九話 新年と行事
年末にも雪が降った。本来なら飲み会のようなものがあるらしいが、今回の冬ではそうもいかず。
ちゃんとした装備があれば村や町への行き来はなんとかなる。しかし物がそろっていないこともあり、交通はほぼ途絶えたと言っても良いか。
それでも一応の蓄えはあるようで、秋のころと比べれば量は減っているものの、一日二食を用意してもらえるのは有難い。
年が明けるとリックに引きつられて、村内を挨拶してまわる。お年玉はさすがにないが酒を一口もらったり、厄除けらしきなにかの枝葉で背中を叩かれるなど、この地方の風習を体験した。
そして最後に村長宅につけば、庭には自衛団の面々がいた。
「女の人も走るんだな」
「自衛団は性別も関係なしか」
皆が薄着。若い男にいたっては上半身が裸だった。
「ようアスロにリック、無事に年越せて良かったな」
二人が到着したことに気づいたハインツが、満面の笑みで近づいてきた。その後ろには奥さんもおり、両腕で籠を抱かえている。
「ほら脱いだ脱いだ、もう直始まるよ」
「こんな雪降った年でもやるんすか?」
苦笑いを苦笑いで返される。
「年寄り共を黙らせているぶん、連中を立てる意味合いも込めてな」
そう言ったハインツも薄着だった。リックは諦めたようで、厚手の上着を脱ぎ始める。
「良き風習か、それとも悪き風習か」
「俺、上半身裸は嫌っすよ」
中にはこの状況を楽しんで、はっちゃけている若者も良いた。
アスロは最後まで渋るが、奥さんは雪積もる地面に籠を置くと、村の重役である中年男性を指さし。
「早くおし、あいつ死んじまうだろ」
言われてみれば、彼は奥歯を鳴らしながら、両腕を組んで肩を振るわせていた。
「もう良い歳なのに凄いですよね。すこし尊敬します」
アスロもリックの発言に同意する。
「なんか思いだすな」
年末になると、もう大御所といっても良い芸人が、身体を張って笑いをとっていた。
「なにを?」
逃避行中は部屋にテレビもなかったから観れなかったが、十五歳までの年越しは、それが一番の楽しみだった。
「もう役職的には自衛団なんて引退しても良さそうなのに、続けてるのがなんか格好いいなって」
服を脱ぐのを嫌がっていたが、感化されたのかアスロも外套を脱ぐ。
「俺だって奴と同年代だが、まだ現役だぞ」
「ハインツさんの場合はなんつうか、らしいっていうか」
もと探索者だけあり、未だその肉体は健在だった。対してあの中年は年相応の体つき。
流石にズボンと靴は履いたままだが、下着だけを残して籠に放り込む。
奥さんはそれを持ち上げると。
「んじゃ、家ん中で温めとくからね」
リックは上腕を手の平でこすりながら。
「俺らも適当に挨拶してきます」
「おう。あと数分で始めるからな」
夫婦が自宅の中に戻っていくと、若者が二人近づいてきた。
「なんだオメエら、だらしないなぁ」
この村出身の青年は、自分たちが上半身裸なことを自慢する。アスロはいつもの作り笑いを浮かべ。
「だって、風邪ひきたくねえもん」
町から来た青年はリックの背中を叩く。
「根性だせよ!」
「痛てえよ、俺そういう乗り苦手だわー」
山賊と共に戦ってから、以前よりも関りが増えた様子。リックは普段あしらうのも上手いが、今は寒くてそれどころじゃないようだ。
「おらっ 男ならピーピーわめいてんじゃねえよ」
若者二人に無理やり薄着を脱がされた。はしゃぐのは良いが、巻き込むのはやめて欲しい。
それとも近くにいた女の子に、アピールでもしたかったのだろうか。
「贅肉がないぶん、あんたらより寒いのよ。アタシもこんな行事、ホント勘弁願いたいわ」
町から来た女性で、ソフィアを連れてきたときに門番をしていたこともあり、彼女の事情も知っている。盗賊退治ではハインツと第二拠点を襲撃したなかの一人だった。
「この二人にちょっかい掛けるなら、もう少し鍛えてから出直しなさい」
若者たちから薄着を奪い返してくれる。
「くそっ 今に見てろ、ムキムキになってやる!」
上半身が裸なのを恥ずかしくなったのか、彼らは両手で乳首とおへそを隠しながら去っていった。
「悪いね、助かったよ」
リックは爽やかな笑顔で薄着を受け取った。
「どっ、ども」
アスロは声をどもらせながらも、なんとかお礼を言う。
「私も男の裸なんてそんな凝視したことないけどさ、君その歳で戦いすぎだよ。もうちょっと気をつけないと、たぶん早死にすると思う」
ゲオルグに斬られた肩と腕の傷痕。元御頭につけられた首の付け根。それ以外にも、アスロには複数の戦った痕跡が刻まれていた。
リックは薄着をまとうと、無表情で。
「だな。お前さ、戦闘狂ってわけでもないだろ?」
女性は手に持った衣類をこっちにさしだす。アスロは緊張した面持ちで受け取った。
「すんません」
「戦闘時は別としても普段の性格からして、君あんま向いてないと思うよ。訓練でボロ負けしたのが言うのもなんだけど」
彼女は探索者を目指している。
「余計な世話だったなら謝るよ」
「気にすんな。俺も思ってたことだし、本人が一番わかってるよ。なっ兄弟」
アスロもうなずきを返す。
「そうかい。じゃっ、アタシは準備運動でもしてくるね」
彼女は手をあげながらその場を離れる。
「むしろ戦いなんて嫌いだっつうの」
「だろうよ」
盗賊と戦ったあに嘔吐したり発熱したのは、恐らくストレスから来たものだった。こちらの世界に来る前も、なんどか同じ症状があったと記憶に残っている。
それが後味の悪い物であればあるほど。
「戦う時のお前ってさ、ガキんころに本で読んだ、狂戦士みたいだよな」
「きょうせんし?」
単語が解らなかった。
「死ぬ寸前まで戦い続ける異質の戦士だ」
「勘弁してくれよ」
などと言ったものの、戦闘中は痛みを感じないなど、否定しきれない共通点はあった。
アスロは誰にも聞き取れない声で。
『狂戦士ねぇ』
ゲームは本体を持っていなかったので、あまりやった記憶はない。アニメや漫画、またはネット小説の知識だが、少なくとも違う面はある。
『バーサーカー』
力と引き換えに回復できない。攻撃力と引き換えに防御力が低下など、自分にはそういった短所はない。
「んじゃ、自衛団の連中に挨拶まわりでもするか」
「そうだな」
リックの提案に乗ったところで、中年男性が二人のもとへやってきた。
「おめでとうさん」
「良き一年がありますよう」
姿勢をつくり挨拶をする。アスロは引きつった表情で相手を見ていた。
「大丈夫っすか?」
「駄目かも知んない」
中年男性は先ほどよりも死にそうな顔をしていた。
ガタガタと震える声で。
「そろそろ始めるぞ、後ろに並べ」
二人して返事をすれば、指示に従って列を作る。
自衛団は総勢三十名ほどだが、十名は村の警備にあたっているので、これから走るのは二十人。
中年の後ろにはアスロとリックを含めて四人。
「声だせー」
「おー」
「おー」
「おー」
「おー」
いかにもやる気のない面子が揃った。
中年が走りだせば、彼らも後につづく。
「おー えっほ えっほ」
力の抜ける掛け声にこちらも合わせる。
村人たちは家から出て、それぞれが応援してくれていた。
数分走ると、中年はもうキツイようで、声が出なくなっていた。
「リック…かわり……たのむ」
本当に死ぬんじゃないだろうか。
「了解しました」
命令に従いリックが掛け声を発する。
やがてある老人の家にさしかかると、アスロは慌てた様子で。
「爺さん外出てるぞ、声上げとけ」
「だな」
中年と後ろの二名も気づいたようで。
「オーーー エッホっ エッホ!」
これまでサボっていたので、急に大きな声をだすのは難しかった。
「もっと腹から出さんかっ!」
老人を視界に移さないように皆で横を通り抜ける。
「これだから、最近の若もんはなっとらんっ!!」
自分の時はもっとこうだった、ああだったと背後から聞こえるが、今はしんどいので無視をする。
「元気な爺さんっすね」
後ろを走っていた一人が震えた声で。
「昔から続く伝統らしいから、張り切ってんだろ」
先頭の中年男性は息を切らせながら。
「悪い人じゃっ ないんだぜ」
いつの間にか掛け声はなくなっていた。
「このあいた雪かきした時、唐辛子くれたっすよ」
ツンデレ属性を持った爺って、いったい誰得なのだと思ってしまう。
「当時はっ 俺らに…味方してくれたん、あのクソジジイくらいな、もんだったしなっ」
悪い人ではないと言いながらも、糞爺呼ばわりなのだから、両者の間柄もうかがえる。
後ろの一名が声をあげた。
「そろそろ山場だぞ、気合入れとけ。特におっさん、ここで死んだら笑い者だから気をつけろ」
見えてきたのは用水路だった。この日のために寒い中だというのに掃除もして、今は水量の調節もされていた。
足腰の悪い年寄り連中は家の前で見物していたが、用水路のまわりには人だかりが出来てきた。
「来たぞーっ!」
誰かが叫べば、ワーっと歓声がおこる。
アスロは泣きそうな顔で。
「もう嫌だ」
村人たちが集まれば、それなりの人数になる。リックがアスロの肩を叩く。
「行くぞ兄弟」
中年を先頭にして、彼らは用水路の中に入る。
「おかーちゃんがきたよ~」
オッサンはいけない薬物でもやっているかのような表情で、なにかブツブツと言っていた。リックは彼に寄り添い。
「これマジで死ぬっ」
本来の気候であればこそ。雪中でやるのは危ないのだろう。
用水路脇にいる者たちが、五人に向けて桶を使って水をかけてくる。
後ろを走っていた二人はやけくそ気味に、互いに水を掛け合う。
アスロは頭を両手でこすりながら。
「俺なにやってんだろ」
異世界にまできて。
リックはオッサンを水から守る位置につき。
「あんたもう無理だ、先に上がってろ!」
「おと~しゃんだっ!」
父親と間違われながらも、中年男性の背中を押して用水路から出す。
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次の五人がやって来たので、そこでアスロたちは水地獄から解放された。
暖かいお湯を足の先からかけてもらい、最後は用意されていた大きな桶に下半身をつからせる。すぐに温度は下がっていくが、村人が熱湯を足してくれていた。
リックはやりきった表情で。
「なんやかんやで、ちょっと楽しかった」
「まあな」
来年は遠慮したいところだが、湯につかるのは久しぶりだった。
中年を見れば、震える子羊のように、大桶のなかで縮こまっていた。
「母ちゃん、俺さっき親父とお袋にあったんだ」
「はいはい良かったね」
奥さんらしき人が、おっさんの背中にお湯をかけていた。
「もう歳なんだから、今年で最後にしんさい。次はそのまま連れてかれるよ」
「わかった」
などと言いながらも、きっと彼は来年も水に飛び込むのだろう。
こちらの湯も次の者たちが使うので、ずっと入っていたかったが大桶からでる。
布で身体を拭いたのち、仕切りまで誘導された。そこで濡れた衣類を絞り、厚手の外套をまとって用水路をあとにした。
後ろを走っていた二人は、もう少し見物していくとのことだった。
帰り道。
「始まる前に、ちょっかい掛けてた二人がいたろ」
「俺らの服を奪った奴らっすか?」
中年は何度かうなずく。
「それがなにか」
「外から見てたんだが、なんか懐かしくてな。ハインツと昔、似たようなことをした」
上半身裸を自慢したのが中年。薄着を脱がされたのが村長。
「まさかあいつが村を治めるなんて、当時は思いもしなかったわ」
だとすれば服を奪い返したのは、今の村長夫人になるのだろうか。
村長宅に到着する。
庭では炊き出しのような光景が広がっていたが、リックと中年は先に服を着たいとのことで、足早に室内を目指す。
「お疲れさま」
一人の村娘が大鍋からスープを器にそそいでくれる。
「あんたはここにいたんだな」
格好が恥ずかしいのか、アスロは少し照れ臭そうに器を受け取る。
「義理の娘らしく、お母さんと一緒にこれの用意してた」
探索者時代の仲間が死に、その娘を預かった。
「そうか」
磨り潰された芋のスープ。器の中で揺れるようすから察するに、とろみが強いのだろう。お盆を貸してもらい、先に入った二人のぶんもお願いする。
「家の中でゆっくりすると良い。薪ストーブで服も暖かくなってると思うよ」
「そうさせてもらいます、濡れたズボンとかも乾かしたい」
女性に笑われると恥ずかしくて顔を伏せてしまう。
赤くなった顔面を気づかれないように、背中を向けて村長宅を目指す。
背後から。
「これから行くの、訓練場?」
「風邪ひきたくないから、今日はやめとく」
まだ外出には制限があるようで監視役という名目だが、個人で鍛錬するときは彼女と一緒に行っていた。
村長夫婦の命令なので断れないが、短剣を投げの指導を受けているから助かっている。
「ごめんな」
「気にするな」
仲間を殺した実行者と指示者。これらとの生活をどう思っているのか、アスロには解らない。
上半身だけを相手に向けて。
「春になったら、あんたに頼みがあるんだ」
「内容は?」
触れるのが怖くて、これまで言い出せなかった。
「盗賊と戦った時にな、その手下に頼まれたことがあるんだ。その作業を手伝って欲しい」
遠くからはしゃぎ声が聞こえる。用水路に飛び込んだ者たちが、村長宅に到着しようとしていた。
「わかったよ」
「悪いな」
村娘は行事を終えた者たちに笑顔を向け。
「一々謝るな」
「すまねえ……あっ いや、ありがとう」
若者たちが村娘に気づけば、水業を遂げたと誇らし気に駆け寄っていく。
自衛団だけではなく、村人たちも庭に集まり、やがて宴会が始まった。




