命の重さ四
雨音が耳に心地いい。
「福田さん、プリント集めたいんだけど」
ケガから復帰して、普通に通えるようになったけど、まだ新選組の夢は見続けてる。
もう、時々どっちが夢か分からなくなる。
教室の机で眠っていた。前の席の男子が集めたプリントの束を持って立っていた。
鞄から出したプリントは真っ白………
「やば………忘れてた」
「まだ大丈夫だよ。昼休みに持って行くから」
「本当?ありがとう」
この人名前なんだっけ?
「休んでたから分かる?問題?」
ざっとプリントの問題に目を通す。
「うん。大丈夫そう」
早速プリントに取りかかる。
回りは休み時間で、ざわついていた。
「見せてやろうか?」
顔をあげると充と久美ちゃんがプリントをひらひらさせて見下ろしていた。
「別にいい」
「報告があります!」
久美ちゃんが手を挙げた。
「私!充君に振られました」
「ええ!?」
「かなりへこんで、睦月なんて友達じゃなかったらいいのにと思ったこともありました。それであんなこと………」
チャイムが鳴った。
あんなことって何?
「でも、やっぱり睦月が好き。それだけ言いたかったの。ごめんね……」
久美ちゃんは急いで席に戻った。
「………俺は松永さんのこと、まだ許せないよ………」
「何?」
先生が入ってきて授業が始まった。
「………弁当渡してきました」
部屋の隅の小さな文机に突っ伏して眠っていた。
目を開けると、馬越さんが髪からぽたぽたしずくを垂らして隣にいた。
「疲れているのですね。井上さんにもたれて寝てましたし」
外は雨がひどくなっていて、馬越さんはずぶ濡れだ。
「風邪ひきますよ」
手拭を渡すと、ガシガシ頭を拭いた。
「弁当渡したって………阿比留さんに会えたのですか!?」
「はい。江戸へ帰ると言っていたので、三条過ぎた辺りまで行ってみたら、途中で会えました」
「大丈夫でした?体調悪いのに………」
………………敵だ
土方副長の言葉を思い出した。
「一人ではなかったから、大丈夫でしょう」
言いながら袴を脱いだ。
「馬越さんは斬り合いにならなかったの?」
「はい?そう言えば何だか早く立ち去ろうとはしてましたね………今朝の一件で処分でもされたのかなぁ………でも、斬り合いってなんですか?」
そして、着物の帯を解いて、着物一枚になった。
え?何してんの!?この人!!
「寒い………着物借りていいですか?」
ああ。濡れたから着替えてたのか。
急に脱ぐからびっくりした………
男同士なら脱ぐか………そうだよね………
この前三人で買った着物を差し出す。
「………小さいかもしれませんよ」
「部屋まで取りに行くのめんどくさいので、乾いたらすぐ返しますから」
びっくりした。
全部脱いだらどうしようかと思った。
「顔赤いですけど、熱でもあるんじゃないですか?」
「ないです!」
いきなりあんたが脱ぐからでしょう!
「体温計で計ります。俺、一回計ってみたかったんですよね」
「え?自分の計ったらいいじゃないですか!!」
「それじゃあ、患者の計るとき分からないでしょう?」
無理矢理肩を掴まれて、馬越さんはくるりと正面を向かせた。
「はい。胸開けて下さい。脇に挟みます」
「嫌ですよ!」
「顔が真っ赤です。熱ありますね」
肩を掴んだ手を外そうと、二人で押し合いもがいていたら畳に頭をぶつけて倒れた。
覗きこんだ馬越さんの髪からしずくが落ちて、首筋をつたった。
これって、世に言う押し倒されているという図になってるよね?
馬越さんはそのままじっと見下ろしたまま、どいてくれないし
何?何?何ー?!
「何故そんなに嫌がるのですか?」
どうしたらいいのか分からなくて、かわいい顔を凝視していたら、涙が浮かんできた。
「………なっ………泣くほど嫌って………別に俺は何も………」
「だって!」
馬越さんは珍しく困惑した表情で溜め息をついた。
「男が泣くな………」
泣くなって言われても、びっくりしたんだもん。
そりゃあ、馬越さんは私のこと男だって思っているから、こんなこと何とも思わないでしょうよ!
泣いた私が変でしょうよ!
「………仕方ないじゃん。びっくりしたんだもん………」
本当は女の子なんだよ………
「福田君!頑張っているか?」
外から芹沢局長の声がして、慌てて馬越さんの下から飛び起きた。
救護室に上がって、上機嫌で持って来た風呂敷を開く。
「あ!だんだら羽織り!!」
浅葱色の袖に山型の白い模様が抜いてある。
「作らせたのだが、イマイチだったなぁ。生地は薄いし、色も派手すぎるだろ?」
「そうですか?私この色好きですよ」
「値切り倒したのが、悪かったか?会津が金を渋るからな。どうもこうもいかん」
やっぱり浪士組はお金に困っているんだ
こないだ作った足りない薬のリストなんて見せられないよね………
「芹沢局長、これが救護班に足らない物です」
馬越さんが帳面をすっと芹沢局長の膝の前に差し出した。
ちょっと!空気読んでよ!!
芹沢局長は目を通して
「あい分かった。用意させよう。馬越君と言ったか?ひとっ走りして、早速頼んで来ていいぞ」
馬越さんは
「はい」
と部屋を出て行った。
芹沢局長は胡座をかいて
「福田君にも、一着やろう」
「え?でも私は、隊士でもないし、巡察にも出ないですから……」
「何を言っておる。立派な隊士だろ?今度、大阪に行くが一緒に来るかね?」
「……近藤局長に聞いてみないと分かりません」
「あいつは頭が堅いからな。金など無くても、将軍様にお使いできるだけで、本望だ!なんて世迷い事言って、金がなければ飯も食えん!組も整わん!隊士も増えん!いつまでも、田舎道場気分でいてもらっては困る」
……確かに奉行所の人みたいに、身なりはぴしっとはしてないかも。
馬越さんの叔母さんにもごろつきって言われたし………
「福田君は本当はどこの娘さんだね?近藤局長の親類にしては、全く似ていないがね」
「………親類ですよ」
「………そうか」
芹沢局長にいきなり右手を握られた。
「田舎の娘の手が、こんなに、か細く白いかね?」
びっくりして握られた手を引っ込める。
「……いかんな。男の振りするなら、もっと日に焼けて鍛えなければ。あいつは、男の振りしとけだけ言いおって!どうしたらいいのかは、考えない男だからな。このようなかわいらしい娘を、側に置いておきたい気持ちは分かるが、何の手立ても考えてやらなくてどうする。苦労するのは、福田君なのにな」
「………はぁ………」
「愚痴を申しても仕様がない!さてと、出掛けるとしよう」
「いってらしゃいませ」
「君もだよ」
「え?」
「何か旨いものでも馳走しよう」
本当に!
一瞬笑顔になりかけたけど近藤局長との約束を思い出した。
「…あの、私行けないんです」
芹沢局長に呼ばれても行ったらいけない。
「ふむ」
「すみません」
「………まぁ、誘いにひょいひょいついて行く、娘もどうかと思うが、そうか行けないか……そうか……そうか……」
芹沢局長はがっかりしたように呟いた。
そしてふと顔を上げて
「また、誘う」
「………はぁ…」
バタバタ外を走る音が近付いてきた。
凄い勢いで障子が開いて
「福田君!!」
近藤局長が顔を真っ赤にして、土足で部屋に踏み込んできた。
あっけに取られている芹沢局長の前に正座して
「これは大事な預かりもの!ご容赦願いたい!」
「………何を慌てておる。わしが手込めにするとでも思うたか?」
近藤局長は無言で頭を下げた。
「それはそうと、福田君も大阪に連れて行こうと思うのだが、よいな?」
「それは!困る!!」
「つまらんだろ?一日中こんな部屋で病人怪我人と向き合って、気晴らしだ。連れて行くぞ」
芹沢局長は不機嫌に部屋を出て行った。
近藤局長は頭を上げると私の両肩を掴んで
「何もされなかったか!?」
「はい…食事に誘われましたけど、断りました」
「……怒っただろ?芹沢さん」
「いいえ、全然。また誘うって」
「絶対行ったらいかん!!」
もー!
近くで大声出すから耳がきーんてしたよ!
つば飛んだし。
「分かってます!肩が痛いです!」
慌てて手を離してため息をついた。
「誰だ?土足で救護室へ上がったのは?」
沖田さんが浅葱のだんだら羽織を着て戻ってきた。
「おかえりなさい!似合うじゃないですか!」
「ああ、これ?派手だろ?」
立ち上がって沖田さんの周りを一周する。
「新選組って感じです」
「なんだ?その新選組って。ここに来たときも言ってたな?」
「まあ、そのうちわかりますから。素敵素敵!」
ホントに浅葱色の羽織は沖田さんに似合っていた
。
「福田君!私も似合うかね?」
振り返ると近藤局長も浅葱の羽織を羽織っている。
「………何か変…………あっ!」
慌てて言い直そうと思ったけど
「近藤さんにはちょっと似合わないなぁ…」
沖田さんがトドメの一言
「………そうか…変か……」
「あー!近藤局長にはもっと黒とか渋い色が似合うかと……」
そこへ巡察から戻ってきた原田さんと藤堂さん永倉さんがやってきた。
「羽織素敵ですよね?」
「福田?本気で言ってんのか?目立ちすぎだろ!」
原田さんは不満そう。
藤堂さんが不意に笑い出した。
「近藤さん!似合わねー」
「おお!忠臣蔵に出そう」
トドメのトドメ!
皆さん言い過ぎだってば!
近藤局長泣きそうだよ。
「何を騒いでやがる?」
救護室でだんだら羽織試着会をしていると、土方副長が白い羽織をもって来た。
近藤局長の方を見て眼を伏せて一瞬……
「あ!土方さん笑ったろ?今!」
目ざとく藤堂さんが指摘する。
うん。
笑ったよね……今……
それには答えず
「あんたのはこっちだ」
白地に黒のだんだら羽織を近藤局長に手渡した。
「………どうかな?」
「全然!こっちのがいいです!ねえ!」
皆さん!いいって言って!!
「そうか?似合うか!福田君」
「はい!似合います!」
「さっきのよりはマシだな……誰だ?土足で救護室に上がったのは?」
土方副長が救護室の縁側に腰掛けて
「局長、羽織はいいんだが、大阪にこいつも行くのかい?」
こっちみたから私の事よね?
「芹沢さんが連れて行くってきかねえし、置いていくのも心配だしなぁ………」
「あんた、いつからこいつの保護者になったんだ?こいつのことは、総司にまかせて………そうか、総司も大阪に行くのか」
気が付くと沖田さんたちはとっくにいなくなっている。
「総司はここに置いていくか?」
近藤さんの一言に慌てて意見する。
「だめです!沖田さん前に大阪行きたいって言ってましたから!」
「でもなあ……連れて行くのも心配だしな、置いていくのも心配だしな………」
ああ、また迷惑かけてる。
どうしよう。
うなだれていると、ふと頭をぽんぽん軽く叩かれた。
「追いだしゃしねえよ。ねこの一匹位面倒見てもらえんだろ。心当たりを訪ねてみるか」
顔を上げると土方副長が…………………
微笑んでる!!!
こんな優しそうな土方副長初めて見た。
ドキドキして………顔が熱くなってきた。
「大阪に行ってる間、ひとまず、よそで働いてもらう。いいな?」
「………はい」
笑顔だよ笑顔……
綺麗な瞳だな………
見つめられすぎて頭がぼーっとしてきた。
「だから、死ぬ気で働け」
「……え?」
「そういうことで、何の心配もいらねえ。しかし、羽織の色が派手すぎたな………少し色変えてもらうか……」
………え?
「そうか!預かってもらうか!!よかったよかった。これで、安心して大阪に行ける!」
二人は談笑しながら八木邸に戻ってしまった。
だから死ぬ気で働けってどういうこと?!
副長!!




