五話 見送りと見張り
その日は矢傷の手当や身体の汚れを落とすだけで、彼女はしっかりと休むだけに終わる。
牢屋などはなくても、見張りが容易な建物はいくつかある。それでもハインツは約束どおり、相応の対応をした。
アスロが最初過ごした離れには、森人の繋ぎ役が泊まるので、ソフィアはそのまま村長宅の預かりとなった。
次の日
村の出入口は何カ所かある。午前中はそこの警備をリックと任せられる。
一台の馬車が村の外へ出ようとしていた。
「出発っすか」
「ああ。役目もできたことだしな」
村からの書状を届ける。問題なくソフィアから話を聞けたなら、こちらから改めて遺跡森に向かうのだろう。
昨日は村長宅に預けていたようで、今は荷台にも物が積まれている。私物に加え、ララツからの物品も混ざっているのか量は多い。
リックはそれを見あげながら。
「三人で大丈夫なんですか?」
「護衛もつけると言われたのですが、盗賊の件で余裕がなさそうでしたから。その代わり魔光石など持たせていただきました」
アスロの闇魔法などは極端な例だが、精霊術というのは数の差をくつがえす。
魔石の使い手はベルが主だが、アイーダも弓術を主体に精霊術の心得を持つ。
ドリノは硬気功に重点をおいた守人であり、装備にも精霊が宿っている。
「回復魔法に成功したっつうことは、もうベルさんって契約者なんすよね?」
「正確にはね、まだ仮契約なんだ」
左手の長手袋。前腕部分のボタンを外し、その一部をめくれば白い痣が確認できた。
「もう光の精霊さまと繋がってるんだけどね、呼ぶには今までと同じで魔光石が必要なの」
だとしてもリックは感心した様子で。
「まだ俺らとそんなに年齢かわらないのに、仮契約でも十分すごいですよ」
実際には一回り近く上なのだが、彼はその事実を知らない。
二十代半ば。見た目よりも若く見られて喜ぶには、まだ少し早いのだろう。ベルは苦笑いを浮かべていた。
「いつか精霊殿でもっかい挑戦できたらなって。私もまだまだ若いし」
この世界での結婚適齢期は若干過ぎているので、微妙なお年頃と言える。
精霊と契約した場合は、弱い存在から呼ぶ必要がないという利点もあるが、消費する魔力は多くなる。
「次はいつ頃くるんすか?」
馬車上の三名は互いの顔を眺めたのち。
「そうですね。春には里の方で祝いの祭りがあります。今のところ、そちらに合わせたいと」
ここらの冬はそこまで厳しいものではない。
「祭りが終わったら、我々も繋ぎ役の職務に本腰をいれんとな」
村の姓(仮)習得は最低でも一年は必要と聞いていた。
「間に合うかわからないんですが、できれば兄弟に同行したいって考えてます」
しまったという表情のアスロ。
「なので、もし迷惑でなければ」
「ねえアスロ。そういう大切なこと、なんで教えてくれないの?」
共にダンジョンへ行くというのは、前々からリックとの約束だった。
「すんません。色々あって言うの忘れてました」
「今になったのは俺にも責任があります。急な申し出ですみません」
ベルを含めた三人は森人の繋ぎ役。ダンジョンもろもろに関する説明は、三カ月の旅中で行っていたのだろう。
ドリノは周囲の村人を見渡してから、安全を確認したのち。
「貴殿はアスロ殿の事情を知っているんだったな。ある意味でいえば、盗賊である彼女よりも弱い立場にいる」
危険な立ち位置。
「俺は町からきた身ですし、背中を任せられる奴っていないんで」
若いころ。村長は奥さんを含めた数人でララツを出た。
「前向きに検討できるよう話し合いますので、返答は保留でも良いでしょうか?」
「はい。それに俺らが春に間に合うかっていえば、怪しいところなんで。特に兄弟が」
春の時点でリックは一年を過ぎているが、アスロは二・三カ月足りない。
「今回はそこまで長居せんが、春は私たちも一カ月ほどは滞在する予定でしてな」
「とりあえず自分なりに貢献して、頑張ってみようと思います」
一度村長と相談してみるかと考える。
「じゃあアスロ、頑張るんだよ」
「すんませんでした」
頭をさげる。
「リック君も頑張ってね」
「はい。道中お気をつけて」
馬車が動きだせば、ベルは見えなくなるまで手を振ってくれた。
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昼が過ぎ、数時間が経過すると、出入口の見張りを他者と引継ぐ。リックと共に自室へと戻れば装備を脱ぎ、近場の用水路から水を汲んだのち、身体を洗ったり衣類の洗濯をする。
こういった工事ができるだけの技術はあるが、ここでも石鹸などは使わない。
夕方までに大体の作業を終わらせると、三時間ほどの仮眠をとる。
晩飯は村から支給してもらえるので、二人でそれを机に並べて食べる。内容はいつもそこまで違わない。
再び武装したのち。
「じゃあな兄弟」
ここから先は別の業務。アスロはソフィアの見張りで、リックは魔光石の保管庫を警備する。
「また明日な。無事に終わることを祈ってるよ」
二人とも朝になったら昼まで寝て、再び村の警備につく。かなり不規則だが非常時なので仕方がない。
もといた世界でも三交代制の職場など、似たような環境の仕事はある。
夜の村内は真っ暗かといえば、篝火や地下空間にあった光魔法で照らされていた。
普段からこうではないが、やはり盗賊を警戒してのことだろう。
しばらく歩いて目的地に到着する。
村長宅の庭にも見張りが二人いた。もうすぐ終わりなのか、すこし気の抜けたようす。
「お疲れ様です」
「よう、お疲れさん。なんだ今回はリックと一緒じゃないのか」
いつぞやの中年リーダーだった。
「へい、まあ」
「ここは比較的安全な部類だ。なんてったて村長と奥さんいっから」
あの二人が正規の村人では一番強い。
「お前さんここ置くのも、なんか勿体ない気がするけどよ」
もう一名の村人もうなずきながら。
「実際に事が起こった場合、もっとも頼りになるのリックとお前だからな」
「そう言ってもらえると有難いっすよ」
うまく返答はできている。アスロの顔色は篝火で確認しずらいが、どこか青白かった。
「五年も頑張れば、正式な村姓も二人ならいけると思うんだがな。俺らとしても助かるわ」
同意をもとめて相方をみれば、そうだなとうなずいて。
「まあだからこそ、揺りかごに夢を求めるんだろうさ」
「リックはどうか知らねえっすけど、俺は経験したら町か村にもどりますよ。受け入れてもらえるなら、ここが良いんですがね」
そうかと中年は笑ってくれる。
「ララツは無理に引き留めるような真似はしないから、まあ頑張れや。命だけは大切にな」
一等地。それは土地柄だけでなく、人柄もあるんだろう。
「その頃にはぎこちない笑みも治ってると良いな」
気づかれていたらしい。
「ありがとうございます」
先輩二人に頭をさげ、村長宅の扉をノックして入る。
ソフィアの存在を知るのは、自衛団の中でも数名だった。もしベルたちが居なければ、彼らが迎えに来たのだろう。
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到着しましたと声を張れば、ランタンを持ったハインツが顔を出す。
この家には子供がいない。繊細は不明だが、養子の予定もないのだろう。
「どうでしたか?」
「まあお前の予定どおりだよ。確かにあれは気づくな」
情報提供のかわりに命を保障して欲しい。口頭ではなくちゃんとした書面で。
その内容に対して、彼女の口調や動作には違和感しかなかったらしい。
「お前の指示を淡々とこなしてるっつうかな、まあそんな感じだ。今は二階で母ちゃんが様子を見てる」
探索者をやめた切欠が奥さんの怪我だというのは、村の誰かとリックの会話を後ろで聞いていた。
「俺も言っといて正解でしたね。この状況だと、無理っすね」
「夜這いか?」
やめてくださいと顔を赤くする。
「契約書の受け取りっすよ」
「ああ、お前が隠し持つ予定だったか。それでもし俺が約束を反故するようなら、町にでも訴えるつもりだったのか?」
そこまでは考えてなかった。
「彼女が正規兵にしょっ引かれる前に、こっそり持たせるとか。それに契約書が見つからない時点で、しばらくは村だって動けないっすよね」
「アホ、そこで正直に言っちゃ駄目だろうが」
渡したのがアスロだと村側が知らなければ、一応は自分の身を守れていた。
「直前まで悩むとは思いますよ。ここ本当にみんな良い人なんで、実際そうなったらどうしたかなんて答えられません」
「そうか。まあ立ち話しもなんだ、仕事前だが少し良いか?」
足もとにある網状の金属板は表面が荒く、それで靴の土汚れを落とす。一歩進み、マットで軽く靴底を擦る。
「わかりました」
背中を向けた村長についていく。
「今回のことで、俺の評価って落ちますか?」
「判断するのは俺だけじゃなく、村の重役だ。まあこの話しは今のとこ、誰にも言ってないがな」
以前。依頼を受けた机に向かったので、ハインツが座るのを待ったのち、アスロも椅子に腰をおろす。
「良い村って感想をもらえてうれしいが、ここだって綺麗事だけじゃないぞ」
卓上の灯りだけでは弱く、村長の顔には影がさしていた。
「年寄り連中を黙らせてるぶん、俺を良く思ってない奴もそれなりにいる」
もともとのララツは、遺跡森近隣の村と似たようなものだった。
「さらに言えば町からきた余所者だ。外にいたあいつとかが居なけりゃ、今の地位には俺だってつけてない」
「なんか色々と大変なんすね」
村の現重役。
「お前に関するリスクは承知してる。だとしてもな、揺りかごの探索が終わったら戻ってこい」
有難い話だが、理由はアスロの人間性だけではない。
「リックですね」
「そうだ」
有力者との繋がり。
「あと、お前のそういうとこだな」
ハインツが説明しなくても、彼の名前をだした。
「今回だって見方をかえれば、切欠は理由もない感情だが、ちゃんと考えてから俺に言うと決めただろ」
ソフィアの件。
「確証は持てなくても、真実を話すとの言質をとってきた」
「いつもそうとは限らないっすよ。俺は人見知りの世間知らずですし、この件だって偶然そうなっただけかも知れません」
騙されるときは騙される。見抜けないときは見抜けない。
「もし彼女のあれが全て演技だったら、俺には責任もとれないです」
アスロの顔にも影がさしていた。
「現状だと始末するくらいしか、責任のとりかたは思いつかないっすね。いつかは村を出ますし」
「最終的にお前はこっちに教えただろ。その情報から村長として、あの娘を信じると決めたのは俺だ」
咳払いを一つ。
「殺人で解決する癖だけはつけんなよ」
以前どこかで同じことを。
「平穏な暮らしを望むなら、そういうのは本当に最後の手段だ」
まっとうな人生。
「今度こそ忘れないよう、心がけます」
村長は席から立ち。
「うちに戻ってくるなら、是非そうしてくれ。そろそろ母ちゃんと交代してもらわんとな、書状を受け取ったら鍵をかけて、扉の前で見張ってくれ」
もう何もないかと聞かれれば、午前中の内容を思いだす。
「春に里で祭りがあるそうっすね。そこから繋ぎ役に本腰を入れるそうなんで、本当に不躾で申し訳ないんですが、やはり仮の姓は難しいですか?」
村長は腕を組めば、そうだなと考えこみ。
「ララツの姓を目指してるのは、お前やリックだけじゃない。実際に良くやってくれてはいるが、ようは他の連中が納得するかどうかだな」
これからの努力次第。
「頑張ります」
感謝の動作をする。ランタンを手に持って、村長が二階まで案内してくれる。
階段を上った先。短い通路には椅子が置かれ、壁には火の灯りが設置されていた。
扉を開ける。室内もランタンだけで、とても暗かった。
「変なことすんじゃないよ」
鍵を渡される。
「皆して酷くないっすか?」
こちとら恋愛経験もない初心だと心の中で叫ぶが、奥さんは笑いながら去っていく。
「君が見張りなのか?」
少し驚いた様子だった。暗くて見えにくいのもあるが、先ほどの発言もあり意識してしまい、相手と向かい合えなかった。
「まあな、廊下にいるが気にしないで休んでくれ」
「そうか」
彼女に繊細を話すつもりはない。アスロは振り返って部屋の外に出る。
夫婦がニヤニヤしていたが、むすっとした顔で椅子に座った。
「鍵はかけないのかい?」
「今やろうと思ったんすよ」
よろしく頼むねと残し、奥さんは階段をおりる。
ハインツは小さな声で。
「書状くらいなら、下の隙間から出せるはずだ」
言われて扉を見る。
「そうみたいっすね。じゃあこれは返しときます」
「良いのか?」
鍵を放り投げると、今度こそ仏頂面で椅子に座る。




