44.曰く、蠢く夜闇。
「どうして────」
兄さん兄さん兄さん、にいさん。
狂ったように繰り返す少年の呪詛にも似た呟きは、誰もいない大広間の高い天井に反響して消えた。
原初の森のその向こう。第一の拠点、魔王のおわします城。──否、おわしました場所。
今はもう主なきその城には、壊れた少年が一人小さく座り込んでいた。
「どうして……どうして兄さんは僕の傍にいないの。どうして兄さんはあんなに幸せそうなの。どうして僕はそこじゃないの。どうして、どうして、どうして、どうして────あの明け色の男」
あいつが僕から兄さんを奪ったんだ。
確信に満ちたその言葉は、誰が聞く事もなく地に落ちた。
依然空席のままの王座を、深い絶望に彩られた、深碧の瞳が睨みつける。
主が据わり、座るべき其処は、もうかれこれ四〇〇年もこのままなのだという。
巫山戯るな、と思った。
主の居ないまま、主を探しながら世界を殺してゆくなんて。
そんなもの、児戯に等しい。かつて居た、絶対的な誰かの真似事など、ままごと以外の何でもない。
「──文句ばかり言って、これ以外にお兄さんを取り戻しながらあの男を消せるのに良い方法なんて、あると思って?」
かつり、とハイヒールが床を叩く硬質な音がした。
まるで最初から其処にいたかのように、何でもなさそうに女が嗤う。
「どうしたいのかもう一度言ってご覧なさいな」
「……僕は兄さんをひとりぼっちにして、それから、兄さんには僕しかいないって理解らせて、あの男は──殺す」
「Bravo! なら問題ないでしょう」
わざとらしく手を叩いてみせた女の、深く闇に染まった瞳が三日月を描く。
いつ戻るとも知れない人を凝っと待つより、子供だましだろうが猿真似だろうが自分で成してみせるほうが早いってだけの話よ、と女は首を傾げる。
「その途中で、王がご帰還なされば御の字よ」
「僕は、全て終わった後。僕の行いはどれも魔王のせいだったと、そうできればそれでいい」
兄さんに赦されるまでが僕の計画の終着点だ。
声に出さず、女の方へと視線を遣る。
テラスを背に、月光を浴びた女の顔は黒く塗りつぶされて、良く見えなくなった。
「あら、不敬ね。私以外に言っちゃダメよ」
「愚直に居ない奴のことを信奉する馬鹿になんて、わざわざ口も利かないよ」
なら良いけど、と女が微笑む気配がした。
「──もう直ぐ始まるわ。これからは夜闇の時間よ」
テラスの手摺、何かの彫刻のように美しく立って見せた女は、楽しみね、と一言残して背中から落ちていった。
びう、と一際強い風が開きっぱなしのテラスを抜け、少年を叩きつける。
巻き上がる髪を鬱陶しそうにかきあげて、彼は、暢気にまあるい月を嗤ってみせた。
「──本当。愉しみだね……兄さん」
呪詛に似たその言葉は、また静かに反響して消えた。
深碧は緑色です。
調べてみてね!超きれいな緑です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





