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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
13/54

命の重さ

「………そうか、一週間は学校休まないといけないか………」


「七針も縫ったのよ。傷口が残っても後頭部だから髪で隠れて良かったわ。女の子なのに少しハゲが出来ちゃったけど………」


お父さんとお母さんの話し声で目が覚めた。


でも、目は閉じたまま寝た不利をしていた。




不意にほっぺたをつままれて、目を開けた。


「痛ーい!」


目を開けると 馬越さんのドアップ!!


「ひぃっ!…………」


出そうになった悲鳴を無理矢理飲み込む。


もう、幕末の夢見るのにかなりなれてきたけれど!


それより!なにより!


なぜ一緒に寝ているの!?


「あ、起きた。朝まで起きてたんですか?起こしてくれれば変わったのに」


馬越さんは、何事もなかったように、隣に寝転んで、んーと両手を伸ばしている。


バレてはいないようだけど………


心臓がばくばくしている。


「福田さん、寝相悪いですね。俺の掛け布団とって、ぐるぐる巻きになって転がっていくから、寒くて目が覚めましたよ」


………言われる通り、布団をぐるぐる体に巻いて寝ていたようですが………


「いい夢見てたのにな………娘さんに抱き付かれて、柔らかくていい具合だったのに………いい所で起こされた」


恨めしそうな目でこっちを見た。


そんなやらしい夢見てた奴と一緒に寝てたのか!?


ああもう最悪だ………


「………変態」


「………誰がですか?」


顔近いから、馬越さんの長いまつげまで、数えられそうだ。


………しかし可愛い顔をしているよね。


頭の中変態だけど………


まじまじ顔を見つめていたら



「…………おぬしら、そういう関係か?」


阿比留さんの呆れた声が聞こえてきた。


「まさか、俺は女がいいですから。医者に診てもらう決心はつきましたか?」


阿比留さんは体を起こして


「………ああ」


と短く答えた。


「どちらにせよ、この身ではなんの役にも立てぬ。ここにいても面倒をかける。江戸へ戻ろうと思う」


外から隊士達の雨戸を開ける音が聞こえてきた。


もう朝稽古の時間だ。




馬越さんの連れてきた、どんぐり眼の上野の西郷さん似の医者の吉川(きっかわ)良斉の診断は、労咳だった。


「風通しのええ部屋で、ゆっくりして、何か滋養のつくもんでも食べさせて下さい」


それだけ言って帰ろうとする医者を門まで追いかけて行った。


「先生。お薬とかないんですか?どうやって看病したらいいんですか?」


「………なるようにしかなりません。他の方にうつらんように気いつけて。あんたもここの救護班してんやろ?だったら、分かってると思うけどな」


先生は、一息ついて


「江戸まで戻るんは難しい………どうしてもというなら、身の保障は出来ん」


「阿比留さんは帰れないの?でも、元気そうですよ?」


「福田さんは医学の心得がないんかい?」


大きな目で見つめられて、私はこくりと頷くことしかできなかった。


「私は知ってるのは、学校で習った応急処置とか、一般常識くらいです………」


ふと、西郷さん似の吉川先生の顔を見ていたら、口が動いていた。


「私に、治療法を教えて頂けませんか?」


「………あほか。帰る」


「少しでも、浪士組の役に立ちたいんです!阿比留さんが血を吐いて苦しそうにしてるのに何にも出来ないし、救急箱の薬もなくなっちゃうし………救急ガイドブックだって実際やってみないと分からないし………」


懐に入れていた、ガイドブックを取り出して、先生に渡す。


先生は急に、興味深げにガイドブックをめくっていく。


「………これはどこで手に入れはった?」


「救急箱についてたんだと思います。………あの、困ったことがあったら、相談に来てもいいですか?」


先生は返事もせずに、ガイドブックに釘づけだ。


「先生?阿比留さんが心配なので戻りますね。ガイドブックもういいですか?」


「………借りてもええか?」


「え!ダメです!!何かあって頼りになるのはその本だけなんですから!!!」


先生の手から本を取り返して、阿比留さんから預かっていた治療費の包みを渡す。


頭を下げて戻ろうとすると


「わかった。教えてやるさかい、その本写してええか?」


「ほんとですか!もちろんです!!よろしくお願いします!!!」


西郷さん似の先生は手を出した。


すかさず、よろしくの握手!


「………何してん?本寄こさんか………」



「福田と吉川先生なにしてるんですか?」


沖田さんが怪訝そうに、握手してる私たちを見ていた。


先生はにやり笑って


「沖田はんが薬貰いにこられまへんから、妹がうわの空で困りますわ」


「え?………まだ、薬残ってますし、昨日行きましたよ………」


この二人知り合い?


「そや!福田はん、うちの弟子にしましたから一緒に訪ねてきたらええ。ほな」


先生はにやにやしながら、歩いて行く。


………薬を貰いに来ない?妹がうわの空?


「あ!そういうことか!」


やっと気がついた私も、にやにやしながら沖田さんに小声でささやいた。


「あのきれいな人の所の先生って、吉川先生だったんですね!」


沖田さんは少し赤くなって


「………誰にも言うなよ」


「はーい!よし!救護班の勉強頑張ろう!沖田さんもファイトです!」


「………で、吉川先生は何しにきたんだ?」


………そうだ

近藤局長に話さなければいけなかった。


阿比留さんの事………





八木邸では、幹部の皆さんが集まっていた。


「忙しそうですね………」


さっさと上がっていく沖田さんに置いて行かれて、玄関でおどおどしていると、芹沢局長に見つかった。


「お!福田君!頑張っているか?」


隊士の間を抜けて、玄関までやって来た。


「こんにちは。また後できます………」


「何だ浮かない顔をして?申してみろ!」


夕べの出来事から、吉川先生の診断まで順を追って話した。


中からは、将軍は京に何しに来たんだとか、江戸に帰すなとか時たま怒号が飛んでいた。


「そんなに悪かったか………」


「はい。江戸に帰るのは無理だって言われたんです。でも、阿比留さんはここにいても迷惑がかかるから帰るって言うんですけど………」


八木邸の玄関で、芹沢局長はあぐらをかいて腕を組んだ。


「攘夷の魁になろうと、志同じくして出てきたが、また一人いなくなるか………」


ぽつり芹沢局長はこぼして、立ち上がった。


「好きにしなさい。救護班は福田君だから、君に任せる」





救護室にもどると、阿比留さんは一人で身支度を整えていた。


「局長に許しを貰ったら、明日にでも発つ」


どうしよう………先生は江戸に戻るのは無理だって言ってた。


「あの阿比留さん。もう少し治療して元気になってから帰られたらいいじゃないですか?江戸って遠いでしょう?歩いて帰るんですよね?」


「元気になる?本気で言っているのか?」


冷たい目で体が凍った。


「まだ何もやっておらぬ………まだ何も………」


刀を取って立ち上がった。


「どこに行くんですか?!芹沢局長からは好きにしていいって言われましたから!!」


「………労咳持ちなど邪魔だ、斬れって言われなかったか?」


さびしく笑って部屋を出て行った。





「………言われてないよ、そんなこと………」


阿比留さんに、どうして接したらいいのか分からないし、何が一番いい方法なのかも分からない。


でも、一人にすることは出来ないから


銀ちゃんをとって、後を追いかけた。





近藤局長にだまって出かけたことが心に引っかかってたけれど、阿比留さんの少し後ろをついていく。


まさかこのまま江戸に帰ったりしないよね?


外はいい天気で、汗ばむくらいだ。


畑の広がる畦道をしばらく歩いて、阿比留さんは立ち止まった。


「………おい。どこまでついてくる気だ?」


「だって………」


「心配無用だ………勝手に江戸には戻らぬ。会いたい相手がいる。ついてくるな」


「早く帰って来て下さいね………」


どうしたらいいのだろう………


薄い雲の広がる空を見上げていたら、犬を連れた西郷さんが浮かんだ。





吉川先生のうちは、丸格子のはめられた住宅街にあった。


中から出てきたのは、沖田さんと一緒にいたあのきれいな人だった。


「兄は留守にしてます。急病ですか?お薬ですか?」


「いえ、ちょっと患者さんのことで相談があったんですけど………また来ます」


きれいな人はにっこり笑って


「もしや、壬生浪士組の救護班のお人でっか?」


「はい」


「ホンマや!女子みたいにかわいらしいわ。沖田はん知ってはる?」


「はい」


「咳止まりました?ああ、そうや!この飴持って行ってくれまへんか?」


壁に並べてある、たくさん引き出しのついた箪笥から、紙袋を取り出した。


「………あの沖田さんの彼女なんですか?」


「彼女?」


「えっと、お付き合いされてるんですか?恋人?」


この質問に、急に笑い出した。


「いややわ。兄と同じこと言うて!うちみたいな出戻り、沖田はんにはもっと若い方がお似合いやわ。子供もおるんどす」


「え?!全然お母さんには見えない」


紙袋を受け取りながら、まじまじ顔を見てしまった。


沖田さん知ってるのかな?


「うちの子、沖田はんが大好きで、彼女?にするならうちのこをお願いします」


………沖田さん、悲しいことに玉砕ですよ


そういえば、縁結びのお守りあげるの忘れてたな………


「あの………やっぱり彼女は娘さんではなく、お母さんの方が喜ぶかなーって、思ったりして………」


「あら!おおきに。お菓子持っていく?」


全然この人沖田さんが好きだって気付いてないよね………


奥で子供の泣き声がした。




前川邸の救護室には阿比留さんの姿はなく、代わりに近藤局長と沖田さんが口論する声が、外まで聞こえていた。


「でしたら、首に縄つけて柱にくくりつけていたらいいでしょう?!」


「そんなこと!あの細い首に出来るか!」


「子供じゃないんですから、帰ってきますよ」


「子供じゃないから、心配なんだろ!」


只今戻りました………と、声を掛けて縁側に上がると、近藤局長が障子を開いた。


乱暴に開けすぎて、外れてしまった。


「どこに行っていたんだ!」


急に怒鳴られて固まっていると


「一人で出歩くなとあれほど言っただろう!?」


近藤局長はへなへな畳に崩れ落ちた。


「………ごめんなさい………局長」


近藤局長の前に膝をつく。


「………して言わない?」


よく聞こえなくて、首をかしげると


「芹沢局長には、阿比留君のことは相談して、わしには言わないんだ………」


うつ向いたままぼそぼそ話した。


「阿比留君は除隊にする」


「でも、お医者さんは江戸に帰るのは無理だと言っていました」


近藤局長は顔を上げて私の両肩をつかんだ。


「浪士組に労咳持ちは置いておけない。これから、隊士を募ったり、会津にも掛け合わなければならない。死病持ちがいるのは体面にも悪い………」


死病持ち?体面?


「他の隊士にうつらないとも限らないだろ?………何より、福田君に看病はさせられん」


うつる………


近藤局長は黙って見下ろしていた。


「除隊が一番いい」


近藤局長………


言っていることはわかるけど、阿比留も帰るって言ってたけど………


「………死病持ちってなんですか?そんな言い方!ひどいと思います!治るかもしれないじゃないですか!!」


「………治らぬよ」


阿比留さんが庭に立っていた。


「明日江戸に経ちます。殿内にも挨拶してきた所です」


局長は頷いて


「今夜はゆっくり休め。隊士にはわしから言っておく」


いつの間にか沖田さんも、縁側に出てきていた。


「お別れ会しないと………」


阿比留さんが笑う。


「お別れ会?沖田さんは相変わらず妙なことを思い付くな」


「………福田!お別れ会の用意だ」





その夜、救護室では些細な飲み会が催された。


幹部の皆さんや名前も知らない隊士まで、別れの杯を交わして部屋を出ていく。


私は部屋の角に座って、そのまま光景を眺めていた。


ずっと胸の辺りが穴が空いたようにすかすかしていた。


皆が帰って、阿比留さんと馬越さん、沖田さんの四人になった。


阿比留さんは一人で休みたいと言うので、三人で他の隊士に混じって、雑魚寝の部屋で休んだ。


死病


体面


うつる


すかすかした胸が、痛くなって眠れなくて、真っ暗な部屋から外へ出た。


月もない真っ暗な夜だった。


縁側に腰掛けて脚をぶらぶらしていた。


労咳………今で言う肺結核


「私のいた所では治るのに………死病じゃないのに………」


「局長がお呼びです」


井上さんの声。


この人は気配がないからいつもびっくりするんだよ。


顔をあげたら、涙が頬を伝った。


真っ暗で井上さんの顔は見えないけれど、きっと井上さんには泣いてるのバレたな。


井上さんは隣に腰を下ろした。


「阿比留さん残念です………江戸で北辰一刀流を学ばれたそうです………………」


優しい声に心が緩んだ。


井上さんの肩に額をおいて少し泣いた。


私は何も出来なかった………


救護班失格だ。






















































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