六話 盗賊退治 前編
扉の下部より出された用紙を受け取れば、内容を確認後に所有空間へ入れる。それ以外には言葉のやり取りもなく、やがて朝を迎える。
契約書。
盗賊の情勢と引き換えに、身の安全を約束する。村長の印鑑と名前もあった。
後日ハインツより聞いた、ソフィアから得た情報。
本来ここらを取り仕切っていたのは、魔人の一派だった。人の売買なども彼らを頼っており、遺跡でとれる魔光石も相場よりは多少高いが、納得のできる値段で売ってもらえた。
正規兵がくるため、村を襲うのは彼らに禁止されている。
荷馬車などを狙うこともあるが、これも回数が増えすぎると町を刺激するので制限があった。それでも実行する時は不足している装備などを揃えてくれ、成功すれば強奪した品をまっとうな値段で流してくれる。
魔人の保護により縄張りを奪われる心配もなく、細々とだったがなんとか暮らせていた。
ベルやアスロからすれば印象は悪いが、眺める角度を変えればこんなにも違うのかと学ぶ。
小さな遺跡や悪魔の揺りかごであれば、管理者だけで事足りているが、この地にある遺跡森は大きい。今までは魔人と森人が表裏の管理者として君臨していたが、この両者は三十年前の件もあって仲が悪い。
三カ月前。
遺跡森に渡人が降り立ち、彼らはそのとき森人に刃を向けた。
もう少しすれば守人の報復が始まるので、しばらくは本拠地に潜むと魔人側からの説明があった。そのとき正式に我々の仲間に加わるなら、行動を共にしても良いとのやり取りを交わした。
魔族 人類を滅ぼす。
魔人 方法は不明だが、自分たちを含め、人間不可侵の領域をつくる。
ソフィアたちは一部の村を含め、人の社会にも恨みはあるけれど、確固たる信念は持っておらず。だからこそ魔人の目的に命をかけるのは難しく、なにかあれば裏切るかも知れないからと、皆で話し合って断ると決めた。
魔人たちは魔光石をいくつか渡し、国内のどこかにあるという本拠地に向け、散り散りに去っていく。
現在。
命運を魔人と共にした者たちの縄張りはなくなり、余所から話を聞きつけた無法者たちがやってきた。
遺跡森には守人がいるため簡単に手出しはできない。しかしあそこは広いため、こっそりと侵入して魔光石などを集めることが可能。
やがてこの地に残った有力な賊が幅を利かせ、新参古参の連中と何度か衝突する。
晴れて勝者となったのは、以前からこの地にいた盗賊の一団。
もともとは三十名ほどだったが、今はどこまで膨れているか不明。この者たちが魔人のかわりとして、最近ではここらを取り仕切ってきた。
反抗を恐れてか魔光石は売ってもらえず、奪った積荷も良心的なものとは程遠い値で流される。
余所からきた賊との縄張り争いも、自分たちで何とかするしかない。
魔人のねぐらは、遺跡森から通じる山の奥地にあった。
遺跡近くの平野を含めた一帯を縄張りとしているのは、現在の仕切り役である盗賊団であり、村を襲ったのも恐らく彼らだろうとのこと。
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村々と里の話し合いで出た結論。
各地の盗賊からしてみれば、遺跡の森は魔光石を含めた資源の宝庫だった。冬となる前に正規兵も動いてくれるとの事だが、それだとまた別の輩が台頭すると予想。
全てを守人と自衛団だけで終わらせる。周囲の盗賊どもに力を示すことで睨みをきかせたい。
さらに里長は今回の事態を受けて、来年の春までには幾つかの同族集落より、人員を要請すると決めた。
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二週間後
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遺跡近くの村は広大な畑を所有している。
現在。秘密裏に平野の村に戦力が集っていた。
守人からは五十名。
ララツからは十五名。
平地の村からは十名。
計、七十五名。残りは各村や里の防衛についている。
里やララツとは違う方角に進むこと一時間。その森と山には盗賊がいると知られているので、地元の者は普段から怖がって近づかない。
時刻は深夜の一時ころ。荒れた木々の中を進む者が二人。
土地勘は完全に相手が上。斥候はララツと守人からの二組。
ソフィアの話しだと連中のねぐらは洞窟らしいが、多くなった現状からして全員が入るのは難しい。
外に溢れているか、他にも拠点を作っているか。
リックとアスロは灯りに頼ることもなく、森の中を進んでいた。
瞼を閉ざしながら、浮かびあがった映像を相棒に伝える。
「五番が発見した、数は五人ってとこか」
「外に溢れてんじゃなくて、洞窟の周りを警備してる感じか?」
魔光石に頼らなくても、夜になれば弱い闇の精霊がそこらに存在する。彼らに魔力を渡し、リックは視界を確保していたが、アスロにそんな芸当はできず。
拠点である洞窟の位置はすでに把握している。映像を五番から背後の一番に切り替え。
「今までの様子からすっと、まあそんな感じだわ。でも大して警戒しちゃいねえな」
一番の映像を頼りに歩く。独特の感覚なため、慣れるのに時間と練習を必要とした。
「このまま行けそうか?」
「隙間を通るのは余裕だ」
先導はリックに任せ、まずは洞窟を目指す。途中に鳴子などが張られていたものの、そこら辺は事前に彼が発見してくれた。
影小人だと引っ掛かるかも知れないので、合流してもらい合体させておく。
今こちらで確認している賊の配置。
平原を見張る役が、五人二組の十名。
洞窟の周辺を警備する役が、五人三組の十五名。
ソフィアの話では洞窟の出入口は二つ。馬車でも通れる大きなものと、人が抜けれるほどの小さなもの。
魔人と比べれば条件の悪い仕切り役だったが、他に伝手もないので彼女の一派も傘下に加わっていた。それでも洞窟に出向いたのは数度だけらしく、完全に内部の様子が解るわけではない。
やがて到着したのは小さな裏口。二人して身体を草中に隠しながら。
「見張りは三人ってとこか」
「正面口にはもっと居るよな」
瞼を閉ざし影人の現在地を探る。
「内部の様子も探りたいけど、下手はできねえか」
自分の目となっていた影小人は、木の幹から洞窟口を覗いていた。背後より現れた影人がそれと合わさる。
アスロは木陰に隠れる友を見あげ。
「頼めるか?」
音もなく闇に消える。
「なんも見えねえや」
裏口には篝火が設置されているが、自分の周りは真っ暗だった。
「悪い。他者の視界もってなると、魔光石が必要になってくるんだ。しばらくは待機になるからよ、タダミチの様子を探るか、今のうちに休んでてくれ」
「そうだな。警戒は任せる」
アスロは草中に顔をうずめた。平地の村を出発するとき、二人とも火の精霊に虫よけの魔法をかけてもらっていた。
しばらくして信号が送られてきた。
「子供が通れるくらい隙間を見つけた。影小人に分離すれば入れるかもな」
「そこが洞窟に通じてれば良いんだけど」
侵入をお願いする。
「内部で忠道にもどれるなら、そうした方が良いか?」
「罠とか対応できるのって、今の所タダミチだけだしな」
分離してまず一体が隙間に入る。アスロも映像を伺いながら、罠に注意する。
進めども合体できるだけのスペースはない。
「けっこう深くまで続いてんな」
リックは裏口だけでなく、周りの警戒を引き受けながら。
「時間はあるから、焦んなくて良いぞ」
暗闇の中でも彼らの映像は鮮明だった。やがて細く狭い通路の先に、火と思われる明かりが壁を照らしていた。
「広い空間にでる」
出切る前に止まるよう指示をだし、影小人の映像を確認する。
「通路の先は一人立てるくらいの足場だ。広間の天井あたりで、下の方に十人ってとこだ」
高さは五mほど。
賭け事に興じている者。寝転んで酒を飲んでいる者。的に矢を放って遊んでいる者。
「やっぱ盗賊にも女っているんだな」
「まあ色んな事情があるんだろうよ」
見た感じだと、ひどい目にあっている様子はない。
「どれも似たような風貌で、お頭の区別はつかねえ」
自衛団も人のことは言えないが、装備は統一されておらず。鎧下の衣類は所々破けていて汚れていた。
「内部はそこだけじゃないだろうし、別の所にいるのかも」
もう充分だと影小人をさげる。
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忠道と合流後、二人は息を潜めながら夜の森を歩く。今回はコンパスを使っていたが、リックの先導に従えば問題はなかった。
平野の近くまでもどれば、用意していた紙に敵の配置や人数を記入。洞窟の内部は一部しか確認できず、広い空間には十名ほど居たと残す。
「じゃあ、こいつをよろしく頼む」
影小人の一体に伝達を任せ、残りは決行時に備えて休ませておく。
「本当に便利だよな」
「正直。この魔法がなかったら、今ごろどうなってたか」
時間制限付でも味方がいるというのは、本当に心強い。
「でもよ、俺まったく精霊ってのがつかめねえ」
「なぜか闇属性すらダメだったもんな」
魔光石を使って数種類の精霊を呼んでみたが、最初の弱い存在から先に進むことができず。
こういった闇の空間でも、相手の存在を感じ取れないので、リックのような夜目は使えない。
「まあ落ち込むな兄弟。お前どう考えても前衛向きだし、精霊術だって使えなくもないんだからよ、それで満足しろ」
二つも精霊紋を持っているのだから、魔光石をつかった魔法ができないなど、リックからすれば贅沢な悩みになるのだろう。
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夜明けまで残り二時間ほど。
平野の村では盗賊たちに存在を悟られないよう、これから戦う者たちは息を潜めていた。
影人の存在を知るララツの者が、事前の打ち合わせどおり、村の外れで書状を受け取る。
守人側の斥候から得た情報と比較したのち、アスロたちに今後の指示を送る。方法は紙に内容を書き、それを影小人に見せる。こちらからの確認に成功したら動作で了解する。
喋れず聞けずは不便も多いが、守人が集めた情報もなんとか受けとれた。
役目を終えた伝達役は、そのまま夜の中に溶けて消えていく。
本当はもっと時間をかけて相手を調べた方が良いかも知れない。それでも敵はここ三カ月で巨大化したばかりで、まだ完全にまとまっておらず。
こちらも里と村の混合ではあるが、今が狙い目だと判断したのだろう。
夜明けを前に守人と自衛団は村を出発する。
光の精霊たちが世界を照らすころ、盗賊との戦いが始まった。




