命の重さ三
「江戸へ帰った?」
近藤局長を訪ねると、何やら真新しい着物に着替えて出かける所だった。
同じく着替えていた山南さんが、いつものにこにこ笑顔で
「今朝の一件もあって居づらくなったのでしょう。福田君に世話になったと伝えてくれと言ってたよ」
二人はばたばた部屋を出ていった。
「あんなに辛そうだったのに………」
絶対大丈夫じゃない!
京都から東京まで歩いてなんて帰れないよ!
「諦めろ。あいつに次会ったら、刀交えることになる」
土方副長が部屋の小さな机の上から、小さな風呂敷をとって懐に入れた。
「え?」
「分からなかったか?あいつは敵だ。だから斬り合いになるって言っている」
「………阿比留さんは病気です。同じ浪士組なのになんで………斬ったら死んじゃうじゃないですか………」
「だったら、お前が斬られて死ぬか?俺はごめんだ」
土方副長が出ていっても、しばらく考えたけれど、全く私には理解できなかった。
さっきまで仲間だった阿比留さんが敵になって、お互い会ったら斬り合いに………殺し合いになって………
どっちかが死ぬ ………
何でそんなことに?
局長達とけんかでもしたの?
今朝の殿内さんのことで?
確かにちょっとムカついたけれど、それがどうして
「どうしたら、殺し合いになるの?人殺したら犯罪だよ。死刑だよ」
呟いて気が付いた。
この夢は幕末。
沖田総司が血を吐きながら人を斬った時代。
斬り捨て御免の時代。
救護室に戻りながら、すれ違う隊士達の刀に目が行く。
あれは、ただの飾りじゃない。
人を殺せる武器。
敵なんて………
ポツリ額に雨が落ちてきた。
何だか疲れた。
阿比留さん傘持っていったかな。
濡れたら風邪引いちゃうよ。只でさえ具合が悪いのに…………
「阿比留さんは?」
馬越さんがお梅さんに貰ったお弁当の包みを持って 救護室から降りてきた。
「よくわからないんですけど、もう敵だから会ったら斬り合いになるって。お弁当渡したかったな………」
馬越さんは黙ったまま、前川邸の門を出ていった。
「具合でも悪いですか?」
井上さんが目の前の縁側に座っている。
毎度、気配がないからいつも急に現れた気がしてびっくりするんだけど。
「あまり食べていなかったようですし、もう、阿比留さんの事は天にまかせて忘れましょう」
「敵って何?」
隣に座って、小降りになった雨が地面に色を付けて行くのを眺めた。
「敵?分かりやすく言われたのでしょうか………私も浪士組に入って、近藤局長のお側に仕えていますが、上手く説明できないと思います」
そうだ。井上さんも私と同じくらいに入ってるんだもん。
「江戸から都に来た当初は、攘夷………異国との戦の準備に将軍を警護するというお役目で志は同じだったのでしょう。それが、途中で天皇の攘夷軍にすり替わってしまったそうです。攘夷という目的は同じでも、将軍と天皇の違いで分裂。もともと、気が合わなかったとか考え方が違うとか、いろいろあったんでしょうかね?」
「………へー」
同じ位に入っていても、何だこの知識の違いは………
「今朝の殿内さん、芹沢局長、近藤局長らは京に残られて、会津藩のお抱えになって今に至ります。ですが殿内さん達………殿内派といいましょうか?は、どうも上手くいっていないようです。それで、分裂。敵になったと」
「敵って………分裂したなら、もうかまわなければいいじゃない。どうして斬り合いになるの?」
井上さんはちょっと笑って
「浪士組といっても、ここもいつなくなるか危ういんですよ。これから、京で実績を作って会津藩の信頼を経て、浪士組を大きくしていかなければならない大事な時期なんです。その障害になるものは敵です。皆さん浪士組に命をかけているんです。ですから、命をかけて守ります。今朝の沖田さんの行動は、そういうことです。敵には容赦しません」
「だから、斬り合いになって殺すってこと?」
うーんと井上さんは、天を仰いで
「それは福田さんに分かりやすく言っただけで、大げさかもしれないですけど、ありえることです」
井上さんはさらりと言う。
いつものおだやかな優しい空気のままで。
「井上さんも、殺すの?」
一瞬、とても傷ついた顔をした。
なんだか言ってはいけない、聞いてはいけない質問をした事に気が付いて謝ろうとしたけれど
「はい。それが局長命令なら」
さらりと言った。
いつものおだやかな優しい空気のままで。
阿比留さんのいなくなった救護室は、とても広く感じた。
もともと六畳の部屋と隣の部屋の襖を外してひとつにしているから、十二畳ほどあるんだけれど。
一人で薬箱を開けて、チェックする。
包帯もまだあるし、傷の薬もある。
吉川先生の所に習いに行かないといけなかった…………
「………って、私何やってるんだろう?夢なのに」
頭が痛い。
眠たい。
なんだかとても疲れた。




