十一話 ゲーリケの里
どのような仕組みかは不明だが、大きな根っこに穴が開き、中から二名と一匹が現れた。
「ゲーリケさま、この度はありがとうございます」
二名の森人はその場に控え、ベルは片膝をついていた。犬は彼女の顔をひと舐めしたのち、裏側に回ると挫いていた足首に鼻先を当てた。
「あのっ もう治りかけですので」
言い終わる前に、彼女の足もとが光に包まれていた。治癒気功のそれは暖かな黄色だが、こちらは眩しさを感じる神々しさとでも言うべきか。
治療を終えれば、ゲーリケと呼ばれた犬の鼻先は、初対面のアスロに向いた。
「このキズ、自分せい。不要」
緊張しながら答えれば、二周・三周と回られ、最後に尻の穴を嗅がれる。
「ベル殿、良くぞご無事で。して、なにがあった?」
「山賊もしくは、魔人の残党に襲われました。連れの二名と、案内をしてくださったフンベ殿はもう」
護衛と思われた三名のうち、二人が共に旅をしていた者たちで、もう一人が此処の森人だったらしい。
「そうか」
肩を落としてうつむく男性。歳は三十手前といった所。髪は金だが明るさは少なく、平均的な身長ながらも、自然の中で生きるための筋肉を持つ。
得物は両手剣を腰に差しているが、右肩から左腰へと繋がるベルトには、いくつかの投げナイフが装着されている。衣類は黒よりの茶色だが、その上にまとう胸当てなどは鈍い銀色。
兜は腕で抱えているが、頭には布が巻かれていた。
彼は気をとりなおし、再びベルと向かい合う。
「滅多なことでは襲ってこない連中だったはず」
その出で立ちは、山賊が警戒するに値するだろう。
「たぶんデスガ、自分せい」
犬に尻の臭いを嗅がれているので、緊張もどこえやら。
「こちらは?」
「私はこのアスロさまに助けられ、木根口までたどり着くことができました」
ずっと静観していた女性の守人は、青年の名を聞くと、一瞬だけ目を見開いていた。
男の方もなにか驚いている様子だった。
「アスロ殿……ですか」
まあ、珍しい名でもないか。
小声でそう言うが、アスロとベルの耳には届かず。
「この度はベル殿を助けていただき、誠に感謝いたします。恥ずかしながら我々は保守的でして、外に出たがる者もおりませんのでな」
「兄上、まずは自己紹介」
しまったとばかりに女性の方を一瞬みて。
「これは失礼した、私ドリノ = テンカーティ・ゲーリケと申します。一守人に過ぎませぬが、なにとぞよろしく」
「アイーダと申します。この妹になりますので、あとは一緒です」
スラっとした身体つき。しかしよく見れば、その腕は細くも逞しい。自然に溶け込むためか、衣類は暗い印象の緑色となっていた。
得物として弓と矢筒を背負っており、接近戦にそなえた短剣も確認できる。片方の腕と胸に革当て、両足には革鉄の膝当てをしていた。頭には布を巻いており、一部みえる髪色はうすい金。
「根路の利用を希望されたということは、人類の敵対者でよろしいですか?」
兄が不躾だぞと妹を睨む。
「お察しのとおり渡人さんです。だけど記憶があいまいでね、自分がどちらか不明なんです」
こう説明すると前もって決めていたが、中々に演技も達者。
「なるほど」
流し目でアスロをみるアイーダ。すこし怖い。
「悪魔ガワの可能性アル。自分、戦団避けたいデス」
「信用できるかどうかの確証はありません。助けられたこの身としては、受け入れて欲しいです」
ベルの目は語っていた。無理なら彼と残る。
妹はゲーリケと呼ばれた犬に意見をこうが、アスロのお尻を堪能しきったのか、今は草中を跳ねるバッタを伏せて眺める。
「私たちの判断だけでは、なんとも」
「しかしな、この場に待たせる時間もなさそうだが」
戦団は今も捜索を続けている。
「やっぱ事前の連絡なしに来られたんですか?」
「ああ、今朝方だったか」
芝居がかった語り口の男だと感じたが、その目は鋭い戦士のもの。
「渡人の捜索をしたいとの要件で、里長のもとを訪ねてこられたよ。団長直々にな」
妹は淡々とした、事務的な口調。
「正確には元です」
青年は声を震わせながら。
「保護ムズかしければ、可能なら保存食や矢ナド、自分ウッてほしい」
ベルを見る。
「ココまでで感謝。自分戦団逃げキったら、続きノ話する」
「依頼内容忘れたの。大体それって交渉に失敗してからの話じゃん、まだ終わってないよね」
声色は普段どおりだが、その眼光にすみませんと返すことしかできず。
アイーダは二人のやり取りを観察したのち。
「アスロさん。その矢筒ですが、中身を見せてくれませんか?」
「コレ、亡骸からトッタ物」
構いませんと手を伸ばしてくる。ベルの方を見ると、従うようにうなずかれた。
「ドウぞ」
「では、失礼」
ドリノは犬の前で片膝をつき、二・三の言葉かけをしたのち、周囲の警戒を始めた。
忠道には申し訳ないが、その姿はとても怖いので控えていてもらうことにした。交渉が失敗したとき、それは大きな痛手になってしまうのだが、この場は仕方ないだろう。
「私たちが使う矢には特徴がありまして。そのため貴方に売ったとして、もしもの時に関係性を疑われてしまいます」
ご理解くださいと謝られた。筒から矢をひとつ取りだして眺める。
「食料ですが、あと何日ほど?」
「ガンばれば、一週間はイケマス」
矢を筒に戻したのち、自分の腰袋から丸めた紙をだし。
「ベルさんも同行するようですので地図を見せます、木根口となる位置が数カ所ありますので覚えてください。申し訳ないのですが、アスロさんには極力」
教えるな。
交渉は難しいと判断し、ベルは地図を受け取った。アイーダは再度、矢筒の中身に手を伸ばす。
「もし食料が尽きそうになれば、こちらで改めて準備を……」
そこまで言って、口をしばらく止めた。
「……これは、自作ですか?」
今までと反応が違っていた。
「羽と鏃はオナジ。でも、駄目オモフ」
じっと矢を眺める。
先ほどの物と比べれば、もう倍の時間は使っていた。ちょっと恥ずかしい。
「心得はあるようですが、確かに失敗してますね」
質の見分けは済んだのに、まだ彼女は自作の矢を筒に戻さない。
そして一言。
「ゲーリケ様の意向は得られませんでしたが、こちらで受け入れます。責任は私と兄で持たせてもらう」
なぜ急にと、ベルが思ったその一瞬。背後から声が。
「拳を交わせば相手がわかるとも言われる。それと同じ……良く反応した」
気配を消して近づいていたドリノの眼前、鉈の切先が光る。
「君は時代を外して来たのだろうか? 向こうは戦なき国と教わったのだが」
身体が勝手に反応したのだろう。慌てて刃をホルダーにもどすと、声をうわずらせながら。
「スミマせん、つい」
「気にせず、こちらにも非はありましょう。して、話の続きですがな」
こほんと咳払いを一つ。
「作り手の性格というのは、やはり物にも反映する」
良くわからないが、矢を自作しておいて良かった。
「ありがとゴザます」
安堵したところで、ベルは思い出したふうに。
「あのっ 渡しておきますね」
腰袋からガーゼに包まれた魔光石を。
「私も無事にリドーに戻れる保証はありません。できれば連れもこちらの里で」
アイーダはそれに触れ。
「この布は?」
「清潔なものがなかったので、アスロさんが」
こちらを向けば、そうですかと言って頭をさげた。
「ホントは傷クチに当てるモノ。失礼あたるカモなら、すまヌ」
「いえ、こちらこそ。大した確認もせず」
忘れていたベルも悪いと、皆で謝り合いになる。
いつの間にか犬は歩きだし、穴に戻っていた。
「交渉もまとまった所で、いざ里へ行きましょうぞ」
うなずいて根っこへと入れば、開いていたそれは塞がった。
十分ほど後。草を掻き分けた者たちが、大きな木の根へとたどり着いた。
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根路と呼ばれる道は腰を屈めなければ歩けない。綺麗にくり抜かれていたが、その先は続いておらず。
「ふへ~ 私も初めて使わせてもらったけど、なんかすごい」
先頭を進む犬が脚を動かすたびに、根の中は空洞が伸びており、一番後ろを歩くドリノの背後は閉じていく。
「ゲーリケ様がいなければ、我々も通れませんがな」
大樹の精霊というからには、植物の姿をしていると予想していたが、どうやら外れていたらしい。
もし地の精霊と契約したのであれば、このような茶色なのだろうと、犬の毛を眺める。腹側と目鼻まわりは神々しい黄色。
雨が降ったのち、土に光が差し、やがて若木は大樹となる。この精霊は地と光か。
犬の全身は輝いており、暗い根の内部を照らしていた。
「遺跡、ゼンタイ伸びてるマスカ?」
「さすがに広いので全てにまでは。ですが根路があるから、私たちは森の管理を安全にできています」
祭壇だけでなく、遺跡の管理。
「剪定タイヘン。でも森ウツクし」
木の枝を切って、空の光を地面に当てる。
「ヒト管理ないヤマ森、もっと鬱蒼シテル。ずっとイル、怖くなる」
実際には夜など怖がっていたが、遺跡の森は日中たしかな美しさがあった。それでも心細くてあれだったが。
「まだまだ手が行き届いておりませんが、そう感じていただけたなら、頑張ったかいもありますな」
兄だけでなく、妹も嬉しそうにしていた。
山奥の廃村。本当に怖かったが、今のアスロはほとんど覚えてないだろう。
「アスロって山とか森の歩き方、けっこう上手だよね。叩き慣らした土道しか知らない人、こっちでも多いのに」
村育ちだったり、こういった遺跡を目的に来る職種でなければ、移動するだけでも大変なのだろう。
「渡人は大抵、その心得があると聞きますが」
少し進むと、根路が行き止まりになっていた。犬が上を見あげれば天井が押しあがり、円を描いた急激な登り坂となった。
「手前に大きな岩でも埋まってんのかな?」
「別の根が通っているとも考えられるぞ」
犬は足場の窪みに爪をかけ、器用に飛び跳ねていく。
妹は足をかけながらも、周囲の壁を両手で押さえながら上部へと。
ベルは先に登った彼女に手を貸してもらう。
「自分、獣のアシ引っ掛ける罠、教わってた。その時、学び身にシミてる」
アスロは逃げ切ってみせると闘志を燃やす。膝を曲げてから足場を蹴れば、上部まで跳びあがる。左右の腕で壁と固定したのち、足だけを振って着地する。
「両手剣、ヨければ受け取るマス」
「すまんね」
口には出さないが森人からしても、なにかが引っ掛かるのだろう。
ドリノは腰から剣を鞘ごと抜き、柄の先に兜をかけて持ち上げる。
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歩くほどに曲げていた腰は伸びていく。これまで曲がったり、上り下りもあった。途中で根っこも別れているはずだが、ここまで一本道。
やがて大樹の精霊は立ち止まる。
「つきましたな」
穴が開く。その先は暗くて広い場所。
見上げれば、小さな明かりの玉がいくつも浮かんでいた。
太い木の根が幾重にも。見あげた先に外の光が差し込んでいる。
気づくと犬は消えていた。
「畑デスカ?」
「美味しいんだよ、モセルパっていう野菜なの」
モヤシやアスパラなど、光がない方が柔らかくて美味な作物は向こうにもあった。一見だと白いタケノコ。
何名かの森人がそこで作業をしている。
「兄さん」
「そうだな」
ドリノから受け取ると、大切そうにしっかり持ちながら、一人に向け小走りで歩み寄る。
ベルも後に続いていた。
相手の女性は二人に気づき、作業をやめて手を振りながら近づく。
「私ね、貴方のお父さんに守られて、今ここにいる」
ガーゼに包まれた物を受け取る。その布をひらけば、彼女は立ち尽くしていた。
「いえ。よかった……弟に、なんて言お」
母はすでに居ないのかも知れない。
「どうしよ。私、どうしよ」
弟を。
「一緒に考えて、一緒に決めましょう」
アイーダは相手を抱きしめる。
「今は泣いた方が良い」
女性はその場で膝から崩れ落ち、声を殺しながら肩を揺らす。
青年は行こうとした。肩に手をかけられる。
「いかんよ。彼女の中で悩みが渦巻いている状態だ、君が出てややこしくするのか?」
「山賊、自分ネラた」
肩。鎖帷子ごしに圧力が掛かる。根路での移動中に事の繊細は話していた。
「貴殿ほどの腕があればわかるだろう」
儀式なしでの転移には危険が伴う。アスロの場合だけでなく、本家の血筋から離れすぎ、気づかれず育った少年少女。
リュックは所有空間の中。良く見れば、ベルトやホルダーなどの金具からも判断できるが、まず難しいだろう。
「謝るはベル殿だけだ、警戒を怠った彼女たちに責任がある」
「父親モですカ?」
当然だと力強く。
「奴が率いていた頃ならば別として、今の残党に遅れをとる四人ではなかった」
対する人物の像に綻びが生じ。
「一時の油断で子供らを天涯孤独にした、フンベにこそ責があると私は思うのだがね」
「ムコウ国平和。この世界、平和カ?」
ドリノは混乱の眼差しでアスロを測る。
転移者には記憶障害があるため、詳しい向こうの歴史は不明。
「一番のアク、山賊」
「悪と責任は違う。しかしそれも連中からすれば、生活の一部だろう」
彼は戦国、または幕末の世を生きた。
「認められねば、警戒をして備えるべきでは」
武士または、志士ではないのか。
どうもです、ふんばり屋です。
2019/08/01 アラスジ変更させてもらいました。
もともと転移までの短編のつもりで始めた今作なのですが、以前からアラスジがその短編のものじゃないかと一度直したのですが、未だにそう思っていたので。
正直、まだこれで良いのか? と違和感があるのですが、とりあえず。
失礼しました。




