十二話 揺れる
揺れる世界の夢を見る。
ひび割れた壁。散乱するガラス片。家具は倒れ足の踏み場もない。
響き渡るサイレンと避難を進める放送のなか、その指示に従って高台に逃げる。
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目覚めると、そこは揺れる荷馬車の上だった。
積荷に背を預けながら眠っていたからか、少し腰が痛む。
「よう兄弟、起きたか」
振り返って見上げれば、リックが積荷である木箱の上に座っていた。
今日は早起きだったこともあり、どうやら眠てしまっていたらしい。
「お前よくこの揺れで眠れるな」
移動中の荷馬車というのは、睡眠には適していない様子。
「尻がちと痛い」
「森人の里についたら、できればちょっと休みたいわ」
彼は寝ずの番だったため、いつもであれば眠っている時間だった。今は皆より少し高い位置に座り、警戒を引き受けていた。
雨風よけの布などはされていないため、積荷も外気にさらされている。
「盗賊さん方の気配はありそうか?」
「良くわからないな。俺の技術は地面に足をつけてこそってのもあるし」
アスロも普段の移動であれば影小人を展開させているが、馬車の進行速度にはついていけない。雨などでぬかるんでいれば、もっと慎重に進むらしいので、従属魔法での警戒も可能かも知れない。
馬の手綱を握っているのは中年だが、その隣にはハインツが座っていた。
「起きたみたいだな。うなされてたけど大丈夫か?」
「護衛のくせにすんません。なんか、変な夢でも見たようです」
アスロからすれば身に覚えのない光景だった。でも間違いなく、こちらの世界ではないだろう。
似たような場面は、液晶越しに見た記憶はある。
「まあ休めましたんで、問題ないっすよ。自分どんくらい寝てました、今どのあたりっすか」
その質問には中年男性が返事をくれる。
「あと三十分もすれば平野にでるってとこだ」
「盗賊が狙ってくるとすれば、どんな感じなんすか?」
アスロもリックも普段は村の警備が中心で、こういった積荷の護衛はやったことがない。
「馬や車輪なんかを狙ってくる。そうすりゃこっちは身動きもとれねえしな」
などといった所で、ホセバは丁度いいとばかりに、これから馬が走るであろう道の先を指さし。
「ほらそこの地面すれすれにロープが張ってんだろ、あんな感じで馬の足を引っかけんだ」
細いワイヤーなどがあれば気づかれる心配も少ないだろうが、盗賊にそのような財力もない。
「アホかっ! なに呑気なこと!」
ハインツは慌てて中年から手綱を奪うと、荷馬車を停止させた。馬も張られたロープに気づいたようで、自ら速度を落としていく。
見渡せる位置にいたということは、それだけ相手からも狙いやすい。リックは盾で矢を防ぐと。
「アスロ、馬を頼む!」
ロープの話がでた時点で彼も戦闘態勢に入っていた。背後に空間の歪みを出現させ、そこから鞘を残したまま武骨な短剣を引き抜く。
どこから矢が飛んでくるか今のところ掴めていないが、魔力を送りながら。
「あの馬を矢から守ってくれ」
狙いをつけずに投げ放った短剣は馬の横を通り抜けると、アスロの指示もなく引き返し、飛んできた矢を切り落とした。
「リックっ!」
その場でしゃがむと短剣は背後の鞘へと戻り、そのまま空間口に吸い込まれていく。
矢が飛んできた方角を見定めてから、リックは勢いよく戦輪を投げる。
「命は奪わず、弓の破壊を優先」
回転する刃は木々の中へと飛んでいき、その姿が見えなくなる。
中年は姿勢を低くしたまま。
「やったのか?」
リックからの返事はない。
数秒後。
「戻ってきました」
投げた方角とは別の向きに盾を構えると、姿を現した戦輪がこちらに帰還する。
「お疲れさん」
盾に魔力を送ったのだと思われる。短剣とは違いそれ専用に作られているだけあって、宿っている精霊も投げに特化した性格なのだろう。
ハインツは咳ばらいをすると、良く通る声で盗賊たちに語り掛ける。
「三人ってのは、荷馬車の護衛としては少ないと感じたんだろ」
ホセバのことは頭数には入れてないらしい。
「だが仕掛ける前に考えておくべきだったな」
なぜ護衛が三名と少ないのか。
「誰だとは言わないが、精霊術の使い手がいる。他の二人も手練れってことだ」
本当は精霊術を使えるのはアスロとリック。林の中からはなんの反応もない。
ハインツは味方の三名に意識を向けると、敵には聞こえないよう小さな声で。
「もう一押しってとこだと思うんだが、良い脅し文句はあるか?」
「じゃあちっと、俺やってみますよ」
アスロはその場で立ち上がると、道の左右に広がる木々を交互に見て。
「今年の冬は寒かっただろ。でも俺らの村は十分な蓄えがあった」
この手で良いかと村長を見れば、うなずきを返してくれた。
「あんたら互いの身体を見てみろ、ずいぶんとやせ細ってんじゃねえか。確かに人数じゃそっちが勝ってるかも知れねえが、んな弱った連中に負けるほど、俺らは日々の訓練サボってないよ」
リックは盾から戦輪を外すと、それを馬の前方に張られたロープに投げた。
「もう色々と限界だから、危険を承知で積荷を狙ったんだろうけど、相手が悪かったな」
戦輪はロープを切断したが、そのまま地面を削ったのち停止する。
「盾は貴方と共にあり」
リックの声に反応したのか再び回転が始まり、大きな土煙をあげた。勢いを取り戻した戦輪は宙に舞い上がると、本来の住処である盾にもどる。
アスロは姿勢を屈めると、周囲に気づかれないよう空間口を発生させ、そこから自分用の食糧を取りだす。
小声で前方のハインツに許可をもらう。了承を得ると立ち上がり。
「何事もなく見逃すなら、多くはないが食料を置いていく。もし俺らの全てを望むのなら、全滅は覚悟しやがれ!」
リュックから出したのは、個人持ちの保存食だった。それを荷台の外へと放り投げる。
ホセバは村長より手綱を返されていた。
「じゃあ、出すぞ」
「ゆっくり行け」
ホセバ以外の三名は荷台の上で立ち上がり、周囲の警戒を続ける。
リックは馬車の後方に移動。アスロは空間口より鞘ごと武骨な短剣を取りだす。
「俺ら降りた方が良いっすか?」
「いや、このまま乗ってろ」
馬は切断されたロープをまたぎ、その道を進んでいく。盗賊たちが姿を現すことはなかった。
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緊張に呼吸すら忘れながらも、ハインツは安堵の息をつき。
「もう大丈夫だろ。アスロ、悪かったな」
「いえ、そんな大した量もなかったんで。あともう期限が迫ってたんすよ」
砂時計などを入れて調べてみたが、今のところ所有空間には時間を停止させたり、緩やかにする能力がないということは判明していた。
「金は後日でも良いか?」
「そういうのは大丈夫なんで、できれば俺の評価に上乗せでもしといてください」
抜け目のない奴だなと笑うハインツに、手綱を握ぎる中年はボソッと。
「俺だって一応まだ自衛団なんですけど。サボらず訓練だってしてるんですけど」
「悪かったよ。ただ四人全員っていうより、護衛三人の方がそれっぽいだろ?」
実際にホセバは剣を持ってきているが、防具はしていなかった。
「どうせ俺は最弱ですよ」
本人に向かって口には出さないが、自衛団などさっさと引退して、本来の役職に集中して欲しいとの会話を小耳にはさんだ事もある。
リックは再び木箱の上にもどると、そこに腰をおろし。
「でもあれですよね。村の生活が安定したってことは、連中の限界が近いってのに繋がるのか」
村長の許可をもらった上で、時々村にくる監視員から、彼は色々と話を聞いているようだった。
アスロは腰ベルトに短剣用のホルダーを装着し、そこに武骨な鞘を通す。
「盗賊が自給自足でもできりゃ良いんだけどな、んなもん言うほど簡単じゃねえし」
こちらに転移してから、しばらくの間は森の中で生活していた。予め準備していた道具があり、忠道という人手もあった。それでも自力で生活環境を整えるのは難しいと判断したから、彼はベルと接触した。
「ホセバさん。村で育ててる作物の中で、荒れた土地でも栽培が楽なのってありますか?」
もと居た世界で芋などは、多くの飢饉から人命を救ったと聞いた記憶がある。
「適当にそこら辺に植えて、大した管理もせずに育つんなら、俺らだって苦労はしてねえよ」
木を切って根ごと抜き、土を整備する。知識のないアスロからしても、楽な作業でないことはわかる。
「それに作物の疫病は怖えぞ。あと領主によっちゃ容赦もしてくれねえ」
収穫量が低くても、納める量を緩和してくれるとは限らない。
村長であるハインツが続く。
「だからこそ、俺ら村は仮の姓って制度を頼り、お前らみたいなのを受け入れてんだ」
悪魔の揺りかごなども、大きく分ければ出稼ぎの一つとなる。
リアという町の姓を入手すれば、それを第一の姓として名乗るが、そこでもう入手した仮の村姓は用済みとはならない。
ララツという姓で町に登録したさい、村にはその仮性が有効な期間だけ、なんらかの特典があるのだろう。
詳しいことは解らないが、登録人数に応じた減税だったり、納めた作物の売値だったり。
「兄弟。俺らはまだ自分の名字すら手にしてないんだ、今は盗賊なんて構っている余裕もない」
「だな、まずは自立しねえと」
ララツだって今回の冬で無傷というわけではない。もしもの時に限らず、出稼ぎとして働いている者たちの存在は、貴重な村の力となっている。
「若いってのは良いねぇ。オッサンにはもうそんな元気残ってねえや」
ハインツは友の肩を叩き、若い二人に警戒をお願いする。
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やがて平野を抜けて遺跡の森に到着した。
道にそって進めば、門番と思われる守人が数名。
「ようハインツ」
「おう、一年ぶりか」
村長よりもだいぶ若いが、彼らの老化速度は遅いので。
「相変わらず老けたな」
「お前は変わらないようで」
もしかすると同年代なのかも知れない。
「通ってくれ、いつも悪いな」
今回は祭りに参加するのが目的で訪れたが、定期的な町からの物資も運んできていた。
中年も慣れているのか、気遅れた風でもなく。
「いつもの所で良いのか?」
「場所はそうなんだが、祭りの関係で少し遠回りして欲しいんだ」
守人は仲間たちと会話を交わし。
「じゃあ俺が道案内すっから」
ハインツは立ち上がり、アスロたちのいる荷台へ移る。
「了解した。乗ってくれ」
門番だった守人は荷馬車に乗ると、ホセバの横に腰を下ろす。
アスロは緊張した様子で固まっていた。それを見た村長は笑いながら小さな声で。
「お前始めてじゃないだろ」
リックも木箱の上からアスロを覗き込み。
「むしろ俺の方がここに来たの始めてなんだけどな」
「ちゃんとした訪問は初なんすよ」
思わず声が大きくなってしまったようで、前方に座った守人さんが振り返ると。
「なんだ兄ちゃん来たことあったか。にしては見覚えないんだが」
しまったと思いながらも。
「あの自分、昔父に連れられて旅をしてまして。こことは違う集落に寄った記憶があるんすよ、すげえ昔なんですが」
リックも話を合わせてくれる。
「こいつ吟遊詩人の息子だったんです。色々あって今はララツで暮らしてますが」
「そうか。まあ平和といっても安全とは言えない世の中だからな。せっかく来たんだ、ゆっくりしていくと良い」
もしララツの人間でなければ、彼らは別の反応をしていたかも知れない。その点で言えば、ハインツの功績と言えるのだろう。
その後。守人の指示で里の中に入ると、遠回りとの道を進んで物資の搬入場所に到着する。
途中何名かの森人とすれ違うが、自然に挨拶を交わすハインツやホセバに対し、内心すげえと思っていた。
町からの品を保管する場所は木の上にあったが、そこには箱を持ち上げるための滑車が取り付けられていた。
森人たちと協力しながら積荷を下ろす作業をする。
荷台の上から、地面に立つ森人に大きめの布袋を渡す。相手はまだ子供といえる年ごろだったので。
「けっこう重いから気をつけてください」
「おう、あんがと」
子供は両手いっぱいに抱かえ、それを保管庫である木の根元まで持っていく。そして再びこちらを見ると、アスロの方に近づいてきた。
「なあ、兄ちゃんってベル姉ちゃんと一緒にいた人間か?」
森人は一定の年齢までは、成長速度が人と同じだった。
「あの時のガキか?」
記憶に残る少年はもっと小さかったので、気づくのが遅れた。
「失礼な兄ちゃんだな、ガキとはなんだガキとは」
「すまねえ。しかしまた、大きくなったな」
リックとホセバは二人で木箱を運んでいたので、邪魔にならない位置に動く。少年はアスロを見あげながら。
「兄ちゃんはあんま変わらねえな」
「お前こそ失礼な。俺だって成長中だよ」
まだ年齢で言えば高校生だった。
「もう仕事手伝ってんだな」
「そうさ。いつまでも姉ちゃんに甘えてらんないもん」
自分なんかより、彼がずっと大人びて見えた。
「そうか」
「んじゃ、仕事あるから」
リックたちが運んでいた木箱を、仲間の森人と一緒に受け取る。ハインツは用紙をもって、別の森人と荷物の内容を確認していた。
自分もサボってはいられないと、アスロは一人でも運べそうな積荷を探し、それを持ち上げて運ぶ。
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一通りの作業が終わると、ホセバは馬と荷馬車を決められた場所へ誘導する。残った三人はいつかの来客用の小屋へと通された。
「久しぶりじゃの」
「里長さんも元気そうで」
会うのはゲオルグと戦ったあの日以来。
「村での生活はどうじゃ?」
それにはアスロではなく、ハインツが答えてくれた。
「良くやってくれてます。特に戦力としては貴重な存在だ」
普段から訓練をしていると言っても、しょせんは村人なので兵士や守人には敵わない。
「お世話になる日々っすよ」
「そうかそうか。んで、そちらの子が例の」
彼の出所を里長は知っている様子。
「初めまして、リックと申します」
「なにもない里じゃが、ちょうど祭りの期間なんで見ていくとええ。普段はララツのもん以外は参加せんから、珍しいかも知れんぞ」
貴重な経験をさせてもらうと、リックは再び頭をさげる。
里長は再びアスロを見て。
「あの時はすまんかったの」
「気にしないでください。俺としては凄い勉強になったんすよ」
ゲオルグとの戦いだけでなく、アスロを生き延びさせるために、この里長が実行した手段。
「相変わらず真面目な奴じゃの。ではホセバ殿が戻るまでには、ここに食事を運ばせるのでな、その後は客室に通させてもらう」
ハインツとホセバは個室で、アスロとリックが同室となっていた。
「あの……もし無理なら良いんですが、できれば地下の小屋に」
「なんじゃ、また変な趣味じゃな。しかしの」
一応は客人として招いているので、そういうことはできないとのこと。
「そうですか」
諦めた瞬間だった。いつの間にか犬がアスロの足もとに出現していた。
しばらく里長と精霊が無言で会話をする。
「ほう。お前さんゲーリケさまと約束してたんか?」
「えっ? あぁ、はい」
正直に言えば、あの空間が落ち着くからだったが、確かに自作の小説を読ませる約束はしていた。
里長はしばらく考えたのち。
「ハインツ。お主としては問題ないかの?」
「こいつがそうしたいなら、俺も構いませんよ」
リックは積荷の下ろし作業をしたこともあり、疲れたのか少し眠そうな様子だった。
「一人ってのも暇だから、俺もそっちにさせてもらおうかな」
「言っとくが農具とか入れる倉庫だからな」
アスロの返答に苦笑いのリック。
「じゃあ俺、客室のほうで頼みます」
なんだかんだで彼は良家の産まれなので、野宿は平気だとしても、ちゃんとしたベッドで寝たいのだろう。
ふと気になって、アスロは窓の外を眺めながら。
「もう繋ぎ役の人たちは来てるんすか?」
「まだじゃの。道中なんもなければ、祭りまでには戻ってくると思うがな」
そうですかと息をつく。
窓から森人のお年寄りが、こちらを覗きこんでいた。




