58.曰く、大体いつもこう。☆
あっ、そういえばりんさん──いや、リーンハルトさんに謝ってない。
と、そう思ったのは次の日になってからで。
逸してしまった機というやつは、もう一度回ってくるまでが長い。
幽霊屋敷でエンカウントしたはいいものの、アイスクリーム事件の事に触れる時間などあるはずもなく、慌ただしい上に血まみれの邂逅だったのだからすっかり抜けていた。
別に何を言われたわけではないが、謝ろうと思った手前、それをしないのは些か気がとがめる。
まあ、いつか会うことがあるかもしれないし、またの機会に言えばいいか……と悠長なことを考えている内に、あっさりと「またの機会」は訪れた。
「よぉバケモノ御一行様。売れっ子シャウラ様が伝言携えてきてやりましたよーっと」
まさかこの俺が使いッ走り任せられるとは、随分とまぁデカイ面倒事に足突っ込んだみてぇだな、と口の端を歪ませながら、軽薄な金髪の青年が、ジークたちの元──鳩ノ巣を訪れた。
いつも通りカウンターに座り、これからベネット商会に行ってみましょうか、と話していた最中のことである。
「シャウラがお使いィ……? 似合わないことしてんなァお前。仕事は選ぶんじゃなかったのか?」
「俺にも選べるモンと選べねぇモンがあンの。……例の件について、リーンハルトとのやり取りをする時は俺を使うこと、だってさ」
「本当に使いっ走りか……雇い主に引く」
以前ギルドで顔を合わせたときのように、彼とは旧知の仲らしいテオドールが、また親しげに会話を弾ませる。
しかし、売れっ子の傭兵ということはそれなりに強いのだろう、と好奇心に突き動かされ、シキミは久しぶりに他人のステータスを覗き見ることにした。
なかなか慣れない "覗き" の感覚は、意外と集中が必要だ。
焦点を合わせ、ぱちり、と瞬きを一つ。
楽しげに笑うシャウラの背後、半透明のディスプレイに浮かび上がったのは、名前と、種族と、Lv94の文字。
一瞬、気が遠くなるかと思った。
上限がどこかはわからないのは相変わらずだが、テオドールと似たりよったりのレベルだというだけで、彼がどれだけ強いのかわかる。痛いほど伝わる。そしてそんな彼を伝言役に使う──おそらくリーンハルトさんなわけだけれど──は、馬鹿だ。
適材適所という文言を、一度事典を使って調べ直してほしい程度には適材適所ではない。
宝の持ち腐れというか、いや、どう考えてもその人を伝言に使うのはもったいなさすぎるのでは? というツッコミが、シキミの脳内を静かに駆け巡る。
「あなたが寄越された……ということは、それなりに危険ということですか? それとも──」
「あー……いや、残念だけど本当に何もわかんねぇんだわ。マジでただの暴走かも知れねェ。……けど、リーンハルトはちょっと執着──気にかかってる、ッつったほうがいいかな」
「それは、何故?」
シャウラの琥珀色の瞳が、真っ直ぐにシキミを捉えた。
その瞳の不思議な輝きに、思わず息をすることも忘れそうになる。
「見習いのお嬢さんが持ってるカメオ。アレ作ったのがマッティア・ベネットなんだとさ」
元々一職人であったところ、マッティアの作るカメオは、ある日突然人気に火がついた。それがきっかけで財産を得た彼は、やがて商会を立ち上げ、巨万の富を築く事になる。
「リーンハルトはそういう……立派な技術を持つ職人に敬意を払うトコがある。だからこそ、変な死に方してんのが気に食わねぇんだろ」
聞いたところによれば、人気の火付け役がリーンハルトだった……っていう話もあるぐらいだから、まぁ、それなりに入れあげてたんだろうな、とシャウラが笑った。
「俺が伝言頼まれたのは、リーンハルトとも白銀の糸とも繋がりがあるから。特に危険がどうって話はねぇけど、わかんねぇことが多すぎて逆に怪しい」
「……気をつけます」
「そうしてくれや、優男」
それはそうと、とジークが首を傾げて微笑む。
肩口からこぼれた黒髪が朝日に照らされて艶々と輝いた。
「魔の牙の方が付いてくれるなら安心ですね」
「っだーー!! なんでそう、簡単に言っちまうのかなぁ! 俺は流れの傭兵ってことで渡り歩いてンの! 魔の牙を知ってんのはほんの一握りなんだよ!」
あんまり言いふらしてもらっちゃ困るんだぜ? と顔を歪めたシャウラの、苦いような声が響く中、シキミの手がそっと上げられた。
「…………お、おるこってなんですか…………」
恐る恐る、窺うような視線を投げれば、呆けたような顔をしたシャウラが「話聞いてたか?」と小さく溢した。
「伝説の傭兵団の名前よ〜? 団員全員魔の牙であることは伏せ、他の傭兵団に所属していたり、フリーで活動していたり。何かあれば団長の鶴の一声で集まるとか……ねぇ?」
「おい待てや、綺麗なお姉さん。 ねぇ? じゃねぇんだわ。俺、言いふらすなッつったよな???」
「良いじゃないですか、ここまでは知る人ぞ知る噂話ですよ」
「今この状況で言ったらバレたも同然だろというか俺がもう言ってんのかクソッ!!」
ダンダン! と地団駄を踏む青年の姿はなかなかに珍しい、というか、シキミは今初めて普段の己の立場を幻視した。
白銀の糸のメンバー達は、猫じゃらしをぶら下げて、それに追い縋る猫を面白おかしく眺めるときの人間の顔をしている。
──要するに、揶揄っている。
「マジで言いふらしたら殺すからな! いや俺が先に殺されるわ」
「な、なんでそんなに隠すんですか……?」
「は? 言いふらしたらかっこ悪いだろ!?」
そんなの常識だろう、とでも言わんばかりの返答に、シキミの思考が停止した。
殺されるだの何だのというから、よっぽど怖い鉄の掟でもあるのかと思って、聞いてみればこれだ。
──格好悪いから。
それだけかよ、と素直なツッコミを入れられないのは、単純な話、シキミがチキンだからである。
もっと神秘的かつ裏社会的な──例えば世に数多存在するであろう傭兵団を、裏から牛耳る何かのような、そんな物を期待していたのに。
白銀の糸の周りに集まる人間は、どうしてこうなのか。
何故、強い人は皆ネジが外れているのか。
強くなるに越したことはないけれど、ネジは失くしたくないなぁと思うシキミも、大概何本か外れているということに気がつく気配は無い。
キャンキャンと騒がしいやり取りは、いつもの穏やかな朝とは違って新鮮で。
まぁ伝言頼むのは後ででいいか、とシキミは少し冷めたコーヒーに口をつけた。
レビュー頂いてしまいました………………嬉しすぎて泣きながら書いたんですが泣きながら書いた割にはテンション高いですね。
白銀の糸のメンバーはもう少し常識を弁えてほしい。(作者)
ここまで読んでいただきありがとうございました。





