十四話 洗濯と選択
その後、里長との話し合いは終わった。
近場にはいくつか村もあるが、彼女がいうにはそこまで信用はできないらしい。紹介してくれる村の長は里長いわく、恩あれば少しでも返そうとする人物。
なんでも若い頃、この森で守人に助けられた経験があるのだそう。
里から出たがらない森人に代わり、町などでの品を届けてくれる。対してこちらは遺跡森での活動時に、守人が村人の協力をしている。
交流が他村よりも厚いぶん、ずっと信用はできるとの話だった。
今後の予定。
旅芸人の子供だとの嘘を里長に言うと、一座の名称を聞かれたら面倒との意見があがる。
ドリノからの案。
吟遊詩人は今流行っている物語なども詠むが、大戦時の悲惨さを歌にして各地で広めるよう、認定書つきの職として国から雇われている。
こちらの方が村々も訪れ、またその数は有名無名から測りきれず。
【吟遊詩人の師(父)と二人旅をしていたが、盗賊に襲われたところを森人の繋ぎ役に助けられ、自分はその村で保護された】
アスロの繊細を知らせるのは、村長を含めた重役数名だけで、他の村人にはこの内容で紹介すると決まった。
次に段取り。
数日を里で過ごしたのち、まずは根路を通り村に使者(書状類は持たせず)を送る。
その者が戻ったのを確認後、紹介状を持ったアスロとベルが根路を通って村に向かい、ベルは数日後に里へ帰る。
生活の中で村人に演奏などをお願いされても、自分はやる気もなく父について旅をしていたなど、適当な返事を用意しておく。
父との旅は暴力つきの暗いもので、あまり思い出したくないとの設定も付け加えたら、流石にどん引かれた。
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そこは大樹の地下空間で、農具などを置く倉庫の一つだった。すこしボロいものの、戦団がまず来ないとの理由で、アスロに用意された生活の場。
寝具一式はあると伝えたので、そこに持ち込まれたのはランタンを含めた数点だけ。それでも農具などは端に片付けてくれ、掃除も軽くすませてあったので、こちらとしては何の文句もない。
ベルトを外し、鎖帷子を脱ぐ。彼の両腕には、どこか見覚えのある弦楽器。
試しにつま弾けば、地下の空間に響き渡る。
口笛に合わせて。
適当に。それでも大切に。記憶をたどり。
『なんだっけな』
歌詞は思い出せず。
狭いどこかの一室。隣人は他国の方。朝っぱらから爆音で良くわからん歌が流れていたので、こちらも気にすることなく、誰かが鳴らしていた楽器。
二人むさ苦しく、たいした会話もない。気まずさから教わり始めた気がした。
年代が互いに違うので、仕方なく一緒に歌ったのは昔のアニソンだった。
『そうか……男だよな』
もし女であれば、ウブな自分は緊張で死んでいたはず。
『男か』
すこし残念そうなムッツリ。
はっきり言って下手くそだが、まったくできない訳でもないと判明した。もっともこの楽器は借り物で、村に持っていくつもりもない。
ドリノの所有物で、彼はアスロよりもずっと上手だった。念のため練習しておけ、暇な時に教えてもいいと。
恐らくこの里でも時期は不明だが、祭りみたいなものがあるのだと思う。しかし他所との交流が薄い森人は内々で小さく済ませ、楽器の演奏も身内でするのではないか。
旅芸人や吟遊詩人も各村を渡り歩こうと、ここまでは足を運ばないはず。
借り物の弦楽器を壁に立てかけ、今度は所有空間から全荷物をだす。色々と散らかっているので、整理をしておきたかった。
まずはリュックの中身を全てぶちまける。ふと腕時計が目につき、それを拾うと何気なく手首へと。
『壊れてら』
針は動いていた。それは覚えているのに、なぜあの夜を思い出せないのか。もしかすると、思い出したくないだけか。
時計を外し、それをリュックにしまう。ペットボトルはまだ使えるが、いつかは汚れも目立ってくるだろう。
水筒がなくても、浄水器はストローのようにして使うことも可能。
『これって消耗品なのかな』
だとすれば自分も魔光石を使って、水精霊を呼べるようになりたい。
コンパスなどもあるにはあるが、実を言えば今回の森生活では使っていなかった。順々に範囲を広げて覚えていたのもあるが、なによりも忠道が優秀だったから。
ノートを流し読む。自分とは違う人の字を指でなぞる。
『会いたいな』
無意識のうちにでたその言葉に思わず苦笑い。
『そんな優しい人だった記憶はねえんだが』
ぶっきらぼうで、教え方も本当に雑で、上手くいかないと唾を吐きかけられたり。
初めて会った時なんて、本当に糞みたいな担当を回されたと。
『なんかムカついてきた』
組み手では蹴られて、殴られて。掴みかかろうとすれば投げられて。仰向けに倒されたら、顔面を踏まれて。
鼻から血が出て。泣いて。
悔しくて殴りかかれば、足をかけられ転ばされて。今度は後頭部を踏まれて。
人を蔑むような眼で見降ろされて、本気で頭にきて。
思い出したくなくなったので、ノートをとじる。
『続き、どうなったんだろ』
訓練の日々。唯一の癒しはネット小説だった。
『読みたいな』
中二病ばかりだと馬鹿にした同級生もいたが、それの何が悪い。中二病を経験したこともない奴が、物語なんてつくれるのか。
幼少期からの教育が想像力を育むとか嘘だ。中二病こそが本当の原点なんだと、その友人と口論した記憶がある。
当時。懸命に考えた最高に格好いい設定は、ぜったい無駄にはならない。
『あ……やば。思い出しちまった』
偶然にも、自分のノートを読まれてしまったことがあった。それには自作のプロットというか、設定の書きなぐりや、技の名前と絵などが描かれていた。
笑われたのか、馬鹿にされたのかは覚えてない。というか思い出したくない。
『完成したら、だったか』
読ませろ。
そのすぐ後だった。アスロは拘束され、監視された。
『つってもな。ここには執筆できる機具もねえし』
ノートをリュックにしまう。
その後は荷物の整理をしながら、どのような話しを描こうとしていたのか、失ってしまった記憶を探す。
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一通りの片づけを済ませば、衣類の上に鎖帷子をまとう。
『重さに慣れとかねえと』
腰にベルトを締め、ホルダーを装着。
鉈を抜いて構えを作る。
その場に寝転んでから、片肘をついて起き上がる。
次は勢いよく転び、即座に片膝をつく。
『重いぶんむずい』
転んだ際の衝撃。
『関節部にクッションが欲しい』
肘や膝などの一点で地面に直地すると危ない。
硬気功をまとってから転んでみるが、どうもこれは相性が悪い。倒れるという行為と、受けるぞという気合がなにか違う。
倒れた状態からであれば、相手の攻撃を受けるという覚悟も決められる。
次に闘気功をまとう。倒れてもまだ諦めないという気概で、その場から思いっきり転倒する。
『痛てえ』
威力が高ければ反動はこちらにも返ってくる。だから格闘家は自らの拳を鍛えたり、道具を使うことにより保護するようだが、闘気功にもそういった効果はあると感じていた。
『行けそうだな』
顔をしかめながらも、青年は赤い光をまとっては転倒を繰り返す。
その集中力は凄まじく、同じ動作を数時間。
鎖帷子と衣類を脱げば、全身は痣だらけ。いつの間にかランタンは消えていたが、光の玉が室内に浮かんでいた。
身体を拭いたのち、新しい衣類に着替える。
次は相手を想像し、攻撃を受けるための硬気功を練習。
長く青光をまとえる技術も必要だが、一瞬だけ強く光らせることで、また違った使い方もできると予想する。
三十分ほどが経過すると、外から扉を叩く音が聞こえてくるが、倉庫の主は反応を示さない。
「入るよ~」
ゆっくりと開かれたら、うすい外の光が室内に入ってくる。
「おはよ……てっ なにしてるの?」
現れたベルを、しばらくボーっと眺める。
「トックンしてます」
「ふへ~ こんな朝から偉いね」
朝という言葉に首を傾げるが、外は暗くて当たり前だった。
「もう終わりにスル、何用カ?」
「ならご飯の前に洗濯すましちゃお。桶とか持ってきたから、ちょっと手伝って」
言われて外に出ると、大きめの桶に洗濯板や水汲みが入っていた。
「重かったんだから、感謝してくれても良いんだよ」
胸を張る。
「アリガとございマス」
「どういたしまして。じゃっ 行こぉ」
水汲み桶を二つ持つと、ベルは物置小屋の裏手にまわる。
しばらく進めば大きな根と根が重なった位置から、水がチョロチョロと流れ落ちていた。地面は小さな浅池となっているが、水底を覗けば人工的につくられた物だとわかる。
「地下水で飲むこともできるんだって。いつもは作業を終えた森人が手洗いとかで使うらしいよ」
このような場所がいくつかあるのだろう。
「小屋前の桶に水をためましょう」
「わかりマシた」
何度か行き来したのち、ベルは作業を始める。洗剤のかわりに、釜戸などで出た灰を使うらしい。
「本当は石鹸とかね、もっと良いのあるんだけどさ。こっちの方が自然には優しいのかなって、皆は今もこれ使ってるんだって」
一日三食が可能であるからして、この里は裕福なほうだと思う。遺跡の管理でどれほど国から貰えるのかわからないが。
板を使って布を擦る。桶底の栓を抜けば、中身の水が外に流れでて、やがて地面へとしみ込んでいく。
ベルは苦笑い。
「場所考えて洗濯しないとね」
ここはもともと生活をする場所ではない。森人は普通に近場の沢に流していた。
「灰汁だって実はダメかも知れない。でもその度に魔光石使うなんて、とてもできないもん」
売るのだから。
アルカリ性やら酸性やら。なにか使えそうな知識もあるのだが、実際に活かすとなれば解らない。もしくは思い出せない。
青年は上を見あげる。
「でもゲーリケさま、照らしてくれマス」
「そうだね」
ベルは感謝の姿勢をつくる。
「水お願い」
指示に従って桶に流し込む。
「たぶん私……どこかの森から、悪魔の揺りかごを通って来たの」
里についたら詳しく話すと言っていたが、まさか今とは思わなかった。
「ちょっと待つヨロシ」
心臓部の紋章に魔力を送り、忠道を召喚する。
「来るとき一応だけど、辺り調べたよ?」
「ナイヨウよって、安心デキない」
闇の中こそ、彼は活きる。
周囲の警戒をお願いすると、改めてベルの話を聞く。
「一りでデスカ?」
ベルは左右に頭を動かす。
「布で隠してたから顔は知らないんだけどね、男性と女性の二人が守ってくれてたと思う」
「森、ダンジョン入口。抜けタラ別場所?」
少しだけ考えながら。
「違うと思う。そこは森人が管理してない遺跡でね、なにか転送装置みたいなの使って、揺りカゴに渡ったのかなって」
悪魔の揺りカゴはもともと、誰にも発見されなかった時空民の遺跡。
「国内ドコカ、ゆりかごノ最奥に、転送ソウチある」
「そこには大悪魔さまが眠ってるから違うんじゃないかな。途中の隠し部屋みたいな?」
ベルは繋ぎ役のかたわら、資金稼ぎなどの名目で、ダンジョンに入って来たのかも知れない。
「リドー里の森ヒト、なにも知らヌか?」
「里長はなにか知ってるかも。でも教えてもらえたなら、私は旅なんてしなかった気がする」
産まれた場所。
「キタ森の遺跡、ドコかわかるデスカ?」
「その森中にね、たしか大きい建物があった。まあ十歳前後だったから、今見るとそうでもないかもだけど」
ベルは話をくぎり、深呼吸をしてから。
「国内外でもさ、森人が管理してない遺跡ってあまりないんだ」
洗濯物から視線をアスロに移す。
「色々調べた結果ね、魔女の塔だったのかなって」
その名は向こうにも伝わっていた。
「魔女は一人。監視サレテル聞いた」
接触してくるとして、魔人などと違い仲間もいない。
「私を送ってくれた二人が魔女の一派だと考えれば、もしかしたらアスロに近づいてくるかも」
なぜ彼女がここまで故郷を知りたいのかは解らない。でも簡単な気持ちであれば、何年も調べることは難しい。
今度は自分が考える。
「その相手探すはイヤです。デモ向こうから来たなら、無事でアラば伝える」
踏み込まないのだから、こちらから踏み込むこともできず。
「村で仮の姓もらえたら、一緒にリアまで行くでもいい? 一応そこで町姓がもらえれば、アスロの依頼は完了かな」
生活の足場を確保する。納得がいったので、動作で了承を示す。
「その後、ヒッソリ仕事へて暮らす。デモ、ダンジョンちと興味ある」
「リアの近場だと地底の町かな。領地は別になるけど、テッドさまの一派が納めてるから、関所もそこまで厳しくないと思う」
互いの依頼がまとまった。
「じゃあとりあえず、そこの揺りカゴの探索をいくらかしたら、アスロは一度リアに戻るで良いね」
村か町か。どこで生きるかはまだ決めてないが、たまに顔を合わせ情報を交換する。
ベルはこちらに手をさしだす。
『あくしゅ』
この使い方で合っているか、首を傾げる。
「よろしくデス」
まだ先の話になるだろうが、そんな安定した暮らしに、アスロは胸を躍らす。




