101.曰く、犬と狼なんて大した差はないものだ
「わ……!?」
「──香りが道を記憶する」
てっきり、物凄い香りが充満するだろう──という予想は裏切られ。ばしゃん、という水音が響いた以外、特に変化は見られなかった。
あんなに惜しげもなく液体を振りかけた筈なのに、袋を濡らした気配も無く。ヴィクトルの前に、変わらぬ姿を晒している。
まるで、空気に触れて直ぐ蒸発してしまったかのようだ。
「無色で無臭。だが、俺がこいつに魔法を掛ければ、辛うじて追えるぐらいの繋がりができる」
「繋がり……?」
「あぁ、あれ以来だな、初心者のお嬢サン。……俺の魔法は特殊でな。記憶関連に特化してる」
袋を持ち上げ、彼は悪戯っぽくウインクを寄越す。
「……これはそのうちの一つ。この香りが感知できる奴に限られるが、香りが記憶したモノゴトを教えてくれるようになるんだ」
思わず、すん、と鼻を鳴らして嗅いでみても、当然のように何も感じられない。
「──まぁ、香りが発信した情報を、鼻で受け止める……とでも言えばいいのかな」
「わかった、ような。……わからないような」
「わからなくていいと思うぜ。どうせ使えんのはエティかシェダル位のもんだ」
「犬と猫……」
「は? 狼なんだけど。喰い殺すぞ」
「えぇ……ごめんなさい……?」
ぐるる、と不機嫌さを増したエティの姿に、堪えきれなかったらしい笑いが所々で漏らされる。
例外なく大笑いをしているハンスから「それじゃあ、これは託すから。ギルドで依頼完了手続きしてくれ」と、放るように渡された、石の詰まった袋を慌てて受け止める。
「や、危なっ……! あの、それだけでいいんですか?」
「いや、俺達と一緒に乗り込むのも頼みてェ」
俺は別に必要ないとも思うけど、逆に言えばここまで戦力が揃っていれば負けは無いだろ、とシャウラが笑う。
「戦力は多いほうがいい………何があるかわかんねェからな──っつーのが王太子サマの御命令だ」
ちら、とジークを窺えば、微笑ましいものを見るような目で頷いている。
なんだか、壮大かつ盛大な粛清の現場に赴くかもしれないというのに、この余裕は何なのだろう。
弱者は得てして石橋を叩きまくって進むものだが、強者は石橋を叩かないらしい。
なんなら飛び越えて渡る。そもそも石橋を叩く必要がないのだろう。
だからこそ。シキミは今、彼らに手を引かれ、不安を飛び越えてしまおうとしている。
「何があるかはわかりませんが、なんとかなりますよ」
「その自信はどこから……」
「"できないことがある" と、思わないことがコツです」
認知しなければないのと同じ。認識の外は──無いのと同義だ。
「大丈夫だよ、パフェのお姉さん。りんはとっても強いから」
「わ、アンジュ君」
「そんな君にプレゼント!……ご依頼の品です。お待たせしました」
「ルイさんまで……!」
椅子の後ろから、アンジュの細くて白い腕が回される。
それに続くように、ルイから手渡されたのは薄っすらと透けた銀色のナイフだ。
一枚の鱗から削り出された、シンプルだが美しいダガーナイフ。
手のひらに、ひんやりとした冷たさを伝える両刃の輝き。透き通った氷に、オーロラを流し込んだような、神秘的な光が宿る。
持ちやすいよう、シキミの手に合わせてやや細く加工された柄に彫り込まれた、月桂樹の葉の冠を、シキミの指がゆっくりとなぞった。
「勝利……」
「へぇ、よく知ってるね。月桂樹は勝利と栄光と栄誉の植物。……どうか君に、勝利の光明がありますように」
「ははァん……"勝利" を、騎士連中に有利なダガーにして冒険者に贈る……なんて。ルイは随分皮肉が効くようになったねぇ」
ヴィクトルの隣から、ケラケラとエティが声を上げる。
ニンマリと弧を描いた口元から、「まぁ僕も騎士連中は嫌いだけどサ」と言葉が漏れたのを聞いて、シキミは漸く合点がいった。
彼の大好きなご主人様は王太子殿下。
王族の側を公的に固めるのは、貴族上がりの騎士だろう。
いくら彼らが親衛隊を名乗ろうと、それはあくまでも仲間内でしか通じぬ括り。──つまり公のものではない。
もちろん、公になっては彼らも困るのだから、現状が一番良いのだろうけれど。現実と願望とは、また別の話といったところか。
「本当の親衛隊は自分だ……って、そりゃ言いたいですもんね」
「ハァ!? 僕そんなこと言ってないけど!? 適当言うのやめろよ!」
「え? 俺は結構言いたいけど〜」
「ルイ〜!? こンの……裏切り者!」
グルルと唸る声に、どうやら図星らしいと知る。
どんな謎めいて恐ろしい人物も、知らぬ一面を知れば面白くもなるわけで。
──とはいえ、最初のアレを忘れられるわけでもなく。相変わらず目が合えば、思わず浮かべた笑顔も凍りつくのだが。
つと逸らされた翠の視線に、シキミは小さく息を吐いた。
打ち解けられるようになるのは、まだまだ先の話らしい。
「では、俺達はこれをギルドに届けましょう」
「ああ、頼む。……場所が掴め次第、また俺が連絡を入れる」
そう言って、くるりと身を変じさせたシェダルは、「宿まで送ろう」と言って、藍鼠色の尾を小さく振った。
或いは "私は死ぬまで変わりません"
異世界にローリエも花言葉もクソもあるかい!と思ったそこのあなた!!!浪漫なんだよぉ……花言葉は必須科目なんだ許してくれ…………!
これシキミちゃんの翻訳こんにゃく機能だから、たまたま似たようなモチーフの同じ意味の植物が、自動的にローリエと変換されただけ……とかそういう裏の話もあります
(どうでもいいんですが(次期)王様として育ってきたヴィクトルの王様パワーマシマシな感じで悠然と構えまくってるの一生好きです)
ここまで読んでいただきありがとうございました。





