夏祭りを楽しめ!(1)
結局水曜日の夜は知り合い全員に声をかけた。
真智は叔父夫婦、十夜は家族数人と、英と日和は使用人と来るとの返答。
さすがに名士のご子息二人を一人で行動させることはないみたいで安心した。
日和はゲームの中で無敵だったけれど、それは霊に対して。
物理的な――人間に対しては極々普通の小学生男児。
しかも金持ちの。
この世界、犯罪を犯した者は妖怪になる。
けれどそれでも警察は存在するし、警察の仕事がなくなることはない。
なぜなら犯罪を犯罪と認識していない者がいるからだ。
人の恨みつらみをそれと認識しないから、妖怪になることに恐れを抱かない。
そもそも、妖怪になったことがないからその苦痛を理解していない。
小さな恨みを買い過ぎて、妖怪になることが確定しているから今更、という安直な考えの人間もいる。
要するに無敵の人なのだ。
無知は罪というけれど、本当にそうだと思う。
そういう人間は前世と同様普通に犯罪を犯す。
誘拐も、一昔前は流行っていたらしい。
狙われるのは当然『六芒星』の家。
だってお金があるからね。
「マヨイー、よおー!」
「真宵さん、本日はお誘いありがとうございます。……あれ? どうして錫杖を持っているの?」
「あ、真智、真智のおじ様、おば様。こんばんは! 錫杖はなにかあった時のために持ってきました!」
夕方。
夏祭り会場の公園の近くに粦と来て待っていると、最初に合流したのは真智と真智の叔父夫婦。
三人は真智を真ん中に手を繋ぎ、仲良し親子にしか見えない。
私に声をかけると真智が二人から手を離して駆け寄って来るけれど、なんか、なんか……いや、別に羨ましいとかは思っていないのだけれど……。
ゲームの中の復讐者の真智しか知らないから、なんかこう、じんわりキタ。
このまま幸せなまま、健やかに育て――推し……!
「錫杖で……? あの、もしよかったらこれを持って」
「はい?」
真智の叔父さんに手渡されたのは防犯ブザー。
多分叔父さんが使っているものだと思うのだが、私が持っていいの?
「でも、これはおじ様の……」
「小さな頃から持ち歩くようにと躾けられてきて、今もその癖が抜けずに持っていただけなのです。ここの紐を引っ張ると大きな音が鳴る仕組みなので、引っかけないようにして持ってくださいね」
「おれも持ってるんだぞ」
真智が同じ構造のものを差し出してくる。
なんならおば様も「えへ」と言いながら持ち上げた。
家族全員で防犯ブザーを持ち歩いている、だと?
「古いもので申し訳ないが、とりあえず持っておきなさい。真宵さんはまだ小さい女の子だから、狙われやすいんだ。誘拐犯、件数は減っているがまったくなくなっているわけではないからね」
「わ、わかりました。ありがたくいただきます。今度自分でも買って、お返ししますね」
「そんな気にしなくていいよ。叔父さんはおじさんだから、さすがに誘拐の心配はね」
なんで笑うが、おじさんだから被害に遭わないなんてわからないじゃないか。
前世でもおじさんが風呂場やトイレで盗撮されたニュースとか、電車で痴漢されたネットニュース見たわよ。
小学校で男子生徒が着替えをしているところを撮影し続けて十年のベテラン教師逮捕とか!
世の中、性癖は人の数だけあるの!
おじさんだから、男子だから被害に遭わないなんてわからない!
おじさんにはおじさんの需要がおじさんからあるのよ!
私の前世の職場でも50代のおじさんが20代の新卒男性を飲みに連れていって下ネタを言いまくって問題になったりしたし!
なんかこう、若い女の子に手を出しづらくなった世の中では若い男も標的になりやすいのよ。
支配欲を満たせたらそれでいい、というおっさんが!
優しくて愛妻家なおじ様なんて標的にされやすそう!
だってもう、見た目も優しそうなんだもの!
粦の分と一緒に新しい防犯ブザーを買ってお返ししよう。
「マヨイちゃーん」
「あ、十夜」
「真智もこんばんはー」
「よっ、十夜」
「こんばんは」
十夜と善岩寺家族が到着。
夏祭りは霊能力者にとっては一種の儀式なので、割とたくさんの家がちゃんと“仕事”として参加する。
前世のようにお父さんだけ仕事でハブ、みたいなことが少ない。
時間的に午後四時過ぎなので、普通の会社員ならまだ仕事中だろうけれど。
ある意味一番驚きなのは、引きこもり系仕事の一夜さんも来ている点だろうか。
「やあ! 真宵嬢! ノートパソコンを持ってきたので調整したライブ2Dを見てくれないだろうか!」
「ぜひ!」
「はいはい! そういうのはあとでね!」
十夜母に背中を押されて公園に促される。
そ、そうだった。
すごく気になるけれど、今日の目的は夏祭りを楽しんで浄化の儀に貢献すること!
人の楽しいという感情が多ければ多いほど、範囲は広がるし浄化の効果も強くなる。
なので純粋に楽しむ必要があるわけだ。
堂々と、楽しんで! おっけー!
英と日和は店番やら習い事で遅くなるらしいので、先に公園に入る。
「わたあめ!」
「食べたーい!」
「真宵嬢も食べるかい? 買ってあげるよ?」
「いえ、いくら四時過ぎとはいえ夕飯の前にそんなおやつは食べられません」
「じゃ、じゃあ買ってあげるから明日の三時に食べるようにしな?」
「それならいただきます!」
真智のおじ様にわたあめを買ってもらった。
わ、わたあめなんて何年ぶりだろう?
記憶を辿っても思い出せないくらい久しぶりすぎる!
都会だとお祭り自体行かないからなぁ。




