十三話 想像する世界
食事を終えた一行はそれぞれに用意された客室に向かう。昔は里長宅に泊まったりもしたらしいが、今はお年寄りたちが住んでいるので空き部屋がないとのこと。
アスロは皆と別れ、森人の案内によりいつぞやの地下小屋を目指す。里の雰囲気だが、以前よりも少し賑やかな気がした。
もっとも前回は例の小屋からほとんど出ていないので、彼も語れるほどこの場所に詳しくはない。
祭りの準備なのか、年長の森人が子供たちと何かを作っている。薄めの紙と良くしなる木材を使っての工作。
向こうの世界で言うところの、凧または紙灯篭のような物でも作っているのだろうか。
「冬を越せた祝いの祭りでしたっけ?」
「はい。あとは私たちの祖先に向けて、元気にやってますよと伝えるお祭りでもあります」
自分が執筆している作品では、エルフは始祖と末裔みたいな感じでわけていた。ではこちらの世界での森人はどうなのか。
「その中には、時空の民も入ってるんすか?」
「どうなんでしょう。でも古来より遺跡の管理をしてるんですから、無関係ってことはないと思います」
資料がなくなっているのか、それとも里長やテオなどの重役にのみ伝わっているのか。
「部外者に言っちゃ駄目な規則とかあったら、なんか聞いちゃってすんません」
「気にしないでください。そもそもそういった重要な内容は、私たちにも伏せられてますんで」
どうやら後者らしい。
「さっき積み下ろしのとき、弟さんと一緒に作業したんすよ。なんかまだ一年も経ってないのに、大きくなりましたよね」
姉の方に外見の変化はみられない。
「なんか気負ってる風にも感じられて、私としては少し複雑なんですけど。俺が頑張らなきゃって」
「でも逆の立場だったら、妹は私が頑張らなきゃって思うんじゃねえかな」
少なくとも自分の知っている兄と妹は、喧嘩なんかもあったのだろうけど、傍目からは上手いことやっているように見える。
「誰かさんみたく塞ぎ込むよりゃ、ずっと良いっすよ」
アスロの口調に感じるものがあったのか。
「塞ぎ込んだんですか?」
拘束所から脱出して直ぐの頃。
「あんま記憶にないんすけど、しばらくは部屋の中から出れなかったかな」
血の繋がりはなかったし、もう顔も声も覚えていないが、自分からすれば兄のような存在だったのかも知れない。
「そうですか」
「弟さんが自分なりに変わろうとしてるなら、見守っていくしかないんじゃねえかな。少なくとも俺から見たら、ずいぶんと立派な男っすよ彼は」
大樹の根にそって歩けば、やがて丘へと到着する。
「相変わらず、凄いっすね」
丘の真ん中にそそり立つ大樹。
「彼らも祭りの準備っすか?」
巨大な幹から分かれる枝の上で、何名かの森人が足場を組むための作業をしていた。
「大樹に飾りつけをさせてもらうので、そのための準備になります」
「ってことはここが祭りの会場になるわけだ」
空をおおう大樹の枝葉を見あげながら歩いていたので、小石につまづいて転びそうになる。
「大丈夫ですか?」
「お恥ずかしい」
そこからは足もとの確認を怠らず、根本まで到着すれば、大地と大樹の隙間から地下空間へと入っていく。
「お久しぶりです」
根路隊の面々が待機していた。皆が手をあげるなどの動作を返してくれた。
「兄ちゃんじゃねえか、よく来たな」
「盗賊のねぐら以来っすよね?」
テオだけでなく、あの場にいた者も確認できる。
「ここに来たってことは、君またあの小屋に泊まるつもりかい?」
守人は苦笑い。
「はい。お世話になります」
「首もとの傷は良くなったようだね」
アスロはうなずくと、傷跡の残ったその位置に触れながら。
「もう痛みもないし、この通り動かしても平気っすよ。一応ですが治癒気功もありますし」
湿度などが関係しているのか、日によっては痛むこともあるが、完治といって問題ないだろう。
「だがなアスロ。その名前を引き継ぐってことは、利点だけじゃないからよ。引き寄せられねえよう気をつけんだぞ」
「言葉でそうしますっつうのは簡単なんですがね」
言霊というのは恐ろしい。
「引き寄せられる時は、もしかしたら自分でも気づいてないかも知れねえ」
「だな。ところで前に里を出た時、俺が言ったこと覚えてるか?」
アスロはしばらく考えると。
「森の案内でもしてくれるんすか?」
「そうそれだ。あんな小屋に引きこもっていると、また嬢ちゃんが心配すっからな」
彼は逃避行という環境により、なんらかの耐性がついているのかも知れない。地下空間のうす暗い小屋にずっと居るというのは、普通は気がおかしくなるのではないか。
「そうっすね」
アスロの場合は人目の多い場所の方が精神がすり減る。安全と言われたあの小屋は、彼からすれば居心地がとても良かった。
「なんもせずにジっとしてんならキツイかもですが、あの時はこっちに来たばかりで、考えることや気功術の練習なんかしてましたんで。集中するには良い環境だったんすよ」
時間を忘れるほど。
「でもそうっすね。森の案内、お願いしても良いっすか?」
「おう任せとけ。里長には俺から言っとく」
改めて頭をさげれば、テオの仲間が笑いながら。
「君も今やララツの住人だからね、森での作業を守人が手伝うのは当然のことだよ」
「ありがとうございます」
ずっと根路隊とアスロのやり取りを見守っていた姉の森人は、他の面々と会話をしたのち、一足先に吊り橋のほうへ向かっていた。
「じゃあ俺、また小屋にこもらせてもらいますんで」
所有空間があったとしても、鎖帷子などの防具一式はそれなりに重いので、今はさっさと脱ぎたいというのが強い。
小さな鞄を肩にかけ直す。以前雑貨屋で買ったものだが、この半年ほどで随分と使い込まれていた。
駆け足で姉のもとに向かう。
「お待たせしました」
「アスロさんも大分こちらに馴染みましたよね」
村での生活は毎日が新鮮で、得るものが多かったのは事実。
「なんでもないことの繰り返しだったけど、凄く長く感じました」
年をとるほどに時間の流れは速くなるという。でも色んなトキメキがあったせいか、今のところそういった感覚はない。
第一に彼はまだ十七歳。あと二・三カ月で誕生日を向かえる。
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案内のもと吊り橋や大樹の根を歩き、やがて見覚えのある小屋に到着した。
「お食事はこちらに運ぶで良かったですか? もし必要な物がありましたら、その時に伝えてください」
「ここは確か一日三食でしたっけ」
ララツの三人は一緒に食べるらしいが、アスロはしばらく籠りたいと我がままを言っていた。
「ご迷惑をおかけします。運ぶのが大変そうな料理でしたら大丈夫なんで、パンとかだけでも全然」
「わかりました。寝具などは持って来なくて良いんですか?」
野宿道具の一式が所有空間には入っている。
「自分が前使ってた机なんすけど」
物置小屋の中を見渡すと、それは壁に立てかけられていた。
「あるみたいっすね。片づけなんかも自分でしますんで」
以前生活していた時は事前に準備されていたが、今回は急だったこともあり農具が置かれていた。
「いくつか別の場所に移動したいので、私も手伝います」
「すんません」
その後は防具の一部を脱いでから所有空間に入れ、身体を軽くしたのち作業に入る。
アスロは両手に農具を抱えると、小屋の外に出る。
「自分の所有空間が広ければ、もっと楽なんですが」
「でもそれすごく便利な魔法ですよね」
姉も小さな木箱を両手に持ち、アスロを引き連れて移動を始めた。
「似たような効果をもった鞄みたいなのないんすか?」
「時空の民が残した道具で、そういうのもありますが。やっぱ高価なんです、今はもう失われた技術ですから」
時空の大精霊と繋がる銀色の紋章。
「精霊文字とは違って、紋章そのものを鞄などの道具に宿すんです」
剣などの武具はそれに通じる系統の精霊しか宿せないが、精霊文字を刻むことで他属性の精霊が住みやすい環境を整えられる。
鉄鉱石から酸素を取り除く。風を使って火の熱量を上げ、水で冷やしたりもするらしい。そのことから精霊文字でもこれらの属性を宿すのは、比較すれば楽なほうだと言えるのかも知れない。
闇属性のナイフ。アスロは何気なく入手しているが、これを買うとなれば相応の値段がする。
そして魔人たちはベルを襲った時、彼女の積み荷からこれだけは奪わずに残していった。
農具を運びながら、小さな声で。
『引き寄せられちゃ駄目だな』
彼らがしたことは許せないが、こういう行動をするものだから、アスロの判断力は鈍ってしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ」
魔人どもは彼女たちの父親を殺した。決してこの事実は変わらない。
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小屋の中。
机の前に腰を下ろす。今は寝袋を座布団がわりにしていた。
姉と別れたアスロは、さっそく執筆に取り掛かる。
作中世界の魔法について。
魔法を科学的に表現するには、アスロには知識が足りない。
こちらの世界では、精霊に力を借りる。人ではなく精霊そのものが魔法を扱っている。
戦輪や短剣を投げて操っているが、これも一種の魔法なのだろう。
『魔王は異界から魔物を呼び出した』
魔法。
『やっぱ召喚系で行こ』
異界より門を開き、異界の属性を召喚する。
門を開くための道具。
門を開くための魔法陣。
魔法陣より異界の物質や生物を召喚し、その素材を一部使用して、杖や剣などの武具を作る。
魔法の強さ。
『第一層から第十層』
一層が異界の一番浅い場所で、十層が最も深い。
人間界では五層より先には触れてはならないとの決まりを用意しておく。そもそもそこまで到達できる者はあまりいない。
『魔力はどうすっかな』
こちらでは微精霊の息吹を体内に取り込み、変化させたものが魔力となっている。
『門を開くのに必要なエネルギー』
異界の生物などを食らうまたは、そこからとれる魔石などから入手すると考えた場合は、最初にそれを実行した者はどうやって門を開いたのか。
『ダンジョン』
世界と異界が繋がってしまった場所がいくつかあるとする。冒険者たちはそこを目指す。ダンジョンにより異界の空気に触れた人類は、なんらかの進化をして体内に魔力を宿す。
魔石は魔力を増強または回復させる手段。
『だとすると、国はダンジョンをどうしてんだろ』
管理をしているのが国とすれば、ギルドもその国の管轄になるのだろうか。
兵士は他国から自国を守る。または治安の維持。
ダンジョンの存在は国にとって資源だけでなく、そこから出てくる魔物もいるので治安を維持させなくてはいけない。
『たしか悪魔の揺りかごから、魔物や魔者が出てくることってないんだよな』
成り立ちは精霊たちの説得により、大悪魔たちが渋々眠りについた場所。発見されていなかった時空民の遺跡。
『つまり魔王ってのは、ダンジョンに関係なく国に魔物をばら撒いたわけだ』
それらが獣を追いやり、番となってその地に根付く。兵士たちはそういった魔物の対応に追われた。
国または力をもった集団が、ギルドという組織を設立させ、手薄になったダンジョンへの対応に当たらせた。
力を持った集団。
『悪の教団=ギルド』
魔王の内通者たちは事前に戦力を用意していた。そして大量の魔物が召喚された時に、彼らが国を救うという形でギルドを設立。
国内だけでなく、近隣の国にも同じことをしなければ、その混乱に乗じて攻められてしまう。
魔王は事を起こす前に、他国にも内通者を得ていた。今日のギルドはこの時の繋がりにより、国を跨いでも強い情報網を持っている。
『こんなとこか』
まだ荒い気もするが、一応の世界感ができたところで、アスロの背中がツンツンと小突かれる。
振り向けばゲーリケが鼻先を当てていた。
『すんません、お待たせしました』
アスロは向きを返し、プロットの書かれたノートと、下書きの執筆を終えた紙束を床に置く。
ゲーリケは一つの単語が気になったようで、アスロを見あげる。
『神様ですか? あのこっちで言う所の大精霊っつうか……ちょっと待ってください』
辞書を開き、その項目を指さして見せる。
【人知を越えてすぐれた、尊い存在。宗教的信仰の対象としても、威力のすぐれたものとしても考えられている。「―に祈る」「さわらぬ―にたたりなし」(関係を持たなければ害を受ける心配がない。恐れて近寄らない時に言う)「唯一の―」】
なんとなく理解したようで、再び紙に視線を戻した。
はじめての執筆なため、文章力もくそもないが、とりあえず書き進めた所までをゲーリケに読んでもらう。
精霊は犬の前脚を使い器用にノートのページをめくるが、面倒になったのか顔を上げるたびに、その作業をアスロにお願いする。
やがてプロットを読み終えると、次に下書きの紙束に目を通す。こちらも紙を外す作業はアスロが行う。
相手は無言なため、作者であるアスロとすれば緊張が増していく。
・母親とは比較的に顔を合わせるが、父は忙しいのかいない日も多い。
・女メイドは元冒険者だったが、今は主人公のお付として働いている。剣術の師は彼女。
・兄たちとの関係は悪くないが、上の三人は跡目争いのためか仲が悪いらしい。もっとも彼らはすでに役目を持っており、月に数度帰ってくるだけで全員が揃ってはいない。長男とだけはまだ会っていない。
・一つ上の兄はいがみ合う彼らに嫌気がさしたのか、今は冒険者としてギルドに所属している。女メイドは彼の紹介という設定。
ゲーリケは最後の一枚を読み終える。
真っ直ぐにこちらを見ていた。
『えっ いや、主人公は俺みたいな普通の異世界人って設定ですけど』
それは思わぬ意見だった。
『でもちょっと待てよ。たしかに、それでも話は繋がるか』
アスロはプロットを読み返す。
『彼は一応なんすけど、向こうの友人やリックがモデルになってます……そうなると異世界からきたってのはなくなるか』
ゲーリケより受けた意見。
主人公は魔王の生まれ変わりなのか。
プロットを読んでから、神という存在とのやり取りを見て、そう感じたらしい。
『いや、異世界人でも大丈夫っすね。魔王の肉体は封印されたけど、魂は輪廻の渦にもどり、俺が居た世界に転生したって感じにすれば」
だとすれば主人公と会話した神は、魔王が崇拝していた対象になる。
『神からすれば自分の管理する世界を混乱に貶めた、憎むべき存在かも知れない』
やり取りの中で主人公を小馬鹿にする態度。
『でもこの魔王は教えを誤って認識しちまったけど、たぶんその信仰心は本物だったと思う』
憎いが愛すべき迷える我が子。
『だから彼の意識が途切れる瞬間だけ、神さまらしくなったのか』
自分で執筆しておいて可笑しい話だが、あの時はなんとなく神を最後に神らしく描いていた。
『まてよ。だったらこのヒロインも設定をいじった方が良いっすよね』
かつて仲間と共に魔王を倒し、その肉体を封印した始祖のエルフは大きな傷を負った。いつか来るその時に備え、長い眠りにつく。
目覚めた当初は記憶障害により自分のことを思い出せず。
やがて主人公と時を過ごすうちに、彼の面影がある人物と重なる。
『物語としてはその方が面白いかも知れねえ。でも道徳を考えると、その魔王の生まれ変わりが改心して、ハッピーエンドで良いんすかね』
主人公を魔王の生まれ変わりとして描くのか、それとも別の一個人として描くのか。
自分の正体を知った主人公の苦悩。そのためにも彼には前半で、魔王の事をボロクソに言わせる。
『でも、こっちの方面で行きたいっすね』
ゲーリケはうなずいてくれた。
『じゃあ続きはまた来た時にでも』
わかったという返事を頂けたので、彼が消えてしまう前に一つのお願いを。
『あのっ 今から時空の精霊を探ろうと思うんすけど、できれば手伝いをお願いしたいです』
成功した場合、自分の右脇腹を抉る危険があるので、精霊の回復魔法に頼りたかった。
『一応ですが俺も治癒気功はできるんです。でも本家のアスロさんと比べれば効果が不十分でして』
小説を読ませてくれたお礼もしたいとのことで、ゲーリケが了承してくれたのがわかった。
『たぶん数時間かかると思いますんで、もし他の用事があればそっち優先で構いません』
大樹の精霊がうなずけば、その姿は視界から消えていく。
『ありがとうございます』
もう相手は見えないが礼だけを残すと、アスロは執筆道具をリュックにしまったのち、上半身の衣類を脱ぐ。




