十二話 森人と守人
大樹の根はここから遺跡森の全体へと広がっていく。
複雑に入り組む巨大な根っこが隙間をつくり、人からすればそれなりの地下空間となっていた。所々に畑があるものの、根が入り組んでいるため、それはどこか段々畑に見えなくもない。
うす暗く視界も悪いので、アスロのいる位置からでは一カ所の畑しか確認できず。作業をしていた数名は一人の女性に駆け寄って、今は皆で寄りそっていた。
アイーダもしばらく彼女と居たいとのことで、別行動をすることに決まる。
残った三名は里長のもとに向かう。木の根は地上に近づくほど太くなっているようだが、サイズが想像を絶するのでここから見ても違いはわからず。
地中深く縦に伸びる木根もあれば、岩や固い地盤に負けて横に伸びているものもあった。
所どころ足場が悪いので、木の板で補強されている。
「複雑ですみませんな」
梯子を使ったのち、大きな木根の上部を歩いたり、吊り橋で別の根へと渡る。
「光タマ、有り難い」
「ゲーリケ様の魔法だな」
他の光精霊というわけではないらしい。
下を見るとすこし怖い。本来なら崩落の危険もあると思うのだが、そこら辺はゲーリケが守ってくれているのだと考えられる。
吊り橋も元は人工物ではあるが、今は木の根と同化しており、作った当初よりも頑強な印象を受ける。
「たしかに迷路みたいだね」
地上に近づくほど木根はそそり立ち、手足を使う回数も増えていく。
「難所は過ぎましたぞ」
言われてドリノをみれば、人工の足場に立っていた。
「地下で畑仕事する人たちも大変だ~」
傾斜のついた吊り橋が交互に架けられ、光の漏れる出口まで伸びている。
根と根のあいだに架かる吊り橋は揺れて怖いが、両側のロープを掴みながら慎重に進んでいく。
先頭を歩くドリノは、こちらを振り向くこともせず。
「先ほどのことを謝罪させてくだされ。私も頭を冷やさなくてはいきませんな」
「イエ」
野宿中に一時も気を抜かないなど不可能に近い。だがそんなこと、ドリノも承知なはず。
口調を変えて。
「すまなかった」
姉と弟。
「里一団となって生活しているので、これまでと営みは大きく変わらないが、それでも家族は家族でしてね」
責任があるとするのなら、ドリノの発言は間違ってもいない。
「私たち、警戒してたのは魔物だけでした。人が襲ってくるなんて、これっぽっちも考えてなかった」
野盗や盗賊も確かにいるが、この地を汚すことの意味を彼らは知っている。
「戦団が去ってからとなるが、話し合いは必ずもうけます。一応は守人も動くとは思う、しかし連中はもう外に逃げてましょうな」
遺跡でなにか事を起こせば、管理者たちが黙ってはいない。
「戦士ミナ出たら、サト危ない」
相手を刺激して、自分たちは逃げた振りをして潜む。なにかの漫画でそれをやり、村を奪われた場面を知っている。
「一応人員も残すと思いますが、貴殿なら我々と大樹の精霊、どちらが怖いか?」
彼らの里はゲーリケの名をもらっていた。アスロは苦笑い。
「あの精霊サマ、大ツクのデスカ」
「悪魔の揺りかごを封印している場合もあるんだけどね、そこの大精霊さまが宿る木って、近くの山からじゃないと全体が見えないんだよ」
大悪魔にも性格があり、保守派と過激派のようなものがあるのだろう。地下にダンジョンが広がり、地上は天までとどく大精霊樹。
「それでもゲーリケさまは私たちにとって、すごく特別な存在なんだよ。まだ力も弱いころから、ずっと一緒だったんだって」
「遠い祖先の時代から、我らは共に歩んできたのです」
もし彼らをエルフだとするのなら。
「皆サン、長生きだとすれバ、精霊サマすごい時間」
「森人は私たちより倍近い寿命だけどね、一定の年齢までは同じ速度なの」
成人までは人類と同じだが、そこから衰えが緩やかになっていく。
「アノ女性、まだ成人チガウ?」
「いや、亜人も君ら人間と同じですな。そう決められとります」
法律として定められているのか、それとも国の重臣たちが決めたのかは不明。
「でも本当はね、思春期とかくるのって、森人は人よりも遅いんだ」
アスロが想像していたよりも、この世界のエルフは寿命が長くなかった。
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交差する吊り橋が終わりを向かえる。外への出口付近はちょっとした広場になっており、そこには武装した守人が十数名。
椅子に腰かけながらこちらをうかがう者。
机上の地図から視線をアスロに移す者。
お茶かなにかを飲みながら、ふとこちらに気づいた者。
焚火で湯を沸かしていて、三人に気づかない者。
彼らは地下で作業する森人たちの護衛。または非常時に根路を通り、何事かを確認しに行くのだろう。
「今もどったぞ、妹は他用で外した」
ドリノとアイーダも、恐らくその役職についている。くつろいでいた彼らだったが、出迎えた男が一人。
「お疲れさん。嬢ちゃんも無事で良かったな」
「ありがとうございます」
笑顔を返す。
根路隊とでも呼ぶべきか。隊長と思われる者はベルをしばし観察すると。
「あんたから聞く外の話を、うちの子らも楽しみにしてる。俺もな」
「はい」
他の三人がいないため、彼は察したのだろう。ベルは笑顔のままだった。
「まだしばらくは居るんだろ、ゆっくり休んでくれ」
使い古された革と鉄板の鎧。片手剣の鞘も大分ボロボロ。髪の毛は白髪まじりで、もう金の美しさは感じられず。無精髭もあるが色素が薄いので、近寄らなければわからない。
「たくさんこの里を知りたいので、もうちょっとお邪魔させてくださいね」
「おう」
繋ぎ役。森にこもりがちな彼らに外の情勢を伝え、また他所の同族がどんな感じかも教える。
問題が起きているのなら、人手や物資を送ることも時にはあった。
隊長らしき者は、次にアスロを見る。
「渡り人さんか?」
瞳の奥を覗かれているようで、なにか嫌な気分がする。
「悪かった、こりゃ癖だ」
「アスロ、名乗りマス」
その名を聞いても反応はせず。
「こちらで勝手な判断をしてしまった。責任が必要であれば私が引き受る」
「嬢ちゃんの連れも駄目だったか。もしもの場合は覚悟しとけよ」
準備はしておくと苦笑いのドリノ。守人の男性は再びアスロを見て。
「若いのに苦労したみたいだな」
周りにたくさんの守人がいるので、緊張して返事はできず。青年の肩に触れたのち、後ろの同僚たちを見て。
「誰か、前もって里長んとこ行ってくれっか?」
「じゃあ、俺がひとっ走り」
どうやら彼らは、これと言って序列もないようだった。この人物はまとめ役みたいなものか。
「せっかく来たんだ。今のところ戦団はいないからよ、ちゃんと大樹みてから行きな」
アスロは片言の感謝を伝え、頭をさげる。
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外は眩しいかと思ったが、空は一面の葉と枝におおわれていた。大樹と大地の隙間から出てきた自分は、まるで蟻のようだと笑えてくる。
「まだ振り向かない方が良い、初見は大切と言いましょう?」
地下にあれほど根が張っていたのだから、地上もかと思ったがそれほどではない。辺りには他の木々はなく、草も綺麗に刈られていた。
地面を這う大樹の根は少ないがある。近場のそれをドリノが指さし。
「そこに階段がありますでしょう、まずは根の上を目指していこう」
木製のそれは吊り橋と同じく、大樹の根と同化していた。
アスロが振り向かないよう、ベルは前から覗きこむと。
「ほらっ 目つぶって」
素敵な笑顔だがいつもと違う。
「ハイ」
「ほんとにつむったぁ?」
両手を握られる。その感触で背筋に緊張が走るが、ムッツリであらんと心にしまい込む。
やがて階段まで到着する。
「はいっ 足あげて~」
なにか別のプレイをしている気がしないでもないが、それは彼がムッツリだからだろう。
一歩ずつ、ゆっくりと上っていく。
「あと三段だよ」
数で残りを教えてくれた。
「よし、ここで終わりっ」
繋がれていた手は離され、ベルは後ろにまわると、アスロの両肩を持って向きの調節をする。
「いいよ」
ボヤけていた視界が定まると、しばらく頭が思考を止めてしまう。
口を開けながら数秒。
ハッと我に返り。
『すごっ』
某CMを思い出した。立てに長いというよりも、横に広がった木。
『あの木に似てる……って何の木だよ』
一周回るだけでも数分。下手をすれば十数分はかかりそうだった。
真上は緑の空。
大樹の幹からわかれた太枝には木製の足場が組まれており、そこから数名がこちらを見ている。
「あれは見張り台でしてな、遺跡の森や重要地の監視をしている。あとは外からの来客もか」
アスレチックにあるような、縄の網らしき物も確認できる。
「サトはスコし離れてマスカ?」
「この大樹を囲うよう森の中にありましてな。だからもう、ここは里の中ですぞ」
周辺は丘のようになっているが、少し離れた場所に木々が見える。
「ゲーリケの里へようこそ~」
手を上げてベルは歓迎してくれているが、はたして住人はどうだろうか。
「ほらっ そんな不安そうな顔しないの」
「君はなにも悪いことはしていないだろ、胸を張って進みましょう」
この青年はどこか歪。
「ではお先に」
ドリノはそのまま根の上を歩き、大樹から離れていく。
「ほら、行こっ」
うなずくと二人の後をついていく。ベルの背中に隠れたい気分だが、流石に男としてそれはできない。
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大樹の根はそのまま森の中へと入っていく。空の緑も続いていた。
立派な木の上には足場が組まれ、そこに家が建っている。木と木のあいだには吊り橋が架けられ、それぞれの幹には登りやすいよう、縄の網が巻かれていた。お年寄りはどうするのだろうか。
地上にも小屋が建っているが、こちらは家族で使うというよりも、荷物置場だったり寄合所といった雰囲気。
食料の備蓄庫と思われる建物は木上にあり、ネズミ返しが設置されている。
「ちょっとアスロ、恥ずかしいよ」
「スミマセン。ヒトいる苦手」
童顔の女性に隠れながら、青年は周囲を見渡していた。住人は確認できるが、意識しているのは本人だけ。
「耳元は隠してあるんだ、堂々としていた方が目立ちませんぞ」
ドリノは兜を片手で抱えているが、頭の布をアスロに貸していた。
「ワカッタ」
ベルの服から手を放す。
「そんなんじゃ女の子にもてないよ」
「男の自分にはわからないが、母性はくすぐらんかね?」
ベルは少し悩み。
「う~ん どうだろぉ、人によるのかな?」
などと会話をしていたら、子供たちが木の根をよじ登ってきた。
「姉ちゃんっ どこ行ってたんだよ、揺りかごの話きかせてくれる約束は!」
「ごめんね、森の中で迷子になってたんだ」
「ベルちゃん、リドーのハナしは?」
今日聞かせてくれ、今日は無理とのやり取りをしながら、ベルの身体をよじ登っていく。さすが森人だけあり、二人とも登るのが上手い。
肩から顔をだすと、アスロをみて。
「このお兄ちゃんダレ?」
目が合って動きが固まる青年。
「もしかして恋人かっ」
混乱状態になってしまい。
「ダレダッてか、そうですワタスが」
変なオジサンとは言わない。
弟みたいなものだと言われる予想をしていた。
「依頼主、かな?」
「イライヌシ、どこかのセレイさまなの?」
かなり珍しいが、人型の精霊もいる。総じて強大な力の持ち主だが。
「自分では難しいことを、他者に頼んで協力をしてもらうとでも言うのかね」
「なんだよ、男のくせにカッコわりぃー」
アスロはこのガキきらいと判断した。
「私らも大樹の精霊様に願い、里の者を守ってもらう立場ではありますがな」
「精霊魔法だって、一種の依頼だよ。魔力が報酬だね」
男の子は顔をひきつらせる。ざまあみろと思うアスロ。
「一人でなんでもできるのは格好いいけど、生きてくのって難しいんだよ。だから里の皆で協力してるの」
ベルは女の子を抱きおろすと、そのまましゃがんで、男の子を強く抱きしめる。
「だから格好悪くても、頑張って生きるの。泣きながらでも、なにがなんでも、歯をくいしばって」
男の子ばかりズルいと、女の子はベルの肩をゆするが、つかんでいた手を放す。
「なんだよ、姉ちゃん急にさ」
「ごめんね」
ここには皆がいる。
アスロは理解すると。
「スマン」
心の中での発言を謝罪。
「もうすぐお姉さんがくる。お前が支えてやれ」
少年の頭に手を当て、ドリノは優しく圧をかけ。
「少なくとも俺は、ずいぶんと妹に助けられた。恥ずかしながら、今では向こうの方がしっかりしてるくらいだ」
なにかを察したのだろう。
「わかった」
しばらく小さな胸の感触を味わい、母のそれと重ねる。手を動かしてベルから離れる。
女の子が一方を指さす。三人が通ってきた方向だった。
「父ちゃん出かける言ってたけど、ベル姉ちゃんと一緒だったんだな」
「うん」
袖で目を拭うと、遠くに見える二人を見て。
「行く」
「一人で大丈夫か?」
返事もなく歩きだした。
「強いデス」
「アスロも見習わないと」
こちらには振り返らない。まっすぐ前をみつめて。
女の子の頭をなでると。
「途中まで一緒にいこっか」
「うん」
ベルは手をつないで歩きだす。
『だな』
アスロも歩きだす。
守人は少年の背中をみつめていた。
「フンベ」
安心して眠れ。
話の進みが遅くてすみません。




