命の重さ七
何だろう………
沖田さんが殿内さんを斬った件から始まって、井上さんの
「浪士組のために」
発言は自分の中でどうしても上手く理解する事は出来なくて、ずっと胸の中でぐるぐるしていた。
馬越さんの後を歩いて薬を受け取りに行く。
ぼんやり考え事をしていたら、娘さんとぶつかってしまった。
相手は転んだ拍子に、足を捻った様で立ち上がれない。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?!」
私が駆け寄るより先に、馬越さんが足の具合を見て
「冷さなければ……歩けますか?」
娘さんに手を差し出した。
娘さんは恥ずかしそうに馬越さんの腕につかまってよろよろ立ち上がる。
「家まで送ります。福田さんは薬たのみます」
にっこり今まで見たこともない笑顔で、娘さんを支えて歩いて行く。
………何?今の笑顔は!?
きらきらのアイドル並みの笑顔は!?
「馬越さん!怪我させたの私だから、私が送って行きますよ………って、聞いてないし!」
置いてきぼりを食らって、一人屯所へ帰る。
「………可愛い子だったもんね。私の事思いっきり無視だよ………」
救護室の前で、お膳を抱えた井上さんと鉢合わせた。
「昼餉まだですよね?馬越さんは?」
「素敵な笑顔で、女の子ナンパして送って行きました………」
「女の子?ああ………馬越さんといるとよく娘さんに、声掛けられますからね………」
「………可愛い顔してますからね。昼餉の準備手伝います」
井上さんのお膳を受け取った。
「もう、おかよさんと終わらせましたから、食べましょう。久々に料理して楽しかったです」
二人で先に食事を始めたけれど、お腹は空いているのに箸が進まない………
「口に合いませんか?江戸風に少し濃い味にしてみたのですが………」
「いえ!美味しいですよ!」
どうしたんだろう………ムカムカして頭が痛い。
井上さんは箸を置いて、お茶を注いでくれた。
「やっぱり具合が悪いのではありませんか?今朝から、顔色も悪いですし、ぼんやりしているし………」
それは、いろいろと考える事があったから………
「私が当たり前だと思って生きてきたことで、また傷つけたのでしょうか………」
………………井上さん?
井上さんは部屋の角に積んである布団を、敷きながら
「………家では父の言葉は絶対でした。お仕えする国の殿にももちろん、最後の最期まで忠義を尽くせといわれて育ちました」
井上さんはため息をついて、
「たとえそれが人の道に外れる事であったとしても、お上の言葉は絶対だと信じていたのです」
こっちを見つめて、寂しそうに微笑んだ。
「あなたに、斬るの?と聞かれたとき、姉の顔が浮かびました。私はお上の命で、姉の許嫁を斬りました」
………どうしよう。胸が痛い。
「馬越さんの言っていた、侍は家のためならなんだってするは間違っていないのです。それが正しいと言われて育ちました………でも、この件で私は姉を失い、友を失い………でも、お上からは俸禄を頂いた」
胸がずきずき痛い。
「でも、私はやっぱり間違ったのでしょうか………」
痛い………
「………あれ?どうしてこんな話してるのですかね。すみません。どうかしてました。忘れて下さい。福田さんは横になって下さい」
にっこり笑って、掛け布団を重ねた。
「そんな顔しないで。こんな話聞きたくなかったですよね………」
「井上さん………痛いよね」
「え?」
「胸が痛いよね?」
井上さんの胸に恐る恐る右手を当てた。
「ごめんなさい。私には間違っていたのかいないのか答えられない。どうしても胸がぐるぐるして、分からないんです。でも、今決めました」
井上さんの茶色の瞳を見上げた。
「私はもう少し浪士組で頑張って見ようと思います。ちゃんと今の質問に答えられるまで」
井上さんはきょとんと見下ろしていた。
「だから!こういう時、何て言ったらいいのか分かんないアホなんです!私は!!頑張れ井上さんじゃないな?えーっと、なんだその………あ!」
正座して姿勢を正した。
「これからも仲良くしてください………」
いや、場違いな事言ったかな?
慰めるべきだったのかな?
頭がぐるぐるして、上手く考えがまとまらない。
「福田さん」
笑いながら、井上さんは私の額に手を置いた。
「私でよかったら、こちらこそ仲良くしてください。とりあえず寝ましょうか?顔が真っ赤です。熱もありますよ?」
冷たい手が額から首に滑り落ちた。
「熱?ああ………頭がぐるぐるするのは熱があるからなのかな?」
井上さんが急に笑うのをやめた。
「………井上さん?」
「………どうしても福田さんのことで、気になることがあるのですが………」
「何?」
「失礼!」
井上さんがぽんと私の胸に手を置いた。
「先日、あなたの口を塞いだときに………その………柔らかい気がして………」
殿内さんが訪ねてきた時のこと?
「!!!!何するんですか!」
固まった様に動かない井上さんの手を払って、逃げ出そうとすると、畳に押し倒された。
「それだけではない………阿比留さんの一件で、肩にもたれて泣いたときも………」
「!?」
井上さんは今にも泣き出しそうな顔で見下ろして、脇差しを突き付けた。
「あなたは間者なのですか?」
刀の冷たい冷気が喉に突き刺さる。
どうしよう………
私、拷問されて吐かせて奉行所に突き出されるの!?
嫌だ
絶対嫌だ!!
「気のせいです!」
どうにかしてごまかさないと!
「いや、おかしいとは思っていたんです。初めて会ったときから………」
「………刀差しっぱなしで隣に座ったとき?」
「………………それも、衝撃的でしたが、男にしては、かわいすぎるというか………」
え?かわいい?
一気に頬の体温が上昇した。
「………この状況で赤くならないで下さい」
すみませんね………そんな事言われたことないから、ちょっと嬉しくて………
「………気のせいです」
井上さんは脇差しを胸元に当てた。
「これ以上ひどいことはしたくないのですが、あらためます」
「何するの!?」
「………あらためます」
あらためると言っても、井上さんは脇差しを胸元に当てたまま、躊躇していた。
脇差しを突き付けられている私より、辛そうな井上さんを見ていたら、ふと言葉が口をついて出た。
「ごめんなさい。井上さん嘘をついていて………」
脇差しをよけてゆっくり体を起こした。
「私は女です。でも、間者ではありません」
それから、浪士組へ女は入れないと知らなくて入隊したこと
近藤局長に捨てねこ?みたいに拾われて置いてもらっていること
今日までの事を全部正直に話した。
話している間、井上さんは黙って何も言葉をはさまなかった。
きっと怒っている。
呆れている。
もう、今まで通り仲良くしてはくれないんだろうな………
話しながら、喉の奥が痛くなって、最後は上手く言葉が出なくなった。
少しの沈黙の後
井上さんは何も言わずに部屋を出ていった………
私はそのまま、布団に倒れこんで目を閉じた。
普通科の朝は、他の学校や科より一時限早いから、他の学校に行った友達と登校中に会うこともない。
もう、新選組の夢はつらいよ………
その日は泣きながら目を覚ましたせいで、朝から目が腫れていた。
少し風邪気味で熱があったけれど、入学早々休んでしまったので、これ以上休んでいられない。
横断歩道で信号待ちをしていたら、隣に真新しいスーツを着たお兄さんが走ってきた。
「すみません。市役所はこの先で大丈夫ですか?」
「はい。ここを真っ直ぐ行って最初の角を右に曲がると見えてます」
「ありがとうございます!」
信号が変わると同時に走っていった。
新入社員だろうか?
お兄さん………寝癖ついてるよ………
笑ったら少し心が軽くなった。
頑張れ新入社員!
私も頑張ろう




