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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
一章 名と姓
18/34

十五話 創作と過去

 この数日。食事を運んでくれるのは、ドリノにアイーダの兄妹や、ベルといった顔を知る面々だけだった。

 里内でも可能な限り、森人との接触は控えるべきとの判断で、渡人を匿っていると知る者は少数となっている。


 うす暗い空間ではあったが、精霊魔法やランタンなどの光源もあり、気が滅入るというほどでもなかった。


 ドリノからは楽器を教わり、吟遊詩人の弟子だったという嘘に現実味を持たせる。歌という名目て、言葉の練習にもなっているので助かっていた。


 アイーダには姉と弟はその後どうしているかなど聞いてみた。他人さまのことなので詳しくは教えてくれなかったが、一人抜けた生活に慣れようと、互いに支え合っているらしい。


 ベルは食事の配膳だけでなく、洗濯などを手伝ってくれた。時々外の空気を吸いに行こうと誘ってもらうが、あまり気が乗らず断っている。


 あとの時間は気功術の練習をしたり、足運びなどの基礎訓練や想像組手で汗を流す。普段はあまりしないが、自重を使った筋トレも時々行った。



 大きな問題もなく時間は流れていく。


 昨日の夕方。里からララツ村への使者が旅立つ。

 その役目に選ばれたのは、初日に地下空洞で自分たちを迎えてくれた、テオ = ロル・ゲーリケという男性だった。年齢としては五十後半といった所だが、森人なので百歳は過ぎているのだろう。


 何事もなければ、明日の早朝に自分とベルは出発する予定。もう荷物の整理も終わっているので、後は待つばかり。


現状は気を使って戦団はなにもしてこないが、撤退間際になれば正式に里内の捜索を要請してくる可能性が高い。

_______

_______


 実を言えば鍛錬だけでなく、最近こっそりと始めていたことがあった。


 眠りについて目が覚めた時間帯。おそらく朝食まではまだ余裕がある。


 借り物の小さな机には、シャーペンとノートが置かれていた。


 機具がなければできないと考えていたが、昔は手書きだったと気づいたのが数日前。ノートの使っていなかったページに、まずは登場人物や舞台背景などの土台を書き込む。


『主人公はやっぱ最強だよな』


 理想とする人物像。


『強くて優しくて、誰からも好かれるんだ』


 少なくとも彼が数々の作品に求めたのは、心地よいその空間だった。リアリティなんて求めてないし、辛い展開は不要。


『ハッピーエンドは絶対だ』


 不遇にあったとしても、最後は幸せに満ちるべき。そうでなければ意味はない。


 大円団。登場人物だけでなく、読んでいる自分も笑顔になり、終わったことを寂しく思いながら次を探す。または新作を待つ。

 

『でもそう考えると、すげえよな』


 途中で終わってしまう作品の方が多かった。異世界に立った主人公が、周りを驚愕させたり、悪い奴を薙ぎ倒していく。未完だったとしても、そこにも確かに彼が求めていた物があった。


『できんのかね?』


 完成したら読ませろと言われたが、今になって終わらせることの難しさに気づく。

 もうこの世界に対象となる人物はいないが、なぜかアスロはペンを走らせる。


 転生にするか転移にするか。それとも現実とは無関係の物語にするか。


『本当はハーレムが良いんだけどな』


 読ませる相手はあの人だから、とりあえず今回はやめておく。


『女の子たちに慕われるけど、ヒロイン一筋系でいこ』


 出会いはどうするか。悪い連中から助けるのも良いし、糞みたいな奴隷商人から買う、または懲らしめて助けるのも素敵だ。



 前者であれば実は良い所のお嬢さんで、一家の騒動に巻き込まれる。

 後者であればその子の故郷を目指すのも良い。



 面白いかどうかなんてわからない。でも自分が読者として求めたものを、一つでも多く取り込めれば。


『読者としてか』


 なにを求めて読むのかは、人に寄って様々。



 アスロにとって逃走生活は、精神的にも肉体的にも追い詰められた日々だった。


 だがその前は楽だったかと言えば、そうでもない。


 もともと複雑な身の上だった記憶は今でも残っており、課せられた訓練はとても辛く、なによりも担当が糞みたいな奴だった。


 しかしそれよりも、学校という空間はとても息苦しいものだと覚えている。

 意味不明の憤り、漠然とした不安、集団生活での立場確保。


 なぜ彼はあんな自然に異性と会話ができるのか。

 あいつは重く扱われるのに、なぜ自分はこんなにも軽く扱われるのか。つくり笑いを皆に見せながら、友のもとへ身を隠せば、肩を叩かれ慰められる。


 

 心許せる者と二人。同級生という荒波から我が身を守る。

 休みたくとも熱は上がらず、眠れないから支給された携帯の画面をひらく。

 本家の人や教師に休みたいと伝えるのも勇気がいる。だから通学時はいつも読んでいた。


『嫌なこととか、全部忘れられるのが良いな』


 逃げられる場所がある。それだけでどんなに救われるか、アスロは嫌というほどに知っている。


 詳しくは覚えてないが逃避行の最中にこそ、ネット小説を自分は必要としていたはず。

 本家からの脱出時は身一つ。携帯は持っていなかったし、そもそも契約するにも用意しなくてはいけない物がある。

 非常時に連絡手段がないのは危ないとのことで、電話とメールだけの良くわからない機種をもらった。



 もともと彼は集中力が高い。熱中しながら一つずつ進めていく。


 転生物。

 運悪く死んでしまったが、神さまがチャンスを与えてくれる。

 渡されたのはサイコロ。

 容姿は三だったが、それ以外は全て六や五を引き、神さまも驚きのハイスペック。

 産まれは高位遺族の五男で、ある程度の自由も利く。十五歳の誕生日に前世の記憶を取り戻す。

 魔力の貯蔵量も並人とは桁が二つ三つ違っており、高名な師のもと確実に実力をつけていく。

 だがあまりに凄すぎると、自由が奪われると判断。疑われながらも、慎重かつ独自に修行を続け、順調に月日は経過する。

 十七の歳で両親に頼み、二年間の約束で社会見学のため領地の町におりる。見張り役の女メイドと一緒に、冒険者としてギルドに登録。

 依頼のさなか奴隷商人の一団が、盗賊に襲われて壊滅している現場に遭遇。そこで一人の少女と出会う。

 やがて主人公は女メイドを説得し、実家の監視を振り切って、少女の故郷を目指して旅に出る。



 アスロはその場に寝転ぶと一息を。固い倉庫の床は冷たく、背中の熱気を丁度良く引かせてくれる。


『こんな感じで行くか』


 最後はハッピーでとしか考えていないが、とりあえずの流れはできた。


 主人公のモデルは中学時代、アスロと仲の良かった友人。口ではネット小説を悪く言っていたが、たぶん本音は自分以上に好きだったはず。


 記憶が抜け落ちてしまった今だからこそ、正直な感想を言えるのかも知れない。性格は捻くれていたが、たぶん良い奴だった。


『そうだ、ヒロインは別種の子にしよう』


 もう一度、机に向かい合う。


 犬耳や猫耳もあるが、今いる地下空間を思いだし。


『エルフが良いな』


 人間とエルフの恋。寿命差などの悩みも描ける。


 新たに思いついた設定を書き込んでいく。


 今日はここまでにしようと、ペンを置きノートを閉じようとした。その時だった。


『うわっ』


 小さな机に犬が前脚を置き、アスロの描いたプロットを覗いていた。


 使っているのは向こうのそれなのだが、精霊の瞳は文字列を追っているように見える。


「読めるデスカ?」


 それはそれで恥ずかしい。

 気づくとこちらを向いていた。


「ココと別世界、実際ナイです。自分創作」


 なぜかは分からないが、そういった疑問を向けられている気がした。


「自分知る印象ダト、森人はエルフという似テル。でも寿命はモット途方ナク長い」


 アスロの説明を聞くと、精霊は黙ったままノートに視線をもどす。


 各人物の設定や魔法の在り方。


 序盤から中盤までの大まかな流れ。



 少しすれば続きはないのかと、こちらへと鼻先を向けた。


「まだ下書きデス。もっとお話しラシク、これからしてく。吟遊詩人の長い版ミタイナ」


 犬は机から両脚をおろせば、アスロに近づいて頬を一舐め。濡れた感覚や臭いなどはない。


 また読ませろと言われた気がした。


「ちと恥ずかしいデス。向こうプロいる、アマもスゴイ人いっぱい」


 相手が偉大な精霊さまと思えば、こちらも縮こまってしまう。



 このまま消えるのかと予想したが、物置の扉まで進むと首から先だけを動かし、未だ座っているアスロを見る。


 ついてこい。


 アスロは首を傾げると、犬の後を追って外に出る。


________

________


 出入口付近の広場にて、根路隊の面々に挨拶と勝手に動いた謝罪をする。ゲーリケさまが許可したことだから、気にすることもないと笑っていた。


 地下空間の外にでれば、外は青みがかっていた。


「あれっ! ゲーリケさま、連れて来てくれたの?」


 声のした方向に目を向ければ、大樹に組まれた足場から、ベルが顔を出して手を振っていた。


「いま呼びに行こうと思ってたんだ!」


 良く見ればドリノとアイーダもいたようだった。


「すみません、カッテに出てきてシマいマスタ!」


 腕と指で構わないとの仕草を返してくれた。


「アスロもこっち来な~!」


 大声でそう呼んでくれるが、梯子や縄などは確認できず。だが次の瞬間だった、なにもなかった大樹の幹から、人が乗っても大丈夫そうな枝が生えてきた。ゲーリケがそこに飛び乗れば、少し手前の上部に新たな枝が出現する。


 大樹の幹を軸にした螺旋階段とでも言うべきか。


『すげぇ怖いんだけどな』


 ゲーリケの後を追って、アスロは枝に靴底をかける。




 一周まわるのに十分ほどかかったが、それは彼がビビっていたのもあるだろう。


 下を見てはいけないと思いながらも、柵などがない枝の階段では見えてしまった。風は服をゆらし地肌をさする。

 足は震えるが、もし止まったら動けなくなると思うので、頑張って歩き続ける。

 枝は二歩ほどで次に移る。隙間には落下防止などもない。


『尻の穴が』


 ヒュンとする。ベルは足場や縄の網を使ってアスロの様子を上から眺めていた。時々声をかけてくれるものの、余裕がなく耳に入ってこない。


 歯と歯をガタガタいわせながら、犬のお尻に注目する。どうやら生殖器といったものはないらしい。


 精霊はこちらに振り向くこともなく、風に毛をなびかせながら、どんどんと飛び跳ねて枝に移っていく。


『もどりたい』


 でも今さら方向転換はできなかった。足を踏み外さないよう、一歩一歩を確実に。





 時間はかかったが、上部にたどり着くころには、空は完全に明るくなっていた。


 すげえの言葉もなく、足場に立つ青年の息づかいだけが、そこには聞こえていた。

 次第に足の震えは限界に達し、彼はその場で四つん這いになるが、視線は広がる大地を見渡す。

 冷や汗だったそれが頬からアゴへと流れ落ち、そのあとを風が冷やす。


 枝葉が揺れ動いて大きな音をならしていた。

 手足を動かして後方を見れば、幹と枝に隠れているが山々がそびえ立つ。

 もう一度前を向く。ずっと先だが森は途切れ、平野に川が伸びていた。


 太陽はない。強い輝きを発するなにかが、ずっと遠くの空で光を発すれば、しばらく舞い踊ったのちに消えていく。

 一つや二つではない。


「光の大精霊さまデスカ?」


 森の中からも、空へ向かって光が伸びて、うす暗い世界を地上から照らしていた。


「違うと思います。でも実体化できるほどの力はお持ちかと」


 アイーダを見あげたのち、ベルとドリノを交互に見る。いつの間にかゲーリケは消えていた。


 大樹の葉は風になびきながら光を放ち、この大地を照らす。

 枝葉がこすれる音が強まれば、それに共鳴するように輝きも強さを増す。


 まばゆい光に視界が途切れる。


「動いてはいけませんぞ、落下したら痛いではすまんのでな」


 笑いながら言うが、シャレになっていない。


「腰ヌケてマスので、たぶん大丈夫ダス」


 光がおさまると、次は耳に楽器の音色が。


 ドリノは弦楽器をつま弾き、アイーダは笛をならす。


 丘向こうの森中ではすでに生活が始まっているようで、ぼんやりとした灯りがあちこちで輝いていた。


 白い煙は食事の準備でもしているのだろうか。気のせいかも知れないが、匂いがここまで届いている。


「はい、アスロのぶん」


 木の皮かなにかで編まれた包みの中には、サンドイッチが敷き詰められていた。


 炒めた白いタケノコをなにかの卵でとじたもの。野生動物か家畜かは不明だが、その肉は燻されているのか独特の匂いがする。


_________

_________


 本家から脱出してすぐ、行きついた小さな公園のベンチで、歪な握り飯を食わされた。もう中身は覚えてないが、塩が多くてしょっぱかった。


 異世界に来て、泣きそうになるほど美味かったのは、今回が初めてだった。

_________

_________


 素敵な音楽に包まれながら、ベルと並んで食べ終える。


 ドリノは弦楽器をつま弾きながら。


「貴殿がくる少し前に知らせが来た。テオ殿が無事もどられたそうだ」


 アイーダは笛から唇を離す。


「行く前に知らせた方が良いと思いまして。貴方の名前についてです」


 二人の口調は柔らかいが、これまでと何かが違う。


「もう三十年は過ぎたか。我らの遺跡に一人の青年が降り立った」


 知ってはいたが、渡人はアスロだけではない。


「最初に彼を発見したのは運が悪いことに、魔人の残党でしてな」


 その者は悪魔の手先ではなく、人類側の戦士としてこちらに呼ばれていた。


 アイーダがドリノに続く。


「当時は今と違い、残党といっても大きな力を持っていました。率いていたのは二人の兄弟です」


「我ら里は話し合いの結果、その時は戦団側の協力要請にうなずいた。ただあくまでも中立、守人の数名が魔人側との交渉につきました」


 だが交渉はうまく行かず。


「巨大化すればその住処も大きくなるのでな、我ら守人はすでに発見していた。私は当時、人で言えば君と同じ年齢だったので参加はしなかったが、その奪還作戦は決行された」


 根路を使い山城の廃墟近くに守人が集結。

 戦団と守人の混合軍は動き出し、魔人残党の意識を引き付ける。

 手練れ数名が敵の拠点に侵入し、対象となる青年は無傷で保護。根路への撤退に成功。


 ここで終わるはずもない。戦団に渡った渡人は自分たちだけでなく、悪魔側にとって後々の脅威となる。


 魔人たちは決起するとゲーリケの里を目指す。引き付け役を担っていた混合軍と遺跡森で衝突。


「連中の別動隊は里までたどり着き、その時に私たちは父と母を失いました」


「今山賊ヒキイてる、ドチラかか?」


 アイーダは左右に顎を動かす。


「兄は当時の団長であるゲオルグさまが打ち取りました。弟の方はテオさんが致命傷を負わせましたが、逃げられており行方は未だ知りません。でも生きているのなら、たぶんもう五十は過ぎています」


「それに確か、この二人は血が繋がっておりませんでな。義兄弟なるものでしょうぞ」


 少なくともあの御頭は四十前後だった。



 この兄妹は最初、アスロという名前についてだと言っていた。


「貴殿が倒したという骸骨(ガイコツ)ですがな、関係性は私にも解りかねるが」


 もうアスロも何となく理解していた。


「弟ノ名。アスロ」


「珍しい名前でもありませんが、少なくともゲオルグさまにとって、印象深いものかと思うんです」


 森の中からランタンを持った者が姿を現した。彼の背後には里長の老婆。


「兄は悪魔との契約者。そして弟は気功術の達人と伝え聞いておりましてな。闘気功や硬気功は当然として、治癒気功をも会得していたそうだ」


 ドリノは大樹の丘をあがる二名に気づき、そちらに目を向ける。


「判断は貴殿に任せるが今後を考えれば、私としては改名した方が良いと思うんだ。それにな、俺だけじゃない」


 守人の中でも屈指の戦士かと思われる。だがあと数年もすれば、彼は引退するのだろうか。


 大樹の足場にいる自分たちを発見したのか、森人のオッサンは手を振っていた。


「テオさんはあの戦いで、一人娘を失っている」


 無事に戻ったぞと元気な声を発する。その金髪は白髪が混じり、もう美しさはどこにもない。笑みをつくる口元は、色素のうすい無精髭で汚らしい。


「でもね、名前ってすごく大切なものなの。だからよく考えた方が良い」


 自分が名乗ったとき、彼がどのような表情だったのかを、アスロは思い出そうとする。

作品中にネット小説について触れるのは、自分としましても悩んだのですが、アスロに創作活動を始めさせたいという考えがありました。


彼が本気で好きだということを、上手く描けているか自信がないのですが。


自分も作者として完結させられるか、今のところ自信をもってうなずけないのですが、頑張っていこうと思っています。

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