104.曰く、遭遇。
広々とした貴族の屋敷は、どこかがらんどうで物寂しい。
見た目の華やかさに似合わず、どこか素っ気なさを感じてしまうのは、家具が随分と少ないからなのだろうか。
ひょっとしたら、そこまで懐は暖かくないのかもしれないぞ。……などと、失礼なことを考えたりもする。
高い壁をまるでアスレチックのように、たった一本のロープを頼りにしてよじ登ったシキミ達は、無事邸内への侵入を果たしていた。
「今日ここで、取引があるということまではわかっているんだ」
「……あぁ、香りが記憶すると仰ってましたね。まだ記憶しているのですか?」
「記憶というより記録に近ぇなそれ」
「ほとんど情報の共有なのね? 便利ねぇ、私も教えてもらえるかしら」
「さぁな。稀代の大魔女サマのアンタなら、簡単なものは使えるようになるんじゃないのか」
そこまでぼんやりと聞いていて、シキミにも漸く概要が掴めてきた。
たぶん、あの魔法によって、屍者の慟哭入りの袋は、簡単に言い換えてしまえば "GPS兼盗聴器" に作り替えられた──のだろう。多分。
シキミにとっては、貴族社会など別の世界のお話であるわけだから、大して気にも留めていなかったのだが。よく考えてみれば、策略だの計略だのが渦巻く貴族社会において、たった一つの疑いのみで即刻潰してしまうのは些か軽率に過ぎる……ような気もしなくはない。
が、しかし。既に確固たる証拠を──裏切りの瞬間を盗聴いていたのなら話は別だ。
たった一つの疑いは、確固たる裏切りの証になった。
だからこそ、もう「潰す」ことありきで事態は進んでいるのだ。
足音は、廊下を覆う柔らかなカーペットに吸い込まれて聞こえない。
人の気配すら飲み込んでしまったような静寂の中。四人と一匹は、別段気負うこともなく歩を進めていた。
ジークたちの間では、息をするように行われているだろう気配遮断を、シキミは必死で行っていた。
脳裏に描くディスプレイの中で、気配遮断だの隠蔽だのといったものを片っ端から使ってゆく。
クールタイムを見極めて、複数スキルをタイムラグなしに発動させてゆくという、継ぎ接ぎで無理矢理なスキル運営。そのうち並列思考のスキルがランクアップするのではと思うほどに、シキミの脳味噌は精一杯フル回転していた。
そうでもしなければ、気配の消し方など知らない己など、即刻見つかりお縄になるのが目に見えている。
暫く歩き続けた先。ピタリと止まった扉の前で、合図をしたら飛び込めという指示のもと、シキミは一層息を殺す。
僅かに光の漏れるそこから、男の話し声が聞こえてきた。
ボソボソと、何を言っているか聞き取り辛く。誘われるように、彼女の首は光源の方へと伸びる。
薄く開いた扉の向こう、幾分か明るい部屋のなかで、椅子に座った男が虚空に向けて何やらブツブツと呟いていた。
広い部屋の中央に、ぽつんと一つの椅子。
男の横顔が、ランプに照らされ凄みを帯びる。
いささか虚ろにすら思える瞳の中で、炎がちらちらと燃えていた。
「約束の品は……用意した。これで作ってくれ。売ってくれたっていい。出せる限りいくらでも買おう……どうだ?」
──どうだ、売ってくれないか。どうだ。
──買わなくともいい、売ってくれ。それでいい。
つぶやくような声は、怨嗟じみて恐ろしい。
心なしか落ち窪んですら見える眼孔の奥、執念が凝り固まってしまったような瞳が、いつこちらを向くかと思えば身震いが走る。
だというのに、どうしてか目が離せない。
ボソボソと、男の声だけが響く部屋の中。
やがて、何か擦れるような音が──ゔ、ゔ、という、短い振動を思わせる音が──声に重なり、徐々に大きくなっていった。
「──来たな」
シェダルの声が、ぽつりと影に落ちる。
次の瞬間、座る男の目の前に黒い渦が立ち昇った。
それはまるで鼓動のように伸縮し、蠢き、一層黒さを増してゆく。
不規則で不気味な運動は、容易く不安を掻き立てる。
凝っと、目を凝らしてみれば──それは。
「…………ひ、」
叫びそうになった口を、両手で抑えて息を呑む。
突如部屋に現れた竜巻を構成していたのは──小さな、小さな羽虫の大群だった。
「来てあげたよ──来てあげたけど」
虫の群れから発せられる、無数の羽音に混じって、どこからか少女の声が聞こえてくる。
「初手で失敗しちゃったら──さ」
元から零に等しいオマエの価値がなくなっちゃうよ──。
やがて崩れだした、虫の竜巻のその中央。
いつかマッティアの屋敷で見た、不気味な白髪の少女が、此方を見て嘲笑っていた。
「ほらァ……ネズミ捕りも仕掛けない家は、だから厭なんだよねぇ」
釘付けになった視界の向こう。
少女はもう一度、ニタリ──と、口元を歪めた。
シキミちゃん並列思考のプロになりそう。
ちなみに並列思考は常時発動型のパッシブスキルです。
(誤字報告ありがとうございました………クソ返信したのは許してください!!)
ここまで読んでいただきありがとうございました。





