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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
二章 村での生活
32/34

十二話 揺れる

 揺れる世界の夢を見る。


 ひび割れた壁。散乱するガラス片。家具は倒れ足の踏み場もない。


 響き渡るサイレンと避難を進める放送のなか、その指示に従って高台に逃げる。


_________

_________


 目覚めると、そこは揺れる荷馬車の上だった。

 積荷に背を預けながら眠っていたからか、少し腰が痛む。


「よう兄弟、起きたか」


 振り返って見上げれば、リックが積荷である木箱の上に座っていた。

 今日は早起きだったこともあり、どうやら眠てしまっていたらしい。


「お前よくこの揺れで眠れるな」


 移動中の荷馬車というのは、睡眠には適していない様子。


「尻がちと痛い」


「森人の里についたら、できればちょっと休みたいわ」


 彼は寝ずの番だったため、いつもであれば眠っている時間だった。今は皆より少し高い位置に座り、警戒を引き受けていた。

 雨風よけの布などはされていないため、積荷も外気にさらされている。


「盗賊さん方の気配はありそうか?」


「良くわからないな。俺の技術は地面に足をつけてこそってのもあるし」


 アスロも普段の移動であれば影小人を展開させているが、馬車の進行速度にはついていけない。雨などでぬかるんでいれば、もっと慎重に進むらしいので、従属魔法での警戒も可能かも知れない。




 馬の手綱を握っているのは中年だが、その隣にはハインツが座っていた。


「起きたみたいだな。うなされてたけど大丈夫か?」


「護衛のくせにすんません。なんか、変な夢でも見たようです」


 アスロからすれば身に覚えのない光景だった。でも間違いなく、こちらの世界ではないだろう。

 似たような場面は、液晶越しに見た記憶はある。


「まあ休めましたんで、問題ないっすよ。自分どんくらい寝てました、今どのあたりっすか」


 その質問には中年男性が返事をくれる。


「あと三十分もすれば平野にでるってとこだ」


「盗賊が狙ってくるとすれば、どんな感じなんすか?」


 アスロもリックも普段は村の警備が中心で、こういった積荷の護衛はやったことがない。


「馬や車輪なんかを狙ってくる。そうすりゃこっちは身動きもとれねえしな」


 などといった所で、ホセバは丁度いいとばかりに、これから馬が走るであろう道の先を指さし。


「ほらそこの地面すれすれにロープが張ってんだろ、あんな感じで馬の足を引っかけんだ」


 細いワイヤーなどがあれば気づかれる心配も少ないだろうが、盗賊にそのような財力もない。


「アホかっ! なに呑気なこと!」


 ハインツは慌てて中年から手綱を奪うと、荷馬車を停止させた。馬も張られたロープに気づいたようで、自ら速度を落としていく。


 見渡せる位置にいたということは、それだけ相手からも狙いやすい。リックは盾で矢を防ぐと。


「アスロ、馬を頼む!」


 ロープの話がでた時点で彼も戦闘態勢に入っていた。背後に空間の歪みを出現させ、そこから鞘を残したまま武骨な短剣を引き抜く。

 どこから矢が飛んでくるか今のところ掴めていないが、魔力を送りながら。


「あの馬を矢から守ってくれ」


 狙いをつけずに投げ放った短剣は馬の横を通り抜けると、アスロの指示もなく引き返し、飛んできた矢を切り落とした。


「リックっ!」


 その場でしゃがむと短剣は背後の鞘へと戻り、そのまま空間口に吸い込まれていく。


 矢が飛んできた方角を見定めてから、リックは勢いよく戦輪を投げる。


「命は奪わず、弓の破壊を優先」


 回転する刃は木々の中へと飛んでいき、その姿が見えなくなる。

 中年は姿勢を低くしたまま。


「やったのか?」


 リックからの返事はない。



 数秒後。


「戻ってきました」


 投げた方角とは別の向きに盾を構えると、姿を現した戦輪がこちらに帰還する。


「お疲れさん」


 盾に魔力を送ったのだと思われる。短剣とは違いそれ専用に作られているだけあって、宿っている精霊も投げに特化した性格なのだろう。


 

 ハインツは咳ばらいをすると、良く通る声で盗賊たちに語り掛ける。


「三人ってのは、荷馬車の護衛としては少ないと感じたんだろ」


 ホセバのことは頭数には入れてないらしい。


「だが仕掛ける前に考えておくべきだったな」


 なぜ護衛が三名と少ないのか。


「誰だとは言わないが、精霊術の使い手がいる。他の二人も手練れってことだ」


 本当は精霊術を使えるのはアスロとリック。林の中からはなんの反応もない。


 ハインツは味方の三名に意識を向けると、敵には聞こえないよう小さな声で。


「もう一押しってとこだと思うんだが、良い脅し文句はあるか?」


「じゃあちっと、俺やってみますよ」


 アスロはその場で立ち上がると、道の左右に広がる木々を交互に見て。


「今年の冬は寒かっただろ。でも俺らの村は十分な蓄えがあった」


 この手で良いかと村長を見れば、うなずきを返してくれた。


「あんたら互いの身体を見てみろ、ずいぶんとやせ細ってんじゃねえか。確かに人数じゃそっちが勝ってるかも知れねえが、んな弱った連中に負けるほど、俺らは日々の訓練サボってないよ」


 リックは盾から戦輪を外すと、それを馬の前方に張られたロープに投げた。


「もう色々と限界だから、危険を承知で積荷を狙ったんだろうけど、相手が悪かったな」


 戦輪はロープを切断したが、そのまま地面を削ったのち停止する。


「盾は貴方と共にあり」


 リックの声に反応したのか再び回転が始まり、大きな土煙をあげた。勢いを取り戻した戦輪は宙に舞い上がると、本来の住処である盾にもどる。


 アスロは姿勢を屈めると、周囲に気づかれないよう空間口を発生させ、そこから自分用の食糧を取りだす。

 小声で前方のハインツに許可をもらう。了承を得ると立ち上がり。


「何事もなく見逃すなら、多くはないが食料を置いていく。もし俺らの全てを望むのなら、全滅は覚悟しやがれ!」


 リュックから出したのは、個人持ちの保存食だった。それを荷台の外へと放り投げる。


 ホセバは村長より手綱を返されていた。


「じゃあ、出すぞ」


「ゆっくり行け」


 ホセバ以外の三名は荷台の上で立ち上がり、周囲の警戒を続ける。


 リックは馬車の後方に移動。アスロは空間口より鞘ごと武骨な短剣を取りだす。


「俺ら降りた方が良いっすか?」


「いや、このまま乗ってろ」


 馬は切断されたロープをまたぎ、その道を進んでいく。盗賊たちが姿を現すことはなかった。


______

______


 緊張に呼吸すら忘れながらも、ハインツは安堵の息をつき。


「もう大丈夫だろ。アスロ、悪かったな」


「いえ、そんな大した量もなかったんで。あともう期限が迫ってたんすよ」


 砂時計などを入れて調べてみたが、今のところ所有空間には時間を停止させたり、緩やかにする能力がないということは判明していた。

 

(カネ)は後日でも良いか?」


「そういうのは大丈夫なんで、できれば俺の評価に上乗せでもしといてください」


 抜け目のない奴だなと笑うハインツに、手綱を握ぎる中年はボソッと。


「俺だって一応まだ自衛団なんですけど。サボらず訓練だってしてるんですけど」


「悪かったよ。ただ四人全員っていうより、護衛三人の方がそれっぽいだろ?」


 実際にホセバは剣を持ってきているが、防具はしていなかった。


「どうせ俺は最弱ですよ」


 本人に向かって口には出さないが、自衛団などさっさと引退して、本来の役職に集中して欲しいとの会話を小耳にはさんだ事もある。


 


 リックは再び木箱の上にもどると、そこに腰をおろし。


「でもあれですよね。村の生活が安定したってことは、連中の限界が近いってのに繋がるのか」


 村長の許可をもらった上で、時々村にくる監視員から、彼は色々と話を聞いているようだった。

 アスロは腰ベルトに短剣用のホルダーを装着し、そこに武骨な鞘を通す。


「盗賊が自給自足でもできりゃ良いんだけどな、んなもん言うほど簡単じゃねえし」


 こちらに転移してから、しばらくの間は森の中で生活していた。予め準備していた道具があり、忠道という人手もあった。それでも自力で生活環境を整えるのは難しいと判断したから、彼はベルと接触した。


「ホセバさん。村で育ててる作物の中で、荒れた土地でも栽培が楽なのってありますか?」


 もと居た世界で芋などは、多くの飢饉から人命を救ったと聞いた記憶がある。


「適当にそこら辺に植えて、大した管理もせずに育つんなら、俺らだって苦労はしてねえよ」


 木を切って根ごと抜き、土を整備する。知識のないアスロからしても、楽な作業でないことはわかる。


「それに作物の疫病は怖えぞ。あと領主によっちゃ容赦もしてくれねえ」


 収穫量が低くても、納める量を緩和してくれるとは限らない。


 村長であるハインツが続く。

 

「だからこそ、俺ら村は仮の姓って制度を頼り、お前らみたいなのを受け入れてんだ」


 悪魔の揺りかごなども、大きく分ければ出稼ぎの一つとなる。


 リアという町の姓を入手すれば、それを第一の姓として名乗るが、そこでもう入手した仮の村姓は用済みとはならない。

 ララツという姓で町に登録したさい、村にはその仮性が有効な期間だけ、なんらかの特典があるのだろう。

 詳しいことは解らないが、登録人数に応じた減税だったり、納めた作物の売値だったり。


「兄弟。俺らはまだ自分の名字すら手にしてないんだ、今は盗賊なんて構っている余裕もない」


「だな、まずは自立しねえと」


 ララツだって今回の冬で無傷というわけではない。もしもの時に限らず、出稼ぎとして働いている者たちの存在は、貴重な村の力となっている。


「若いってのは良いねぇ。オッサンにはもうそんな元気残ってねえや」


 ハインツは友の肩を叩き、若い二人に警戒をお願いする。


______

______


 やがて平野を抜けて遺跡の森に到着した。


 道にそって進めば、門番と思われる守人が数名。


「ようハインツ」


「おう、一年ぶりか」


 村長よりもだいぶ若いが、彼らの老化速度は遅いので。


「相変わらず老けたな」


「お前は変わらないようで」


 もしかすると同年代なのかも知れない。


「通ってくれ、いつも悪いな」


 今回は祭りに参加するのが目的で訪れたが、定期的な町からの物資も運んできていた。

 中年も慣れているのか、気遅れた風でもなく。


「いつもの所で良いのか?」


「場所はそうなんだが、祭りの関係で少し遠回りして欲しいんだ」


 守人は仲間たちと会話を交わし。


「じゃあ俺が道案内すっから」


 ハインツは立ち上がり、アスロたちのいる荷台へ移る。


「了解した。乗ってくれ」


 門番だった守人は荷馬車に乗ると、ホセバの横に腰を下ろす。



 アスロは緊張した様子で固まっていた。それを見た村長は笑いながら小さな声で。


「お前始めてじゃないだろ」


 リックも木箱の上からアスロを覗き込み。


「むしろ俺の方がここに来たの始めてなんだけどな」


「ちゃんとした訪問は初なんすよ」


 思わず声が大きくなってしまったようで、前方に座った守人さんが振り返ると。


「なんだ兄ちゃん来たことあったか。にしては見覚えないんだが」


 しまったと思いながらも。


「あの自分、昔父に連れられて旅をしてまして。こことは違う集落に寄った記憶があるんすよ、すげえ昔なんですが」


 リックも話を合わせてくれる。


「こいつ吟遊詩人の息子だったんです。色々あって今はララツで暮らしてますが」


「そうか。まあ平和といっても安全とは言えない世の中だからな。せっかく来たんだ、ゆっくりしていくと良い」


 もしララツの人間でなければ、彼らは別の反応をしていたかも知れない。その点で言えば、ハインツの功績と言えるのだろう。



 その後。守人の指示で里の中に入ると、遠回りとの道を進んで物資の搬入場所に到着する。

 途中何名かの森人とすれ違うが、自然に挨拶を交わすハインツやホセバに対し、内心すげえと思っていた。


 町からの品を保管する場所は木の上にあったが、そこには箱を持ち上げるための滑車が取り付けられていた。

 森人たちと協力しながら積荷を下ろす作業をする。



 荷台の上から、地面に立つ森人に大きめの布袋を渡す。相手はまだ子供といえる年ごろだったので。


「けっこう重いから気をつけてください」


「おう、あんがと」


 子供は両手いっぱいに抱かえ、それを保管庫である木の根元まで持っていく。そして再びこちらを見ると、アスロの方に近づいてきた。


「なあ、兄ちゃんってベル姉ちゃんと一緒にいた人間か?」


 森人は一定の年齢までは、成長速度が人と同じだった。


「あの時のガキか?」


 記憶に残る少年はもっと小さかったので、気づくのが遅れた。


「失礼な兄ちゃんだな、ガキとはなんだガキとは」


「すまねえ。しかしまた、大きくなったな」


 リックとホセバは二人で木箱を運んでいたので、邪魔にならない位置に動く。少年はアスロを見あげながら。


「兄ちゃんはあんま変わらねえな」


「お前こそ失礼な。俺だって成長中だよ」


 まだ年齢で言えば高校生だった。


「もう仕事手伝ってんだな」


「そうさ。いつまでも姉ちゃんに甘えてらんないもん」


 自分なんかより、彼がずっと大人びて見えた。


「そうか」


「んじゃ、仕事あるから」


 リックたちが運んでいた木箱を、仲間の森人と一緒に受け取る。ハインツは用紙をもって、別の森人と荷物の内容を確認していた。


 自分もサボってはいられないと、アスロは一人でも運べそうな積荷を探し、それを持ち上げて運ぶ。


______

______


 一通りの作業が終わると、ホセバは馬と荷馬車を決められた場所へ誘導する。残った三人はいつかの来客用の小屋へと通された。


「久しぶりじゃの」


「里長さんも元気そうで」


 会うのはゲオルグと戦ったあの日以来。


「村での生活はどうじゃ?」


 それにはアスロではなく、ハインツが答えてくれた。


「良くやってくれてます。特に戦力としては貴重な存在だ」


 普段から訓練をしていると言っても、しょせんは村人なので兵士や守人には敵わない。


「お世話になる日々っすよ」


「そうかそうか。んで、そちらの子が例の」


 彼の出所を里長は知っている様子。


「初めまして、リックと申します」


「なにもない里じゃが、ちょうど祭りの期間なんで見ていくとええ。普段はララツのもん以外は参加せんから、珍しいかも知れんぞ」


 貴重な経験をさせてもらうと、リックは再び頭をさげる。

 里長は再びアスロを見て。


「あの時はすまんかったの」


「気にしないでください。俺としては凄い勉強になったんすよ」


 ゲオルグとの戦いだけでなく、アスロを生き延びさせるために、この里長が実行した手段。


「相変わらず真面目な奴じゃの。ではホセバ殿が戻るまでには、ここに食事を運ばせるのでな、その後は客室に通させてもらう」


 ハインツとホセバは個室で、アスロとリックが同室となっていた。


「あの……もし無理なら良いんですが、できれば地下の小屋に」


「なんじゃ、また変な趣味じゃな。しかしの」


 一応は客人として招いているので、そういうことはできないとのこと。


「そうですか」


 諦めた瞬間だった。いつの間にか犬がアスロの足もとに出現していた。


 しばらく里長と精霊が無言で会話をする。


「ほう。お前さんゲーリケさまと約束してたんか?」


「えっ? あぁ、はい」


 正直に言えば、あの空間が落ち着くからだったが、確かに自作の小説を読ませる約束はしていた。

 里長はしばらく考えたのち。


「ハインツ。お主としては問題ないかの?」


「こいつがそうしたいなら、俺も構いませんよ」


 リックは積荷の下ろし作業をしたこともあり、疲れたのか少し眠そうな様子だった。


「一人ってのも暇だから、俺もそっちにさせてもらおうかな」


「言っとくが農具とか入れる倉庫だからな」


 アスロの返答に苦笑いのリック。


「じゃあ俺、客室のほうで頼みます」


 なんだかんだで彼は良家の産まれなので、野宿は平気だとしても、ちゃんとしたベッドで寝たいのだろう。


 ふと気になって、アスロは窓の外を眺めながら。


「もう繋ぎ役の人たちは来てるんすか?」


「まだじゃの。道中なんもなければ、祭りまでには戻ってくると思うがな」


 そうですかと息をつく。




 窓から森人のお年寄りが、こちらを覗きこんでいた。

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