十話 休日
冬が終わり春の手前。すでに雪もなくなり、道も通れるようになっていた。
盗賊たちは大人しくなったとはいえ、まだ存在していることに違いはない。村の防衛だけでなく、雑貨屋の護衛として同行することもあれば、遺跡森に積荷を届ける役目も彼らが受け持っている。
数日前にゲーリケの里より使者が来て、祭りへの誘いを受けた。
今回は村長含めた数名だけでなく、アスロやリックもお邪魔することになっている。
これまで村人として、それなりに役立ってきた自覚はある。だがそのままベルたちと旅立てるのかと言えば、ハインツにも判断が難しいところだろう。実際に頑張っているのは二人だけではない。
最低でも一年は村に貢献する。予想していたよりもずっと、越えるのが難しい壁だった。
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毎朝の日課とも言える訓練を終えれば、リックはそのまま村の巡回と警備に当たる。
今日のアスロはこれといった用事もなかった。
二人とも畑の手伝いはしているが、自衛団として働いている。だから休日も農家としてではなく、団員としての勤務で割り当てられていた。
自衛団の面々に挨拶をしたのち、一人で自室にもどる。
『こりゃ掃除しねえとな』
洗濯物もたまっていた。自分のだけでなく、リックの物もお願いされている。
用水路脇の小屋から桶と板をとりだし、相変わらずの灰汁を使って洗濯をしていく。綺麗になっているのか正直わからないが、少なくともなにもしないよりはマシだろう。
汚れた水はそのまま用水路に捨てる。流れがあるため底に灰が残ることも少ないと思うが、自然のためになっているのかはアスロにも不明。
地面に打ちつけられた棒にロープを張り、そこに衣類を通していく。
『洗濯ばさみとか、持ってくれば良かったわ』
当たり前に使っていたが、なければ不便で仕方がない。作れないことはないだろうが、量産は難しいかも知れない。
紙幣や各々の装備などから判断するに、この世界の技術は考えていたよりも高い。だが世界規模で自然破壊を恐れている現状からして、意図的に抑えられているのではないだろうか。
青空の中、風になびく衣類を眺め。
『良し、こんなもんか』
ロープの間あいだに小枝を巻き付け、洗濯物どうしが寄らないよう工夫してある。こちらでは盗まれる危険があるかも知れないが、ララツの治安は今日も明日もすこぶる良好。
洗濯物を放置して自室に戻る。その前に管理人さんから箒と塵取りを借りておく。
室内は汚れてはいるものの、二人とも荷物が多いわけではない。
『所有空間さまさまだわ』
木板の窓と扉を開けて、床を掃いていく。本当は埃が舞い散るので、掃きを終えてからの方が良いらしい。
忠道(影人)に頼れば二人で出来て楽なのだが、いつ何が起こるか解らないと、アスロはこういった作業ではあまり魔法は使わない。
『こんなもんかね』
時刻とすれば昼が過ぎた頃だろう。
『疲れた』
洗濯機や掃除機。冷蔵庫にコンロや炊飯器。これらがあれば楽勝とまで行かなくとも、なければ家事だけで一日が終わる気がする。
『腹減った』
一日二食を作ってもらえるだけで、もう感謝しかない。
掃除するといっても室内だけなので、そこまで大変ではなかった。所有空間に荷物はつめ込めるため、掃き作業も難しくはない。
『雑巾がけは面倒くさいから、今日は良いや』
本当は独り言も気をつけた方が良い。だけど産まれてから染みついているので、そう簡単には抜けないだろう。
それにアスロとしては、向こうの言葉を忘れたくないという思いも捨てられない。
戦時中に外国で残留することになった人が、祖国の言語を忘れないために苦労をしたとテレビで知った。もうそのことを彼は忘れているが、ただ一つこちらに持ち込んだ書物があった。
所々文字は消えているが、それは今後の彼にとって、宝物になるかも知れない。
嫌な記憶も多いが、良い想い出も完全には消えていない。
『洗濯もまだ乾くには早いか』
だとすれば、久しぶりにやりたいことがあった。同部屋とのこともあって、作業はほとんど進んでいない。
村での生活の中で、ただ一つアスロが購入した家具があった。それは机なのだが脚が低く、使用者が床に座るタイプの物だった。
所有空間からリュックを取り出し、そこからノートを掴むと机に置く。
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まず初めにプロットの変更点。
転生物。
運悪く死んでしまったが、神さまがチャンスを与えてくれる。
渡されたのはサイコロ。
容姿は三だったが、それ以外は全て六や五を引き、神さまも驚きのハイスペック。
産まれは高位遺族の五男で、ある程度の自由も利く。十五歳の誕生日に前世の記憶を取り戻す。
魔力の貯蔵量も並人とは桁が二つ三つ違っており、高名な師のもと確実に実力をつけていく。
だがあまりに凄すぎると、自由が奪われると判断。疑われながらも、慎重かつ独自に修行を続け、順調に月日は経過する。
十七の歳で両親に頼み、二年間の約束で社会見学のため領地の町におりる。見張り役の女メイドと一緒に、冒険者としてギルドに登録。
依頼のさなか奴隷商人の一団が、盗賊に襲われて壊滅している現場に遭遇。そこで一人の少女と出会う。
やがて主人公は女メイドを説得し、実家の監視を振り切って、少女の故郷を目指して旅に出る。
少女の故郷を目指して旅立ってから、どのように話を進めるかに悩んだので、彼女を捕えていた奴隷商人を別の存在にしようと決めた。
依頼のさなか奴隷商人らしき一団が、盗賊らしき連中に襲われていた。
『なんか王道すぎる気がするんだけど、まあいいや』
奴隷商人を悪の教団みたいなものにして、エルフの少女を使い魔王だかを復活させようとしている。
盗賊らしき連中は故郷を目指す旅の中で、のちのち味方になる。
ここで付け加えておくべきなのは、両者の設定。
悪の教団。なぜすぐに復活の儀式をせず、連中は彼女を連れて移動していたのか。儀式に必要なのは少女だけではなく、別の道具が必要。
それか魔王の封印された地に赴く途中だったか。
エルフの少女を助けようとしていた連中は、なぜ盗賊団のような恰好だったのか。悪の教団側が国内の裏側で大きな力を持っており、そこから弱い立場となっている。
つまりは表向きだと悪の教団は、国や人々から良い印象を持たれていた。
『そうなると、国側がアホすぎるか』
魔王を復活させようとしている連中だと気づかず、好き勝手させているのだから。
そもそも少女がなぜ魔王復活の鍵になっているのか。
『まあ始祖のエルフとかって設定で良いか。隔世遺伝的な?』
森人たちには申し訳ないが、他のエルフは彼らのような感じにさせてもらう。
『そんで大昔に魔王を封印したのは、始祖のエルフしか使えない古代魔法ってすれば、彼女の血が封印の鍵ってのも繋がるよな』
魔王が封印されし地まで連れて行き、始祖エルフ由来の道具を使って封印を解く。
『家宝の短剣で胸を貫くとかかな。んな場面は絶対に描かないけど』
設定を修正し、また新たに書き加えると、アスロはその場に寝転ぶ。
『悪の教団をどうするか』
教団とは、同じ教義の信者が作った宗教団体。
教義とは、宗教の教えの内容・主張。
『魔王ってのを、もとは人間にするか。そんで国内でも高い地位についていたことにする』
成長のなかで危険な思想に変化し、やがて異界より魔物などの召喚を始める。
彼は追放されたが、諦めず研究を続ける。国の内部にも協力者はおり、資金などを横流ししていた。いつしか自らを魔王と名乗り、その思想を広めようと旗揚げした。
魔王敗れ封印された今。その協力者たちの子孫が悪の教団となった。
『思想ねぇ』
まさかこんな形で役に立つとは思っていなかったが、気になる単語をとりあえず辞書で調べる。
思想とは、心に思い浮かんだこと。考え。特に、生活の中に生まれ、その生活・行動を支配する、ものの見方。
『つまりこの魔王は宗教の教義を、いつしか良からぬ方向に捻じ曲げたってことだ。考えるべきは内容か』
苦痛の中でこそ人は考え行動する。不満のない状態では誰もなにも動かない。
そこから堕落につながる。
『こんな感じの教義にして、彼の居た世界をそれなりに平和な世だったとすれば、平和を壊すことこそ正義ってのにも繋がるか』
自分で考えて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
『不満のない世の中なんぞねえと思うけど、まあそこら辺は魔王の人物設定で操作はできるか』
裕福な家庭で育ち、真面目に学ぶ。
綺麗な世界しか知らなかった純真な彼は、ある時この世の汚い場面に遭遇する。
今は戦争もない平和な国。それでもなぜ人々はこんなにも苦しんでいるのか。
父に呼びかける。
友に呼びかける。
上司に呼びかける。
婚約者に呼びかける。
皆に呼びかけるが、誰も自分の話を聞いてはくれない。
思考を重ね、いつしか彼はたどり着く。
上に立つものは堕落している。この平和が彼らを欲に走らせた。
平和など仮初に過ぎず。
民が飢えて苦しもうと、苦痛が平等に振りかかれば、新たな者が立ち上がるはず。
それを繰り返す。
敗れ封印される直前に、魔王は言葉を残した。
『貴様ら強者が堕落したとき、私は再び立ち上がる』
国内では彼の協力者が息を潜め、魔王を復活させるために行動を開始させていた。
『なんか意味不明になって来たけど、こんな感じで行くか』
一応は決まった所で再び机に向かい合うと、アスロはリュックから紙の束を取りだす。
これは雑貨屋から買ったもの。
『正書はのちのちするとして、まずは下書きからだな』
主人公の設定だが。
『どこのリックだよ』
上位貴族の五男かどうかは不明だが、二十歳までの約束で親の保護から外れた。冒険者とは違うが、探索者に憧れている。
本当は詳しく話を聞いてみたいところだが、彼には彼で事情があるので、気軽に繊細を教えてもらうなどできない。
『まあ良いや』
神さまとの会話から始める。
サイコロでの能力値決めだが、これは主人公への謝罪ではなく、神の暇つぶし的な感じで描こうと考えている。
この神さまは主人公に対して慈悲などない、彼が断わったなら次の遊び相手を探すだけ。
『主人公の死因か』
事故にするか他殺にするか、それとも自殺か。
『そこら辺は解らないようにしよう。思い出せないみたいに』
出会いから別れまで、神の人格を糞みたいな奴にする。それでも容姿以外、サイコロはどれも五から六。
悔しがる神。
ざまあみろの主人公。
投げ捨てるように、とっと行けと手をかざせば、主人公の意識は薄れていく。
そして途切れるその瞬間だけ、神さまを神さまらしく描く。
【己を失うな。自ら考え、その手でつかみ取れ】
最後にこうすることで、サイコロの目は神が意図的に操作したことを示す。
なんという名の神なのか。
なにを思いこうしたのか。
『知らね』
ここは感覚だけに頼り、神のみぞ知るとして、アスロは考えることを放棄した。
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部屋の扉が叩かれる。
「洗濯物干しっぱなしでしたよ、取り込んでおきましたので」
慌てて窓の外を見れば、もうだいぶ時間が経過していたと気づく。アスロは急いだ様子で扉を開ける。
「すんません、寝てました」
「たまの休みですのでね、お気になさらず」
管理人さんにもう一度謝り、取り込んでくれた洗濯物を室内に入れる。
自分の物は自分のベッドに畳んで置き、リックの物はリックのベッドへ。
『訓練場に行く時間はねえな』
夕飯を食べに相棒も戻ってくるころだろう。小説をリュックにしまい、所有空間へ戻しておく。
墓作り。
ソフィアとはこれまでにも何度か会ったが、彼女からはいつやるのかなどの言葉はない。だとしても祭りまでには、終わらせなくてはいけない。
もうそろそろ実行に移すべきだが、アスロからすれば気が乗らないのか、嫌なことは後回し。




