八話 冬の日と村の娘
遺跡の管理を生業とする森人。彼らの報復から魔人は逃げたのだから、その時点で盗賊たちも、本来であれば目立つ行動は避けるべきだった。
それすら理解できず村を襲ったような連中が、なぜあれほど巨大化できたのかといった疑問は残ったものの、問題は一応の解決をした。
テオたちに捕らえられた数名は、正規兵らに引き渡される。
ララツ側の斥候として動き、夜明け前に見張りを奇襲した二人は、その貢献から予定よりも多めの報酬を受け取った。しかしアスロは怪我のせいか、次の日には発熱をしてしまい、一週間ほどをベッド上で過ごすことになる。
やがて秋は過ぎ去り、冬がやって来た。
周囲の盗賊たちも大人しくなり、村々は平穏な日々を取りもどす。
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そこまで冷え込まないと聞いていたが、どうやら今年は違ったらしい。もともと雪の多い地域は対策ができている。
対して此処のように普段は厳しくない冬となれば、そこの住人は慣れていないし、設備や装備も不十分で困ることが多い。
アスロは自衛団を主な役職としており、畑の作業などを手伝うときもあるが、居住地にある個人宅の草むしりなどを頼まれることが多い。
雪が膝下まで積もった今、とある老人の家まわりを雪かきしていた。
「余計なことを考えてたじゃろ、雪かきに集中せんか。町の小僧が、誰のお陰でのうのうと生活できてると思っとる」
この通り口煩い人物なので、早く済ませたいと作業を急ぐ。
「もうすぐ終わりますんで、家の中にでも入っててくださいよ」
使うスコップは雪かき用とは違うが、普段から鍛えていることもあり、持ち上げると横に放り投げる。
「ふんっ 姓をもらえばとっとと消えちまう薄情もんが!」
老人は文句を言いながら中に入っていく。彼がハインツを良く思ってない年寄りかと言えば、アスロにも良くわからない。
時折こちらの監視をしにくるが、小言をいいながらも手伝おうとして腰を痛め、余計な手間をかけさせられる。
この家にも個人の畑はある。今は休ませるとのことで草花が植えられているが、この雪ではもう駄目になっているかも知れず。
「寒っ 今夜あたり、また降るのかね?」
転移時の記憶障害もあるが、自分はもとから現代の知識はそこまでない。それでも住人達は色々なことを考えて、少しでも収穫量を安定させる工夫をしているのだと学んだ。
時代に合わせて、少しずつこうやって発展していくのだろう。
一気にポイントを稼ぐチャンスなどそう転がってはおらず、アスロは村の手伝いを真面目に行いながら、地道に点数を上げていく。
時刻はもうすぐ十五時。このあと雑貨屋に行く予定だが、雪の関係で頼んでいた物が届いていないかもと不安になる。
ボーっと辺りを眺めていると、また老人に文句を言われそうなので、気を取り直して作業を再開させた。
雪かきが終わった頃、こちらを監視していた相手が袋を手にやって来た。
「ほれっ」
中を覗けば、乾燥させた赤い野菜が入っていた。こちらでの唐辛子的なものだ。
「良いんすか?」
「食う以外の用途にも使えるからの、色々聞いて試してみい」
この老人は村出身の子供にも、町から来たガキの方が熱心に働くと文句を言う。ようは誰が相手でも態度は変わらない。
「すんません、助かります」
「ありがとよ」
本気で自分たちを快く思わない相手は、彼のように明け透けな発言はしないかも知れない。
そもそもハインツを含めた現重役が、ここでの仕事をアスロに回したというなら、たぶん悪い人ではないのだろう。
頭をさげてから老人宅を離れる。
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雪かき道具を所定の小屋にもどし、アスロは駄目もとで雑貨屋に向かう。村内の通路はすでに作業を終えているが、自分の靴はスパイクなどはないため、時々すべりそうになって怖い。
足もとに注意しながら進めば、やがて目的地に到着する。扉を数度叩き。
「ちわーっす」
「おうアスロか」
店主は先ほど戻ったばかりらしく、薪ストーブの近くには雫を垂らす衣類や靴などが干されていた。棚や壁には無造作に物が置かれているが、良く見ればちゃんと種類別に分けられていた。
「仕入れお疲れさんでした」
村内には天気を読める者もいるのだろう。
「この雪だ。馬車はやめといて正解だったよ、歩きもつらかったけどな」
大きなカバンに詰められた品を今は整理していた。
店の裏手から女性が現れる。
「あらアスロ君じゃない、今お茶でも入れるからまっててね」
「お構いなく」
最近では常連となっているようで、人付き合いが苦手な彼だったが、違和感なく接することができている。
「奥さんも店番お疲れさまでした」
続いて店主に目を向け。
「それで、どうでしたか?」
「短剣の鞘だったな」
二つの短剣だが、これらは両者から失敬した物であり、刃はむき出しの状態だった。
そして今回。新しく鞘を作るにあたり、短剣を預けなくてはいけない不安もあったが、今日までの付き合いでアスロも店主を信用していた。
「まあ小さい荷物だったし、かさ張らないから持って来れたよ」
店主が依頼した町の武具屋と、そこに繋がっている契約職人。
「ありがとうございます」
魔人頭の短剣。鞘には彫られた模様があり、所々に金属の留め具が填められている。
元団長の短剣。鞘には余計な物はなにもなく、武骨の中にも拘りが感じられる。
「一緒じゃないんですね」
「俺も良くわからないけど、宿る精霊の好みに合わせたんだと」
店主が椅子を指さしてくれたので、お言葉に甘えて腰をおろす。
「良かったわね、素敵じゃない」
ちょうど奥さんが二人分のお茶を持ってきて、机に置いてくれた。
「すんません」
旦那さんが口をつけるのを待ってから、アスロはお茶に手を伸ばす。冷えた身体が内側から温まるようだった。
「だが値段はそれなりにしたぞ」
「はい、俺からもそういう依頼でしたんで」
限度額は設定していたが、少しくらいなら上回っても良いと伝えていた。
アスロはこの雑貨屋で買った小鞄から、アーデル紙幣を取りだす。
「じゃあ約束通り、これで頼んます」
前払いで五万。後払いで十万といったところか。
紙幣。もといた世界だと使えない技術レベルだが、こちらの偽札技術もそこまで高くはない。
印刷だけでなく、一枚作るのにかかる費用も気にしなくてはいけない。
リスクなしの技術というのは中々存在しない。時代に合わせて少しずつ、対抗策を練っていくのだろう。
「精霊が宿ってなければ、俺が作っても良かったんだがな」
村の雑貨屋は修復作業なども担っているので、彼を含め手先の器用な人が多い。
アスロは店内を見渡す。
「本当は盾も欲しいんすけどね」
「町でちゃんとしたの探した方が良い。馴染むかどうかは、お前さんが判断するしかないからな」
ゲオルグに壊された亡骸の盾は、この店主が一応の修復をしてくれたが、実戦ではできれば使うなと言われていた。
「俺だけじゃなくて、精霊と相談しながらですがね」
聞いた話ではまだ宿ってくれているらしい。だがアスロはその存在を感じ取れないので、新たな盾を選ぶ時の不安はある。
「町に行くんなら紹介状でも用意してやる、お前よく買ってくれるしな。そこでうちのガキ働いてるから、俺からも良くしてもらえるよう頼んどく」
「なんかすんません」
これは有難い話だった。村出身の子供は町へ出稼ぎに行くこともある。ここの場合だと修行になるのかも知れないが。
「アスロ君は揺りかご目指してるんだよね?」
「はい。リアから一番近いらしいんで、地底の町ってとこになるかと」
奥さんの言いたいことを理解したのか、旦那さんは苦笑いを浮かべていた。
「そこにもう一人のガキが居るんだけどな」
「もし見かけたら、手紙くらい寄こすように伝えてくれないかしら」
死亡した場合それはそれで村に連絡がくるので、元気でいるとは思うとのことだった。
「了解っす」
アスロはお茶を飲み切る。
「ごちそうさまでした。それじゃ、自分はここらへんで」
「おう。寒いから風邪ひかないようにな」
作業していたので不要だったが、薪ストーブやお茶で温まった現状からして、外は堪えるかも知れない。
奥さんは壁にかけていた外套を取ると、アスロに渡してくれた。
「一度体調崩してるからって、もう大丈夫とは限らないのよ」
「すんません。洗って返しますね」
厚手の布を身体にまとう。
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時刻は十六時を過ぎたころ。本当はこのまま帰っても良かったのだが、せっかく短剣の鞘が来たので試したいことがあった。
まずは村長宅に向かう。ハインツは居なかったが、奥さんに訓練場にある小屋の鍵を貸してもらう。
通常の冬であれば畑は休ませている場合が多く、どちらかと言えば自衛団の訓練に本腰が入る時期と聞いた。しかし雪のため今は中止となっていた。
挨拶もそこそこに、お茶の誘いを丁寧に断り、村長宅を後にする。
居住地の中を歩く。白一色に染まった風景を眺めながら。
『屋根の雪とか大丈夫なんかね?』
豪雪地方であれば、屋根の形なども考えられているのだろうが、ララツの建物だと不安が残る。
もし必要となれば自分たちに落とす作業が回ってくるはずだけど、あの作業は危険だと知識にあるので気が乗らない。
居住地の出入口には門番役の自衛団員がおり、寒い中お疲れとの挨拶を交わして別れる。こんな中で鍛錬するのかと呆れられたが、ぎこちない笑顔を返すだけで終わらせた。
このように雪が積もっていては、どこが村道でどこが畑なのか解らない。別の方面であれば人の足跡などがあり、そこから見わけもつくのだが。
『さて、まずはちっと雪かきでもしないとな』
小屋の鍵を開け、中からスコップを取りだす。
訓練場は林に囲まれているので、少し光の当たりが悪いかも知れない。このまま作業に入っても良いのだが、せっかく短剣の鞘が手に入ったので一度やってみたい。
スコップの先端を雪に刺す。アスロは所有空間より、魔人頭の短剣を取りだす。
『精霊よ、まずは魔力を』
鞘から短剣を抜く。
『物と物。俺と貴方。双方に繋がりを』
やり方はリックから教わっていた。戦輪に宿る精霊は、丸盾も己の住処としている。
本来。この短剣は投げるのが専門ではないが、鞘があれば可能だろうと教えられた。
短剣を前方にかるく放る。雪の中に落ちる前に、アスロは鞘をかざし。
『俺のもとに』
地面と接触する寸前。短剣は回転の速度を強めると浮き上がり、辺りの雪を散らした。
『こわっ』
投げた時とは倍以上の速度で、短剣はこちらに迫ってくる。恐怖で思わず目をつぶってしまったが、鞘に挿入された反動により、成功したのだと認識した。
『ありがとうございます』
再び魔力を送っておく。
『次はもう少し遠くに飛ばさせてもらいますので、お付き合いくださると有難いです』
戦闘時とは違い、やけに低姿勢なアスロだった。短剣を鞘から払い。
『失礼いたします』
先ほどよりも勢いをつけて投げ放つ。近場の木に命中する前に鞘を向け。
『こちらへ』
精霊に願った瞬間。短剣の回転は逆になって失速するが、こちらにもどることなく木の幹に刃が食い込む。
威力が落ちていたこともあり、少しすると抜け落ちた。
アスロは雪の中を歩いて取りに向かう。
『こりゃ練習しねえと。精霊さま付き合ってくれっかな』
一歩足をだせば埋もれてしまうので、中々に面倒くさい。鍛錬の前に使うスペースだけは、雪かきをしなくてはと思った。
アスロとは別の人物が短剣を拾い上げ、それに付着した雪をはらう。
「宿る精霊さんによって、同じ短剣でも得意不得意がある。もちろん好き嫌いも」
現れたのは村娘。厚手の帽子と外套をまとっているが、寒い中にいるからかホッペが赤くなっている。
ミトンの手袋には雪がついており、自分のズボンでこすって落す。
「こんな中に鍛錬なんて、君は真面目だね」
アスロがその場で立ち止まってしまったので、娘が物を相手のもとまで届ける。
「はい」
「どっ どもっす」
自衛団の女性とは関りもあるが、それ以外の村娘とはあまり面識もない。
「こんなに降るなんてな。もしかしたらどの道、私らはこの雪でやられてたかも知れん」
「はぁ」
なんのことを言っているのか、混乱状態のアスロにはわからなかった。
「小屋にはまだスコップあったかな?」
「ええ、たぶんあったかと」
手伝うよと残せば、彼女はアスロの作った足跡を使って小屋に向かおうとする。
「あの自分だけで大丈夫ですんで、そのなんていうか、もう夕方ですし」
「なら君に送ってもらうとするよ」
誰なんだろうと疑問に思いながらも、スコップのもとまで駆け足でもどり。
「俺もって来ますんで、これ使ってください」
本当は緊張するから帰って欲しいのだけど、そんなことを女性相手に言うことなど無理だった。
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて使わせてもらうね」
赤い頬でニッコリされたものだから、アスロも顔が赤くなってしまう。
「へい」
「なんか君、だいぶ印象と違うね」
そもそも面識すら記憶にないのだから、適当にそうですかと相槌を打つしかない。急ぎ足で小屋にもどり、別のスコップを持ってくる。
暑くなることを想定したのか、彼女は外套と帽子を脱いでいた。
少し荒れている気もしたが、栗色の髪は肩ほどの長さ。化粧もしていないためか、どこか幼さを感じるものの、落ち着いた雰囲気が子供だとは感じさせない。
瞳に色は灯っているが、その奥には得体の知れない憂いを帯びる。彼女は訓練場を眺めながら。
「私たちだけだと全面は難しいね」
「とりあえず、少しでも動ける空間があれば」
重荷でも背負っていたのか、彼女の背中からは安息と虚無が滲み出る。
鈍感なアスロも気づいたのだろう。
「そっちこそ、印象かわったっすね」
もっとずっと年上かと思っていた。
「こういう服を着るのは久しぶりだから。どうだろう、似合うかな?」
振り返れば、寂し気な笑顔を向けられる。
「顔色も良いみたいだ」
照れてしまい感想は言えなかったが、気にしたふうでもなく。
「栄養のある食事を頂いている。あのご夫婦には感謝しているよ」
「そうですか」
リックとアスロに依頼をだした張本人だとしても。
「もう外に出ても良いんですね」
「まだ村人とは極力関わらないよう言われてるがね、室内ばかりだと気が滅入るからとのことだ」
女性は作業を始める。アスロも外套を脱ぐと、スコップで雪をかく。
しばらく無言の時が流れた。
クスっと笑いがこぼれ、それに反応して相手をむけば。
「君、私だって気づかなかったでしょ」
「人の顔みて話すの苦手なんすよ」
もと盗賊。
どこにでもいるただの村娘だと思ったことを、なぜか悲しく感じてしまう自分がいた。




