78.曰く、見えぬ相棒。
「あ~……これは竜と戦り合ったときのダメージが蓄積されていて、最後に何かの衝撃で欠けちゃった、ってトコかなぁ? 全体的に、竜のせいって感じがするよ」
「超激戦だったんじゃないですかヤダ……」
片目に着けたルーペの、青いレンズをぎょろつかせながら、カイユはウンウンと唸る。
精霊の腰を痛めるドラゴン恐るべし。
あんな気軽に「大したことないお土産だから」とかいう雰囲気を出しておいて、これはあまりにも詐欺である。あまりにも詐欺。
『ほら、早く治してちょうだい。みっともないったらありゃしないのだわ!』
「はいはい。じゃあ、ソレくれるかな」
カイユの指差した先をふと見れば、机の上に置かれていた素材たちが、いつの間にかドロリとした赤い液体へと、すっかり姿を変えていた。
少女が両手を翳せば、彼女を取り巻く液体が生き物のように、小さくざわりと蠢く。
やがて不定形な物質達は、彼女が翳す手のひらの間、その一点へと集まりだした。
無重力の中で浮かぶ水滴のように、集まり、纏まり、丸く形作られたソレを、少女はカイユへと差し出す。
『よろしくね、修理士さん』
「は~い、お任せを」
カイユは、空の丸底フラスコを、液体の方へと向ける。
細い口を通って中へ。液体は吸い込まれるように入ってゆく。
フラスコの中で波打つ液体は、じわりと色を変え。暫くすると、まるで熱した鉄のように白く輝き出した。
「じゃあ、始めるから真ん中を開けてくれるかな」
『アンタ、お弟子ちゃん。この剣持ってちょうだい。私、自分では触れないのだわ』
「弟子じゃないですってば……って、重ッッッ!?」
柄はカイユさんの側にある。それなりに重いだろうと踏んだから、わざわざ回り込んで、カイユさんの横から手を伸ばしたというのに。
それなりの重量を覚悟をして、両手で掴んで力んだものの。到底金属の塊とは思えないほどの重さに、慌てて手を離した。
「無理……!!!」
「あー……嬢ちゃんには無理かもな。なんだ?退かせばいいのか?」
シキミとは反対、回り込まずとも伸ばされた手は、易々と柄を掴み、大剣は片手で軽々と持ち上げられる。
重さなど存在しないかの如く、机に置かれたペンを退かすスムーズさで以て、かの剣は取り払われた。
『私が入ってないから結構重いと思うのだ……わ……。ま、テオには関係なかったわね』
「今ちょっと、テオドールさんが人外である可能性を見出しました」
「はァ?」
「何言ってるんだコイツ」と言わんばかりのテオドールと、「腕力ゴリラかよ……」とドン引きをキメているシキミを置いてけぼりに、修理の作業は進んでゆく。
ジークやエレノアはといえば、いつも通りの自然体。慣れている。
素材も失せ、大剣が退かされ。随分とスッキリした作業台の上に、カイユが白いチョークで円を描き始めた。
迷いの無い動きが、幾つもの円を描き出す。
やがて、その手は円を描くのを止め。縦横無尽に駆け抜けるようになった指の軌道に合わせて、粉の線が引かれる。その線は、作業台を埋め尽くさんばかりに広がっていた。
「うん。これで良いかな」
カイユは両手を叩き、粉を落とす。
描かれたのは幾重にもなった円。その中に描かれた文字には、翻訳機能が働かない。浮かぶ見慣れた文字はなく、ただ幾何学的な文様は、まるで芸術のようだ。
「魔法陣…………?」
「ご名答! じゃあ、ここに剣を置いて。サラマンダーは、中央に立ってね」
『いつでも良いのだわ』
不思議な魔法陣を舞台に、役者は揃った。
カイユが息を吸い、瞳を閉じた。
その瞬間、この場の空気が変わる。
チリチリと肌を刺すようなそれは、多分、魔力の高まりを感じているから。
「──我、汝を癒やす者」
じわり、魔法陣が薄紅色に輝く。
「万物、傷ついたものへの安寧を」
剣の上に、そっとフラスコが傾けられる。
一滴、二滴と、仄白く輝く薄黄色が落ちては、剣の上で橙の火花を散らして飛び散る。
「時は過ぎ、駆け抜け」
ばしゃん、と一気に振りかけられた液体は、一層美しい火花となって燃え盛った。
サラマンダーの纏う炎が、一気に力を増す。
「──今再び此処に」
轟と唸る空気が、少女を包み込んだ。
一際強く輝いた魔法陣を最後に、視界は再び白く染まる。
瞬きをして、緩やかに晴れた視界。
輝きを増した大剣と、満足そうな少女が、変わらず机の上に、堂々とした様で立っていた。
「さて、調子はどうかな?」
『天才なのだわ! バッチリよ!』
くるりと一回転。まるで踊り子のように、軽やかに回ってみせた少女は、ふわりと宙に浮く。
「テオくんは? 確認してみて、どうかな?」
またしても軽々と持ち上げられた剣は、テオドールの手元で鋼の色を煌めかせる。
光にかざすように刃を眺め、彼は一つ頷いた。
「問題無い。むしろ、前より状態がいいかもしれねぇ」
そう言うテオドールの首元に、背後からサラマンダーの腕が伸びる。
重力など、文字通り関係ないのだろう。羽もないのに浮かぶ姿は、彼女だけ宇宙旅行をしているようだ。
肩口からにゅっと顔を出した少女は、テオドールの肩の上でニンマリと笑う。
『当たり前なのだわ! だって私なのだもの!』
擦るように寄せられた頬を、果たして彼は感じているのだろうか。
頬擦りする美幼女に、素知らぬ顔をして剣を眺める美丈夫。本当なら、なかなかに危ない絵面のはずなのだが、美形二人だとこうも絵になる。
……やっぱり、顔面偏差値が高いのはズルくて得なのだ。間違いない。
「……テオドールさん、やっぱり見えないんですか? サラマンダー」
「うーん。ぼやっとしたヒトガタ……なら、ちょっと。……ま、何となく感じる程度だけどな。今ここ、首元に抱きついてんだろ」
ここらへん、と示すように向けた手のひらに、サラマンダーがチャンスとばかりに頭を押し付けに行った。セルフ撫で撫でである。
セルフではあるが、しかし、大層ご満悦のようで。彼女の髪は、パチパチと喜びの火花を散らしている。
「──見えても見えなくても、コイツが大切な相棒であることに、変わりはねェからな」
『ふふん。当然なのだわ!』
そう言って、大変満足そうな精霊は、蕩けるように笑ってみせた。
拙者、美丈夫に懐く幼女が永遠に好き侍と申すもの………。
精霊ちゃんが可愛い可愛いな回でした。
話数増やすなよって思った読者の方、許してください。描写の我慢ができませんでした。悪い作者です…………悪い作者めに靴下をください。(????)
ここまで読んでいただきありがとうございました。





