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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
二章 村での生活
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十一話 訓練と墓作り


 居住地と訓練場を集団で走ったあとは、気功術の練習をそれぞれで行い、最後に二人一組で打ち合う。いつもは拒否られて素振りをしているアスロだったが、最近は課題ができたようで相手がいる。


 対峙するのは町からきた女性。当初は村から借りた防具だったが、この一年で自前の物をいくつか買ったようだった。自分は最初から一通りの装備が揃っていたこともあり、彼女を本当にすごいと思っていた。



 アスロは左腕に片手剣を持ち、右腕には枝と布で作った即席の籠手。


「よろしくお願いします」


 本人の性質からして加減ができないため、相手のできる人間も限られる。


「悪いね、私も今の時期に怪我をするのは御免なんだ。互いに一本を狙うのはなしで頼むよ」


 女は短めの木剣を両手に一つずつ握る。


「努力はしてみますが、俺いつも夢中になっちまうんで」


 周囲では他の団員が打ち合っているが、すでにアスロの耳には入っていない様子。そもそも普段の彼であれば、相手が女性だと緊張して満足に会話もできないはずだった。


「考えて戦うより、のめり込むって感じだもんね」


「確かにそうっすね」


 アスロは構えをつくる。接近戦だけで言えば、彼女はリックよりも上だろう。


「無駄話もここらへんで、そろそろ始めよう。お手柔らかに頼むね」


「ローザさんに手加減なんすりゃ、足もとすくわれますよ」

 

 呼吸を整えれば女の全身が赤く光った。これは訓練であり、なによりも一本を狙わない打ち合い。そのような状況でも闘気を扱えるのだから。


「やっぱ女性の方が、気功術ってのは向いてるんすかね?」


 本当かどうかは不明だが、痛みなどは男よりも女の方が耐えると聞いたことがあった。


「そんなの関係ない、訓練の賜物に決まってるでしょ。性別からして、私が不利なのは理解してるからさ」


 身体能力の差。産まれによる教育の差。


 成り上がりとは違うが、この現状から抜け出して、自分の人生をつかみ取りたい。この気概が彼女の原動力なのだろう。


 会話をしながらも、ローザはゆっくりと間合いをつめてくるが、アスロは気功術を使わない。


「不気味な」


 格下相手に気功など不要。

 彼がそういった油断をする性格ではないと、ローザは知っている。嫌な予感はするが、片方の短剣を投げ放つと、そのまま焦らず距離をつめる。


 飛んできた木剣を籠手で弾き、片足を前に踏み込むと、迫ってきた相手に片手剣の切先を向ける。

 ローザは側面に回ることで突きを上手く避けたが、アスロは伸びきった左腕を曲げて肘鉄を当ててきた。


 しかめっ面で。


「くそっ」


 純粋な身体能力ではなく、体術による力量の差。彼女からすればそれが悔しくも、羨ましく感じるのだろう。

 咄嗟に地面へ倒れて逃れる。急いで身体を起こすと、アスロの足に木の短剣を叩きつけた。


「駄目か」


 いつでも気功術の発動が出来るよう、彼は心の中で準備をしていた。短剣は命中したが、その足は硬気功によって青く輝く。

 このままアスロの足を抱き上げれば、転倒させることも可能だろう。しかしローザは深追いをせず、地面に身体をつけたまま転がって距離をとり、短剣を構えながら立ち上がる。


「君って魔物より、人間相手の方が得意でしょ?」


 呼吸を整えて、闘気を再びまとう。


「そうっすね」


 体術の心得があると気づいていれば、下手に組み合うのは危険だと判断できた。


 アスロは最初に投げつけられた短剣を拾い、それを相手に放る。


「どうも」


 短剣をキャッチすると、構えを作り直す。


「じゃあここで一度、深呼吸して」


 アスロは言われた通り、大きく空気を吸って吐く。


「次に周りを見渡す」


 自衛団の者たちが、今も訓練場で打ち合っている。


 戦いにのめり込む。


「そんだけ集中できるのなら、相手が格上であっても十分に戦える。でも君の場合はあれだ、私みたいな格下でも同じなんだ」


 盗賊もゴブリンも、アスロからすれば格下と言えるのだろう。


「でもその戦い方ってさ、すごい精神削るでしょ」


 心に余裕をもって冷静に戦う。


 戦いにのめり込み、集中を切らさない。


「確かに。いつも余裕ないっすね、俺」


 深呼吸をもう一度する。


「じゃあ行くよ」


 赤い光をまといながら接近。左右の剣を同じ角度から振りおろす。

 アスロは片手剣でなんとか受け止めたが、左腕だけでは防ぎ切れず、右手の平を木剣の峰にそえる。


「格下ってのに疑問もあるんですがね」


 相手は見事に闘気をまとっているので、こちらの力負けは否めない。

 


 魔力は血管を通って全身を駆け巡る。

 心に宿した闘志を錬りあげる。



 ここぞの場面で混ぜ合わせ、一気に闘気功を発動させた。

 

 解放された力の勢いは凄まじく、両腕に握られた短剣は弾け飛び、彼女自身も姿勢を仰け反らせていた。重心が後ろに傾いているので、右腕でローザの方膝を抱きあげれば、転倒させるのも容易だった。

 倒したあとも相手の片足を抱かえながら肩で持ち上げ、そのまま拘束する姿勢へと持っていく。


 迷いなく片手剣を手放すと、腰から闇のナイフを取り出して、その切先をローザの急所寸前で停止させた。


「なんつうか、一本狙っちゃだめっつうのは、俺には難しいっすね」


「まあ私も結局のとこ、隙あらばで狙ってたからお互いさまだよ」


 今日までゲオルグの気功術を試行してきたが、上手くいったのは初めてだった。


 そもそもここぞの場面以外では闘気をまとっていないため、誰が相手でも力負けをしてしまう。発動のタイミングを失敗する危険もあるので、実戦で使うのはかなりの勇気が必要。


「退いてもらえる?」


「すっ すんません」


 いつの間にか普段のアスロに戻っていた。顔を真っ赤にしながら拘束を解く。


 装備についた土埃を払いながら。


「嫌な予感はしてたのよ。気功術、得意なくせに使ってこないから」


「魔力と気力を合わせる一歩手前で止めとくんすよ」


 ローザは立ち上がると、弾き飛ばされた木短剣を拾う。


「どの道、今の私には無理だね。気功術なしで戦えるだけの技量がないんだ」


「俺も訓練じゃなきゃ、極力は使いたくないっすね」


 などと本人は思っているが、盗賊との戦いで元御頭に使用したことを覚えてない。あの時は弾くまでは成功したが、そこで闘気功が途切れてしまい、短剣での突き刺しに失敗している。


「心に余裕をもってか。難しいな」


「とかいう私も第二拠点に踏み込んだ時は、無我夢中だったけどさ」


 中年男性の声が聞こえる。


「はーい、残り十分だぞー」


 やる気のない口調には、こちらまで脱力してしまう。


「アタシらはここら辺にしとこう」


 すでにアスロは素の状態に戻っているので、このまま続けるのは難しい。


「ありがとうございました」


 女性との会話に声がうわずってしまったが、リックを含めて打ち合いをしてくれる者がいないので、アスロとしても有難い存在だった。

 最近では訓練が重なった時は、良く相手をしてもらっている。


「せっかくの機会だから、ここの連中の戦いを見学すると良いよ。まあ私としては、君あたりが一番勉強になるんだけどね」


 戦いにのめり込むと言っても、冷静さを失っているわけではない。


 右腕にまとった即席の籠手を外しながら。


「魔物との戦いに、どんだけ役立つかはわからないんですが」


「揺りかごには魔者やガイコツも出るから、きっと使えると思う。まあオークやオーガだと、体格的には二足歩行の魔物みたいな気もするけど」


 ローザは一生懸命に村での生活を送っている。彼女を見ていると、自分だけが一年待たずに仮の姓を得るのが、申し訳ないと感じてしまう今日この頃だった。


「じゃあ、私は行くね」


「ちょっと待ってください」


 もし役に立つと思ってくれているのなら。


「足の動きなんですが、どの武術でもこれが一番重要ってのが多いんです。体術だけじゃなくて、剣や槍とかでも」


 自分の足もとを指さしてから、相手が興味を持ったのを確認したのち、足運びを実演する。


________

________


 十分が経過すると、中年男性が呼びかけ鍛錬はお開きとなった。ローザはもっと練習を続けたいようだったが、このあと仕事が控えているとのことで、お礼を残して訓練場を後にする。


 木剣の回収を終えた中年は、小屋にそれをしまうと鍵をかけようとしていた。


「ホセバさん、俺ちっと村長に用事があるんで、良ければその鍵あずかりますよ」


「そりゃ助かるがよ。お前これから出発だってのに、もう準備はできてんのか?」


 森人の里。

 九時頃にはアスロを含めた数名で出発することになっていた。


「いつもより早めに起きたんで、もう終わってます」


 所有空間に入れてあるので、自室にもどる必要もない。


「リックは訓練参加してなかったし、今日は夜番だったか」


「はい。あいつも昨日のうちに支度してたんで、大丈夫だと思うっすよ」


 馬車で寝ると本人は言っていた。


「そうかい。んじゃ俺は馬の支度してっから、遅れずに来いよ」


「了解っす」


 村の出入口に集合と決まっていた。鍵をアスロに渡すと。


「頼むわ」


 ホセバが去った頃には、もう訓練場には誰も居なかった。


『来るまで自主練でもしとくかな』


 実を言えば前もって話はつけていたので、そろそろ村長宅を出ているころだろう。


 誰も居なくなった広場に一人。

 アスロは自分の左側に空間の歪みを発生させる。

 短剣の柄だけが姿を現す。


『鞘はそのまま』


 掴んでから引き抜けば、鞘の一部分だけが空間口に残る。取り出したのはゲオルグの短剣。


 魔力を送り、慣れた動作で投げる。

 短剣の刃は回転しながら宙を走り、やがて木々の中へと入っていく。枝葉を切り裂くが勢いは衰えず、木の幹をも削りながら通過するが動きは鈍らず。


『こちらへ』


 老人の短剣は軌道を変化させ、円を描きながら戻ってくる。


 一歩さがればアスロの居た場所を短剣が通過し、空間口の鞘へと帰った。


『感謝いたします』


 魔力を送ったのち、短剣の尻を手の平で押すことで、歪みの中へともどす。


『やっぱ爺さんの方が良いな』


 精霊の存在を感じられないが、代わりに村娘が対話をしてくれた。

 彼女から得た情報によれば。


 武骨な老人の短剣・役立つならどのような用途でも構わない。

 装飾された魔人頭の短剣・できないことはないが、投げられるのはあまり好きじゃない。


 アスロはもう一度、空間の歪みから武骨な短剣を取りだす。


『もう少し、お付き合いください』


 引き抜いたそれに先ほどよりも多くの魔力を送ったのち、勢いよく投げ放つ。


『消えてよし』


 空間口が消滅した。即座に自分の前方と左側の二カ所へ歪みを出現させる。


 前方の歪みからは武骨な鞘が口を開けていた。


『こちらへ』


 左側の歪みからは装飾された美しい短剣が現れ、それを引き抜いてから構えをつくる。


 戻ってきた刃が鞘へと吸い込まれる。


『消えてよし』


 二カ所の空間口がなくなれば、武骨な短剣もそのまま所有空間へと消えていた。


 左腕に残った短剣で前方を斬ったのち、片足だけを動かして一歩後ろへさがる。


 再び右側に空間の歪みを出現させ、そこから装飾された鞘を引き抜くと、剣身を内へと帰す。


「見事なものだね」


「お陰さんで」


 背後のソフィアには気づいていたようで、驚いた風でもない。


「君は短い得物しか使わないのかな?」


「片手剣とかでも右腕は空いてるんすけど、やっぱ短めの方が動きやすい」


 相手を投げたり転ばしてから急所に突き刺すとなれば、片手剣だと少しかさ張る。


「あともう一つ」


 魔人頭の短剣を歪みに戻すと、村娘の方を向いてから、別の得物を取りだした。


「見ての通り短剣よりも長くなると、引き抜くのに時間が掛かります」


 短剣やナイフに比べると次の動作が遅れる。


「なるほど。色々考えてるんだ」


 褒められて照れたのか、頬を染めながら。


「つっても好きってだけなんすよ。短い得物で剣や槍なんかと対峙するのって怖いんで」


 集中状態であれば恐怖も感じないが。


「実際に不利ですしね。これらが効果を発揮するのって、取っ組み合いになってからですし」


 全てではないが、いくつかの武器は元居た世界で教わっている。


 剣も扱えるが槍の方が得意。

 槍よりも長刀の鍛錬を優先させている。

 弓を主体に短剣で戦う。


 人に寄って色んなスタイルがあるものの、アスロには今のところ明確な答えはない。それでも所有空間を手にしたことで、本人の中で思い描く戦い方が浮かんでいた。



 片手剣を空間の歪みに戻す。


「頼んでから、ずいぶん遅くなってすんませんでした」


「墓づくりの手伝いだったかな?」


 アスロはうなずくと、リュックを取り出す。


「個人的に思う所がありまして。後回しにしていたら、ギリギリになっちまった」


「別に帰って来てからでも良かったんじゃ」


 村長からはまだ仮の姓については聞いていない。ハインツとしても判断の悩ましい問題なのだろう。


「急で申し訳ない」


 里に行くため、数日でも顔を合わさなくて済む。


「最初は後ろめたさがあるからだと思ってたけど、君は私だけじゃなくて、誰にでも良く謝ってるね」

 

「癖になってんのかも知れねえっす」


 自分のせいで迷惑をかけて。自分のことを助けてもらって。


「まあ後ろめたいのは事実なんですがね」


 リュックからビニール袋と布の包みを取りだす。


「こっちが夫婦のになります。そんでこれですが、人数分あるかわかんないんで、確認してもらっても良いっすか」


 包みをソフィアに渡す。首を傾げ。


「なに?」


 アスロから中身の説明はない。地面に置いて結び目を解けば、息を呑む彼女の姿が映る。


「そうか、だから」


 中には十数個の魔光石が入っていた。


「スコップもって来ますんで」


 空間の歪みを消したのち、逃げるように小屋へ向かうアスロ。


 鍵を開けて取り出してから訓練場に戻ると、ソフィアは両膝を土につけて、一つひとつ手に持って眺めていた。


「森中に作ろうと思ってんだけど、所持しておきたければ構わない」


「いや、お墓にするよ」


 両手に持ったうちの一つを彼女の脇に置く。


「そうか」


 リュックを背負い、ビニール袋とスコップを持つ。


「先に行ってて」


「わかった。もし墓の場所を俺に知られたくなければ、一緒に作業する必要もねえからよ」


 ソフィアに背を向けて歩き出す。


「ありがとう」


 苦笑。


「礼を言われる筋合いはないっすよ」


 殺した張本人だから。


「そうだね」


 振り返って相手を見ることができなかった。


______

______


 森の中にはまだ所々、うっすらと雪が残っていた。季節的にはもう溶けているはずだが、今年はまだ少し肌寒い。


 いつもより鎖帷子などの装備が重く感じる。


『リュック背負って移動すんのも久しぶりだな』


 どこにするかは決めていない。

 出発までそんなに時間もない。

 なぜもっと早くしなかったのか。


「すみませんでした」


 こちらの言語で謝る。



 森中を進むこと数分。


『ここなんてどうだろ?』


 木のうろ。全身中に入るのは難しいが、スコップで地面を掘れるだけの空間はある。


『木の根とかで掘れないかな』


 試しに突き刺してみると、先端が土に埋もれた。


『行けるか』


 腕だけでなく靴底もつかいながら、内部の土を外へと積み上げる。ソフィアが来る気配はないので、多分だが別の場所で作業をしているのだろう。


『やっぱこれだと厳しいか』


 リュックから折りたたみのスコップをだし、樹洞に半身を突っ込みながら細かな土を搔き出していく。


 ふと思う。もしかしたら、この木にも精霊が宿っているかも知れない。


『すんませんね。自分感じとれないんすよ』


 ベルの話だと精霊は基本、他精霊の住処を壊さないように配慮するらしいので、ゲオルグの短剣を投げてみれば判断できるだろうか。

 投げた時に避ければ精霊がいて、そのまま突き刺されば誰も住んではいない。


『鍛錬中は別としても、無闇に傷つけんのはいけねえか』


 精霊は自然と深い繋がりはあるけれど、自然はあくまでも自然でしかない。



 ビニール袋から二つの魔光石を取りだす。


 掘った穴にそっと置き、両手で腐植土をかぶせていく。


『魔光石は木の栄養にはなんねえよな』


 黙々と作業をするのは好きだけれど。


『恨んで死んだんだろうな』


 今は軽口をたたかなければ、色々と精神的にきつい。


 最後にスコップの裏面で地面を固める。


 手についた土を払ったのち、空間の歪みを出現させていた。そこから短剣を取りだす。


「それは?」


 声に反応して振り返れば、そこにはソフィアが立っていた。


「俺にこれを頼んだ奴が使ってた得物です」


「そっか」


 樹洞の中に刃を突き刺す。鞘は内部に立て掛けておく。


「墓標代わりっす」


 彼女の手には布の包み。


「いいんすか?」


「うん、後日改めてさせてもらうよ。最近は一人でも外出して良くなったし」


 手を合わせようとして、アスロはその動作をやめた。


「もし良ければ、そっちの墓と一緒に、こちらさんの様子も見てくれませんか」


 自分が祈ったところで、この二人は喜ばないだろう。


「もとからそのつもりだよ。ちょっと退いてもらえるか?」


 うなずき位置を横にずれると、ソフィアは短剣の前に一輪の花を。


「聞いた内容から察するに、多分だけど私とも面識がある」


 祈りの姿勢をとる。


「私は君を許さない」


「そうっすか」


 祈りの姿勢を崩さないまま。


「でも君は許しを請う必要はないし、自分の行動を後悔する必要もない」


 そんなことは望まない。


 ソフィアは自分に言い聞かせるように。


「生き残ったんだ、生き抜こう」


 あの青年は、これで満足してくれただろうか。

 


 



 

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