十話 大樹の根
魔者を倒したら、急いで送る必要があるとのこと。彼ら彼女らは現世への呪縛により、輪廻へと向かえずに引き返し、再び空間の歪みより現れる。
しかし救う方法はある。知性の欠片が表にでた者は、新たな生へと旅立てる可能性が高いらしく、率先して送りたいと教わった。
魔光石の回収を終える。恐らく戦団はピラミッドを中心に遺跡の捜索をするだろうから、その方面から帰るのはやめると決まった。
アスロは鉈を使って邪魔な草や枝を除きながら進み、ベルはその後ろを歩く。
「サトに、戦団いますカ?」
これまでよりも移動が困難な場所を二人はあえて選んでいた。時には手を使うことがあるため、彼女も今は杖を捨てている。
「彼らは一応、礼儀をわきまえています。遺跡に入る前も里に一言ありますし」
我が物顔で入り浸るような真似はしない。
「いつもと同じなら、遺跡の外で野営地を築いてるはずです」
彼らの目を逃れて里に入れろば、一応は安堵できるのだと思われる。
「レンチウ、目的ナンですか?」
「普段どおりなら、訓練や魔光石の回収。あと魔者を一人でも多く旅立たせるといった理由です」
話を聞く限りでは、世間の評判も悪くなさそうだった。
「今回自分、カンケイないか?」
「わかりません。ただ何時もと同じなら、もっと早い段階で使者とか寄こしてきますね」
少なくともベルは里の者から、近いうちに彼らが来るとは聞いていない。
「戦団、大きさどれホド?」
「昔と比べれば、だいぶ小さくなってますよ。もう平和な時代だって信じたいし」
それでも各地に潜む魔人といった敵はいる。なにより大本である悪魔は消えてないので、人員や費用などは削減されたとしても、相応の力は残されているのだろう。
「ココ、どれくらい数きてる、わかりますデスカ?」
「いつもだったら、多くても二百人くらいだよ。でも、その全員が遺跡入るわけじゃなくて、半分は野営地に残っているかな」
もし自分の捜索だとすれば、転移者が降り立つ各地の遺跡にも、人員を回さなくてはいけない。
「今回、渡り人目的なら。イツもと同じか、もっと少な目ダト思う」
彼らにも敵はいるのだから、王都を含めそれ以外にも、人員を設置すべき場所もあるはず。
そこらへんの理由をベルに説明するが、やはり片言では苦労する。
やがて行く先に木が倒れていた。迂回するには傾斜が強く、跨いでも行けそうだったが邪魔な枝も多い。ホルダーから鉈を抜くと、精霊に魔力を送ってから作業を始める。
「ごめんね、任せちゃって」
「こちらこそ足イタいのに、無理させてル」
少しのあいだ作業を続けたが、鉈を見たまま動きを止める。
「どうかした?」
「ちょっと調子悪い」
刃こぼれはほとんどないが、先ほどの戦闘だけでなく、猪などにも使っていた。
「水だけじゃ、油オトス無理」
闇ナイフを通す前段階で泥の毛皮を切ったさいも、かなり汚したと覚えている。
「精霊さま宿ってるから、今までよりは汚れにくいと思うんだけど」
所有空間からリュックをだし、その中を探る。
「自分、やったことナイ。使い方、違うかも」
それは研ぎ石の粉を布で包んだもの。鉈を水で流し布で拭いたのち、打ち粉を刀身にまぶす。
「これで落とすんだね」
本当は油を落とせる薬品または液体もあるが、良くわからないためこれを用意しておいた。別布で粉を綺麗にふき取る。
このあと保存をするなら、錆び防止の植物油をうすく塗るのだが、まだ使うのでその作業はせず。
「精霊、オコってないと良いけド」
「手入れなら大丈夫だと思いますよ。私も自分の短剣もうちょっと気をつけないとな、精霊さま宿ってないけどね」
作業を終えると、アスロは再び倒木の枝と対峙する。
「どう?」
「良くわかんナイ。でもさっきより、調子イイ気スル」
魔力を送ることで、剣鉈へと姿を変えていた。
「もしかしてその精霊さま、実体化の直前かも。そうなったら精霊具って呼ばれるんだよ」
「これ以上、自分紋章ふえるデスカ?」
どうだろうと悩んだのち。
「お家そこにあるし、契約する必要はないかな」
作業を続ける青年の背中を眺めながら。
「精霊さまと人の時間って違うから、私たちにはあまり関係ないかもね」
「自分。ベルさんたち違って、精霊さん、アマリ感じられない」
魔石の光をとおり精霊が入れ替わった違いなど、アスロにはまったくわからない。またベルは周囲の空気が変化したと言っていたが、彼は今も違いが不明のまま。
「私はこっちの世界にずっといるし、その違いじゃないかな?」
鉈を振った感覚が違った気はしたが、そもそも魔力を送ると形状も変化したので、正直なんとも言えない。
「子供トキは、わからなかったか?」
「ん~ 里に来てからは覚えてるんだけど」
ベルにも色々と事情があったのを忘れていた。
「私ね、その前はほとんど覚えてないんだ。うっすらとしか」
「すみませン」
その頃すでに精霊の存在は感じられたとのこと。
会話を終えるころには、すでに作業も終わっていた。
「こういった痕跡ノコるから、見つかったらアトを追われるマス」
「草も踏み倒してきてるもんね」
二人とも跨ぎ終えると、切り口が新しいので、それを隠すように枝葉をかぶせる。
「いこ」
「ハイ」
彼女がいてくれて本当に助かった。相手側の情報を得られるのはとても有難い。
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しばらく進むと、下り坂の先が小さな崖肌となっていた。土質も少し変化し、水が流れている。
両者ともに虫対策のウエットティッシュをしているが、この世界での効果は不明。
「すこし休も、疲れちゃった」
足場は砂利で所どころに石や小岩も確認できる。来た方面は草が茂り、その奥には木々が陰をつくっている。
「自分、水クム」
獣などとの接触が心配だったが、人(戦団)の気配を感じているのか、身を潜めているかも知れない。ここに生息しているのは魔物なため、油断などできないが。
ベルは手ごろな石に腰をおろす。
「飲むヨロシ」
「ありがと」
アスロは水筒を渡すと、流れる水のもとへ向かう。
所有空間には、リュック・キャリーケース・山賊の得物。御頭の短剣・ゴブリンの剣(短)・盾・斧・弓矢筒は個々に入れてあった。
『荷物がないってのは、本当にありがたい』
リュックを出し、ペットボトルを持つ。
水は忠道が発見した沢よりも、少し濁っている気がする。流れが緩やかだから、そう感じるのだろうか。
『綺麗だったのが濁ってたら、上流の方で雨が降っているかも知れねえんだっけ?』
一気に濁流となって押し寄せることもあるらしいが、今回の場合は恐らく違う。ここの水は量からして、源流が近場なのだと思う。
流れに手を入れる。とても冷たい。少しだけすくうと、ペロッとなめる。
『うまい』
ペットボトルを沈め、中身を三分の一ほど満たすと、水から取り出してシャカシャカする。そして今度こそ容器を満たす。
大体の作業を終えて、ベルの方を振り向けば、彼女は小さな笛を吹いていた。音は聞こえず。
「なんですカ、ソレ?」
大きさは指二本で持てるほどで、とても小さい。
「私たちには聞こえないけどね、森人はこれ感じ取れるんだって」
「アノ人たち、耳ナガイ。リッパ」
失礼にあたるので口には出さないが、犬笛みたいだと思った。
「さわっちゃだめですよ、うんと怒られるんで」
過去の経験だろうか。
「これありがと。アスロも飲んどいた方が良いよ、熱いし倒れちゃ困るもん」
「そうデスネ」
関節キッスは慣れないが、彼女にだけ浄水器を使わせぬわけにもいかず。
心の中で逃げちゃダメよろしく、意識するなを三度ほど連呼したのち、後ろを向いてから水筒に口をつける。
ベルはニコニコしながら、小さな声で。
「ほんと、全部でそうなら可愛いのに」
思いっきり意識した水分補給を終えると、振り向いて。
「なにかイイましたか?」
「ん、なに?」
小首を傾げる。
これからどうするかと言えば、ベルに考えがあるらしい。
「タダミチさん、そろそろ行けるかな?」
「ちょっとタメしてみます」
リュックの横に水筒を入れると、心臓部の紋章に魔力を集中させる。
アスロの足もとに闇の紋章が出現。それは黒一色に染まると、足から順に全身へと伸びていく。
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ベルは木の根っこを探して欲しいとのことだった。
影人たちが入っていった草場を見て。
「やっぱ忠道さんって向いてるね。草踏んでも痕跡残らないもん」
「なんか分離シタ」
複雑そうなアスロ。
忠道にお願いしたさい、本当は自分たちも一緒に探したいが、どうしても痕跡を残してしまうと伝えた。すると二人の目前で、彼は三体に別れたのだった。
色が薄くなっていたので、驚きながらも長持ちできないか聞くと、影人はその大きさをゴブリンほどに変化させた。
「里についたら、一度紋章を確認した方が良いかも。忠道さんが増える能力って、以前はなかったんだよね?」
複雑化。または周りに別の模様が増え、全体的に大きくなっているかも知れない。
アスロはなぜか不満そうな口調で。
「あれタダの影ヒトよ。忠道とチガウ」
「なんか、こだわりでもあるんですね」
ベルは少し苦笑い。
「ナイフもホウタイもナイ」
「つまり一体の状態でないと、赤いナイフは使えないってことかな」
初日、二日目・三日目とアスロの心を支えたことから、本体である忠道は彼にとって本当に仲間なのだろう。
「でも実際に増えて助かってますので」
小さい影人も忠道であることに違いない。そういった説得では逆効果だと判断したのだろう。
「あまり邪険にしちゃダメですよ」
アスロはぶすっとしながらも。
「わかったダス」
名前というものに力があるのなら、影人(小)も忠道として接すれば何か違いはあったのか。それとも本体に絞ったからこそ、彼の名には力が宿るのか。
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間違えたこともあったが、二十分ほどが経過すると、影人の一体が目的物を発見した。日中なのもあるが、映像は忠道と比べるとかなり悪いが、それらしきものは判断できる。
「見つけマシタ、ちょっと言葉向こうカエマス」
ベルの了承をもらったのち、三体に呼びかける。
『二番お疲れさん、一番と三番もありがとよ。じゃあこっちに一度戻ってきてくれ』
名前もくそもないが、今後も増やせるかも知れず。
しばらくすると、三体は別々に帰ってくる。
「三ガきましタ」
「えっ わかるんですか?」
ベルにはどれも区別できず。アスロはふくれてた割に、三番の肩をたたき感謝を伝えていた。
「ハイ、なんとなくわかります。術者ダカラでしょうか? もうすぐ二番キマス」
各存在の位置関係も把握している様子。
「たぶんこの魔法、すごい役立ちますよ。非戦闘時も含めて」
先ほどのゴブリン戦。忠道が居るだけでも断然有利に進められるが、一・二番をベルの護衛につけて、三番をアスロの補佐に回すなど、戦いを組み立てられる。
「そうですね、すごくアリガタいデス。でもチカラ、とてもヨワイ思う」
「今後の成長しだいですね」
二番はベルが出迎え、お礼を言ってから頭をなでる。もちろん無反応だが、光景としては暖かい。
その後すこしして一番が戻ってきたが、二人がなにかする前に合流すると、忠道に変化した。
『ありがとよ。じゃあ俺ら支度すっから、道案内を頼むな』
異世界語を使っているが、表情から何を言っているかは伝わるので、ベルもその点には触れなかった。
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術者が正確な道を知らないのに、忠道はしっかりと道案内をしていた。それは彼が覚えているという証拠。
これまでと違い、できるだけ通った痕跡を残さないよう歩く。
「できればまた三体になってもらった方が」
二番に道案内。残りは周囲の警戒で離れた位置。
「正直、まだそれがデキルか不明。あの三体、チノウ、忠道と同じコト難しい思う」
なんどか普通の根っこをそれだと思い、発見の信号を送ってくることがあった。
「ほんとですかぁ?」
「うそチガウ」
決して忠道と一緒に居たいわけではない。
邪魔な枝などは案内役の彼がどけてくれていた。
アスロは鉈をホルダーにもどし、今は弓を持って移動している。右腰に矢筒をすることも可能だったが、少し揺れてしまう。そのため今回は紐で背中に固定する。
「もうあまり矢がないですね」
「ハイ。残っているの、自作のやつオオイ」
山賊戦では不安もあったので、もとからあった物しか使っていない。というか今も不安しかない。
「森人、弓うまデスか?」
エルフといえば弓の名手というイメージがある。
「そうですね。もともとは狩猟が中心の生活だったそうなので。今は畑もやってますけどね」
できれば矢を売ってもらいたい。魔光石はゴブリンや猪の物だけでも、ある程度の数は持っていた。山賊とアスロ本物の石は使わないと決めているため、別に保管してある。
道なき道を歩くこと十分。アスロは地面から一部出た大きな根っこを眺めながら。
「小さい影人のエイゾウだからだとオモタけど、こうしてジッサイみてもデカイ」
「もとの大樹みたら、きっとアスロさんびっくりしますよ。私もふへ~ ってなりましたもん」
恐る恐る触れてみる。なぜだか、暖かく感じた。
「根の示す方向、進むデスカ?」
「ちがうよ」
ベルは短剣を取り出すと、その柄尻で大きな根っこを叩く。
それは単調なものではなく、なにかの信号か。
腰袋から先ほどの笛を指ではさみ出し、音なき音をならす。もう一度、短剣で根っこを叩く。
「大樹の精霊さま、たぶん気づいてくれたと思うから、しばらくまってよ」
「リョカイしました」
これほどの木に宿るのであれば、きっと上位に位置する精霊なのだろう。
忠道をみて、周囲の警戒をお願いする。自分で判断し、三体に別れるかと思ったが、彼はそのまま木々の中に消えていった。
一時間ほど待ったか。木の根っこに大きな穴が開くと、その中には二名の森人と、一匹の犬がいた。




