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あの大地へ、君と  作者: ふんばり屋太郎
一章 名と姓
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七話 今後と休息

 オールディス王国。


 ベルとの会話で教えてもらったが、これがアスロの降り立った国の名前だった。王制とのことで、もしかすれば自分はここの王家と同じ血筋なのかも知れない。


 そしてこの遺跡一帯の地域を収めるのが、領主テッド = アーデン・リア。


_________________

_________________


 時刻としては昼を過ぎたあたり。ご飯は一日一食にしていることを伝えると、貰えるならそれだけで有難いとの返事をもらった。


「村の姓と、町の姓?」


「はい。関所などの通行許可をもらうには、理由やお金なんかも必要ですが、それがあるだけで全然違いますよ」


 異世界で暮らしていくための足場。ベルは腰袋から一枚の用紙を取り出す。


「これが私の育った場所からもらった、里姓許可書になります。なにぶん私も生まれが複雑なんで、本姓を持ってないんです」


「スコし、見せてもらってもイイですか?」


 文字を読むのは苦手だが、大きい文字でリドーと書かれている。

 小さな文字では、この者は里で共に育ち貢献もしてくれたので、リドーの姓使用を許可する。的なことが書かれていた。

 印鑑は一つだけでなく、何名か通す必要があるのだろう。


 繋ぎ役としての役職証明は、別にあるのかも知れない。


「村シバシ暮せば、姓モラえる?」


「最低でも一年は必要かも知れません。村の手伝いとかをしながら、そこの住人に信用してもらうんです。でもアスロさんの場合は故郷とは言えませんので、正式な物はもらえないと思います」


 村の姓(仮)は使用期限が決まっており、切れるまでの期間を使い、改めて町の姓をもらうとのこと。


「町姓は名簿で管理されてますので、効力としては村の物よりも強いです」


 近辺にはリアの町というのがあり、その名を姓として使わせてもらうのを、当面の目的とするべき。そして期限つきでも村の姓があるかないかで、発行されるかどうかに大きな違いがある。


「本人証明ハ?」


「必要な場合は名簿に五桁の数字があるので、こちらでそれを覚えておかないとダメです」


 関所などで本人確認をすると決まった場合、写された名簿が手元になければ、そこの人間が町へもどって調べなくてはいけない。


「村の姓、自分もらう。もし悪魔側だったラ、その村ドナル?」


「仮の村姓はあくまでも、この人に貢献してもらったというお礼でもらえる物です。人間性なんてそう簡単にわかりませんし、信用できると思います的な物だと考えてください」


 領主の人柄にも寄るのだろうが、大きなお咎めはないという事だろうか。



 受け取った里姓許可書を観察する。偽造防止の細工は施されており、このレベルであれば元居た世界ほどではないにしても、十分に紙幣を作れるだけの技術力はあるようだった。


「仮の村姓許可書は、もっと簡単な作りになってると思います。森人の里まで行けば、私の持っている町姓許可書もお見せできますが」


 彼女の産まれた場所が遠ければ、里姓だけでは不都合もあるのだろう。繋ぎ役としての役職があったとしても。


「この遺跡にあるサト、暮らせばモラえますか?」


「森人の里で生まれた人間って、少し目立つんです。だからここの姓を使うのは避けた方が良いかと」


 社会から信用を得るというのは、中々に難しい。でも平和だからこそ、この仕組みは成り立っているのだろう。


「サト長、近場の村に伝手ないデスカ?」


「私もそれを提案しようかと思ってたんです。先に言われると、ちょっと悔しいな」


 探るようにアスロを見つめていた。


「渡り人ってことは、まだ成人したてですよね?」


 森人の里で育っただけあり、異世界人にはそれなりに詳しい様子。こちらでは十五から十七の歳あたりが、大人との境になるようだ。


「私より一回り近く歳下なのに、ずいぶんしっかりしてますね」


 どうやら彼女は童顔なようだ。同年代だと思っていたとは言えない。


「異世界クル定めあった。教育受けた、マジメ頑張った」


 実はただのムッツリ助平だったりする。


「ただ村の姓があっても、町で手続きをする際は簡単にですが、生い立ちの説明を求められます」


「旅芸人の一座。自分それのコドモだったけど、野盗襲われたコトする。森人ツナギ役に助けられ、近場の村ホゴ受けた」


 今度は苦笑いを浮かべられて。


「本当に侮れませんね。その喋り方に騙されないようにしないと」


「町の姓、発行狙うコロには、もっと上手く話すタい」


 逃避行の経験があるアスロからすれば、こういった嘘は良く使っていた。もとの戸籍を使えなくても、住む場所はあったのだから。


______________

______________


 午後。


 彼女は野草類にも明るいようで、アスロがそれっぽいのを集めると、分別をしてくれた。


「ホント助かった。ミても解らなかった」


 ベルは持参した本を見ながら。


「すごい……なんていうんだっけ、写実絵画?」


 本当は写真なんだが、そこら辺は黙っておく。


「こんな草花や茸、私みたことないや」


「ソレ、こっちセリフ」


 採取したキノコを輪切りにすると、細枝を網状で組んだ台の上に置く。ダメもとの天日干しだが、場所からして影干しというか、そもそも太陽がない。

 乾燥にかけたのは四時間ほど。




 やがて夜を迎える。彼女は虫食も平気なようで、嫌な顔もせずに口腔へ入れていた。


 一人用の鍋は重ねて器なども入るようになっていた。湯を沸かせたのち、茸でダシをとった塩味のスープを作る。アクの強い野草ではないとのことで、手間が省けたので助かる。


「良くできてるよね」


 スープよりも、それを注いだ器の方に目を向けていた。アスロは鍋のままいただく。


「なんか、アッタカイ物、久しぶりタベタ」


 笑いかけてくれる人がいるのも、とても嬉しい。ダシは出ていると思う、恐らくだが。


「ごめんね。ご飯までもらって」


「野ソウにキノコ教えてくれ、タスかっている」


 一応特徴などをノートに書き込んでおいた。


「これ食べるヨロシ」


 真空の銀袋を半分でわけ、一方を渡す。ベルはその中身を見て。


「麦?」


 名称はちがうっぽいが、同じ植物はこちらにもあるらしい。


「コメいう。自分の国、コレ主食だが、パンもある」


「そうなんだ」


 恵みに感謝を的な仕草をしたのち、すこし恐る恐る五目飯を食べる。


「なにこれ、美味しい」


「アッタカ、もっとウマイ」


 もしかしたら、米はもう一生食べれないのではないか。そう考えると、飲み込むのがもったいなく感じた。


「私も旅してるからわかるけど、食料って大切だよね。感謝します」


 冗談でも、お礼に身体をさしだせとは言わない。想像だけに止めておく。


「一人、サビしい。相手いる、ウレしい」


 微笑まれ、恥ずかしくなって顔を伏せるアスロだった。ベルは可愛いと思ったのか、口もとを緩ませていたが、この青年は油断できないと気を引き締める。


 桑の実らしきものは、こちらではクトの実と呼ぶらしい。それをデザートとして二人で食べた。


____________

____________


 足首をさすりながら、ベルは焚火台を見つめていた。精霊の宿る火は、実際に虫や獣を遠ざける効果があるらしく、また燃えている時間も長い。


 リュックから寝袋と防水シートを取り出すと。


「コレ寝床」


 保温とクッションの役割は、防水シートだと少し弱い。


「うわ、なんかすごいね」


「自分先の見張り、三時間交代イイか」


 寝袋をもふもふしていたが、アスロを見上げ。

 

「良いの?」


「タダミチもいる、自分スコシ気功術練習してみる」


 しばらくそれ誰といった顔をしていたが、影人だと理解したのか。


「アスロさんって、闇精霊の契約者なんですよね?」


 なんか中二心をくすぐる。精霊術について知らない状態で、ああいった存在を召喚できるのだから、気づかれても仕方がない。


「トモダチ、闇精霊チガウ?」


 べルはうなずくと。


「なんとなくですけど、そうだと思います。実体化できる精霊様って、凄い強い力を持っているんです」


「トモダチ実体化できるけど、ソンナ強くない」


 ただ不明な点もあるようで。


「従属を魔法として使える精霊さまも居るにはいるんですが。タダミチさんって、巡回とか色々できるんですよね?」


 学習能力とでも言うべきか。細かい指示を実行させるなど、ベルは聞いたことがないらしい。だが大本が人と会話できるほどの精霊であるならば。


「精霊紋、自分モっている。でも弱い力、認められてないかも」


「でも気に入られたことは確かです。私もいつか、波長のあう精霊さまと出会いたいな」


 炎の精霊。ベルは失礼しますと寝袋にお尻をつける。靴を脱いで、足の様子を確かめたのち。


「最初は闘気功から練習したほうが良いと思います。あと精霊術ですが、先ほど渡した短剣には宿っているようですので、そちらの精霊さんにお願いする鍛錬がお勧めです」


 武具や防具にも質はあり、それに見合ったレベルの精霊が住んでいるため、魔力を渡して強化させてもらうことが可能。


「仮の住まいではなく、ちゃんとしたお家として宿ってますので、魔光石を使うのは本当に必要なときだけにしてください」


 一時的だとしても、上位の精霊に使わせるような願いは失礼にあたる。


「わかりました」


「それではお言葉に甘えて、私は先に休ませてもらいますね」


 明日の朝には出発する。


「この中に入れば良いんですか?」


「ソウ」


 寝袋に包まれた瞬間に、彼女の顔は完全に筋肉がほぐれたようで。


「ひや~」


 野宿の寝心地ではないらしい。会話がなくなれば、女の人と一緒なんだと緊張が増していく。



 しばらく様子をうかがうと、青年はその場から少し離れ、心臓部の紋章に魔力を送る。

 足もとに紋章が出現。やがて黒一色に染まり、それはアスロの全身へと伸びていく。


 分離を終えると、相方の肩を叩く。


『いつも悪いな。お礼しか言えなくて』


 忠道は返事もせずに、闇の中へ消えていった。


 こっそり発動させたつもりだったが、寝袋に包まったまま、ベルは上半身を起こしていた。


「大丈夫なんですか?」


 外から見ると、驚きの光景だったのだろう。


「最初ビビった。もうナレた」


「もしかしたら、アスロさんの身体や認知と反映させているのかも知れませんね」


 だからこそ細かな動きや、物陰に隠れながらの追跡などを可能としているのか。


「闇属性コンナ感じ?」


「基本は相手の視界を塞いだり、気功術をやり難くさせるとか、相手を弱らせる魔法が主です」


 デバフ。


「でも闇は生命の片割れですので、そういった個体をうみだす力もあるんだと思います」


「光はコチラの強化ですカ?」


 バフ。


「あとは解毒や回復になりますけど、実体化のできる精霊様じゃないと無理かな」


 彼女も今日は疲れたのだろう。瞼は半分とじていた。


「足休めるヨロシ。あと自分とトモダチ任せルください」


「そうさせてもらいますね」


 ベルは今度こそ横になると、もう一度だけ青年の方を向いて。


「おやすみなさい」


「オヤスミ」


 アスロも小岩に腰を下ろし、焚火台に枝をいれる。




 忠道には感謝の気持ちしかない。だけどこれほど安心できた夜は、異世界に来てはじめてだった。


 ベルを起こさないよう小さな声で。


『あんた』


 こちらに来る前はどうだったのか。共に過ごした野宿の光景は霞がかっていた。


『生きてんだよな?』


 最後の夜は深い闇の中に消え、記憶の奥へと沈んでいく。

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