三話 将来
野宿場に現れたのは一名を除き全員が男だったが、見張りを受け持っていた中には女性もいた。
輪廻への無事な旅路を祈りながら、亡骸を魔光石へと変える。その過程で全員が若者だと知る。
賊たちの得物も一つにまとめ、所有空間に詰め込む。これ以上はもう入りそうにない。
まだ敵が残っているかも知れないので、一通りの作業を終えたころには相棒も復活していた。アスロは女性の身体に触れるとムッツリしてしまうので、申し訳ないがリックに抱かえてもらう。
多少の傾斜はあったが、二人して支え合いながら、捕縛した情報源を運ぶ。
土の道にでても影小人たちを展開させ、周囲の警戒をしながら進む。二十分ほど歩くと、アスロが目を閉ざしながら。
「三番が良さげな場所を発見した。ここらで朝を待つか」
「そうだな。俺としても助かるわ、さすがにキツイ」
本当は運ぶのを交代すべきなのだが、アスロとしては今の心理状態を維持させておきたかった。リックにしても彼に耐性がないことは理解しているので、自分から変わってくれとは頼まない。
三番が見つけた場所は、多少だが木々が開けており、腰をかけるには丁度良い倒木があった。
影小人たちに周囲の警戒をお願いし、アスロは焚火台の準備をする。リックは受け取った防水シートに女を寝かせる。
「矢は抜とこう」
ナイフを使いズボンの一部を切り裂く。
焚火台で熱した石と、近場にあった切り株を水で洗い、薬草を磨り潰す。布で押さえながら矢を抜き、水で良く洗ったのち、アスロから受け取ったガーゼに潰したそれをつけ、傷口に当てると別布できつく縛る。
女は苦痛の表情を浮かべたが、魔法からくる眠りだけあって起きる気配はない。
「頼めるか?」
「おうよ」
アスロは足もとで屈むと、処置した所に触れる。この名を引き継いだ事実を脳裏に浮かべ、ガイコツが発したあの光を思いだす。
治癒気功は難しいことを考えなくても、黄色い光だけで一応の効果はある。
「逃走防止で完全に治すのはやめた方が良いぞ」
「あいよ」
十秒ほどで治癒気功を終了する。顔を隠していた布はもうないが、土やら煤やらで汚れていた。
「転倒した時に側頭部を打ったみてえだな」
頭の布に血が滲んでいた。場所的に危ないかも知れないので、何気なくそこにも光を当てておく。
「なあ兄弟。治癒気功ってよ、闇魔法には効くのか?」
「えっ どうなんだろ」
彼女は現在眠っているが、これは魔法によるもの。
「やば」
急いで手を退かし、相手の様子を確かめる。
「すまん。俺も治癒気功の使い手にあった経験ないんだわ」
寝息らしきものが聞こえるので、恐らく大丈夫だろう。
「もっかい魔法つかうか?」
「いや、流石に魔光石がもったないだろ」
二人は倒木に腰をおろし、焚火台の向こうで倒れている女を監視する。アスロは時々目を閉ざし、影小人の視界を確認する。
「どうだ」
「問題ねえ」
リュックから鍋を取り出し、その中に水とサイコロ状に切った干し肉、野草を入れる。
「なんかそれ凄いな」
そういえばベルもこの鍋と器に感心していた。
「向こうから持ってきたやつだ」
パンを相棒に渡す。リックはナイフで削りながら少しずつ口に入れる。
「辛いの平気か?」
「人並だな」
スープには辛味と旨味のある粉を振りかける。これの原材料は良く分からないが、雑貨屋で売っていた。最後に塩で味を調えて完成。
「俺もだ。すげえ辛いのは無理」
器によそって渡す。
「感謝」
一口すすり、美味いとの感想をくれたが、その後はなにも喋らず。
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食事も終盤。ずっと黙っていたリックが口を開く。
「人殺したの、始めてだった」
「そうか」
なんとなくアスロもわかっていた。
しかし顔色が悪かった理由は、それ以外にもあった様子。
「こいつを含めたあの連中、もとは町の孤児だったのかもな」
最悪な村に送られた少年少女たち。リックは女姓をじっと睨みながら。
「もう気づいてるみたいだし、この際だから言うけどよ。俺ってかなり良い所の出なんだわ、坊ちゃんってやつ?」
アスロは苦笑い。
「珍しい飛び道具とか、精霊術なんかを考えると、やっぱ勘ぐるわな」
「俺が我を通したせいで、ララツを外された奴もいるんだろうなって。どの村に送られるかで、人生の分かれ道ってガキも沢山いるのによ」
空になった鍋に水をそそぎ、軽く手で洗ってから地面に捨てる。
「んなこと言ったら、俺だってそうじゃねえか」
「お前の場合は違うな、他に選択はなかったはずだ」
言われれば確かにそうだ。
「俺な、二十歳までって約束なんだよ。その後はなんらかの仕事を親から与えられる」
「こっちとしては、お前がララツにいてくれて大助かりだわ。もし後悔してんならよ、村の監視員にでもなれるよう、親御さんと相談してみたらどうだ?」
何気なく返したその内容に、相手は思わず器を落としていた。
「それなら少なくとも、俺がララツに来た意味はあるか」
接待やら賄賂やらを受け、監視員には村の悪事を容認する者もいる。その事実は国も把握しているため、数年に一度受け持ちが変わることもあった。
「でも気をつけろよ。相手がまともな監視だって察したら、村の総出で殺しに掛かってくるんじゃねえか。そんで盗賊あたりのせいにすんだよ」
その役職も数名で村に出向くが、相手が村ごとであれば難しい。そもそも共に出向いた同僚が味方するとも限らない。
「今まで将来の事なんて考えもしなかった。でもそうなるとダンジョンで力をつけるってのも、あながち意味はあると思いたいな」
「力つけんならよ、精霊殿に挑戦とかも良いんじゃねえか?」
器を拾うと、ついてしまった汚れを手で落とす。謝ってアスロに渡す。
「問題は親をどう説得するかだな」
恐らく村の監視員というのは、リックの家名が担うべき地位の役職ではない。
「時々でも各村に立ち寄るような仕事があれば良いんだけど。二十歳を向かえる前に、一度調べてみるか」
「ニルス戦団とか?」
その返しには二人して失笑するしかない。
「勘弁してくれよ、悪魔の手先となんて戦いたかねえよ」
「俺としても、それはちょっと止めて欲しい」
彼もアスロの事情は知っていた。
「お前、普通じゃないよな。なんとなく渡人のことは聞いてるけど、なんか話と違う」
渡り人は訓練を受けているが、あくまでも太平の民。
リックは自分のことを教えてくれた。だからアスロとしても。
「正直いうとよ、時空を越えたさいの記憶障害ってのがあってな。繊細はあんま覚えてねえんだわ」
十五までは厳しい訓練をこなしながらも、不自由なく生きていたこと。
紋章の形から悪魔側だと判断されたこと。
王弟の一族に隔離され拘束されたこと。
誰よりも嫌っていたはずの担当だけが、たった一人の味方だったこと。
簡単にだが、わかる範囲で始めて誰かに語った。
「なんか壮絶だな。でもよ、本当に味方ってその人だけだったのか?」
「記憶の中ではそうだ」
リックはしばらく考える姿勢をとり。
「得た情報が少ないから何とも言えないけど、協力者的なのはいたんじゃないか?」
アスロが拘束されていた場所は、彼が自力で調べたのか。またどうやって侵入したのか
携帯電話はどこから入手したのか。
戸籍なしでの住処を何カ所も用意できたのは何故。
居場所が突き止められたと、直前で知れたのは偶然なのか。
「そうか。言われてみれば確かに」
直接の接触はなかったが、自分たちに協力してくれた者たちはいたのかも知れない。
「本人が塞ぎ込んでるだけで、どうしようもない状況でも、探せば力を貸してくれる人っているのかもな」
「自分次第か。そりゃちっと酷な話しだよ、本人にそんな余裕ねえし」
今も昔も人間不信。
すべてはもう、過ぎ去った物語。
「とりあえずありがとよ、兄弟」
「まあ、互いに頑張ろうや」
話し込んでいて女性のことを忘れていた。いつの間にか背中をこちらに向けている。
二人とも考え事ができたのだろう。そこから会話はなくなり、夜は更けていく。
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寝ずの番はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。
分裂させているからか、そろそろ影小人の維持も難しくなってきたが、心臓部の紋章に魔力を送っておく。
リックは立ち上がると、腰をなんどか叩き。
「じゃあ俺は道ぞいで待機してっからよ、なんかあったら呼べな」
「はいよ」
適当に返事を終えると、目を閉ざして影小人の視界を映す。静かなもので、この調子であれば無事に夜明けを迎えられそうだ。
息をついて瞼を開くと、女が座ってこちらを見ていた。両腕は拘束してあるが、足にはなにもしていない。
腰のホルダーに手を伸ばし、鉈をいつでも取り出せるよう金具を外す。
「自殺は勘弁してくれよ、舌を噛んでも処置すっからな」
窒息はさせない。布でも口に当てとくか悩む。
相手は黙ったまま、こちらを見つめていた。
「水……飲みますか?」
沈黙に耐えきれず、敬語になってしまった。女はしばらく悩んだのち、小さくうなずいた。
水袋を向ける。
沈黙。
「飲ませるか縄を解け」
手を拘束していた。
「ちょっと待ってくれ」
近づくと奪われる危険があるので、鉈やナイフを固定し、簡単には抜けなくする。
女の横で屈むと、縄を解く。
「縛るときは背中側にした方が良い。あとその姿勢だと玉狙えるよ」
口を引きつらせながら。
「ご丁寧にどうも、次からはそうします。股間にも一応防具つけてますんで」
縄を外し終え、水袋を渡す。口をつける寸前で、彼女は腕の動きを止めた。
「死ぬつもりなら、あんたが気づく前にしてる」
「そうしてもらえると助かります」
水を飲む。
アスロは背中を向けずに下がると、火の消えた焚火台をまたいだのち、小さな鞄から布に包まれたパンを取りだす。
「ほれっ」
「悪いね」
相手に気づかれないよう、こっそりと焚火台を片付ける。
「所詮、私らは立場の弱い盗賊だ。あんたを渡人だって叫んだところで、相手が信じるとでも思うか?」
「俺も立場の弱い渡り人なもんでね」
しばしの沈黙。
「魔人には普段から良くしてもらっていた。だから彼らが望まぬことはしないわ」
「そうか」
女は肩を落とし、うつむきながらパンを口に入れる。
「賊の中に、村で一緒だった奴は居たのか?」
飲み込んだのち。
「みんな死んだよ」
記憶をたどり。
「私が居た村はずっと遠くだったしな。でも引き受けたのは、似たような境遇の奴だけだ」
この地に着いたのは何年前なのか。関所をどうやって抜けてきたのか。
「悪かったな」
「なにが」
パンに残った歯型は小さかった。
「仲間を殺した」
「殺されるだけのことはしてきたよ」
自分も含め。
もし彼女の言った内容が事実なのだとすれば。
「まだ終わったわけじゃない。生き残る道はあるはずだ」
苦笑いを浮かべられた。
「君が逃がしてくれるのかな?」
「こっちも命はったんで、そりゃ無理っす」
でしょ、と笑う。
「出された条件で死にかけたけどよ、俺みたいな渡人を受け入れてくれる村だ。きっと望みはある」
ゲオルグ。
「まあ、頑張ってみるかな。こんな状況でも、そういってくれる人もいるわけだし」
少しずつ、パンをかじって飲み込んで、腹の中へと入れていく。
「俺は自分の身が一番可愛いからな、村長に口添えはしねえぞ」
「正直者だね」
でもできることはある。
「村が望んでいるのは盗賊たちの情勢だ。少なくともあんたはそいつを持っている」
「そうか」
交渉材料を生き残るための武器にする。
「口約束じゃだめだ、なんか書類として契約しろ、村長の印鑑つきでな。上手いこといったなら、俺が一時隠し持っても良い」
「契約を交わした後も、すぐには言わなければ良いんだな」
アスロはうなずく。
「夜間になんとか接触する機会を探る。ハインツさんは良い人だけど、無条件で誰でも受け入れるような、お人良しとは思わない方が良い」
「わかった」
道の方からリックの声が聞こえる。
「来たぞ!」
予定よりも早い。
「ちょっと待ってくれ」
まだ食事は終わっていない。
「交渉時は誠実に頼む」
「ああ。嘘は避ければ良いんだろ、苦手だが敬語も使うよ」
町の孤児だったが、送られた村で酷い目に遭い、仲間と共に命がけで脱出した。これとは違う経緯で盗賊になったのなら、アスロは恐らく彼女を自分の手で始末する。
遠くから声が聞こえる。
「お~い」
聞き覚えがあった。




