79.曰く、午後の紅茶。
「やはり、流石は一流修理士のカイユさん。大変美しいものを見せていただきました」
「一流、かぁ……。ちょっと照れくさいなぁ。長くやっているだけだよ」
そう謙遜するカイユと、シキミ達はテーブルを囲って、少し早い午後のお茶会に舌鼓をうっていた。
約束通り、ルイは一等にいい茶葉で淹れてくれたらしい。
可愛らしい、繊細な装飾の施された白磁のティーカップに注がれた、静かな赤茶色の水面から、紅茶独特の良い香りが漂ってくる。
高そうな茶葉の、濃い匂いだ。
胸いっぱいに吸い込むようにして、そっと口に含めば、一気に爽やかな苦味と甘さが広がった。
思わず長い溜め息を吐けば、「気に入ってくれたみたいで、良かったぁ」と、ティーポット片手にルイが微笑む。
精霊が消え、修理の見学が終わった後、通された別室──店といったら応接間かなと思って……と、訳のわからないことをカイユは言っていたのだが──は、やや散らかっていた……モノが溢れていた店内と違って、貴族らしい華やかさと落ち着きを持った、この店にあって完全に異質な異世界であった。
腕が良くて、貴族やSランクAランク御用達のお店で……だからこんな立派な応接間が必要なんだわ、と思い至ったシキミは静かに泣いた。
神様。周りに普通の人がいません。矮小な己しかいません。
しかし、テーブルに置かれた銀のケーキスタンドを目にして、シキミの若干乱高下した気分は、あっという間に高度を維持し始めた。
三段になった皿の上、色とりどりのケーキ、クッキー、マカロン、チョコ、ミニカップケーキといった、全世界の女子を喜ばせること請け合いのラインナップが並べられていて、甘い香りを漂わせ始める。
さながら花の蜜の香りに誘われた蝶の如く、手は花の形をしたジャムクッキーに伸び、口の中へと放り込む。
甘酸っぱいベリーのジャムと、甘くて軽い生地に舌鼓を打てば、俺が作ったんですよ、とルイが嬉しそうに笑うのだから、度肝を抜かれた。
「パティシエか何かでいらっしゃる……?」
「コレは趣味ですよ。俺の本職は修理士の……まだ見習い」
彼の言う『修理士』という言葉に、シキミはそっと首を傾げる。
「そういえば、修理士……って具体的に何をなさるんですか?……無知でごめんなさい。でも、気になって」
「修理士は、魔法の道具専門の修理屋さん……って言えばいいのかなぁ? 魔法の力の宿らない武器は、鍛冶屋で "トンテンカン" ってやれば直るんですけど……魔道具はちょっと勝手が違うんだ」
「成る程……。あっ、じゃあ、魔道具には皆、テオドールさんの大剣みたいに精霊がついてたりするんですか?」
「まさか! 精霊がつくなんて滅多にないこと。父さんはどうか知らないけれど……少なくとも俺は、テオさんの剣以外で精霊付きは見たことがないなぁ」
……流石はAランクの男。何やらとんでもない武器をお持ちのようで。
しかし、今更驚かないというか、まぁさもありなんという気持ちが湧き上がってくるあたりで、自分も随分白銀の糸のメンバーに慣れてきてしまったような気がする。
「そう、それに精霊が見えるなんてとっても珍しいんだ。僕驚いちゃった」
「そうよ、私だって契約してる精霊以外はきちんと見えないんだから、何もしないでも見えるなんて凄いことなのよ」
そう言うエレノアは、酷く優雅に紅茶を嗜みながら薄紫のマカロンを口に運んでゆく。何だか、昼日中からイケナイ物を見ている気分になるのは気のせいなのだろうか。
今、精霊と契約と仰った? という疑問は消え失せ、あらぬ事を口走りそうになって、慌ててマフィンに齧り付く。甘いものは心の安寧を保つのだ。
……考えるのを辞めた、とも言う。
「そもそも、精霊は俺達と一つ違う次元にいるものです。だから、一般には見えず、感じることも滅多にありません」
ジークも相変わらず穏やかに、貴族のような優雅さで紅茶を嗜んでいる。
ティーカップを傾けるだけで絵になるってどういう事だ、と言いたい気持ちを抑え、シキミは静かにその話に聞き入った。
「契約をし、繋がりを持たせた人にはようやく感じられる程度。……人によっては見えたりもするようですが、ほんのひと握りです」
「やっぱり強いんですか、精霊」
「そうですね……精霊は、魔力の塊に近い存在です。原始的な魔力の集合体。……ですから、多少ランクの差はあれど、やはり強いでしょうね」
シキミの持つ『神器』及びその『精霊』と、在り方は良く似ているが、同じものかどうかまでは判断しかねる。
原始的な力云々の前に、彼らが一体どういった存在なのか……という部分に関しては『神器に装備されている精霊』であるという以上のことを、シキミは知らないのだ。
「ちなみにサラマンダー様は」
「俺の相棒は四大精霊のうちの一柱──最高位だ。当然だろ?」
「ですよね~」
滅多に視えない精霊がバッチリ視え、的確な修理ができるということは即ち「最高位の武器の修理ができる」という事に他ならない訳で。
カイユさんは、腕といい能力といい、文句なしの一流修理士なのだ。
「まぁ、俺には素質がなかったのか、契約しても感じ取れる程度だけどな」
「幸せそうにじゃれてましたよ。背中からこう、ぎゅっと」
「誑し込みますねえ、テオ」
「人聞きの悪い事言うなよ!?」
笑い声も賑やかに、応接間でのお茶会は進み、雑談とも世間話とも取れない雑多な話題が上っては消える。
和やかな時間は過ぎ、会話の数だけ菓子は減ってゆく。
ふと、ジークはピタリと動きを止めると、「そういえば」と、思い出したように言葉を落とした。
「……人が暴走したり、狂ったりするような魔道具って、出回ってたりします?」
作者「なんてことを言うんだ……!! このタイミングで!?」
いや、でも彼らAランクに雰囲気とか空気とかそういう単語は存在しないので……。
さてさて、ありがたいことに(偶然)二話~先、数話を大幅改定した後のタイミングでレビューを頂きまして、ブクマ等も増えて嬉しい限りです。
改定につきましては多くの方にご助力いただきまして、この場を借りてお礼申し上げます。
今後共より良い『レベいち!?』にしていきたく思います。何卒よろしくお願いいたします!!
ここまで読んでいただきありがとうございました。





