七話 今後と休息
オールディス王国。
ベルとの会話で教えてもらったが、これがアスロの降り立った国の名前だった。王制とのことで、もしかすれば自分はここの王家と同じ血筋なのかも知れない。
そしてこの遺跡一帯の地域を収めるのが、領主テッド = アーデン・リア。
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時刻としては昼を過ぎたあたり。ご飯は一日一食にしていることを伝えると、貰えるならそれだけで有難いとの返事をもらった。
「村の姓と、町の姓?」
「はい。関所などの通行許可をもらうには、理由やお金なんかも必要ですが、それがあるだけで全然違いますよ」
異世界で暮らしていくための足場。ベルは腰袋から一枚の用紙を取り出す。
「これが私の育った場所からもらった、里姓許可書になります。なにぶん私も生まれが複雑なんで、本姓を持ってないんです」
「スコし、見せてもらってもイイですか?」
文字を読むのは苦手だが、大きい文字でリドーと書かれている。
小さな文字では、この者は里で共に育ち貢献もしてくれたので、リドーの姓使用を許可する。的なことが書かれていた。
印鑑は一つだけでなく、何名か通す必要があるのだろう。
繋ぎ役としての役職証明は、別にあるのかも知れない。
「村シバシ暮せば、姓モラえる?」
「最低でも一年は必要かも知れません。村の手伝いとかをしながら、そこの住人に信用してもらうんです。でもアスロさんの場合は故郷とは言えませんので、正式な物はもらえないと思います」
村の姓(仮)は使用期限が決まっており、切れるまでの期間を使い、改めて町の姓をもらうとのこと。
「町姓は名簿で管理されてますので、効力としては村の物よりも強いです」
近辺にはリアの町というのがあり、その名を姓として使わせてもらうのを、当面の目的とするべき。そして期限つきでも村の姓があるかないかで、発行されるかどうかに大きな違いがある。
「本人証明ハ?」
「必要な場合は名簿に五桁の数字があるので、こちらでそれを覚えておかないとダメです」
関所などで本人確認をすると決まった場合、写された名簿が手元になければ、そこの人間が町へもどって調べなくてはいけない。
「村の姓、自分もらう。もし悪魔側だったラ、その村ドナル?」
「仮の村姓はあくまでも、この人に貢献してもらったというお礼でもらえる物です。人間性なんてそう簡単にわかりませんし、信用できると思います的な物だと考えてください」
領主の人柄にも寄るのだろうが、大きなお咎めはないという事だろうか。
受け取った里姓許可書を観察する。偽造防止の細工は施されており、このレベルであれば元居た世界ほどではないにしても、十分に紙幣を作れるだけの技術力はあるようだった。
「仮の村姓許可書は、もっと簡単な作りになってると思います。森人の里まで行けば、私の持っている町姓許可書もお見せできますが」
彼女の産まれた場所が遠ければ、里姓だけでは不都合もあるのだろう。繋ぎ役としての役職があったとしても。
「この遺跡にあるサト、暮らせばモラえますか?」
「森人の里で生まれた人間って、少し目立つんです。だからここの姓を使うのは避けた方が良いかと」
社会から信用を得るというのは、中々に難しい。でも平和だからこそ、この仕組みは成り立っているのだろう。
「サト長、近場の村に伝手ないデスカ?」
「私もそれを提案しようかと思ってたんです。先に言われると、ちょっと悔しいな」
探るようにアスロを見つめていた。
「渡り人ってことは、まだ成人したてですよね?」
森人の里で育っただけあり、異世界人にはそれなりに詳しい様子。こちらでは十五から十七の歳あたりが、大人との境になるようだ。
「私より一回り近く歳下なのに、ずいぶんしっかりしてますね」
どうやら彼女は童顔なようだ。同年代だと思っていたとは言えない。
「異世界クル定めあった。教育受けた、マジメ頑張った」
実はただのムッツリ助平だったりする。
「ただ村の姓があっても、町で手続きをする際は簡単にですが、生い立ちの説明を求められます」
「旅芸人の一座。自分それのコドモだったけど、野盗襲われたコトする。森人ツナギ役に助けられ、近場の村ホゴ受けた」
今度は苦笑いを浮かべられて。
「本当に侮れませんね。その喋り方に騙されないようにしないと」
「町の姓、発行狙うコロには、もっと上手く話すタい」
逃避行の経験があるアスロからすれば、こういった嘘は良く使っていた。もとの戸籍を使えなくても、住む場所はあったのだから。
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午後。
彼女は野草類にも明るいようで、アスロがそれっぽいのを集めると、分別をしてくれた。
「ホント助かった。ミても解らなかった」
ベルは持参した本を見ながら。
「すごい……なんていうんだっけ、写実絵画?」
本当は写真なんだが、そこら辺は黙っておく。
「こんな草花や茸、私みたことないや」
「ソレ、こっちセリフ」
採取したキノコを輪切りにすると、細枝を網状で組んだ台の上に置く。ダメもとの天日干しだが、場所からして影干しというか、そもそも太陽がない。
乾燥にかけたのは四時間ほど。
やがて夜を迎える。彼女は虫食も平気なようで、嫌な顔もせずに口腔へ入れていた。
一人用の鍋は重ねて器なども入るようになっていた。湯を沸かせたのち、茸でダシをとった塩味のスープを作る。アクの強い野草ではないとのことで、手間が省けたので助かる。
「良くできてるよね」
スープよりも、それを注いだ器の方に目を向けていた。アスロは鍋のままいただく。
「なんか、アッタカイ物、久しぶりタベタ」
笑いかけてくれる人がいるのも、とても嬉しい。ダシは出ていると思う、恐らくだが。
「ごめんね。ご飯までもらって」
「野ソウにキノコ教えてくれ、タスかっている」
一応特徴などをノートに書き込んでおいた。
「これ食べるヨロシ」
真空の銀袋を半分でわけ、一方を渡す。ベルはその中身を見て。
「麦?」
名称はちがうっぽいが、同じ植物はこちらにもあるらしい。
「コメいう。自分の国、コレ主食だが、パンもある」
「そうなんだ」
恵みに感謝を的な仕草をしたのち、すこし恐る恐る五目飯を食べる。
「なにこれ、美味しい」
「アッタカ、もっとウマイ」
もしかしたら、米はもう一生食べれないのではないか。そう考えると、飲み込むのがもったいなく感じた。
「私も旅してるからわかるけど、食料って大切だよね。感謝します」
冗談でも、お礼に身体をさしだせとは言わない。想像だけに止めておく。
「一人、サビしい。相手いる、ウレしい」
微笑まれ、恥ずかしくなって顔を伏せるアスロだった。ベルは可愛いと思ったのか、口もとを緩ませていたが、この青年は油断できないと気を引き締める。
桑の実らしきものは、こちらではクトの実と呼ぶらしい。それをデザートとして二人で食べた。
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足首をさすりながら、ベルは焚火台を見つめていた。精霊の宿る火は、実際に虫や獣を遠ざける効果があるらしく、また燃えている時間も長い。
リュックから寝袋と防水シートを取り出すと。
「コレ寝床」
保温とクッションの役割は、防水シートだと少し弱い。
「うわ、なんかすごいね」
「自分先の見張り、三時間交代イイか」
寝袋をもふもふしていたが、アスロを見上げ。
「良いの?」
「タダミチもいる、自分スコシ気功術練習してみる」
しばらくそれ誰といった顔をしていたが、影人だと理解したのか。
「アスロさんって、闇精霊の契約者なんですよね?」
なんか中二心をくすぐる。精霊術について知らない状態で、ああいった存在を召喚できるのだから、気づかれても仕方がない。
「トモダチ、闇精霊チガウ?」
べルはうなずくと。
「なんとなくですけど、そうだと思います。実体化できる精霊様って、凄い強い力を持っているんです」
「トモダチ実体化できるけど、ソンナ強くない」
ただ不明な点もあるようで。
「従属を魔法として使える精霊さまも居るにはいるんですが。タダミチさんって、巡回とか色々できるんですよね?」
学習能力とでも言うべきか。細かい指示を実行させるなど、ベルは聞いたことがないらしい。だが大本が人と会話できるほどの精霊であるならば。
「精霊紋、自分モっている。でも弱い力、認められてないかも」
「でも気に入られたことは確かです。私もいつか、波長のあう精霊さまと出会いたいな」
炎の精霊。ベルは失礼しますと寝袋にお尻をつける。靴を脱いで、足の様子を確かめたのち。
「最初は闘気功から練習したほうが良いと思います。あと精霊術ですが、先ほど渡した短剣には宿っているようですので、そちらの精霊さんにお願いする鍛錬がお勧めです」
武具や防具にも質はあり、それに見合ったレベルの精霊が住んでいるため、魔力を渡して強化させてもらうことが可能。
「仮の住まいではなく、ちゃんとしたお家として宿ってますので、魔光石を使うのは本当に必要なときだけにしてください」
一時的だとしても、上位の精霊に使わせるような願いは失礼にあたる。
「わかりました」
「それではお言葉に甘えて、私は先に休ませてもらいますね」
明日の朝には出発する。
「この中に入れば良いんですか?」
「ソウ」
寝袋に包まれた瞬間に、彼女の顔は完全に筋肉がほぐれたようで。
「ひや~」
野宿の寝心地ではないらしい。会話がなくなれば、女の人と一緒なんだと緊張が増していく。
しばらく様子をうかがうと、青年はその場から少し離れ、心臓部の紋章に魔力を送る。
足もとに紋章が出現。やがて黒一色に染まり、それはアスロの全身へと伸びていく。
分離を終えると、相方の肩を叩く。
『いつも悪いな。お礼しか言えなくて』
忠道は返事もせずに、闇の中へ消えていった。
こっそり発動させたつもりだったが、寝袋に包まったまま、ベルは上半身を起こしていた。
「大丈夫なんですか?」
外から見ると、驚きの光景だったのだろう。
「最初ビビった。もうナレた」
「もしかしたら、アスロさんの身体や認知と反映させているのかも知れませんね」
だからこそ細かな動きや、物陰に隠れながらの追跡などを可能としているのか。
「闇属性コンナ感じ?」
「基本は相手の視界を塞いだり、気功術をやり難くさせるとか、相手を弱らせる魔法が主です」
デバフ。
「でも闇は生命の片割れですので、そういった個体をうみだす力もあるんだと思います」
「光はコチラの強化ですカ?」
バフ。
「あとは解毒や回復になりますけど、実体化のできる精霊様じゃないと無理かな」
彼女も今日は疲れたのだろう。瞼は半分とじていた。
「足休めるヨロシ。あと自分とトモダチ任せルください」
「そうさせてもらいますね」
ベルは今度こそ横になると、もう一度だけ青年の方を向いて。
「おやすみなさい」
「オヤスミ」
アスロも小岩に腰を下ろし、焚火台に枝をいれる。
忠道には感謝の気持ちしかない。だけどこれほど安心できた夜は、異世界に来てはじめてだった。
ベルを起こさないよう小さな声で。
『あんた』
こちらに来る前はどうだったのか。共に過ごした野宿の光景は霞がかっていた。
『生きてんだよな?』
最後の夜は深い闇の中に消え、記憶の奥へと沈んでいく。




