九話 人と小人
協力の依頼を済ませたあと、アスロは寝る前にベルと少し話をした。
自分を呼んだのは恐らく悪魔側の者。
今後はベルが進めてくれたように、まずは町の姓を入手して生活の足場を固めたい。簡単には殺されないだけの力を得たい。
大体の話を聞くと、彼女は自身の予定を立ててくれた。アスロが近場の村で生活してるあいだ、この遺跡になんどか足を運ぶようにし、できるだけ様子を見に来てくれるとのこと。
依頼報酬の後払いについては、一度考えを整えたいので、里についたら確りと話をすることになった。
事前の簡単な説明。
ベルは各地を旅しながら、自分の産まれた場所を探していたらしい。
今日まで彼女なりに調べた結果、おそらく出生地は悪魔側だろうと教えてくれた。もし相手がいつかアスロに接触してきたら、彼女としてはその場に居たいが、無理だったとしても情報を得たいとの内容だった。
少し嫌な予感もしたが、ベルなりに危険を承知で打ち明けてくれたようなので、ちゃんと話を聞いてから決めると答えた。そしてもし断っても、必要であれば協力は続けると言ってくれた。
_____________________
_____________________
見張り番の交代を幾度か繰り返し、やがて朝がくる。すでに時空紋の強化状態は調べを終えている。
「おはよ」
今日まで忠道のお陰でなんとか眠れていたが、深く休めたのは異世界に来てから初めてのことだった。
「おはよござます」
内側のチャックを開けると、寝袋から身体を起こす。まだ少しうす暗いが、虫や鳥の声が清んだ空気を感じさせる。
本当は土や草の独特な臭いで、一概に良いとは言えない気もするが。
「これ、知ってます?」
彼女は黄緑の太い茎らしき植物を持っていた。切り口を上に向け、地面側には大きな葉っぱ。これまでの採取でなんどか見た記憶はある。
「大きくナリすぎ、食えないオモタ」
「食べるんじゃないですよ」
切り口を下に向けると、そこからチョロチョロと水が出てきた。なんとなく向こうにいたとき、映像でそのような植物を観た気がした。
ブーツ型の靴を履くと、こっちこっちと離れた位置に手招きされ、青年も興味深そうに彼女へ近づく。
「こうやってね」
茎から出た水を、唇につけないよう口に入れる。ホッペをふくらしたまま。
「ふんっ」
自分にそれを向けられた。受け取れとの意思を確認し、有り難くちょうだいする。
「食べるナクテ、飲むデスネ」
口を開けて水分を流し込む。味はそれはもう素敵なほどに、苦いというか辛いというか、とにかく不味かった。
「オエっ」
ベルは急いで水を吐きだすと。
「ごめん、飲んじゃダメ。ぺってするの」
この味に近いものがアスロの記憶にはあった。
「思いっきり飲んじゃいマシタ、おいしくないデス」
液体ハミガキというか、うがい薬というか。あの味に近かった。
「えへへ」
申し訳なさそうに笑われると、もうなにも言えない。
「荷物盗まれちゃったから、とりあえずグチュグチュしたあと、こうやって指でこすってね」
実践してくれるのは有難いが、大きな口を開けて見せてくれるのは、こっちが少し恥ずかしい。
「普段は瓶詰めだから、町だと知らない人もけっこういるんだよ」
人工栽培できるのだろうか。こちらでの対策を知れたのはありがたい。
治癒気功も回復魔法も使える者は少ないと聞く。紙の細工技術から察するに、医療なども自分が予想しているより、先に進んでいるのだろうか。
口腔ケアを終えると、もと居た場所まで並んで歩く。
「足の具合大丈夫カ?」
「うん。杖は使うけど、昨日に比べればだいぶ調子いいですよ」
軽く足踏みをみせてくれる。
「そっちは?」
「軽傷。押すとか、ジゲキしなければ」
説教を思い出したのか、少し苦笑い。
「二人とも怪我人になっちゃいましたね」
「コレ、自分せい。それ、ベルさん悪くない」
頑張って歩きましょうと、笑いかけてくれた。
リュックの位置まで戻ると、ある物を探す。里についたら一度、整頓しなくては。
「よかったら、つかうヨロシ」
指でカチっと押せば、穴から小さな火が灯る。
「えっ なにそれ」
魔法を使うとき、それに準ずる属性があれば、最初に呼べる精霊の強さが変わる。
「……すごい」
「問題アル、ちょっと独特ニオイ」
言われて鼻を近づける。
「ガス、かな?」
うなずく。
「大丈夫だと思いますよ。ほら、温泉が好きな水の精霊さまも居ますので」
硫黄の臭いは確かに鼻をつく。
「そういう精霊さまに限らないんだけど、稀に二つの属性を持った方も確認されてるんですよ」
「オ湯とすれば、水と火か?」
熱湯を浴びせたり、蒸気を噴射する魔法が可能なのだろうか。
押す部分を重そうにしていたが、穴から灯った火をじっと見つめながら。
「後払い、自分もし断ったラ、それ代わりでもイイか?」
「はい。無理そうなときは、これをください」
悪魔側との接触が危険なことは、彼女も理解はしている。
「ほとんどツカってない、新品おなじ」
「けっこう持ちそうですよね」
大型ライターなので、かなりの時間は使えると思う。
「ムコウ、そこまで高い値しなかった。チト申し訳ない」
「良いんです。物の価値は人と場所によって違いますので」
火を消すと、相手の目を見て。
「アスロさんって平気な顔して嘘つくけど、そういう所は正直さんですね」
「ここ数年、もう癖なってマス」
お恥ずかしいと笑う青年。
「向こうの世界って、こっちより安全なんですよね?」
「ソト国まだアブないとこある、タブン」
そうですかと視線をそらす。
「コッチ、遺跡や揺りカゴ危ないけど、戦いあるデスカ?」
「いえ。先の大戦で人間側も、すごく懲りてますんで」
本家の連中がどうかは知らない。でもアスロはまだ、こっちは大小の戦いが続いてるものだと思っていた。
「この先どうなるのかは、誰にも分りませんが」
やがて生き証人はいなくなる。そして歴史は繰り返す。
なにを思ったのか、ベルは寝袋に近づくと、水筒を持ち上げて。
「これって水を綺麗にしてるんですか?」
キャップから伸びる浄水器を指さしていた。
「そう。見た目キレイだし、必要ないかもダケド」
「魔光石を使って上位の精霊さまにお願いすれば、これと同じこともできるんです。一応ですが私たち人間も力借りるだけじゃなくて、こういう装置作ろうと町とかじゃ頑張ってるみたい」
施設があるのかも知れないが、技術に関してはまだ未熟ということか。
「向こうの世界。こんな自然ナい。続けること大切キット」
こちらには沢山の精霊がいる。
「そうですね」
ふと、なにかを思い出したのか。
「あっ! タダミチさん、休ませてあげないと」
アスロはしまったと、脇腹を押さえながら走りだす。なんどもゴメンと謝って労って、無言の忠道を休ませる。
たった二人の野宿を安心に包んだのは、他ならぬ彼なのだから。
___________
___________
ベルは杖をもって傾斜をのぼる。アスロは鉈と盾を得物としていた。
「私たち、戦いが始まったら大丈夫ですかね」
「自分タブン、戦い始まったら忘れる。終わったらイタムくる思う」
中々発音が安定しない。
「そうなんですか」
「後方支援願う」
相手の表情に気づかない。
「ピラミッド、良いのデスカ?」
「ぴらみ?」
失言。
「祭壇、トオル喜ばない」
アスロが先導していることから、ベルはすでに気づいている。
「はい。私、あそこからの道しか知らないんです」
そういえば彼女はここの出身ではない。
「ホカの遺跡にも祭壇アルですか?」
「いえ、国内では二カ所だけです。もっと古いのは目印の建物とか全部埋まってると思うんで、まだ発見されてないかもですが」
地崩れというか、地盤が少し上にあがっている場所に来た。青年はリュックも背負っていないので、身軽によじ登ると、ベルの杖をもらい。
「祭壇チカク、亡骸ある。少し聞きたいコトある」
「わかりました。あともう言っちゃいますけど、アスロさん祭壇行ったことありますよね?」
しまったと青年は口もとを引きつらせる。
「すんません、探索してタラ偶然ダッタ」
「咎めたりしませんから大丈夫ですよ、禁域ってわけでもないんで」
手を貸してくださいと言われ、アスロはベルを引き上げる。
_____________
_____________
やがてたどり着く。ここからでは絶妙な位置関係で祭壇は見えない。
「この方ですか」
木にもたれ、静かに眠る女性。
「動く前ニ、なんとかデキルか?」
姿勢をととのえ祈りを捧げたのち、ベルは精霊文字の刻まれたナイフを取り出す。
「やってみますね」
「お願いシマフ」
少なくとも、アスロの錆びたそれよりは良い物なはず。
「では、失礼いたします」
刀身を刺す。
「やっぱダメか」
「まだです」
その状態で、ベルはナイフに魔力を送った。すると彼女に黒い靄がかかる。
「すみません、私の力不足です」
霧は拡散してしまった。
「もう一度、祈りましょう」
それを繰り返すだけでも、彼女の魂を守れるかも知れない。
「自分もスル」
アスロもホルダーから錆びたナイフを抜く。
両手を合わせたあと、失礼のないよう魔力を送る。
黒い闇に包まれ、少しずつ後ろの幹をも覆う。
「もう少し」
輪廻への旅路の力添えを。
少しの沈黙。
「良かった」
屈んで足首が痛かったのだろう。その場に尻もちをつく。
「ベルさん、感謝スル」
気が抜けたのか、脇腹の痛みが発生していた。
魔光石は残らずとも、ちゃんと旅立つことができた。
闇のナイフにお礼の魔力を送る。
「すこし、休みましょうか」
「ハイ」
青年は腰を下ろす。手元になにかの感触が。
「衣類や鞄も消えてる」
気持ち錆びてる曲がった剣は残った。
「お召し物に宿っていた精霊さま、彼女と一緒に行くことを選んだのかも」
精霊たちは引っ越さずに、ずっと守っていたのだろうか。
「きっと、優しい使い手だったんでしょうね」
このように成長途中で消えることも、彼らには良くあることらしい。
「色んなカタチある。死キ悟って、全部外した人もいる」
本物のアスロが使っていた装備の精霊は、いったいどう思ったのだろうか。そして盾や弓に宿っていたとするのなら、物色した自分のことをどう思ったのだろう。
「アスロ。その武器、この子に重ねて」
「精霊、引っ越すデスカ?」
斧という選択もあるのだが、形的に鉈の方が喜ぶか。それに彼自身、愛着はこちらの方が強い。
ていうか、斧全然使ってない。
いつの間にか、ベルのまとう空気が変わっていた
「早くしてください。なんか……森の空気が変わりました」
言われて鉈を剣に重ねる。精霊もなにか感じ取ったのか。
「もう、大丈夫かと」
急いで引っ越しをしてくれたらしい。女性の剣は散りになって消えていた。
二人はその場から立ち上がる。
「来ます」
空間が歪んでいた。その中から、子供ほどの大きさのなにか。
「今は魔者となしり、ゴブリンと呼ばれるものたちです」
名前は彼も知っていた。異世界共通なのだろうか。
「あの……」
言うか悩んだが、殺める前に伝えるべきと判断する。
ベルは歯を噛みしめたのち。
「魔族名は小鬼。かつて人と共に生きた、小人族です」
『なんだよ、それ』
相手は待ってはくれない。空間の歪みは増えていき、ゴブリンは十体となった。
その得物は短剣だが、彼らからすれば剣か。個体によって、防具は異なる。
「魔王が敗北し、大悪魔は眠ってしまった。彼らは、わずかな知性を残した魔者です」
闇のナイフ。
「今はなにも考えず、戦ってください」
敵を前にして、集中状態に入ったのだろう。
『わかった』
アスロは精霊の宿りし鉈を横に振り、感触を確かめる。
『俺は使い方が荒いと思う。それでも良いなら、共に行こう』
得物に魔力を送る。シールの張られた柄を含め、形状が少し剣のように変化していた。
それでも鉈の本質は変わらず。
「歩けますカ?」
こんな反応は求めていなかった。
「……はい」
ベルは杖代わりの枝を地面に置き、ライターと短剣を左右に持つ。
もう一度、鉈を振る。違いを確かめる。
「自分、マエでる」
深呼吸を。ゆっくりと歩きながら、ゴブリンだちのもとへ。
人が一歩進めば、魔者たちは一歩さがる。
距離を縮められない。
人が大きく前に足を踏みだす。魔者の群れはそれに習い後ろにさがったかと思われた。
堪えきれなかったのだろう。一体が先走って飛びかかってきた。身体はボロボロの腰布だけだが、頭には立派な兜。
兜ゴブリンは赤い光をまとい、小さな体をより低くしながら、男の膝上を狙い払うように斬る。その寸前に鉈で受けとめると、魔力を送った右腕の盾先で叩きつぶす。
呼吸を一つ。
戦いは動き出した。
胴鎧をまとった一体(赤光)は、真正面から飛び跳ねると、男の顔面に向け短剣で突き刺そうとする。
盾は木製で鉄板を張られた物。魔力を込めていようと、相手は闘気をまとう者。角度をつけて受けなければ突き破られる危険があった。
しかしアスロは正面で受け止める。盾の表面には空間の歪み。
任意で吸い込むと判断すれば、そのまま胴鎧の個体を弾き飛ばす。
どうやらこのゴブリンは目隠しだったようだ。左から回り込んできたゴブリン(赤光)が、青年の膝下を狙い剣先で突く。
アスロは鉈を逆手に持ち替えていた。自らの足を貫かれる前に、敵の剣を上から砕く。そのゴブリンは勢い失せて闘気功を沈めてしまう。
鉈を手放すと子供のように小さな顔面を鷲づかみ、今度は自分が闘気功をまとって握り潰す。
ベルを狙う個体もいた。敵の剣を短剣で払い、魔石の光を帯びた手で、ライターの火に語り掛ける。
「まずは魔力を、友をお願いします」
ゴブリンは腕を仰け反らせたが、片足で数歩跳ねながらバランスを整える。だがまだ姿勢は不安定、喉元を狙って突き刺す。
「来てくれて感謝いたします、まずは魔力を」
他の個体(青光)が迫っていた。焦りで赤い光が鈍り、刺した短剣が抜けない。ベルはそれでも負けないとまとい直し、素手での勝負に挑もうとした。
アスロは盾の表面から短剣を取り出す、魔力を送り。
『失礼は承知、それでも願う』
投げ放った短剣は、ベルを狙う個体の鎧を突き破り、内側の肉を貫いた。
残り五体。
青年は待機していた者たちに背を向けてしまう。ここぞとばかりに数体が闘志を宿し、先ほどの彼を真似して剣を投げる。
人からすれば短剣でも、連中からすると十分な剣。身体能力が上がろうと体格的に無理があった。
『ジャングルなめんな』
硬気功は間に合わなかったが、鎖帷子が役目を果たす。頭を両腕で守っていた。
『こいつら』
小さいぶん人間と違い、同時に襲いかかっても刃が邪魔になりにくい。
五体は赤く光ると、皆で走り出した。
これは恐らく防ぎ切れないと、全身を青く光らせる。
少し離れた位置から声が聞こえる。
「よくぞ来てくださいました、まずは魔力を。あの者を避け、その力を放射させてください」
青年の両肩を掠めるよう、二つにわかれた炎はゴブリンたちに襲いかかる。
魔者の肉体は焼け焦げ、音を立てて倒れていく。
アスロの放射線上に居たのだろう、一体が生きていた。
それは残された知性の欠片。
「ニ…ゲ……ン、モウ……良い」
戦意は失せて赤い光もまとえないのだろう。青年は地面に突き刺さった鉈の柄を持つ。そこに張られたシールは、もうどこにもない。
それは武器。
ただ、殺すための道具。
鉈に魔力を送れば、先端が鋭く光る。
「コ…ロ……セ」
ゴブリンの首を貫き、勢いのままに天高く持ち上げ、血を払うが如く振り下げた。
________
________
鉈についた血を水で流し、タオルで拭く。
「血……赤いんデスね」
集中力が途切れ、脇腹がひどく痛む。
しばらく黙っていたベルは、鎖帷子の少し傷がついた背中にさわり。
「はやく、輪廻の旅路に」
「もう小人族、ドコモいない?」
背中をゆする。
「アスロが殺した方は、責任をもって貴方が送って」
「はい」
急いで作業に移る。
最後の一人。動物は複数とれるが、人型の魔光石は一つだけのようだ。
「自分には、こんなの使えナイ」
「でも私は使うよ。だってこの石、誰も受け取ってくれない」
もう小人族はいないのか。
「戦わなかった穏健派の人たちはいる。でも彼らは受けとらない、そんな資格ないって」
「魔光石ってナンデスカ?」
精霊と精霊。人と精霊を繋げるもの。
「闇の精霊が輪廻へと送ったあとに残るもの」
「生きたアカシ?」
ベルは左右に力を込めて動かす。
「生きた証ってのは、私たちが覚えている」
たとえ顔も名前も忘れられても。
「使うの、使って殺すの。それでまた使う」
少なくとも、今はそれだけではない。
「水、綺麗スル」
「一つでも多く、そうできたら良いね。だから私、早く契約したい」
いつまでも落ち込んでいる暇はない。
「たぶんだけどね、この遺跡に多くの人が集まってる。そうじゃないと、彼らは出現しない」
基本ゴブリンやオークなどは、悪魔の揺りかごにしか出ない。
「大悪魔、森人管理する遺跡より、古い遺跡ネムリついた?」
「そう。だからあそこからも、魔光石が取れるの」
ベルは青年を立たせる。
「早く移動しないと、あなた殺されるかも」
騎士でも兵士でもない。
どの領土にも属さない。
王直属。
それは王族の血統でもある、初代団長の名。
「ニルス戦団が来てる」
魔族・魔人・魔女。
彼の地にて、これらを専門として戦う者たち。




