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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
二章 村での生活
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一話 兄弟

 回復魔法。結果から言うと成功はしたものの、ベルは老人より受け取った魔光石だけでなく、手持ちのすべてを使い切った。


 気を失っているアスロを森中に隠す。ゲオルグの情報が正しいかは不明だが、自身も木の幹に潜んで森人を待つ。

 馬車に乗ってきたのは兄と妹だった。そして謝罪をされたのち、念のために用意していたという、大樹の治癒ポーションを二つ渡される。

 しかしベルは受け取りを拒んだので、謝罪の品は青年に持たせることになった。




 アスロは結局その日は目覚めず、ララツの村長宅で朝を迎える。聞いた話では、ベルたちは里には戻らず、そのまま旅立っていた。

 色々な理由があるのだと納得はしたものの、予定とはまったく違う現状に不安が残る。


 もともと人間不信な彼からすると、数日いると聞いていたベルがいないのは恐怖でしかない。

 


 用意されたのは村長宅の離れ。そこは客人用の一室だったため、地下の小屋にくらべればずっと快適だった。

 

 致命傷だった傷は治っているが、もう痕は消えないと言われた。なによりも違和感というか、脳が痛みを覚えているらしく、寝たきりの生活となる。

 そのさい治癒気功を試してみたが、この名前によるお陰か、黄色い光を腕にまとわせることができた。すでに良くなっている傷口に当てると、痛みが鎮まるので何度も世話になった。


 食事の時以外、一週間はほとんど誰とも接触することなく過ごす。


 そんな折、ニルス戦団がララツに訪れる。しかし隊をいくつかにわけていたようで、この村を調べて回ったのはゲオルグの指揮する小隊(五十名)だった。

 不審な若者が来ていないか、または現れたら知らせるようにとだけ命令したのち、屋外だけを見て数時間で去っていく。


 後から聞いた内容は二つ。


 もしゲオルグのこういった話しがなければ、村側はアスロの受け入れを拒んでいた。


 ニルス戦団が遺跡森より撤退する数日前。念のため里内の捜索もしたいとの要請があり、大樹の地下空間にも団員が足を踏み入れたとのこと。

 里側も国から補助金を受けているため、無下に断ることができないと知る。


_________


三カ月後

_________



 寝袋ではなく、アスロが目覚めたのはベッドだった。といっても向こうのそれとは違い、弾力はほとんどない。

 木枠で囲まれているので、そのまま足をおろすのも難しい。ただ時代背景からして、それは十分すぎる代物だった。


「起きたか、兄弟」


 生活しているのは村長宅の離れではない。そこは町から来た若者を受け入れるための、居住施設とでも言うべきか。


 木の柱に石壁。窓がある方面は白い壁となっている。


「おはようさん、昨日は遅くまで悪かったな」


 名はリックと呼ぶのだが、彼には自分と同じく姓がない。


 親の死亡や虐待などにより、居場所を失った子供も少なからずいる。彼ら彼女らは路頭に迷ったのち施設に預けられ、町で清掃活動などの仕事を与えられながら生活する。

 そして成人後は町の姓を習得するため、各村に送られていた。


「気にすんな。最初からある程度の読み書きは出来てたし、もうちょっとすれば完璧だよ」


 村長宅で傷が癒えたころ、彼を紹介されたのが出会いだった。最初は言葉の訓練で、今は読み書き。


「いや、ほんと助かったわ」


 村で産まれた者は成人すると町やダンジョンへ出稼ぎにいく。村でもそれなりの仕事はあるのだが、若いからこそ夢を追う者も少なくない。だがそうすれば自然と人手は足りなくなる。


「まあララツには俺も世話になってるしな、このくらいは安いもんよ」


 つまりこの青年は、アスロが渡人だと知っている。本人は親と大喧嘩して家を飛び出したと言っているが、読み書きができる時点で他の者とすでに違う。

 村長は彼の出所を知っているようだが、もしかすると良い所の出身ではないだろうか。


「まあお前に対しては借り一つってことだ。揺りかごに挑戦するときは、頼むぜ兄弟」


 ダンジョンに憧れがあるらしい。


 二人は畑の草むしりや収穫作業、積み荷の上げ下ろしなどを手伝うこともあるが、村の自衛が主な仕事となっている。


「今日は見張り番だっけか?」


 リックは支給された朝食を机に並べていた。


「そうそう。だから午前中は自衛団に顔出して、午後は仮眠って感じでいいか?」


 ベットのふちが出ているので、下りる時に太ももが痛い。木板の窓はすでに開けられており、外の空気が取り入れられていた。



 基本的に町からくる子供は立場が弱く、村によっては酷く扱われることもあった。そのため管轄する町から数カ月に一度監視員が来るのだが、最悪だとその役職が村とグルな可能性も。

 しかしララツは里長が信用する村なだけあり、リックが言うにはここらでは一等地らしい。


 椅子につき、卓上の料理を確認する。


「全部準備させちまったな。パン一つやる」


「おし、それで許す」


 木の実や干し豆を煮しめたものを、小麦粉を水で混ぜて焼いたので包んで食べる。


 固いパンは玉ねぎらしき野菜のポタージュに浸す。


 最初は緊張したものだが、今は同部屋なだけあって、だいぶ気心も知れてきた。もともとアスロは顔色をうかがいながらだが、そこまで人付き合いができない性格でもなかった。


 食事前の祈り。


 食事中、リックはあまり喋らない。使うのはスプーンくらいだが、その動作は洗練されており、やはり出所を推測してしまう。嫌がるだろうから触れはしないが。


 食後。相方はすでに身支度を終えていたが、アスロは起きてそのままだった。


 本当は朝食の前に歯の手入れを済ませた方が良いのだが、習慣のためか朝食後に例の液体を使って磨く。ブラシはこの時代の物を使っているが、サイズも一回り大きく奥歯まで届きにくい。

 使われているのは何の毛か不明だが、それなりの値段がした。

 


 自衛団の詰め所に行くのであれば、訓練もすると思われるので、相応の装備をしてからでる。鎖帷子は肩から胸のあたりを斬られてしまったが、今は丈夫な(ひも)で補修をしていた。


 腰のベルトは両肩から吊るせるよう、村の雑貨屋に町から革製の物を取り寄せてもらった。右肩は左腰に、左肩は右腰へと伸びている。


 リックはアスロの装備を眺め。


「しかし渡人ってのは準備が良いよな」


 髪は暗い茶色でボサボサ。森人というよりも、少しだけアスロに近い人種だった。

 色男というよりも、近づきやすい顔立ちとでも言うか。なんとなく第一印象で面接などに強そうな感じ。


 人付き合いに恐怖はあったが、頑張って数名から話を聞き、大まかな相場を調べた。雑貨屋に頼み一部のアクセサリーを売ったが、細工のぶんもあって予想したよりも多く貰える。


 アーデン紙幣。リアの領地内だけでなく、テッド傘下の一帯もこれが使われていた。


「リックだって準備はしてから出ただろ?」


 一見は普通の革装備。アスロは未だに感じることはできないが、恐らく何品かには精霊が宿っている。


 なにより彼の得物には戦輪というものがある。かなり変わり種な武器だが、感想としては優秀な飛び道具だった。大きさとしては成人男性の頭にすっぽりとおさまりそうで、普段は丸盾の一部に固定されていた。


 腰には短剣。


「まあな。そんじゃ行きますか」


 治安の良い村だが、貴重品は村長宅に預かってもらうことになっていた。しかしリックは渡人だと知っているので、今はアスロの所有空間を頼る。


「俺は構わねえけど、もし死んだら取りだせんかもよ」


「へへっ 死ぬときゃ一緒だぜ、兄弟」


 やめてくれと息をつく。


_________

_________


 この世界に降り立った時、向こうでは七月だった。こちらにも四季というのはあるらしいが、温度差にそこまで大きな違いはないらしい。


 冬は気持ち肌寒い程度とのことで、夏もすこし湿った暑さはあるが、居られないほどではなかった。




 基本的にリックは人当たりの良い性格で、村人に朝の挨拶をしてくれるので、アスロはそのあとに続くだけでいい。

 年齢は一つ歳下らしいのだが、もし兄弟であるとするのなら、自分は彼を兄と呼びそうな気がする。


「のどかだねぇ」


 ここらで見えるのは個人宅の小さな畑のみ。村のそれは居住区のまわりにあり、自分たちは夜のあいだ獣などから守る。


「でもなアスロ、ちょっと気をつけた方が良いかも知れないぞ」


 その名を使って治癒気功を習得した時点で、なんとなく自分はもうアスロなのだと理解していた。


「賊か?」


 最近になって活発化しているらしい。


「少し前にニルス戦団が来たろ。連中が居なくなった後はいつもなんだがよ、どうも今までと様子が違うんだと」


 息を潜めていたぶん、去ってしばらくすると騒ぎ出す。


 アスロなりに考えながら。


「正規兵は動かないのか?」


「町だけじゃなくて、物流の護衛もあるからな」


 独自に兵を雇っている商人もいるが、領主付の商隊も関係なく盗賊は狙ってくる。


「まだ近辺の村にも大きな被害は出てないから、たぶん要請しても動かないんじゃないか」


 自衛団は素人ながらも、普段から訓練を行っている。


「乗合馬車も守らにゃいかんね。あれ一応は町の運営だったよな?」


 リックは何度もうなずくと。


「物だけじゃなく、人も人材ってことだ」


 平坦な道はやがて上り坂となり、畑の向こうには森と山々が広がっていた。今の季節は向こうでいう秋とのことだが、葉っぱに色の変化はそこまで見られない。


 道の周りが木々になった頃、その建物は見えてきた。

 自衛団に参加している人数は三十名ほどだが、彼らに用意された屯所に全員が入るのは難しいだろう。

 

 彼らにも村での仕事があるので、皆がすぐに戦闘態勢を整えるのは難しい。


 二人は屯所とは名ばかりのボロ小屋を抜けると、裏手の小さな広場に向かう。切り株などが残っている簡単な作りだが、そこには十名ほどが集まっていた。

 自衛団には女性も数名いるのだが、今日は全員が男だった。


「お疲れさんです」


「おはようございます」


 リックに続いて挨拶をすれば、今から訓練のためだと思われるが、気だるそうな返事を数名からもらえる。


「朝からご苦労さん。んじゃ集まったことだし、そろそろ始めるかね」


 形式上では今日のリーダーとなっている中年男性が声をかけると、面倒くさそうにしていた連中も覚悟を決めてストレッチを始める。


 今日の夜はこの面子で村の見張りを行うことになっていた。足を揃えて広場を数周回ったのち、畑道を通って居住地につくと引き返し、また広場にもどって数周走り込む。


 中年男性の掛け声に合わせて皆が続ける。


「はーいやめー 次は気功術の練習だぞー」


 他に用事があれば参加もできないが、これはほぼ毎日行われていた。


 気功術の練習は大体三十分。


 木の幹に乾燥草と布を巻き、闘気をまとって木剣で打ち込む。

 二人一組。たんぽ槍のような物から、硬気功をまとって我が身を守る。


 それが終わると、今度は木製の剣と盾をつかって打ち合う。


「怪我に気をつけろよー」


 生傷は絶えないようだが、とりあえず皆バラバラの防具はしていた。アスロも今は厚手の布を借り、それを頭に巻いている。


「リック」


「嫌だよ。だってお前、手加減しらないんだもん」


 周りの連中も視線をそらしていた。


 基本は生活態度の良いアスロだが、実は訓練の初日にやらかしていた。体育会系よろしく、始めての打ち合いでは新人いびりとまでは行かないが、その場にいた全員と一対一をする。


 前半は腕に自信のある者や、同じく新人の若者。そして疲れ果てたころに自信のない先輩へと続く。


 あの時は一番初めにリックと戦い、最後は中年男性だった。



 一人残された青年に、家庭持ちの優しい顔の先輩が話しかける。


「アスロ君、僕と一緒に素振りでもしようか」


「すんません」


 打ち合いは嫌らしい。一時間経たないうちにそれは終わった。最後は組んだ相手と協力してストレッチをする。


 やる気は兎も角として、訓練は真面目な内容だとアスロも感じている。


「では夜もよろしく頼むね。リックと君がいれば心強いよ」


「ありがとうございました」


 優しい先輩に頭をさげる。


 リックとの実力だが、接近戦ではアスロに分がある。


「よう兄弟。お疲れい」


 戦輪は投げ道具であり、なおかつ彼は闇や水の精霊と相性が良い。そもそも精霊術の心得がある時点で、もう町の家無し子とは思えない。

 最初は戦団側の見張り役かとも予想したが、それならここまで大っぴらにはしないだろう。


 アスロは恨みのこもった眼差しで相手を睨む。


「悪かったって。まあ俺だって怪我するのは嫌でな」


 皆の認識だとアスロは穏やかな人らしい。ただ戦いになると訓練でも容赦がない。


「お前やっぱ変なんだよ。普段は恥ずかしがって話もろくにできない癖に、相手が女でも関係ないじゃん」


「そういうもんだって身体に染み込んじまってんだよ」


 実力差があったため大けがはなかったが、あの人との組手は嫌な思い出だった。ゲオルグとの一戦では、ある意味それが役に立ったのだが。


「大体ここの女姓って強いだろ。手加減なんて下手にできねえよ」


 気功術。


 そもそも自衛団を志願するということは、リックと同じように将来はダンジョンに挑むつもりなようで、やる気のない村人よりもずっと真剣だった。


「んで、これからどうするよ兄弟?」


「日中の見回り。それが終わって雑貨屋覗いたら、夜に備えて仮眠かな」


 この村は朝と夜の二食。


 二人がこれからの予定を立てていると、中年男性が近寄ってくる。


「お前ら用事ないなら、この後だが村長の家に行ってくれ。なんか話があるんだとさ」


「なんですか、もしかして仮の姓もらえるとか?」


 やったな兄弟とこっちを見るが。


「俺もお前もまだ一年経ってないだろ」


 アスロは三カ月。リックは半年と少しほどと聞く。


「じゃあそういうことで、確かに伝えたからな」


 リーダーは訓練前、村長宅に顔を出す決まりとなっていた。



 互いに顔を見合わせると。


「じゃあ見回りがてら行ってみるか。雑貨屋は後回しでも良いか?」


「おうよ」


 何者かは不明。それでもアスロにとって彼の存在は、村での生活に大きな助けとなっていた。

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