表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
二章 村での生活
25/34

五話 見送りと見張り

 その日は矢傷の手当や身体の汚れを落とすだけで、彼女はしっかりと休むだけに終わる。


 牢屋などはなくても、見張りが容易な建物はいくつかある。それでもハインツは約束どおり、相応の対応をした。

 アスロが最初過ごした離れには、森人の繋ぎ役が泊まるので、ソフィアはそのまま村長宅の預かりとなった。



 次の日

 村の出入口は何カ所かある。午前中はそこの警備をリックと任せられる。


 一台の馬車が村の外へ出ようとしていた。


「出発っすか」


「ああ。役目もできたことだしな」


 村からの書状を届ける。問題なくソフィアから話を聞けたなら、こちらから改めて遺跡森に向かうのだろう。


 昨日は村長宅に預けていたようで、今は荷台にも物が積まれている。私物に加え、ララツからの物品も混ざっているのか量は多い。


 リックはそれを見あげながら。


「三人で大丈夫なんですか?」


「護衛もつけると言われたのですが、盗賊の件で余裕がなさそうでしたから。その代わり魔光石など持たせていただきました」


 アスロの闇魔法などは極端な例だが、精霊術というのは数の差をくつがえす。


 魔石の使い手はベルが主だが、アイーダも弓術を主体に精霊術の心得を持つ。

 ドリノは硬気功に重点をおいた守人であり、装備にも精霊が宿っている。


「回復魔法に成功したっつうことは、もうベルさんって契約者なんすよね?」


「正確にはね、まだ仮契約なんだ」


 左手の長手袋。前腕部分のボタンを外し、その一部をめくれば白い痣が確認できた。


「もう光の精霊さまと繋がってるんだけどね、呼ぶには今までと同じで魔光石が必要なの」


 だとしてもリックは感心した様子で。


「まだ俺らとそんなに年齢かわらないのに、仮契約でも十分すごいですよ」


 実際には一回り近く上なのだが、彼はその事実を知らない。

 二十代半ば。見た目よりも若く見られて喜ぶには、まだ少し早いのだろう。ベルは苦笑いを浮かべていた。


「いつか精霊殿でもっかい挑戦できたらなって。私もまだまだ若いし」


 この世界での結婚適齢期は若干過ぎているので、微妙なお年頃と言える。


 精霊と契約した場合は、弱い存在から呼ぶ必要がないという利点もあるが、消費する魔力は多くなる。


「次はいつ頃くるんすか?」


 馬車上の三名は互いの顔を眺めたのち。


「そうですね。春には里の方で祝いの祭りがあります。今のところ、そちらに合わせたいと」


 ここらの冬はそこまで厳しいものではない。


「祭りが終わったら、我々も繋ぎ役の職務に本腰をいれんとな」


 村の姓(仮)習得は最低でも一年は必要と聞いていた。


「間に合うかわからないんですが、できれば兄弟に同行したいって考えてます」


 しまったという表情のアスロ。


「なので、もし迷惑でなければ」


「ねえアスロ。そういう大切なこと、なんで教えてくれないの?」


 共にダンジョンへ行くというのは、前々からリックとの約束だった。


「すんません。色々あって言うの忘れてました」


「今になったのは俺にも責任があります。急な申し出ですみません」


 ベルを含めた三人は森人の繋ぎ役。ダンジョンもろもろに関する説明は、三カ月の旅中で行っていたのだろう。


 ドリノは周囲の村人を見渡してから、安全を確認したのち。


「貴殿はアスロ殿の事情を知っているんだったな。ある意味でいえば、盗賊である彼女よりも弱い立場にいる」


 危険な立ち位置。


「俺は町からきた身ですし、背中を任せられる奴っていないんで」


 若いころ。村長は奥さんを含めた数人でララツを出た。


「前向きに検討できるよう話し合いますので、返答は保留でも良いでしょうか?」


「はい。それに俺らが春に間に合うかっていえば、怪しいところなんで。特に兄弟が」


 春の時点でリックは一年を過ぎているが、アスロは二・三カ月足りない。


「今回はそこまで長居せんが、春は私たちも一カ月ほどは滞在する予定でしてな」


「とりあえず自分なりに貢献して、頑張ってみようと思います」


 一度村長と相談してみるかと考える。


「じゃあアスロ、頑張るんだよ」


「すんませんでした」


 頭をさげる。


「リック君も頑張ってね」


「はい。道中お気をつけて」


 馬車が動きだせば、ベルは見えなくなるまで手を振ってくれた。


_________

_________


 昼が過ぎ、数時間が経過すると、出入口の見張りを他者と引継ぐ。リックと共に自室へと戻れば装備を脱ぎ、近場の用水路から水を汲んだのち、身体を洗ったり衣類の洗濯をする。

 こういった工事ができるだけの技術はあるが、ここでも石鹸などは使わない。


 夕方までに大体の作業を終わらせると、三時間ほどの仮眠をとる。


 晩飯は村から支給してもらえるので、二人でそれを机に並べて食べる。内容はいつもそこまで違わない。


 再び武装したのち。


「じゃあな兄弟」


 ここから先は別の業務。アスロはソフィアの見張りで、リックは魔光石の保管庫を警備する。


「また明日な。無事に終わることを祈ってるよ」


 二人とも朝になったら昼まで寝て、再び村の警備につく。かなり不規則だが非常時なので仕方がない。


 もといた世界でも三交代制の職場など、似たような環境の仕事はある。



 夜の村内は真っ暗かといえば、篝火や地下空間にあった光魔法で照らされていた。


 普段からこうではないが、やはり盗賊を警戒してのことだろう。



 しばらく歩いて目的地に到着する。

 村長宅の庭にも見張りが二人いた。もうすぐ終わりなのか、すこし気の抜けたようす。


「お疲れ様です」


「よう、お疲れさん。なんだ今回はリックと一緒じゃないのか」


 いつぞやの中年リーダーだった。


「へい、まあ」


「ここは比較的安全な部類だ。なんてったて村長と奥さんいっから」


 あの二人が正規の村人では一番強い。


「お前さんここ置くのも、なんか勿体ない気がするけどよ」


 もう一名の村人もうなずきながら。


「実際に事が起こった場合、もっとも頼りになるのリックとお前だからな」


「そう言ってもらえると有難いっすよ」


 うまく返答はできている。アスロの顔色は篝火で確認しずらいが、どこか青白かった。


「五年も頑張れば、正式な村姓も二人ならいけると思うんだがな。俺らとしても助かるわ」


 同意をもとめて相方をみれば、そうだなとうなずいて。


「まあだからこそ、揺りかごに夢を求めるんだろうさ」


「リックはどうか知らねえっすけど、俺は経験したら町か村にもどりますよ。受け入れてもらえるなら、ここが良いんですがね」


 そうかと中年は笑ってくれる。


「ララツは無理に引き留めるような真似はしないから、まあ頑張れや。命だけは大切にな」


 一等地。それは土地柄だけでなく、人柄もあるんだろう。


「その頃にはぎこちない笑みも治ってると良いな」


 気づかれていたらしい。


「ありがとうございます」


 先輩二人に頭をさげ、村長宅の扉をノックして入る。


 ソフィアの存在を知るのは、自衛団の中でも数名だった。もしベルたちが居なければ、彼らが迎えに来たのだろう。


_______

_______


 到着しましたと声を張れば、ランタンを持ったハインツが顔を出す。

 この家には子供がいない。繊細は不明だが、養子の予定もないのだろう。


「どうでしたか?」


「まあお前の予定どおりだよ。確かにあれは気づくな」


 情報提供のかわりに命を保障して欲しい。口頭ではなくちゃんとした書面で。

 その内容に対して、彼女の口調や動作には違和感しかなかったらしい。


「お前の指示を淡々とこなしてるっつうかな、まあそんな感じだ。今は二階で母ちゃんが様子を見てる」


 探索者をやめた切欠が奥さんの怪我だというのは、村の誰かとリックの会話を後ろで聞いていた。


「俺も言っといて正解でしたね。この状況だと、無理っすね」


「夜這いか?」


 やめてくださいと顔を赤くする。


「契約書の受け取りっすよ」


「ああ、お前が隠し持つ予定だったか。それでもし俺が約束を反故するようなら、町にでも訴えるつもりだったのか?」


 そこまでは考えてなかった。


「彼女が正規兵にしょっ引かれる前に、こっそり持たせるとか。それに契約書が見つからない時点で、しばらくは村だって動けないっすよね」


「アホ、そこで正直に言っちゃ駄目だろうが」


 渡したのがアスロだと村側が知らなければ、一応は自分の身を守れていた。


「直前まで悩むとは思いますよ。ここ本当にみんな良い人なんで、実際そうなったらどうしたかなんて答えられません」


「そうか。まあ立ち話しもなんだ、仕事前だが少し良いか?」


 足もとにある網状の金属板は表面が荒く、それで靴の土汚れを落とす。一歩進み、マットで軽く靴底を擦る。


「わかりました」


 背中を向けた村長についていく。


「今回のことで、俺の評価って落ちますか?」


「判断するのは俺だけじゃなく、村の重役だ。まあこの話しは今のとこ、誰にも言ってないがな」


 以前。依頼を受けた机に向かったので、ハインツが座るのを待ったのち、アスロも椅子に腰をおろす。


「良い村って感想をもらえてうれしいが、ここだって綺麗事だけじゃないぞ」


 卓上の灯りだけでは弱く、村長の顔には影がさしていた。


「年寄り連中を黙らせてるぶん、俺を良く思ってない奴もそれなりにいる」


 もともとのララツは、遺跡森近隣の村と似たようなものだった。


「さらに言えば町からきた余所者だ。外にいたあいつとかが居なけりゃ、今の地位には俺だってつけてない」


「なんか色々と大変なんすね」


 村の現重役。


「お前に関するリスクは承知してる。だとしてもな、揺りかごの探索が終わったら戻ってこい」


 有難い話だが、理由はアスロの人間性だけではない。


「リックですね」


「そうだ」


 有力者との繋がり。


「あと、お前のそういうとこだな」


 ハインツが説明しなくても、彼の名前をだした。


「今回だって見方をかえれば、切欠は理由もない感情だが、ちゃんと考えてから俺に言うと決めただろ」


 ソフィアの件。


「確証は持てなくても、真実を話すとの言質をとってきた」


「いつもそうとは限らないっすよ。俺は人見知りの世間知らずですし、この件だって偶然そうなっただけかも知れません」


 騙されるときは騙される。見抜けないときは見抜けない。


「もし彼女のあれが全て演技だったら、俺には責任もとれないです」


 アスロの顔にも影がさしていた。


「現状だと始末するくらいしか、責任のとりかたは思いつかないっすね。いつかは村を出ますし」


「最終的にお前はこっちに教えただろ。その情報から村長として、あの(むすめ)を信じると決めたのは俺だ」


 咳払いを一つ。


「殺人で解決する癖だけはつけんなよ」


 以前どこかで同じことを。


「平穏な暮らしを望むなら、そういうのは本当に最後の手段だ」


 まっとうな人生。


「今度こそ忘れないよう、心がけます」


 村長は席から立ち。


「うちに戻ってくるなら、是非そうしてくれ。そろそろ母ちゃんと交代してもらわんとな、書状を受け取ったら鍵をかけて、扉の前で見張ってくれ」


 もう何もないかと聞かれれば、午前中の内容を思いだす。


「春に里で祭りがあるそうっすね。そこから繋ぎ役に本腰を入れるそうなんで、本当に不躾で申し訳ないんですが、やはり仮の姓は難しいですか?」


 村長は腕を組めば、そうだなと考えこみ。


「ララツの姓を目指してるのは、お前やリックだけじゃない。実際に良くやってくれてはいるが、ようは他の連中が納得するかどうかだな」


 これからの努力次第。


「頑張ります」


 感謝の動作をする。ランタンを手に持って、村長が二階まで案内してくれる。



 階段を上った先。短い通路には椅子が置かれ、壁には火の灯りが設置されていた。


 扉を開ける。室内もランタンだけで、とても暗かった。


「変なことすんじゃないよ」


 鍵を渡される。


「皆して酷くないっすか?」


 こちとら恋愛経験もない初心(うぶ)だと心の中で叫ぶが、奥さんは笑いながら去っていく。


「君が見張りなのか?」


 少し驚いた様子だった。暗くて見えにくいのもあるが、先ほどの発言もあり意識してしまい、相手と向かい合えなかった。


「まあな、廊下にいるが気にしないで休んでくれ」


「そうか」


 彼女に繊細を話すつもりはない。アスロは振り返って部屋の外に出る。


 夫婦がニヤニヤしていたが、むすっとした顔で椅子に座った。


「鍵はかけないのかい?」


「今やろうと思ったんすよ」


 よろしく頼むねと残し、奥さんは階段をおりる。


 ハインツは小さな声で。


「書状くらいなら、下の隙間から出せるはずだ」


 言われて扉を見る。


「そうみたいっすね。じゃあこれは返しときます」


「良いのか?」


 鍵を放り投げると、今度こそ仏頂面で椅子に座る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ