七話 盗賊退治 後編
残酷な描写があります。
交代で仮眠をとる予定だったが、とても眠れなかった。砂時計で時間を測りながら、行動の開始をじっと待つ。
リックの技術はアスロからすれば大したものだが、守人のそれは年季が違う。
斥候二組の情報を照らし合わせた結果。
拠点は洞窟以外にもう一つある。そこは荒い作りだが木材の壁で囲われており、土をつめた袋で裏側を補強している。
内部には建物が数軒あるようで、強奪した魔光石がまだ残っているのなら、保管場所は恐らくこの第二拠点だろうと予想された。
平野の見張りは五名の四組。
第一・第二拠点の周囲には五名の五組。
どちらかと言えば警備は第二の方が厚い。しかし多くの人員を抱かえているのは第一拠点。
夜明け前。
守人と自衛団の混合隊がもうすぐ到着する。
斥候の二組は少しでも発覚を遅らせるため、平野を見張る者たちを一斉に奇襲する。
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その五人は焚火を囲いながら、交代で平野の見張りを行っていた。地面に布を敷き、今は二人が眠りについている。
起きている三名もどこか寝ぼけており、意識を広がる大地に向けていたのが災いしたのだろう。
闇の中より現れた影人は足音もなく背後まで忍び寄ると、一人の口を塞ぎながら握っていた短剣を首に突き刺す。抜くと余計に血が飛び出るので、そのまま放置する。
影人が発生させた小さな物音に気づき、二人は同時にそちらへ振り返った。
リックの投げ放った戦輪が一方の首を跳ねる。残ったもう一名が反応する前に接近すると、勢いをそのままに腰から抜いた短剣で貫く。
回転して宙を舞う戦輪は、近場の木々を避けながら引き返し、装着音と共に丸盾へと固定された。
死の間際に短剣で殺した者が声を発していた。
「なんだ?」
眠っていた者たちが反応し、一人が半身を起こそうとしていた。
固定された戦輪の一部はむき出しになっている。リックは短剣を死体に刺したまま手放し、寝ぼけ眼の盗賊を盾の刃で斬る。
「くそっ」
最後の一人は完全に目覚めていた。脇に置いていた剣すら持たないまま、なんどか転びながら立ちあがり、その場から逃げようとする。
丸腰の影人が行く手を阻む。
「ひっ!」
その風貌に恐怖を覚え、足の動きを緩めてしまった。
戦輪を丸盾から外せば、流れる動作で投げ放つ。相手は胴に鎧をまとっていたが、精霊の宿る刃はそれを削り貫いた。
「人間の相手は……もう、当分ごめんだ」
戦輪は盗賊の背中に減り込んだまま。使い方を教えてくれた師であれば、宿る精霊に頼んで手元に戻すことも可能だが、今のリックでは取りに行く必要があった。
最後の一名はまだ生きていた。残る力を振り絞り、呼び笛を鳴らそうと咥えていたが、もうか細い音色しか出せない。
「悪いな」
「……くそ」
輪っかの内側に指を入れて引き抜く。気づけばすでに盗賊は死んでいた。
影人を見る。
「助かった、兄弟と合流しよう」
返事もなく相手は歩きだす。本当は少し休みたいが、そうも言っていられないので、今は黙って後を追う。
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同時刻。アスロが受け持つ対象は、リックの相手よりも離れた位置。
「なんだてめぇ」
鉈はホルダーに残したまま。今、利き手にあるのは魔人頭の短剣だった。
「見てわからないか、敵襲だよ」
「一人たあ、舐めやがって」
後ろに控えていた者が笛を取りだしていた。
「んな訳ねえだろ」
リックの様子を確認してから行動に移したため、呼び笛のことは承知している。もっとも事前にそういった物は予想していたが。
口に笛をつける前に、そいつの背中に二本の矢が突き刺さる。
「先にてめぇからだっ!」
三名が投げナイフを手に持って、ほぼ同時にこちらへ放つ。アスロは前方に空間口を出現させ吸収。
喋っていた奴は片手剣を抜いていた。正体不明の防御魔法に舌を鳴らすが、闘気功をまとっているので戦意は失せていない。
大きく横に飛び跳ねれば、アスロの側面にまわり込む。着地と同時に膝を曲げ、地面を蹴って接近する。
短剣で受けたが対する得物の違いもあり、鍔迫り合いはこちらに不利。
そもそも彼は闘気功をまとっていない。
空間口からは短剣と思われる柄の部分だけが出ており、それを右腕でつかんで引き抜く。
「回り込む方向を間違えたな」
左側から仕掛けてくるよう、空間口の角度を調節していた。アスロが赤い光をまとえば、相手の剣を少しだけ押し返すことに成功する。
生じた微かな隙間に、ゲオルグの短剣を差し込んだ。
「舐めんなガキが」
精霊を宿した老人の短剣でも、鎖帷子の影響か致命傷までは行ってない様子。
まだ敵の闘志は消えておらず。
リックの所と比べると、ここの連中は統制がとれていた。
ナイフを投げたうちの一人が叫ぶ。
「あんたっ!」
剣で押し返され、その刃がアスロの首に触れる。敵は片腕が空いていた、投げナイフを手に持つ。
「これで相子だ」
老人の短剣を手放し、投げナイフを持った手首をつかめば、こちらに引き寄せながら敵の片足を払う。
転倒した相手の股間に、体重を乗せた自分の膝を打ち込む。
それは声にならない悲鳴だった。
掴んでいた手首を開放したのち、再び老人の短剣を握り、深く押し込む。
敵の剣が地面に落ちたので、魔人頭の短剣を逆手に持つと、右の眼球に突き刺した。
『消えてよし』
アスロは立ち上がり、残った敵を見渡す。
呆然と立ち尽くす子分の二人に向けて、影小人の矢が放たれる。
女が一人。涙を流しながらも、歯を喰いしばって大地に立つ。
魔光石を取り出すと、手直に放ってからナイフで切り裂いた。
「私を守れっ!」
矢の刺さった二名は痛みを堪え、両者ともに得物を抜くと、アスロに向けて走り出す。
魔人頭と老人の短剣は未だ、殺したての死体に刺さったまま。
腰のホルダーから鉈を抜き、精霊に魔力を送る。
先行していた相手は片手剣を水平に振るが、後ろに一歩さがって避けた。
もう一名が右から回り込み、短剣で自分の脇腹を狙ってくる。その一突きは鎖帷子に阻まれるも、なんとか突き破ることに成功し、切先が衣類まで到達した。
「こいつには精霊さまが宿ってんだ」
「そうか」
一点に集中させた硬気功。
アスロは腕を上げることで、わざと脇腹をあけていた。右の肘先で敵のこめかみを打ちつける。
脳が揺さぶられ、そいつは沈んだ。
「死ねっ!」
まだ別の相手が残っていた。初手は空振ったが気にすることなく、もう一歩を踏み込んで勢いよく上段から斬りかかるも、それは怒り任せの大振だった。
片足を動かして側面にまわると、剣鉈でそいつの上腕から胴を叩き斬った。
草の刈られた地面に片腕が落ちた。少しの時間差で本体も土埃を上げて倒れ込む。
「でっ そいつを俺に放っても良いのか?」
鉈をホルダーに帰したのち、先ほど肘で沈めた者を指さす。
「こいつ生きてるぞ」
側頭部を手で押さえつけ、顔は地面に伏せたまま。
「姐さん。構わねえ」
輝くナイフとは逆の腕に水袋を握っていた。彼女の前方には小さな水の塊が浮かぶ。
赤い光をまとったアスロは、相手の両脇を抱え上げて盾にする。
悲しみと怒りにより、むき出された歯茎は赤く染まっていた。
「……クズが」
無表情で。
「盗賊に言われたかねえな」
彼女の身体には数本の矢が突き刺さっている。
青年は震えた声で。
「俺ごと殺ってくれ」
「ごめんね。でも、私もすぐ行くから」
浮かんでいた水は二つ三つに分裂し、水量をも増やしていく。
「精霊様、お願い……こいつだけは」
位置どりからして最初に気づいたのは、盾にされていた青年だった。
「姐さん、後ろっ!」
「時間稼ぎに気づかなかったお前らが悪い」
影小人は弓矢をその場に置くと、身体を屈めながら接近していた。
背後。数mで合体して影人に変化したのち、後ろから彼女の身体を拘束する。
アスロの左側に空間口が発生していた。
盾がわりの青年を開放すると、投げナイフの柄を掴み、空間の歪みから引き抜く。
心が乱れたせいで、浮かんでいた複数の水槍は地面に流れ落ちる。
「ごめんなさい、みんな。私たちが、選択を違えたせいだ」
ナイフを投げようと、姿勢を整える。
「やめろっ!!」
ボロボロの身体でアスロの片足にしがみつくが、もう放たれたあとだった。
女は影人の腕に抱かれたまま息絶えた。
すでに戦意はないのだろう。ズボンを掴んでいた彼の手は握力を失う。
「今から守人と自衛団たちが此処にくる。投降すれば命は保証してもいい」
恨まれるなら、それはそれで仕方ない。
「殺せ。村を襲った時点で、覚悟はしていたんだ」
「そうか」
こいつらを屈服させたのは、また別にいる。
アスロは元御頭から魔人頭の短剣を引き抜く。刃に残った血を自分のズボンで拭い、青年の前にそっと置いた。
「俺の手で死ぬか、自分で終わらせるか決めてくれ」
首もとが酷く痛むが、治癒気功を今するわけにはいかない。
青年は短剣を握る。
「奪った魔光石はもう金に換えちまったと思う。俺らのはどうなっても良い……頼む、二人のだけは」
「わかった」
彼は震える手を首もとに持っていく。
「あんたを許さない。でも、感謝するよ」
返り血がアスロを染める。
その場に膝まづき、吐物が地面を汚す。
二人の亡骸にかかってしまい、口腔内に残ったそれを飲み込むと、慌てながら手で拭う。
汚物で汚れた腕を首もとに持っていき、治癒の光を発生させる。
「うぇ……あ…ぐっ」
痛みは多少やわらぐが、指先の震えが止まらない。
草を掻き分ける音が耳に入る。
「アスロ!」
影人を引き連れてリックが姿を現す。そのまま駆け寄ろうとするが、アスロは彼を手で制す。
黄色の暖かな光を確認すると、治療中だと気づき動きを止めた。
「大丈夫か」
問題ないと手で示す。
全身が血まみれだった。まずそれを指さしたのち、次に自害した青年へ向ける。
「こいつのか」
うなずけないので、動作で意思を伝える。
次に裏側の腰に手を回し、闇のナイフをホルダーから外す。その切先を女性と元御頭へ。
「魔光石に変えれば良いんだな?」
「たのむ」
やがて出血も止まり、呼吸も安定してきた。思っていたほど深くはないようだ。
空間口よりリュックを取り出し、その中から手持ちの袋に入った魔光石を二つ取りだす。
リックは輪廻への旅路を祈り、彼と約束した二名を送ってくれる。
「これで良いんだな?」
「ああ、すまねえ」
ビニール袋で申し訳ないが、受け取った魔光石を入れてリュックにもどす。
「こいつに頼まれてな。たぶん夫婦だと思うけど、これだけはどこかに埋めて花でも添える」
墓などの風習はこちらにもある。村だと魔光石は遺産として残す場合が多いので、遺品などを入れるのだと聞いた。
「そうか」
少し血で汚れてしまったが、リュックを所有空間に戻す。
「少し休もう。俺も疲れちまった」
「だな」
治癒気功を当てたまま、相棒の手を借りて立ち上がると、彼らが敷いていた布に腰をおろす。
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少しして守人側の斥候が姿を現した。
「なんだ兄ちゃん、怪我してんのか?」
「返り血っすよ、一番厄介だった傷もこの通りです」
リックの手当を受けて、その上からまた光を当てていた。
「これが此処の魔光石っす」
「もう一方のは放置したまんまです」
五つの魔石をテオに渡す。
「どうやら外れを引いたのは、お前らだったみてえだな」
「正確には別々だったんで、兄弟になりますね」
この二人も斥候どうし、作戦の開始まえに顔合わせは済んでいた。
テオとは別の森人は、アスロの傷を眺めながら。
「君が一戦交えたのが、たぶん平野見張り役のボスだろう」
元御頭。最近この盗賊団に吸収されたのだろう。彼は根路隊の一員なため、前にも地下空間で見た記憶があった。
「見ての通りこのざまで、けっこう厄介な相手でした。精霊術の使い手もいたんで、この先も油断できないっすよ」
山賊の頭領。
テオはしばらく腕を組むと。
「まだ戦えそうか?」
「強敵はもう厳しいけど、手下どもくらいなら問題ねえ」
リックは痛々しげにアスロを見ながらも。
「俺は問題ないです」
テオの仲間は本人を含めて四人。今は他の場所で警戒に当たっている。
「どうするか」
「ここで逃げてきた連中を迎え撃ってもらいましょう」
本隊が平野側から来るので、逃走を測るとすれば山側になるだろう。
「了解しました」
アスロが何かを言う前に、リックが返答していた。
「最初に洞窟内部へ侵入すんのは俺らがやる」
「第二拠点はハインツさんっすね」
テオの仲間は二人の肩に手を置くと。
「もう充分すぎるほどに働いてくれた。あとは俺たちに任せてくれ」
「すんません」
リックは立ち上がると。
「よろしくお願いします」
頭をさげた。
「このまま本隊との合流を待つぞ」
ハインツは元探索者。引き連れるのはララツの実力者になるだろう。
テオに至ってはアスロの予想だとゲオルグの同列。突入する他の面子も、手練れであることに間違いはない。
もう二人の出る幕はなかった。
結果から言えば、里と村々は盗賊団に勝利した。




