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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
二章 村での生活
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三話 将来

 野宿場に現れたのは一名を除き全員が男だったが、見張りを受け持っていた中には女性もいた。

 輪廻への無事な旅路を祈りながら、亡骸を魔光石へと変える。その過程で全員が若者だと知る。


 賊たちの得物も一つにまとめ、所有空間に詰め込む。これ以上はもう入りそうにない。


 まだ敵が残っているかも知れないので、一通りの作業を終えたころには相棒も復活していた。アスロは女性の身体に触れるとムッツリしてしまうので、申し訳ないがリックに抱かえてもらう。



 多少の傾斜はあったが、二人して支え合いながら、捕縛した情報源を運ぶ。


 土の道にでても影小人たちを展開させ、周囲の警戒をしながら進む。二十分ほど歩くと、アスロが目を閉ざしながら。


「三番が良さげな場所を発見した。ここらで朝を待つか」


「そうだな。俺としても助かるわ、さすがにキツイ」


 本当は運ぶのを交代すべきなのだが、アスロとしては今の心理状態を維持させておきたかった。リックにしても彼に耐性がないことは理解しているので、自分から変わってくれとは頼まない。



 三番が見つけた場所は、多少だが木々が開けており、腰をかけるには丁度良い倒木があった。

 

 影小人たちに周囲の警戒をお願いし、アスロは焚火台の準備をする。リックは受け取った防水シートに女を寝かせる。


「矢は抜とこう」


 ナイフを使いズボンの一部を切り裂く。

 焚火台で熱した石と、近場にあった切り株を水で洗い、薬草を磨り潰す。布で押さえながら矢を抜き、水で良く洗ったのち、アスロから受け取ったガーゼに潰したそれをつけ、傷口に当てると別布できつく縛る。


 女は苦痛の表情を浮かべたが、魔法からくる眠りだけあって起きる気配はない。


「頼めるか?」


「おうよ」


 アスロは足もとで屈むと、処置した所に触れる。この名を引き継いだ事実を脳裏に浮かべ、ガイコツが発したあの光を思いだす。


 治癒気功は難しいことを考えなくても、黄色い光だけで一応の効果はある。


「逃走防止で完全に治すのはやめた方が良いぞ」


「あいよ」


 十秒ほどで治癒気功を終了する。顔を隠していた布はもうないが、土やら煤やらで汚れていた。


「転倒した時に側頭部を打ったみてえだな」


 頭の布に血が滲んでいた。場所的に危ないかも知れないので、何気なくそこにも光を当てておく。


「なあ兄弟。治癒気功ってよ、闇魔法には効くのか?」


「えっ どうなんだろ」


 彼女は現在眠っているが、これは魔法によるもの。


「やば」


 急いで手を退かし、相手の様子を確かめる。


「すまん。俺も治癒気功の使い手にあった経験ないんだわ」


 寝息らしきものが聞こえるので、恐らく大丈夫だろう。


「もっかい魔法つかうか?」


「いや、流石に魔光石がもったないだろ」


 二人は倒木に腰をおろし、焚火台の向こうで倒れている女を監視する。アスロは時々目を閉ざし、影小人の視界を確認する。


「どうだ」


「問題ねえ」


 リュックから鍋を取り出し、その中に水とサイコロ状に切った干し肉、野草を入れる。


「なんかそれ凄いな」


 そういえばベルもこの鍋と器に感心していた。


「向こうから持ってきたやつだ」


 パンを相棒に渡す。リックはナイフで削りながら少しずつ口に入れる。


「辛いの平気か?」


「人並だな」


 スープには辛味と旨味のある粉を振りかける。これの原材料は良く分からないが、雑貨屋で売っていた。最後に塩で味を調えて完成。


「俺もだ。すげえ辛いのは無理」


 器によそって渡す。


「感謝」


 一口すすり、美味いとの感想をくれたが、その後はなにも喋らず。


______

______


 食事も終盤。ずっと黙っていたリックが口を開く。


「人殺したの、始めてだった」


「そうか」


 なんとなくアスロもわかっていた。

 しかし顔色が悪かった理由は、それ以外にもあった様子。


「こいつを含めたあの連中、もとは町の孤児だったのかもな」


 最悪な村に送られた少年少女たち。リックは女姓をじっと睨みながら。


「もう気づいてるみたいだし、この際だから言うけどよ。俺ってかなり良い所の出なんだわ、坊ちゃんってやつ?」


 アスロは苦笑い。


「珍しい飛び道具とか、精霊術なんかを考えると、やっぱ勘ぐるわな」


「俺が我を通したせいで、ララツを外された奴もいるんだろうなって。どの村に送られるかで、人生の分かれ道ってガキも沢山いるのによ」


 空になった鍋に水をそそぎ、軽く手で洗ってから地面に捨てる。


「んなこと言ったら、俺だってそうじゃねえか」


「お前の場合は違うな、他に選択はなかったはずだ」


 言われれば確かにそうだ。


「俺な、二十歳までって約束なんだよ。その後はなんらかの仕事を親から与えられる」


「こっちとしては、お前がララツにいてくれて大助かりだわ。もし後悔してんならよ、村の監視員にでもなれるよう、親御さんと相談してみたらどうだ?」


 何気なく返したその内容に、相手は思わず器を落としていた。


「それなら少なくとも、俺がララツに来た意味はあるか」


 接待やら賄賂やらを受け、監視員には村の悪事を容認する者もいる。その事実は国も把握しているため、数年に一度受け持ちが変わることもあった。


「でも気をつけろよ。相手がまともな監視だって察したら、村の総出で殺しに掛かってくるんじゃねえか。そんで盗賊あたりのせいにすんだよ」


 その役職も数名で村に出向くが、相手が村ごとであれば難しい。そもそも共に出向いた同僚が味方するとも限らない。


「今まで将来の事なんて考えもしなかった。でもそうなるとダンジョンで力をつけるってのも、あながち意味はあると思いたいな」


「力つけんならよ、精霊殿に挑戦とかも良いんじゃねえか?」


 器を拾うと、ついてしまった汚れを手で落とす。謝ってアスロに渡す。


「問題は親をどう説得するかだな」


 恐らく村の監視員というのは、リックの家名が担うべき地位の役職ではない。


「時々でも各村に立ち寄るような仕事があれば良いんだけど。二十歳を向かえる前に、一度調べてみるか」


「ニルス戦団とか?」


 その返しには二人して失笑するしかない。


「勘弁してくれよ、悪魔の手先となんて戦いたかねえよ」


「俺としても、それはちょっと止めて欲しい」


 彼もアスロの事情は知っていた。


「お前、普通じゃないよな。なんとなく渡人のことは聞いてるけど、なんか話と違う」


 渡り人は訓練を受けているが、あくまでも太平の民。


 リックは自分のことを教えてくれた。だからアスロとしても。


「正直いうとよ、時空を越えたさいの記憶障害ってのがあってな。繊細はあんま覚えてねえんだわ」


 十五までは厳しい訓練をこなしながらも、不自由なく生きていたこと。


 紋章の形から悪魔側だと判断されたこと。


 王弟の一族に隔離され拘束されたこと。


 誰よりも嫌っていたはずの担当だけが、たった一人の味方だったこと。


 簡単にだが、わかる範囲で始めて誰かに語った。


「なんか壮絶だな。でもよ、本当に味方ってその人だけだったのか?」


「記憶の中ではそうだ」


 リックはしばらく考える姿勢をとり。


「得た情報が少ないから何とも言えないけど、協力者的なのはいたんじゃないか?」


 アスロが拘束されていた場所は、彼が自力で調べたのか。またどうやって侵入したのか


 携帯電話はどこから入手したのか。


 戸籍なしでの住処を何カ所も用意できたのは何故。


 居場所が突き止められたと、直前で知れたのは偶然なのか。


「そうか。言われてみれば確かに」


 直接の接触はなかったが、自分たちに協力してくれた者たちはいたのかも知れない。


「本人が塞ぎ込んでるだけで、どうしようもない状況でも、探せば力を貸してくれる人っているのかもな」


「自分次第か。そりゃちっと酷な話しだよ、本人にそんな余裕ねえし」


 今も昔も人間不信。

 すべてはもう、過ぎ去った物語。


「とりあえずありがとよ、兄弟」


「まあ、互いに頑張ろうや」


 話し込んでいて女性のことを忘れていた。いつの間にか背中をこちらに向けている。


 二人とも考え事ができたのだろう。そこから会話はなくなり、夜は更けていく。


_____________

_____________


 寝ずの番はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。


 分裂させているからか、そろそろ影小人の維持も難しくなってきたが、心臓部の紋章に魔力を送っておく。


 リックは立ち上がると、腰をなんどか叩き。


「じゃあ俺は道ぞいで待機してっからよ、なんかあったら呼べな」


「はいよ」


 適当に返事を終えると、目を閉ざして影小人の視界を映す。静かなもので、この調子であれば無事に夜明けを迎えられそうだ。


 息をついて瞼を開くと、女が座ってこちらを見ていた。両腕は拘束してあるが、足にはなにもしていない。


 腰のホルダーに手を伸ばし、鉈をいつでも取り出せるよう金具を外す。


「自殺は勘弁してくれよ、舌を噛んでも処置すっからな」


 窒息はさせない。布でも口に当てとくか悩む。

 

 相手は黙ったまま、こちらを見つめていた。


「水……飲みますか?」


 沈黙に耐えきれず、敬語になってしまった。女はしばらく悩んだのち、小さくうなずいた。


 水袋を向ける。


 沈黙。


「飲ませるか縄を解け」


 手を拘束していた。


「ちょっと待ってくれ」


 近づくと奪われる危険があるので、鉈やナイフを固定し、簡単には抜けなくする。


 女の横で屈むと、縄を解く。


「縛るときは背中側にした方が良い。あとその姿勢だと玉狙えるよ」


 口を引きつらせながら。


「ご丁寧にどうも、次からはそうします。股間にも一応防具つけてますんで」


 縄を外し終え、水袋を渡す。口をつける寸前で、彼女は腕の動きを止めた。


「死ぬつもりなら、あんたが気づく前にしてる」


「そうしてもらえると助かります」


 水を飲む。


 アスロは背中を向けずに下がると、火の消えた焚火台をまたいだのち、小さな鞄から布に包まれたパンを取りだす。


「ほれっ」


「悪いね」


 相手に気づかれないよう、こっそりと焚火台を片付ける。


「所詮、私らは立場の弱い盗賊だ。あんたを渡人だって叫んだところで、相手が信じるとでも思うか?」


「俺も立場の弱い渡り人なもんでね」


 しばしの沈黙。


「魔人には普段から良くしてもらっていた。だから彼らが望まぬことはしないわ」


「そうか」


 女は肩を落とし、うつむきながらパンを口に入れる。


「賊の中に、村で一緒だった奴は居たのか?」


 飲み込んだのち。


「みんな死んだよ」


 記憶をたどり。


「私が居た村はずっと遠くだったしな。でも引き受けたのは、似たような境遇の奴だけだ」


 この地に着いたのは何年前なのか。関所をどうやって抜けてきたのか。


「悪かったな」


「なにが」


 パンに残った歯型は小さかった。


「仲間を殺した」


「殺されるだけのことはしてきたよ」


 自分も含め。


 もし彼女の言った内容が事実なのだとすれば。


「まだ終わったわけじゃない。生き残る道はあるはずだ」


 苦笑いを浮かべられた。


「君が逃がしてくれるのかな?」


「こっちも命はったんで、そりゃ無理っす」


 でしょ、と笑う。


「出された条件で死にかけたけどよ、俺みたいな渡人を受け入れてくれる村だ。きっと望みはある」


 ゲオルグ。


「まあ、頑張ってみるかな。こんな状況でも、そういってくれる人もいるわけだし」


 少しずつ、パンをかじって飲み込んで、腹の中へと入れていく。


「俺は自分の身が一番可愛いからな、村長に口添えはしねえぞ」


「正直者だね」


 でもできることはある。


「村が望んでいるのは盗賊たちの情勢だ。少なくともあんたはそいつを持っている」


「そうか」


 交渉材料を生き残るための武器にする。


「口約束じゃだめだ、なんか書類として契約しろ、村長の印鑑つきでな。上手いこといったなら、俺が一時隠し持っても良い」


「契約を交わした後も、すぐには言わなければ良いんだな」


 アスロはうなずく。


「夜間になんとか接触する機会を探る。ハインツさんは良い人だけど、無条件で誰でも受け入れるような、お人良しとは思わない方が良い」


「わかった」


 道の方からリックの声が聞こえる。


「来たぞ!」


 予定よりも早い。


「ちょっと待ってくれ」


 まだ食事は終わっていない。


「交渉時は誠実に頼む」


「ああ。嘘は避ければ良いんだろ、苦手だが敬語も使うよ」


 町の孤児だったが、送られた村で酷い目に遭い、仲間と共に命がけで脱出した。これとは違う経緯で盗賊になったのなら、アスロは恐らく彼女を自分の手で始末する。


 遠くから声が聞こえる。


「お~い」


 聞き覚えがあった。

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