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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
二章 村での生活
27/34

七話 盗賊退治 後編

残酷な描写があります。







 交代で仮眠をとる予定だったが、とても眠れなかった。砂時計で時間を測りながら、行動の開始をじっと待つ。


 


 リックの技術はアスロからすれば大したものだが、守人のそれは年季が違う。

 斥候二組の情報を照らし合わせた結果。


 拠点は洞窟以外にもう一つある。そこは荒い作りだが木材の壁で囲われており、土をつめた袋で裏側を補強している。

 内部には建物が数軒あるようで、強奪した魔光石がまだ残っているのなら、保管場所は恐らくこの第二拠点だろうと予想された。


 平野の見張りは五名の四組。

 第一・第二拠点の周囲には五名の五組。


 どちらかと言えば警備は第二の方が厚い。しかし多くの人員を抱かえているのは第一拠点。


 夜明け前。


 守人と自衛団の混合隊がもうすぐ到着する。

 斥候の二組は少しでも発覚を遅らせるため、平野を見張る者たちを一斉に奇襲する。


_________

_________



 その五人は焚火を囲いながら、交代で平野の見張りを行っていた。地面に布を敷き、今は二人が眠りについている。


 起きている三名もどこか寝ぼけており、意識を広がる大地に向けていたのが災いしたのだろう。

 闇の中より現れた影人は足音もなく背後まで忍び寄ると、一人の口を塞ぎながら握っていた短剣を首に突き刺す。抜くと余計に血が飛び出るので、そのまま放置する。


 影人が発生させた小さな物音に気づき、二人は同時にそちらへ振り返った。

 リックの投げ放った戦輪が一方の首を跳ねる。残ったもう一名が反応する前に接近すると、勢いをそのままに腰から抜いた短剣で貫く。

 回転して宙を舞う戦輪は、近場の木々を避けながら引き返し、装着音と共に丸盾へと固定された。


 死の間際に短剣で殺した者が声を発していた。


「なんだ?」


 眠っていた者たちが反応し、一人が半身を起こそうとしていた。


 固定された戦輪の一部はむき出しになっている。リックは短剣を死体に刺したまま手放し、寝ぼけ眼の盗賊を盾の刃で斬る。


「くそっ」


 最後の一人は完全に目覚めていた。脇に置いていた剣すら持たないまま、なんどか転びながら立ちあがり、その場から逃げようとする。

 丸腰の影人が行く手を阻む。


「ひっ!」


 その風貌に恐怖を覚え、足の動きを緩めてしまった。

 戦輪を丸盾から外せば、流れる動作で投げ放つ。相手は胴に鎧をまとっていたが、精霊の宿る刃はそれを削り貫いた。


「人間の相手は……もう、当分ごめんだ」


 戦輪は盗賊の背中に減り込んだまま。使い方を教えてくれた師であれば、宿る精霊に頼んで手元に戻すことも可能だが、今のリックでは取りに行く必要があった。


 最後の一名はまだ生きていた。残る力を振り絞り、呼び笛を鳴らそうと咥えていたが、もうか細い音色しか出せない。


「悪いな」


「……くそ」


 輪っかの内側に指を入れて引き抜く。気づけばすでに盗賊は死んでいた。


 影人を見る。


「助かった、兄弟と合流しよう」


 返事もなく相手は歩きだす。本当は少し休みたいが、そうも言っていられないので、今は黙って後を追う。


_______

_______


 同時刻。アスロが受け持つ対象は、リックの相手よりも離れた位置。

 

「なんだてめぇ」


 鉈はホルダーに残したまま。今、利き手にあるのは魔人頭の短剣だった。


「見てわからないか、敵襲だよ」


「一人たあ、舐めやがって」


 後ろに控えていた者が笛を取りだしていた。


「んな訳ねえだろ」


 リックの様子を確認してから行動に移したため、呼び笛のことは承知している。もっとも事前にそういった物は予想していたが。


 口に笛をつける前に、そいつの背中に二本の矢が突き刺さる。


「先にてめぇからだっ!」


 三名が投げナイフを手に持って、ほぼ同時にこちらへ放つ。アスロは前方に空間口を出現させ吸収。


 喋っていた奴は片手剣を抜いていた。正体不明の防御魔法に舌を鳴らすが、闘気功をまとっているので戦意は失せていない。

 大きく横に飛び跳ねれば、アスロの側面にまわり込む。着地と同時に膝を曲げ、地面を蹴って接近する。


 短剣で受けたが対する得物の違いもあり、鍔迫り合いはこちらに不利。

 そもそも彼は闘気功をまとっていない。


 空間口からは短剣と思われる柄の部分だけが出ており、それを右腕でつかんで引き抜く。


「回り込む方向を間違えたな」


 左側から仕掛けてくるよう、空間口の角度を調節していた。アスロが赤い光をまとえば、相手の剣を少しだけ押し返すことに成功する。


 生じた微かな隙間に、ゲオルグの短剣を差し込んだ。


「舐めんなガキが」


 精霊を宿した老人の短剣でも、鎖帷子の影響か致命傷までは行ってない様子。

 まだ敵の闘志は消えておらず。


 リックの所と比べると、ここの連中は統制がとれていた。

 ナイフを投げたうちの一人が叫ぶ。


「あんたっ!」


 剣で押し返され、その刃がアスロの首に触れる。敵は片腕が空いていた、投げナイフを手に持つ。


「これで相子だ」


 老人の短剣を手放し、投げナイフを持った手首をつかめば、こちらに引き寄せながら敵の片足を払う。

 転倒した相手の股間に、体重を乗せた自分の膝を打ち込む。


 それは声にならない悲鳴だった。


 掴んでいた手首を開放したのち、再び老人の短剣を握り、深く押し込む。

 敵の剣が地面に落ちたので、魔人頭の短剣を逆手に持つと、右の眼球に突き刺した。


『消えてよし』


 アスロは立ち上がり、残った敵を見渡す。

 呆然と立ち尽くす子分の二人に向けて、影小人の矢が放たれる。



 女が一人。涙を流しながらも、歯を喰いしばって大地に立つ。


 魔光石を取り出すと、手直に放ってからナイフで切り裂いた。


「私を守れっ!」


 矢の刺さった二名は痛みを堪え、両者ともに得物を抜くと、アスロに向けて走り出す。


 魔人頭と老人の短剣は未だ、殺したての死体に刺さったまま。

 腰のホルダーから鉈を抜き、精霊に魔力を送る。



 先行していた相手は片手剣を水平に振るが、後ろに一歩さがって避けた。


 もう一名が右から回り込み、短剣で自分の脇腹を狙ってくる。その一突きは鎖帷子に阻まれるも、なんとか突き破ることに成功し、切先が衣類まで到達した。


「こいつには精霊さまが宿ってんだ」


「そうか」


 一点に集中させた硬気功。

 アスロは腕を上げることで、わざと脇腹をあけていた。右の肘先で敵のこめかみを打ちつける。

 脳が揺さぶられ、そいつは沈んだ。


「死ねっ!」


 まだ別の相手が残っていた。初手は空振ったが気にすることなく、もう一歩を踏み込んで勢いよく上段から斬りかかるも、それは怒り任せの大振だった。

 片足を動かして側面にまわると、剣鉈でそいつの上腕から胴を叩き斬った。


 草の刈られた地面に片腕が落ちた。少しの時間差で本体も土埃を上げて倒れ込む。


「でっ そいつを俺に放っても良いのか?」


 鉈をホルダーに帰したのち、先ほど肘で沈めた者を指さす。


「こいつ生きてるぞ」


 側頭部を手で押さえつけ、顔は地面に伏せたまま。


「姐さん。構わねえ」


 輝くナイフとは逆の腕に水袋を握っていた。彼女の前方には小さな水の塊が浮かぶ。



 赤い光をまとったアスロは、相手の両脇を抱え上げて盾にする。


 悲しみと怒りにより、むき出された歯茎は赤く染まっていた。


「……クズが」


 無表情で。


「盗賊に言われたかねえな」


 彼女の身体には数本の矢が突き刺さっている。


 青年は震えた声で。


「俺ごと殺ってくれ」


「ごめんね。でも、私もすぐ行くから」


 浮かんでいた水は二つ三つに分裂し、水量をも増やしていく。


「精霊様、お願い……こいつだけは」


 位置どりからして最初に気づいたのは、盾にされていた青年だった。


「姐さん、後ろっ!」


「時間稼ぎに気づかなかったお前らが悪い」


 影小人は弓矢をその場に置くと、身体を屈めながら接近していた。

 背後。数mで合体して影人に変化したのち、後ろから彼女の身体を拘束する。


 アスロの左側に空間口が発生していた。


 盾がわりの青年を開放すると、投げナイフの柄を掴み、空間の歪みから引き抜く。



 心が乱れたせいで、浮かんでいた複数の水槍は地面に流れ落ちる。


「ごめんなさい、みんな。私たちが、選択を違えたせいだ」


 ナイフを投げようと、姿勢を整える。


「やめろっ!!」


 ボロボロの身体でアスロの片足にしがみつくが、もう放たれたあとだった。


 女は影人の腕に抱かれたまま息絶えた。




 すでに戦意はないのだろう。ズボンを掴んでいた彼の手は握力を失う。


「今から守人と自衛団たちが此処にくる。投降すれば命は保証してもいい」


 恨まれるなら、それはそれで仕方ない。


「殺せ。村を襲った時点で、覚悟はしていたんだ」


「そうか」


 こいつらを屈服させたのは、また別にいる。


 アスロは元御頭から魔人頭の短剣を引き抜く。刃に残った血を自分のズボンで拭い、青年の前にそっと置いた。


「俺の手で死ぬか、自分で終わらせるか決めてくれ」


 首もとが酷く痛むが、治癒気功を今するわけにはいかない。


 青年は短剣を握る。


「奪った魔光石はもう金に換えちまったと思う。俺らのはどうなっても良い……頼む、二人のだけは」


「わかった」


 彼は震える手を首もとに持っていく。


「あんたを許さない。でも、感謝するよ」


 返り血がアスロを染める。




 その場に膝まづき、吐物が地面を汚す。

 二人の亡骸にかかってしまい、口腔内に残ったそれを飲み込むと、慌てながら手で拭う。


 汚物で汚れた腕を首もとに持っていき、治癒の光を発生させる。


「うぇ……あ…ぐっ」


 痛みは多少やわらぐが、指先の震えが止まらない。


 草を掻き分ける音が耳に入る。


「アスロ!」


 影人を引き連れてリックが姿を現す。そのまま駆け寄ろうとするが、アスロは彼を手で制す。


 黄色の暖かな光を確認すると、治療中だと気づき動きを止めた。


「大丈夫か」


 問題ないと手で示す。


 全身が血まみれだった。まずそれを指さしたのち、次に自害した青年へ向ける。


「こいつのか」


 うなずけないので、動作で意思を伝える。


 次に裏側の腰に手を回し、闇のナイフをホルダーから外す。その切先を女性と元御頭へ。


「魔光石に変えれば良いんだな?」


「たのむ」


 やがて出血も止まり、呼吸も安定してきた。思っていたほど深くはないようだ。


 空間口よりリュックを取り出し、その中から手持ちの袋に入った魔光石を二つ取りだす。


 

 リックは輪廻への旅路を祈り、彼と約束した二名を送ってくれる。


「これで良いんだな?」


「ああ、すまねえ」


 ビニール袋で申し訳ないが、受け取った魔光石を入れてリュックにもどす。


「こいつに頼まれてな。たぶん夫婦だと思うけど、これだけはどこかに埋めて花でも添える」


 墓などの風習はこちらにもある。村だと魔光石は遺産として残す場合が多いので、遺品などを入れるのだと聞いた。


「そうか」


 少し血で汚れてしまったが、リュックを所有空間に戻す。


「少し休もう。俺も疲れちまった」


「だな」


 治癒気功を当てたまま、相棒の手を借りて立ち上がると、彼らが敷いていた布に腰をおろす。


________

________


 少しして守人側の斥候が姿を現した。


「なんだ兄ちゃん、怪我してんのか?」


「返り血っすよ、一番厄介だった傷もこの通りです」


 リックの手当を受けて、その上からまた光を当てていた。


「これが此処の魔光石っす」


「もう一方のは放置したまんまです」


 五つの魔石をテオに渡す。


「どうやら外れを引いたのは、お前らだったみてえだな」


「正確には別々だったんで、兄弟になりますね」


 この二人も斥候どうし、作戦の開始まえに顔合わせは済んでいた。

 テオとは別の森人は、アスロの傷を眺めながら。


「君が一戦交えたのが、たぶん平野見張り役のボスだろう」


 元御頭。最近この盗賊団に吸収されたのだろう。彼は根路隊の一員なため、前にも地下空間で見た記憶があった。


「見ての通りこのざまで、けっこう厄介な相手でした。精霊術の使い手もいたんで、この先も油断できないっすよ」


 山賊の頭領。


 テオはしばらく腕を組むと。


「まだ戦えそうか?」


「強敵はもう厳しいけど、手下どもくらいなら問題ねえ」


 リックは痛々しげにアスロを見ながらも。


「俺は問題ないです」


 テオの仲間は本人を含めて四人。今は他の場所で警戒に当たっている。


「どうするか」


「ここで逃げてきた連中を迎え撃ってもらいましょう」


 本隊が平野側から来るので、逃走を測るとすれば山側になるだろう。


「了解しました」


 アスロが何かを言う前に、リックが返答していた。


「最初に洞窟内部へ侵入すんのは俺らがやる」


「第二拠点はハインツさんっすね」


 テオの仲間は二人の肩に手を置くと。


「もう充分すぎるほどに働いてくれた。あとは俺たちに任せてくれ」


「すんません」


 リックは立ち上がると。


「よろしくお願いします」


 頭をさげた。


「このまま本隊との合流を待つぞ」


 ハインツは元探索者。引き連れるのはララツの実力者になるだろう。


 テオに至ってはアスロの予想だとゲオルグの同列。突入する他の面子も、手練れであることに間違いはない。



 もう二人の出る幕はなかった。


 結果から言えば、里と村々は盗賊団に勝利した。

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