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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
一章 名と姓
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十六話 出発と思惑

 里長は大樹を見あげながら。


「先に行っとるぞ!」


 テオと地下空間へ入っていった。


 大樹から下りるのはそれはもう怖かったが、森人の二人は小走りで枝の螺旋階段をくだっていく。ベルもこういった里で育ったためか平気なようで、怯えるアスロを見守りながら進んでいた。


 彼女の服装はこれまでと違い、最初にピラミッドで見かけたものに近かった。

 色はアイーダのそれと同じく、暗い感じの緑。ウエストは丈夫な大きめの革ベルトで絞られており、胸元は叩いて型どられた鉄の当て物。

 長めの革手袋や、革のすね当てなども鉄板により保護されていた。

 肩から羽織る薄手の外套は茶色で、腰下あたりまで続いていた。


「ほらっ 怖がってたらおいてかれちゃうよ~」


 彼も高所恐怖症というわけでないが、やはり命綱がないのはつらい。なによりも怖いのは、最後尾の自分か枝を渡るたびに、先ほどまで靴底をつけていた足場が消えていくこと。



 地上までたどり着くと、兄妹も待ってくれていたので、全員そろった所で大樹の地下へと入る。これから渡人の脱出計画があるため、広場で待機中の根路隊もくつろいだ様子はない。


 再度の挨拶をぎこちなく済ませたのち、四人は深くへと潜っていく。


 これまでアスロが生活してきた小屋につけば、そこには里長とテオだけでなく、ゲーリケも出現していた。


「オマタせしまシタ」


「すまんがちと休ませてくれ」


 地上からこの小屋までのルートは優しいものだった。それでも高齢な里長からすれば疲労は隠せないのだろう。


「俺らはここで待ってるからよ、最後に忘れもんがないか確認しときな。戦団が去るまでは戻ってこれないしな」


 といっても荷物は全て所有空間に入れてある。


「小屋の裏手にまわって水でも交換しとこ。アスロってなんか気をつけてるっぽいし」


 井戸なども町部や暑い地域では、熱したのを冷ましてから飲んでいるらしい。

 必要に迫られ泥水を飲料としている所は、向こうの世界にもあった。アスロからすればテレビ越しの映像でしか知らないが。


 ベルと一緒に人工の浅い池に向かう。


「自分イタ場所、たぶん水に恵まれテタ」


「こっちもそこまで困ってないと思うよ。水の大悪魔さまとか眠ってくれてるし、飲料になる植物もたくさんあるもん」


 精霊術の心得を持っていれば、水の精霊を呼べる。魔光石一つ買えないほど困窮している村もそうそうない。



 やがて目的地に到着する。所有空間からリュックと水筒を取り出す。


「ここの水飲んでミタ。すごくウマい」


「ゲーリケ様と関係が深いお水だからね。あと大樹の新芽や実とか、ポーションの材料にもなると思うんだけど、そう言うのには手を伸ばしてないみたい」


 光の精霊が宿る植物から採取できる物には、治癒や解毒の力が宿っているとのこと。しかしそれは微弱なため、酒や茶などに加工する。


「モシカして、アノ『漢方』茶」


「そうよ」


 振り返るとアイーダが立っていた。ドリノはテオや里長と話している様子。


「カンポウがなにかは知りませんけど、あのお茶も一種の治癒ポーションになりますね。癒しの力は弱いですが」


 液体状の薬というのなら、漢方茶も確かにそうなるのだろう。


「この大樹から採取した素材であれば、たぶん何かしらの治癒薬も可能かと思います。でも私たちには商売目的というのは無理ですね」


 新芽・根・木皮・実。これらに地下水やモセルパなどを使えば、治癒魔法と同等の物も作れるだろう。


「やっぱゲーリケさま、スゴイ精霊なのデスネ」


「当たり前です。私たちにとって、なによりも尊いお方ですので」


 大精霊の一歩手前とでも言うべきか。もしこのクラスと契約できたのなら、その者は精霊術士の最高位となるのだろう。

 そしてテオという守人は、この里で屈指の実力者。


 彼らを相手取った本物のアスロ。たとえ敗れたとはいえ、実力は疑うまでもない。


 装備は木の棒だけであったが、なぜ無事だったのか。

 もしかするとあのガイコツは、最初から自分を殺すつもりなどなく、別の目的があったのではと勘ぐってしまう。


 地下水をペットボトルと水筒に入れ終える。



 小屋の前にもどると、里長は疲れもだいぶ癒えたようで、今は用意された椅子に座っていた。


「もう準備はええのか?」


「ハイ」


 ゲーリケは近場の大きな木根まで移動すると、そこに根路の入り口を出現させる。


「私とアイーダはここまでだ。アスロ殿が無事に村へ行けることを願おう」


「ベルさん。たぶん長い付き合いになると思いますので、よろしくお願いします」


 村の繋ぎ役として、ベルと共に二人は旅立つ。


「お世話になります。でもしばらくはアスロの様子が気になるから、この里にも立ち寄ると思います」


「初心者の我々としても、その方が助かりますな」


 ゲーリケに続き、テオは根路へと足を踏み入れた。


「森の外までは俺が案内すっからよ」


 美しくもなければ、綺麗でもない笑顔。でもそれは安心感を与えてくれるものだった。


「ヨロシクです」


「おう、任せとけ」


 先にベルが根路に入り、アスロが後に続く。


「行ってきま~す」


 笑顔で手をふるベル。


「皆さん、本当にお世話になりました」


 前もって練習していたようで、発音は完ぺきだった。頭をさげると、根っこにあいた穴は塞がる。





 残された三人はしばらくそこを見つめる。いつしかアイーダは里長を睨んでいた。


「本当に大丈夫なのですか」


「恐らくの」


 妹の肩に手をおく。


「里長が認めたお方だ、今は信じるしかない」


 恩あらば、少しでも返そうとする人物。


「じゃがの、アホがつく頑固もんじゃ。ケジメはつけると思うぞ」


 その言葉に二人はうつむいた。


______

______


 根路を抜けた先はまだ森の中だった。大樹の根は外まで伸びているらしいが、それらは地上には顔を出していないとのこと。


 しばらくテオの先導に従って森中を進むと、次第に足場の斜面は緩くなる。


「あそこに道があんのわかるか?」


 指さした先。この坂を下っていくと、木々に遮られて良くは見えないが、人の手が加わった道が確認できる。


「まだ道にでんのはやめた方が良い。少しの間はこの距離間で進め」


「わかりました。もうここまでくれば、私でも行けると思います」


 アスロはテオに頭をさげる。


「世話になりました」


「落ち着いたらまた来い。今度は俺が直々に遺跡を案内してやる」


 ベルに肩を叩かれる。


「じゃあ行こっ」


 二人して再度お礼を動作でする。テオは手を振りながら見送ってくれた。




 土道の位置を確認しながら、ベルと一緒に森中を歩く。


「自分、名前ヲ変えようと思います」


「そっか」


 否定も肯定もしない。


「新しいのは?」


「マダ決めてません」


 アスロという名前も、けっこう適当だった。


「まだ村までは五・六時間かかるからね。ゆっくり考えて決めな」


 徒歩だとしても、それなりの距離はあるのだろう。


_____

_____


 やがて完全に傾斜はなくなり、木々の数も減っていた。


 そろそろ土道にでようと、ベルはそちらに方向をかえる。


 ずっと森の中を進んでいたので、ただ地面を叩いただけの道だとしても、歩きやすさは断然上だった。


 あとはこのまま目的地を目指すだけ。



 土の道を一時間ほど歩く。


 もう戦団の心配もいらないと思うが、それでも念のため忠道には周りを探ってもらう。


 上手くいったと気を緩めていた。


「誰か居マス」


 道の端には小さな岩があった。老人が休憩でもしているのか、そこにちょこんと腰をおろしている。


「近くの村人かな?」


「不明デス」


 だがここから隠れるのも逆に怪しい。

 老人は二人の存在に気いたようで、ゆっくりと立ち上がる。


 小さな鞄はあるようだが、それは小岩のそばに置いたまま、こちらへ向けて歩いてくる。


 杖もなにも持っていない。護身用と思われる短剣を腰に差していた。


 年齢とすれば六十の半分は過ぎている。こちらでの平均寿命を考えると、初老とはもう言えないか。


 やがて二人と老人は対峙した。


「どうも。ワシはララツから来た使いのもんじゃ。お前さん方だろ、使者から話は聞いとるよ」


「失礼ですが、私たちそんな話は聞いてません」


 そもそも迎えが年寄りというのも変だ。


「テオ殿が去ったのち、こちらで話し合って決めたんでの。なにぶん秘密にせにゃいかんことも多く、この老いぼれに役目が回ったのもうなずけんか?」


 使者がテオだったことを知っている。


「ワシの名はロジェ。姓はララツじゃな」


 もし使者を戦団が確認していれば、ゲオルグに知らせが入る。捉えずに見逃したとしても、行って帰るまでの時間から、どこの村かは予想も可能なはず。


 しかし一人を除き、ニルス戦団にこのような老人はいない。もしその一人だとすれば、周りに誰もいない今の現状からして、危険なのは老人の方だろう。


 悩んだが、ベルはどうするかの選択をする。


「私は」


 自分の名を名乗ろうとした瞬間だった。アスロは前にでると、手でベルを制す。


「後ろさがる。精霊術、準備シテ」


 いつの間にか戦闘状態に入っていた。


「なんじゃ兄さん、ずいぶんと物騒じゃね」


 アスロに従いすこし距離をあけるが、まだ納得はできていないようで。


「でも、もし村の人だったら」


「この相手、村ヒトに見えるデスカ?」


 言われてもう一度、この老人を観察する。


 長袖の衣類で隠れているため、露出したカ所からは傷痕などは見えない。



 それでもアスロは腰のホルダーから鉈を抜いていた。


「ちょっと!」


「信じてくだサイ」


 老人は二人をやり取りを見守っていたが、静かに息をつくと。


「娘さん、彼の判断は正しいよ。ワシは初陣を飾ってからこの方、ずっと剣一筋で生きてきた」


 もしそうだとするのなら、想定できる人物は一人しかいない。ベルは無意識に一歩さがり。


「ゲオルグ = アイズ」


「特定の職種にはな、町や村と同じく姓が与えられる。ワシの場合はニルスじゃ」


 ゲオルグ = アイズ・ニルス。


「して兄ちゃん。ワシを殺すのか」


「周り貴方ダケ。でも森人ツナガリ、戦団もうバレてるか?」


 そうじゃなと悩んだのち。


「ここの里には大恩があっての。じゃからワシはこうやって、戦団に黙って動いとる」


 内容が本当かどうかは分からない。だが少なくとも、忠道は他の団員を発見していない。


「ゲオルグ殿、条件キク」


「ワシと一緒に来てもらおう。じゃが、そちらの娘さんは開放してもいい」


 戦団として二人を捕えれば、森人の案内役にも縄がかかってしまう。



 青年は空間の歪みを発生させ、盾を取り出す。


「アナタ指揮官カ?」


「今はただの平団員じゃね。つってもふと現れて、いつの間にか消えることも多いんでな」


 もと団長。


「ワシの死体を上手く隠せるなら、お前さん方が逃げるくらいの時は十分に稼げると思うよ」


 もう名前は言ってもいいだろうと判断。


「ベルさん手出し無用。自分モシ負けても、彼女開放望ム」


「そうか」


 消えてよしの言葉を述べれば、空間の歪みは消滅した。今度は盾の表面に同じものを発生させる。

 鉈を構える。


「望みは了承した」


「殺しアウ」


 老人は短剣を鞘から払う。


1時間後に続きを投稿予定です。

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