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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
68/109

68.曰く、夢現、その境は曖昧とか。

 

 男が、泣き叫ぶ子供の四肢をむんずと掴み、引き千切る。

 悲鳴が、絶叫が、眼鏡の向こうで響き渡る。


 シキミは、勇気という勇気を掻き集め、思わず背けてしまいそうになる目を、必死にその場に繋ぎ止めていた。


 飛び散る鮮血を映し出す赤い瞳は、今日見たエイデンと同じ色。

 己の手で壊し、殺めてゆく有り様は、その瞳の奥でどう見えているのだろう。


 まだ日の明るいうちに、閑静な屋敷の中で、こんな惨劇が繰り広げられていたなんて、一体誰が考えられたというのか。

 穏やかな午後の光に照らされた、この部屋だけが異質だ。


 マッティアのふくよかな身体が、荒い息に合わせて上下に揺れている。

 アア、オオ、と漏れ出すような母音の羅列(られつ)は、結局意味を成さないまま垂れ流されていて。最早声も出せず、虫の息の子供たちは、母の遺骸に寄り添うように倒れ込んでいた。


 暖炉の傍で(すす)(まみ)れ、諦めを宿した虚ろな瞳が、狂ってしまった父親を無感動に見つめている。

 思わず伸ばしかけた手は、しかし、全て幻であることを思い出して下げられる。


 握りしめた手は、今はひたすらに無力だ。

 恐ろしいというよりも、ただただ哀しかった。


 流れた血は、血溜まりとなって床に広がっている。

 光すら呑み込んでしまいそうな黒い染みは、ゆっくりと大きくなっていた。


 散々暴れまわったマッティアは、暫くすると苦しげに胸を抑えて、たたらを踏んだ。

 ふらふらと、彼は家族の死体から離れてゆく。まるで自分が仕出かした事から逃げるように。数歩進んで、ぐらりとその身体は傾くと、やがて()()と倒れ伏した。


 そのまま、彼は動かなくなって、部屋には静寂が戻ってくる。


 濃い血の臭いが鼻につく。

 幻のはずなのに、ただの記憶の(はず)なのに。この身体が、過去へと飲み込まれてゆくようだ。


 浅くなる呼吸を沈めるように、大きく吸って吐いた息に(むせ)る。一つ、二つと流れる涙は、呼吸が苦しくなったからだと言い訳をした。


 やがて早送りのように夕陽は落ち、部屋には夜がやってくる。


 月の明るい夜だった。窓から差し込む銀の光が、凄惨な光景を幻想に包み込もうとしているようだ。

 何人死のうが、惑星(ほし)は回り続ける。それは、きっとどの世界でも同じこと。


 折り重なった骸は、死んだ光に照らされて、一層白かった。



「……あーあ。失敗」


 ──ほんとに脆くて嫌になっちゃうなぁ。


 無邪気であどけない声が、鼓膜を小さく震わせた。


 シキミの視界を、月光を編み込んだ様な、美しい銀髪がふわりと揺れる。暗闇のようなメッシュが、まるで触手のように蠢いた──気がした。


 前触れなく、突然現れたのは幼い少女。

 真っ赤な瞳が、塵芥(ゴミ)でも見るかのようにマッティアの亡骸を見つめる。


 子供か夫人が抵抗した時に、ひっかかって外れてしまっていたのだろう。床に落ちた小さなカフスボタンは、少女の手によって拾われた。

 ふん、と一つ。心底馬鹿にしたように、彼女は鼻を鳴らす。


 侮蔑の視線は、ゆっくりと部屋全体に注がれる。


 ──バチリ、と音がしたのではと思う程、その瞳はあまりにも明瞭(はっきり)とシキミの瞳を捉えた。

 柘榴(ざくろ)のような毒々しい紅色が、きゅうと細められる。


 獲物を甚振(いたぶ)る獣の瞳。

 命を命と見なさぬ、静かな軽蔑。



「────み た な」



 ひゅ、と息が詰まる。

 三日月に吊り上げられた口角を確認する前に、シキミの身体は(きびす)を返し、駆け出していた。


 幻だ、幻のはず。

 だって私は、眼鏡をかけているだけ。記憶を見ているだけ。舞台の観客だったはず。


 ──それとも、気が付かずにステージの上へ?


 恐怖で上がる息が、夜の視界を曇らせる。

 今にも彼女が追いついて、あの幽鬼じみた白い手を伸ばしているような気がして、恐ろしくて振り返ることもできない。


 部屋を抜け、廊下を走り、門を抜け。気配に怯えて街を()る。


 泣きたくないのに、また涙が出てきた。息が苦しい。怖いなら来なければよかったのに。好奇心は猫をも殺す。あぁ全くだ! 今この瞬間から胸に刻んだ。


 慣れぬ全速力の逃亡で、吸い込む夜の冷えた空気が胸を潰す。


「でもっ……これで、はっきり…………しッ、ぶえぇ!?」

「……あぁ?」


 入り組んだ、どこかの路地裏の、その一角。

 突然目の前に現れた人影に、シキミは盛大に突撃した。


 恐る恐る上げた視線の先。あまりお育ちのよろしくなさそうな男たちが三人。

 腹立たしげにこちらを見た男が、一瞬逡巡してから、舌なめずりをしたのが見えた。


 嗚呼、一難去って、また一難。


 はいすみませんでした。……では返してくれなさそうな気配に、シキミの足はジリジリと後退の準備を始めている。


「……へぇ、お嬢ちゃん。こんな夜遅くに家出かな?」

「いけない子だなぁ……危ないぜ、こんな夜にお遊びしてちゃ」

「う……あ……いや、あの」


 ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、伸ばされた手に戦慄する。

 ──まずい。やっぱりマズイぞこの状況は。


 何がって? ──そりゃもう、決まってる。


「妾の(マスター)に、何ぞ用でもあるのかぇ」


 チリチリと首を刺す殺気じみた気配と、抜けてゆく魔力に嘆息(たんそく)する。


 ──うっかり偶然、私のせいで。何故か巻き込まれてしまった哀れな彼らに、幸あれ。


空中にふわふわ浮かんで勝手に牽制してくる刀怖すぎるな…………。

誰を出すか迷って、結局三パターンぐらい作っては消し、作っては消ししてました。ウケる。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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