76.曰く、魔道具と鍛冶の店。
白銀の糸の面々は、揃って大通りを歩いていた。
昼食も済ませ、膨れた腹を擦りながら、未だ見慣れぬ道を行く。
本日も晴天なり、良い気候である。
どうやらこれから、アズリルの西部──職人街と呼ばれる地区へと向かうらしい。
べネット商会での戦闘のアフターケア……つまりは武器の整備と、そのついでに "お土産の鱗" の加工を頼んでくれるという。
シキミの武器は何ともなかったのだが、テオドールは「微妙に刃毀れした」と不満顔だ。
賑やかな町並みは徐々に質素に、飾り気なくなってゆく。すれ違う人も、戦士風の屈強な男やら、冒険者と思しき一行が多くなってきた。むくつけき戦闘職の巣窟といったところか。
呼び込みの声は消え、やや煙たい空気と共に、鉄を打ち付けるような高い音が時折響く。
一概に "職人" とは言っても、武器から装飾品まで。その種類は多岐に渡るわけだが、此処は『冒険者の街アズリル』。需要的にも供給的にも、武器屋やそれに類する道具屋が多いのだ。
暫く歩いた先、ジーク達が足を止めたのは一軒の瀟洒な家の前。
真っ白な外壁に蔦が這い、深緑の扉は年月を感じさせるものの、決して襤褸ではない。
花屋か? と思うほどに大量の、艶やかに咲き誇る花々が鉢に植えられ、置かれたり吊るされたりしていた。その艶やかな色彩は、殺風景な職人街では些か浮いている。
窓から覗けば、そこには貧弱な想像力で思いつく限りの、ありとあらゆるファンタジーな道具が所狭しと陳列されていて。風に揺れる吊り下げ看板には『魔道具屋 ミネルヴァ』と記されていた。
どうやら花屋ではないらしい。
「ここ……ですか?」
「はい。俺達が良くお世話になる、魔道具と武器のお店です」
「はぁ…………何とも可愛らしい外観ですねぇ」
惚けたように、その独特な佇まいを見つめていれば。窓の向こうで、何かが動いたような気がして、はっと我に返る。
「あっ、お久しぶりです! ジークさん」
ドアベルの軽やかな音と共に、背の高い、優しそうな青年がひょこりと顔を出した。
水色の瞳は、眼鏡の奥で甘く緩み、柔らかそうな杏色の髪の毛先が、好き勝手あちこちを指差している。
身だしなみはおざなりだが、不潔さや不快感は感じない。
「皆さんお揃いで、ちょっと懐かしいですね。……あれ? 一人増えました?」
「ルイさん、お久しぶりです。……増えました」
「増えました! シキミです! よろしくお願いします!」
「相変わらず、不思議な子を拾いますねぇ」
その親しげなやり取りに、彼らの付き合いの長さを感じる。
勢い良く頭を下げれば、元気があるのは良いことだよねぇ、と笑われてしまった。陽だまりのような、暖かい声だ。
立ち話も何だし、用があってきたんでしょう?
そう言って、迎え入れられた店内には、溢れんばかりの物、モノ、もの。
見るからに高そうな皿や壺の隣に、どう足掻いてもガラクタの誹りを免れなさそうな、ひしゃげたスプーンが三つ。その隣、少し錆びたようなブリキのコップには、怪しげな羽根ペンが一本寂しく入れられている。
陳列棚には、もはや遠慮も秩序もない。文字通り「雑多」なモノの洪水で、目が回りそうだ。
不用意に触れれば、呪いか何かで死にそうな予感がして、思わず身を縮こませながら、先を行くジーク達のあとに続く。
店内は、魔法のランプで明るく照らされ、不気味さを感じる事はない。だが、それはそれ、これはこれ。無害そうな顔をしておいて「実は、触っただけで呪われるアイテムでしたー!」などということは、無きにしもあらずなのだ。私はよ~く知っている。
「聞きましたよ、パーティーを組んだんですね」
少し早足で、カウンターに回り込んだ彼は、また揃ったお顔が見られてよかったです、と笑う。
「父は今、作業中で……差し支えなければ俺が用件を聞いても?」
「はい。構いませんよ。先ずはテオの剣を……」
差し出された、銀に朱線の大剣。
相当の重さがあるだろうそれを、ルイは恭しくも確りと受け取った。
刀身を見つめる柔らかな瞳は、途端、真剣なものへと変わり、長い指がゆっくりと刃先をなぞる。
光に当てるように透かしたり、関節で叩いたり、矯めつ眇めつの点検は、流れるようにスムーズだ。
「ん~……あ~……擦り傷ってトコロですね。俺が直しちゃっても?」
「おう、親子揃って腕がヨロシイことで。……頼むぜ」
「光栄です。──あ、『先ず』って事は他にも何か?」
「ええ。……シキミ、出してくれますか?」
「はいっ!」
空間収納──を装ったインベントリから、抜き出すのは銀の鱗。置いてけぼりという名の留守番をした、シキミへのお土産の品だ。
透ける銀色に、ランプの光が反射する。
テオドールの剣と同じように、至極丁寧に鱗を受け取ったルイは、団扇程の大きさのそれを、じっくりと検分してゆく。
「うわぁ、凄い……。銀竜の……喉元の鱗ですね? 大振りで……うん、魔力の保有も超一級ですね! 金貨十枚は出せますよ!」
「じっ……!? じゅう!?」
「喉元はブレスなんかでよく使われるので、筋肉も鱗も良質なんです。おまけに硬い。──ご要望は?」
「存外に良いものでしたね、僥倖です。ナイフに加工していただいても良いですか? 使い手は彼女です」
「わかりました。……うーん。そうだなぁ……細かいデザインの指定があれば別ですが、だいたい一週間で作れるかなぁ」
何かありますか? と聞かれても、武器など素人のシキミには、何が良くて何が悪いのかわからない。
現段階で軽くて薄い、これ以上何を付与するのかという感じなのだが、こだわりがある人にはあるのだろう。
「お任せします。あ、でも、シンプルな感じがいいかも……です」
「わかりました! お任せを! 一週間後に来てくだされば、ご用意できてると思います」
オーダーメイドなんて相当高いだろうに、と内心ビクビクしていたのだが。加工した際に出る、鱗の削り滓や破片で十分元が取れるらしい。
譲渡してくれれば実質無料でやりますよ、という申し出に、シキミは胸に溢れる感謝の涙と共に頷いた。
「せっかくだから中も見ていってください」
「随分品揃え増えたわねぇ……魔窟みたい」
「半分趣味なので……」
なんとも商魂逞しいお誘いに、エレノアが目を輝かせて棚の向こうへと消えていった。
色っぽい魔女姿が、異常にこの雰囲気に似合っていて。いっそ店の主のようである。
ルイはそれを見届けると、鱗を持って、カウンターの奥へと消えた。多分、作業場があるのだろう。
「下手に触ったら爆発とかしそうで怖いなぁ……」
「昔、テオが下手に触って鎖に巻かれていましたね……」
「さらっと俺の恥ずかしい記録を漏らすな」
棚の中、陶器でできた可愛らしい蛙の置物に、シキミは恐る恐る触れようとして──
「ジーク君たち来てたの!? なんだぁ~僕も呼んでよぉ~! 仲間はずれじゃないかっ」
「──!?」
突然響いた大音声。その耳慣れぬ声に、心臓が口から飛び出したのを感じた。
新キャラだぁ~!!!!!!!!!!!!!!!(笑顔)
というか巻き込まれ事故でサラッとドジ記録を晒されたテオドール可哀想すぎるな。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





