69.曰く、渦巻く憶測。
なんだか懐かしい伽羅の香りと共に、惨劇の太刀は姿を現した。
太刀はニシキの手の中。精霊の見えない彼らからしてみれば、変な刀が空中に浮かんでいるように見えているのだろう。
男達は、怪訝そうな顔でシキミの方を見つめていた。
その目の前で、大層不機嫌そうなニシキが今にも刀を抜かんとしている。
「……ハハァ。魔法剣か? そりゃ」
「良い手土産じゃねぇか。上玉チャンな上に魔法剣のオマケ付きたァ、神様も太っ腹なこって」
「運が悪ィな、お嬢ちゃん」
下品に嗤う男達の視線は、こちらを値踏みするように、じっとりと重い。
ぬ、と男の手が伸びるのを、シキミは慌てて躱した。
真ん中にいた、リーダーらしい男の手は、そのままぴたりと空に張り付けられように止まる。
「……運が悪いのはそなたらぞ、下臈共が。……身の程を知りやれ」
僅かな鞘走りの音がすると、あっという間に鞘から解き放たれた銀の刀身が、静かに男の首へと向けられていた。
恐怖と憤怒と、若干の猜疑心を窺わせた男の瞳が、シキミと刀とを行きつ戻りつ揺れている。
「こ……殺しちゃだめだって!」
「む……しかしな、主。後々どうなるかわからぬ不穏分子は、手っ取り早く摘み取るがヨいのよ。後顧の憂いのないように……と、言うであろ?」
そんなにポンポン殺してたらキリが無いよ! と縋るように言えば、ニシキは困ったようにシキミを見つめ返した。
突き出された刃は、渋々と男から離れてゆく。
「なにブツブツ言ってんのか知らねぇけどよ……人に刃物を向けちゃいけません、ってパパやママから習わなかったのかぁ?」
「……そッ、その節は私の、ま、まじっくそーど? が、大変失礼いたしましたッッ! ということでさようなら!」
「まてや」
逃げるように踵を返せば、数歩進んだ所でぐっと引き戻された。
掴まれた腕が、小さく悲鳴を上げる。
ニシキが瞳を燃え上がらせて、斬っても良いかと訴えかけてくるのを、頭を振って止めた。
若干、不可抗力的とはいえ、自ら撒いた種。芽が出てしまったのであれば摘み取ろう。……というか、ニシキが出てしまえば男達はあっという間にミンチだろう。それはちょっと困る。人殺しは嫌だ。
「お嬢ちゃん、衛兵呼ぼうってンなら無駄だぜ。あいつら、最近ロクに動かねぇからよ」
「…………へ」
……と言うか、今この瞬間、聞きたいことができてしまったから、ミンチにされては困るのだ。
「それにな、謝って済むなら衛兵はいらねえんだよ」
「あの…………衛兵は動いてないと仰ってましたね。──どういうことです?」
自分の中のスイッチを、パチリと切り替えるように。怯えを押し隠した瞳に、静かに冷たい光が灯る。
ニシキの手から刀を奪うと、シキミは振り向きざまに、刃を男の首に添えた。
形成はやや逆転。さっきまでは勝手に動いていた刀が、目の前の少女の手によって、明確な敵意として向けられたことに男達の眉が顰められる。
仲間の男二人の顔には、あまりにも唐突な展開への動揺が明瞭と見て取れた。
「……答えて、お願い」
「……ッチ、最近…………突然暴れだす奴がいるんだと」
「────!」
「まぁ全員死ぬから、ありゃメイワクな自爆みてぇなもんだよな」
「……死ぬ?」
「オウ。散々暴れまわった挙句、バタンキューだ」
訝しげな声で齎されたその言葉は、シキミに一つの可能性を指し示す。
それは、マッティアとエイデンの暴走──爆発的に上がった魔力による中毒死──それが、まるで病のように広がっているという可能性。
しかもそれは、自然発生では無い。誰かの手による、仕組まれた暴走だ。
「誰か」はきっと──あの少女。
太刀から手を離せば、刃は男の首筋に当たったまま、ぴたりと空中に留まった。
……追いかけられては困るから、今できる最強の足止めだ。
暫くすれば、ニシキが開放してくれるだろう。
脅すようで心が痛むが……というかもうしっかりと脅してしまっているのだから、良心は大いに痛みまくっているわけだが。……こちらも絡まれて怖かったので、痛み分けということで許してもらいたい。
脱兎の如く駆け出せば、思考も駆ける。
ついさっきまで、涙ながらに幽霊屋敷を後にしていたというのに。そんな恐怖は、もうすっぽりと頭の中から抜けていた。
考えれば考える程、あのカフスボタンが暴走のトリガーなのだろう、という確信に満ちてゆく。
最近起きている暴走と、マッティア達の事件が全く同じだとは思わない。
あのカフスボタンが特別なのだとも思わない。
だが、それらに “彼女“ が、何かしら関わっている可能性が高いということも事実だ。
翔ぶために、足の筋肉が柔らかく撓る。
石畳を一度叩き、月夜の空にシキミの長い髪が靡いた。
「これが本当ならッ! ちょっとマズイんじゃない?」
突然魔力が上がり──強くなる。
普通の動物が、空気中に少なからず含まれる魔素を、何かのきっかけで大量に摂取することで起こる突然変異。
彼らは魔力を多く持ち、凶暴になる傾向がある。
それは、先天後天問わず、どの種族でも一定の確率で起こる──記憶を辿れば思い至る一つの現象──魔化。
『人が後天的に魔石を得て、魔化して、魔族になったなんて話は聞かねェよ』
そういったテオドールの声が、今更ながらに思い返される。
だが、聞かないだけで、人もまた、魔化する生き物なのだとしたら……?
否、魔化したとしても、人間の身体が魔力の大幅な増加に耐えられないから、顕在化せず。物狂いか何かで済まされていただけなのだとしたら……?
そして、今。人を魔物──魔族にする技術が生まれかけているのだとしたら……?
湧いて出てくるのは、恐ろしい憶測ばかり。
マッティアとエイデンの、壮絶な最期が網膜に焼き付いて離れない。
人が、ヒトでなくなる瞬間。
あんなことが、至るところで起こってしまったのなら──!
焦る足は、急かすように屋根を叩く。
向かうのは、温かい光が漏れ出るいつもの場所。
鳩ノ巣の扉を開けば、カウンターに座る黒衣の背中が見える。
ジークさんッ! と叩きつけるように声を掛ければ、穏やかな微笑みが、シキミを静かに迎え入れた。
事の重大さに押し潰されないように、吐かれた息は荒い。
全て自分勝手な憶測なのに、どうしてこうも怖いんだろう。
まるで本能が、真実を告げでもするかのように、頭の中では警鐘が鳴り響いている。
「ひ──人は、本当に魔化しないんですか」
きっと全てを知っている、凪いだ瞳が一つ、星のように瞬いた。
昨日、嬉しいことにレビューを頂きました…………!!!
本当にありがとうございました!!(土下座の絵文字)
さて、皆さんの推しは誰なんでしょう。いるんでしょうか、推し。いたらいいなぁ。
これからも私と誰かの「推し」を作れるように頑張ります(笑)!!
ここまで読んでいただきありがとうございました。





