒れていた。


「……正太君…………」


花が散乱してまるでお花畑で眠っているみたいだった。


ただ、首が赤く血に染まっていた。


馬越さんは、吉川先生の隣に座って


「息はありますか?」


「野犬にやられた。うちまで運んでくれるか?腰を痛めててな……」


馬越さんはゆっくり正太君を腕に抱くと、吉川先生のうちの方へ歩いて行く。


正太君の倒れていた後には黒い染みが落ちていた。


「……もうだめやろ……」


「誰か母親知ってるか?」


「うち探してくるわ……」


ばらばらと戻っていく人を、こわばって動かない体で眺めていた。



「福田さん!早く来てください!!」


馬越さんの声で顔を上げた。


「首の太い血の管は切れてないそうです!」





それから、馬越さんと二人で、痛みで泣き叫ぶ正太君を押さえつけた。


私は見ていられなくて、華奢な肩を畳に押さえつけて泣きながら目を閉じていた。


どれくらいの時間そうしていたのか、ふと正太君の抵抗がなくなって大人しくなった。


恐る恐る目を開けると、首に包帯が巻かれて死んだように動かなくなっていた。


正太君の足を押さえていた馬越さんと目が合うと


「……何泣いてんですか?」


「……だって…………」


吉川先生が、正太君の隣にうつぶせで寝ころんだ。


「……腰がもう限界やわ…………」


まるでゾウアザラシみたいだった。


「吉川先生……正太君は助かるんですか?」


ぐったり血の気の引いた寝顔は、涙と血で汚れていた。


「やれることはやった。後は運を天に任せてや……」


それから正太君のお母さんが来て、お光さんが女の子の手を引いて戻って来て……


いても邪魔になると、馬越さんに諭されて、吉川先生に救急ガイドブックを渡して、屯所へ戻った。


「正太君は大丈夫ですよね?」


歩きながら、いつもの無表情の馬越さんを見上げる。


「馬越さんすごいですね。治療中しっかり見てたんでしょう?私怖くてずっと目を閉じてました…………」


こんなことで、傷を縫ったりできるのかな?


救護班出来るのかな……


不安が押し寄せてきた。


「私より馬越さんの方が救護班向いてますね……」


「え?俺さっき厠で吐いてきましたけど……」


…………こんなことで大丈夫か?救護班…………




「そこの二人!」


屯所の入口で声を掛けられた。


紫の布を頭に巻いてほっかむりをしてはいるけど、どう見てもこの背の高いお姉さん二人組は


「あ、井上さんの美人の姉上」


馬越さんがつぶやいて、二人はにっこり笑った。


「ここの局長とかいう男を呼んでまいれ。妙ちきりんな名をしていた。何であったかの?」


「確か……鳥の名であったような……サギでもなし、トキでもなし……」


「鴨ですか?」


馬越さんが答えると


「おお!そうじゃ!!そんな名じゃ…………」


ふと、お姉さん二人の視線がこっちで止まった。


「おぬしどこかで見たような……」


ヤバい!!!!


門の中に逃げ込もうとして、足を掛けられてその場に見事にこけた。


「逃げようなど百年早いわ!顔を見せい!!」


顎を掴まれて無理矢理上を向かされた。


「お前、お雪か?」


ぶんぶん首を横に振る。


「何故このような男の成りをしている?」


「……その人、お雪さんの双子の兄です」


馬越さんの言葉に二人の顔が輝いた!


い……いじられる!!



「何の騒ぎだ?」


土方副長が中から出てきた。


黙って見渡すと


「井上君の事か?」


「いかにも、その件で参った次第」


お姉さん達は姿勢を正して、副長に向き直った。


「後で井上君と宿へ伺おうと思っていた所だ」


「ならば、話は早い。戻ります」


二人は副長を睨みつけて踵を返した。


「…………芹沢局長が生意気だと言っていたが、本当だな」


土方副長はにやり笑って


「いい女なのにな」


「はい。井上さんがうらやましい限りです」


馬越さんと二人で、お姉さんたちの後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。


…………なんかいやらしい目で見てないか?この二人……


急に嫌悪感が走った。




二人を置いて救護室に戻ると、井上さんが出てきた。


「あ!福田さん!待ってたんです。馬越さんは?」


「…………土方副長といやらしい目で美人のお姉さんを見てますよ……」


「はい?」


「冗談です。井上さん、お姉さんのとこに行くんですか?副長が言ってたので……それで、どうなったんですか?ここに残るんですか?」


井上さんは視線を足元に落として


「……これ以上ご迷惑を掛けられないと除隊を願い出たんですが……芹沢局長に撤回されました」


「…………それで?」


「……それで?」


私の質問に井上さんは顔を上げて質問で返す。


「だから、井上さんは除隊するんですか?残るんですか?」


「残るように言われました」


「本当に!?」


思いっきり笑顔でガッツポーズを取ってしまってから、後悔した。


だって、井上さんは除隊を願い出たわけだから辞めたかったんだよね……


「すみません!井上さんは辞めたかったのに喜んだりして…………いなくなるって聞いてすごく寂しかったから……」


「……寂しかった?」


意味が分からないという表情の井上さんはしばらく考えるように黙って


「私がいなくても馬越さんもいるし、沖田さんや、大事にしてくださる局長もいます。私がいなくても何も寂しいことなどないんです」


「……でも、井上さんがいなくなるのは寂しいですよ……」


そういうと一層考え込むように眉間にしわを寄せた。


「私でなくとも新しい隊士もこれから増えます。私のかわりなど他にもたくさんいます」


「……だから!そういうことではなくて、井上さんがいなくなるんだなーって思ったら……ってことで……他の人は井上さんとは違うでしょう?」


「他の人とは違う…………?」


…………え?私変な事言った?


当り前の事言っただけなのに。


また、訳が分からない顔をされた。


「そんなことはありませんよ。私など一隊士に過ぎないのですから」


「……そんなことありますから!」


私の言葉が足りないから伝わらないのかと、少し悲しくなってきた。


馬越さんが私と井上さんの間を抜けて、救護室の障子を開けた。


ちらり井上さんを見て草履を脱いだ。


「…………全く、どういう育ち方をしたのか知りませんけど、俺は自分のかわりなどいくらでもいるなんて考えたことありませんよ。いなくなろうが死のうが、誰も悲しまないと思ってるんですか?困らないとでも?あんな美人の姉上が必死で連れ戻そうとしてるのに…………アホですか?あんたは。それとも、その考えも武士の心得とかいうやつですか?」


井上さんは顔を歪めて


「なぜ私などに心を砕くのか……疑問でなりません」


馬越さんはああっ!とイラついた声を上げて


「めんどくせえなぁ……井上さんは……そんな言葉で今までどれだけ周りを傷つけてきたか、気付いてもいないんでしょうね」


乱暴に障子を閉めた。


井上さんは黙って救護室を離れて行く。


「井上さん!待って!!」


どうしよう!馬越さんの言葉に怒ったのかな?


井上さんの前に走り込んで腕を掴んだ。


「姉の所へ行かなければ……」


怒っているというより正気のない顔でぼんやり薄曇りの空を見上げた。


「あのね井上さん!私は井上さんがいないと寂しいし、きっと馬越さんだって寂しいからあんなこと言ったんだと思うよ!井上さんに分かって欲しいから!」


「……分かって欲しい?」


もう!何でわかんないのかな!!


ちょっとむかつきながら井上さんのお腹に思わずハグした!


「私も馬越さんも井上さんが好きってことですよ!お姉さんも井上さんが……蒼介さんが好きってことですよ!!いい加減分かってください!!!」


ぎゅっと井上さんに回した腕に力を入れた。


「だから、寂しい!分かるでしょう?いなくなったら寂しいし、きっとたくさん泣くよ!」


顔を上げると、井上さんの方が泣きそうな顔で見下ろしていた。


「……困るんです。私の事で誰かが泣くのは、もうこれ以上見たくない」


「しょうがないじゃん。みんな井上さんの事好きなんだから」


もう一度ぎゅっと抱き締めた。


「これこれ。こんな真昼間にこんな目立つところで。そういうことはこっそり二人だけでやんなさい」


井上源さんが、笑いながら横をすり抜けて行った。


慌てて井上さんから飛び退いた。


「すみません!思わずぎゅってしちゃって!ハグは世界共通の大好き表現かなと思って……」


何を言ってるんだ!私は!!


友達ならともかく!井上さんは歳上で大人で男の人なんだよ!!


意外と胸板厚かったな……とか、違うだろ!


今そんなことどうでもいいだろ!!


「だって!全然好きだって伝わらないから!いや!好きって友達として、好きってことですよ!」


言い訳する度に、段々困惑の表情が深くなっていく井上さんを見ていたら、いたたまれなくなってその場を逃げ出した。




救護室の前を、入ろうかどうしようかうろうろしていた。


どうしよう……


何だか泣きそうだ。


胸が痛いし、いらいらするし、頭もボーっとするし……


ためいきついて救護室の前で立ち止まる。


障子が開いて、いつもの不機嫌な馬越さんが見下ろしていた。


「なにさぼっているのですか?これ、福田さんがいなかった時の治療費の覚書……」


帳面を差し出した馬越さんの顔が滲んで揺らいだ。


「……はい。確認して会計の人に見せてきます……」


しまった。


今涙がこぼれた。


男のくせに何泣いてんだって気持ち悪がられるよ。


馬越さんに気付かれないようにうつむいて帳面を受け取る。


あれ?引っ張っても取れないんですけど…………


顔を上げると、かわいい目がゆっくり瞬きした。


それから「ちっ」と舌打ちする。


急に帳面を放されて後ろに尻もちついた。


「……気持ち悪い……」


ああ……やっぱりそう思うよね……


「すみません」


立ち上がっておしりをはたいた。


「俺が気持ち悪い……」


「え?あ!さっき吉川先生の所で吐いたから気持ち悪いんですね。胃腸に効く漢方薬聞いてきます!」


何か顔も赤くて熱もあるんじゃないかな?


頭を押さえて救護室に戻っていく馬越さんのために、もう一度吉川先生の家へ全速力で駆けて行った。























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