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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
一章 名と姓
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八話 まっすぐな瞳で

 本当は見張りをしなくてはいけないのに、忠道に任せて気功術の練習を始めたアスロ。彼は気づいていないが、よほど心細かったのか、こちらに来てから独り言が多くなっている。


『闘志か』


 何に対して闘おうと決意すれば良いのだろうか。第一に戦う相手がいない。


 とりあえず小岩から立ち上がると、構えを作ってみる。自分に害なす相手を想像すれば、恐らく国となるのだろうか。


『勝てる気がしねえよ』


 それでも、絶対に生き抜いて見せると、一応の闘志を燃やしてみる。あとは魔力を重ねるとのことだが、自分の場合は血流の想像により、精霊紋に魔力を送っているのでそれの応用。



 目を閉じる。


 口や鼻で空気を取り込み、肺から酸素を血液に乗せて、心臓より一気に廻らせる。


 闘志が心を満たす。魔力も血管を通り全身を流れる。


 ゆっくりと瞼をひらけば、うっすらと赤く光っていた。


『薄いか』


 闘志が弱いのかも知れない。


『こりゃ精神修行の分類だな』


 山賊との戦いを見た限り、戦意が喪失すれば、気功術も解けるようだった。どれほど訓練を重ねても、実戦未経験で最初から使えるとすれば、その人物は天才と言って問題ないだろう。


『行けるか?』


 彼は気功術というのを知り得たばかりだが、要素はもう身につけている可能性が高い。


 練習というよりも、試行を次の段階に移す。


『痛みを覚悟して、気合を込める』


 上半身裸の大男が、しゃあこいと胸を突きだす。相手はやってやるぞと水平チョップをそこに打つ。


 しかしこのとき意識を込めているのは胸だけなはず。もし相手が腹を殴ったり、頭突きなどをすれば、たぶん大男は対処できない。


『できるか』


 アスロは頭の中で敵を想像する。構えは防御で、受けると決断したのは左の前腕。そして魔力もそこに集中させる。


『ピンポイントも可能ってことか』


 硬気功は左肘より先の部位だけだが、袖の下からでも青く光っているのが解る。


 盾だけでは防ぎ切れず、足などを狙われたさい、もしこれが実戦で可能となれば。


『性分ってのもあるかもな』


 確かに青い光の方が難しく、彼女も闘気功の方が楽だと言っていた。それでも何故か、アスロは硬気功の方がイメージしやすい。


 その後は赤よりも青に重点を置いて練習をしていく。


______

______


 視線を動かし、ベルを確認。


 恐らく眠っている。イタズラをしたいと思っても、心の中で止めるのがムッツリ紳士というもの。


 次に目を閉じて、忠道の様子をみる。ずっと拠点の周りを回らせているのも申し訳ない。彼は精霊とは違い、魔力が成長の糧となるわけでもないが、なんとなく黒の紋章に感謝を込めて送っておく。


 すべての確認作業を終えると深呼吸をする。硬気功の試行と訓練をしているうちに、アスロは良いことを思いついていた。


『よし、やるか』


 もしもの場合もあるのだが、鎖帷子をずっとまとうのは疲れるので、今は脱いでいた。ズボンの紐を緩めて服をめくると、銀の紋章に直接さわる。


 深呼吸を一つ二つ。


 今から痛いことをするので、覚悟を決めて全身に気合を込める。酸素は血液に乗って全身をめぐっている。


 心と体は別としても、それらは等しく重なった。


 焚火の灯りに照らされて、アスロは青い光を帯びる。


 

 瞳を閉ざし闇を映す。銀色の紋章に意識を、奥に。深く。


 もっと、もっと。


 どこにいる。


 探す。深く。


 会いに行く。


 誰に。



 見張りそっち退けで、どれほどの時間そうしていたのか。


 ある意味、すごい集中力だとも思う。


『いた』


 当初の目的を忘れ、探すことに没頭していたのだから、当然として。


『痛っ!』


 アスロは地面に倒れ、右脇腹を押さえながら悶絶する。


「どうしましたか!」


 寝ていたベルは飛び起きて、転げ回っていた彼を確認すると、起きてそのままに駆け寄った。


「大丈夫ですか」


 右脇腹を押さえていたので、手をつかみ退けて確認する。銀の精霊紋が描かれた肌は、血の色に染まっていた。


「採ってくれた中に化膿予防の薬草がありましたんで、今から準備します。火と水借りますよ」


 台は小岩で良いとして、もう一つ手ごろな小石が欲しい。それらを熱してから、水で洗ったのち薬草を磨り潰す。


「リュックなか、処置道具アリます」


「わかりました」


 ベルは彼の荷物まで行くと、中をあさる。


_________

_________


 傷口を消毒したのち、ガーゼで保護すると紙テープでとめた。痛みも落ち着き、今は互いに向き合って正座していた。


 両者に違いがあるとすれば、ベルの背筋は伸びていたが、アスロの背中は丸まっていた。


「私も森人の姓を許された者です」


 転移者が時空の精霊と契約していることは知っている。


「隠したいようでしたので黙ってましたが、強化をするなら時と場所を選んでください」


「ゴメンなさい」


 マジ説教をされていた。


「アノ、闘志を上手く想像デキナかったノで、痛みを覚悟スルのホウが容易かとオモイ」


 二人は寝袋があるのにそこを使わず、草もないむき出しの地面に座っていた。


「それはつまり、強化した経験があったということですよね?」


 ふと思い出す。たしかあの人には説教されたことがなかった。いつも言い返して喧嘩をしていた映像が、ボヤけながらも頭に浮かんだ。


「時空紋の強化は進めていくと、そのうち治癒気功の使い手や、光精霊の契約者がいなければ危険だと聞いたことがあります」


 それは初耳だった。


「不用意にやるのは今後絶対に避けてください」


「すンません」


 怒りを吐きだすように息をつくと、伸ばしていた背筋を和らげ。


「それじゃあ、私たぶんけっこう休んだから、交代しましょう」


 ベルは立ち上がると、膝についた土を払う。


「ごめんなさい、汚しちゃった」


「おキになさらず」


 脇腹を押さえながら立ち上がると、彼女は屈めないアスロの代わりに、土汚れも落としてくれた。


「ありがとマス。それと」


 指させば、ベルの足裏やサポーターも汚れてしまっている。


「こっちも汚しちゃった」


「ソレ使い捨て、大丈夫。コチラこそ、申し訳ナイ」


 突然のことで痛みも忘れていたようだが、思い出すと症状が現れたみたいで、ゆっくりと歩きながら小岩に座る。アスロはペットボトルを渡し。


「ツカウください」


「ありがとう」


 汚れた足を水であらい、乾いたのちにサポーターを巻かせてもらう。



 人間性なんて簡単にはわからないと彼女は言った。


 怒られたのは、すごい久しぶりな気がした。


 青年は作業をしながら。


「自分ココくる前エ、色々あった」


 下を向いたまま巻いているので、アスロの表情をベルからは確認できず。


「だからヒト、すごくコワい」


 そういえば昔、一度だけ本気で怒られたことがあった。


「死にたくない」


 もう半分諦めていた、それでも今は。


「生きヌきたい」


 本当に困ると会ったばかりの相手でも、構わずに助けを求めてしまう。


「ベルさん、力かしてくれ」


 任せてくださいなどの返事はなかった。すがりつくように、(こうべ)を垂らす。


「頼む」


 なぜか頭をなでられた。



 やがて手当てが終わる。柔らかな手の感触が、そっと離れていく。


 会話はなかった。アスロは情けなさに、相手を見上げることもできず。


 ベルがつぶやく。


「対等な関係で行きましょう」


 言葉の意味がわからず、思わず相手の顔を覗きこんでしまった。


 笑いもせず。


「報酬をください。とりあえず前金替わりで、依頼の達成後に残りをもらいます」


「わかった」


 青年はリュックを手元に引っ張ると、宝石や貴金属のアクセサリーが入った袋を取り出す。


「好きなの選んデくだセい。これはムコウ職人、細工シタいっぴん」


「なんこでも?」


 苦笑いを浮かべてしまったが、納得してうなずく。


「じゃあ、これが良いな」


 彼女が手に取ったのは、白銀の指輪だった。それには波のような模様が刻まれている。


「一つ、イイのか?」


「うん」


 もう他の物には目もくれず、火の灯りに照らしながら色んな角度で眺めていた。青年にさせる訳でもなく、彼女は自分で指にはめる。


「合った」


 報酬の指輪を青年に見せると。


「依頼は確かに受けました」


 君は笑いもせず、まっすぐな瞳で。


「これで私は、絶対にアスロを裏切らない」


 彼は同じ眼差しを知っている。


「信用してくれますか?」


「ベルさん、味方。信頼スル」


 人生は選択の連続だと、偉い誰かが言っていた。




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