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第九十五話 クロノスと魔女

今日から三連休ですね!

もちろん僕は休みなんてないですよ……ハッ!ザコか!


 俺を洞窟まで運んでくれた女性、彼女はティアーヌと名乗った。

 とんがり帽子にローブと魔女っぽい身なりをしているが、歴とした魔女らしい。

 魔女ティアーヌ──それが彼女の通り名だそうだ。

 雨宿りする場所を探している時に、倒れている俺の側を通りかかったらしい。


「ありがとうございます。助けていただいて」

「いいのよ。あのまま見過ごすこともできなかったから」


 お礼を言うとティアーヌは首を振る。

 「ちょっと待ってね」と、ティアーヌはローブの中から手の平サイズの革袋を取り出す。

 何を出すのかと待っていたら、明らかに革袋に収まるはずのないティーポットとティーカップ二組が取り出された!

 革袋の大きさに不釣り合いな物が出てきて思わずティーセットとティアーヌを交互に見比べる。

 困惑する俺を余所にティアーヌは手際良く紅茶を作り、ティーカップに注ぐと苺のジャムを落として差し出す。


「体が温まるわ。熱いから気をつけて」

「あぁ……あったかいもの、どうも」


 両手でそっと受け取り、少し冷ましてから口を付ける。

 紅茶と苺の酸味が程よく口に広がり、喉を通る甘さと熱が冷えた体に染み渡る。

 熱の暑さに安堵感を覚え、ホッと一息吐くと「美味い……」と呟いやた。

 そんな俺を見て、ティアーヌは少しだけ微笑んいるような気がした。


「でも災難だったわね。魔王に襲われるなんて」

「魔王?」

「魔王を知らないの?」


 ティアーヌが信じられないといった目をしてくるので首を傾げる。


「魔王ベルゼネウス──この名前に聞き覚えは?」

「あります。それって確か、何千年も前に『異界の戦士』に倒された悪魔族の長ですよね?」


 いつだったか本で読んだはずだ。

 慈愛の神ギルニウスが異世界から呼び出した戦士が、妖精族や獣人族などの五種族と共に打ち倒し封印した魔王の名前だ。

 その物語は絵本にもなっていて、俺がバルメルド家に養子入った時にも文字を覚える為に読んでいた。


「今この世界では、その魔王ベルゼネウスが封印を破りこの世に復活しているの。もう十年も前の話よ」

「十年前!?」


 そんなバカな話があるか!?

 十年も前に魔王が復活してるなら、俺もライゼヌス大陸も平和な日常を送れてるはずがない!

 現に俺が今までこの世界で生きてきて、魔王が復活したなんて話は一度も聞いてないぞ!?

 この人はきっと、俺はからかってるに違いない。


「冗談は止めてくださいよ。魔王が復活した?そんな世界の一大事なら、王都ライゼヌスで大騒ぎが起きるはずです。でも、そんな話は聞いたことがない」

「……貴方、出身地はどこ?」

「ニケロース領ですけど?」


 俺の答えにティアーヌは眉を潜める。

 なんだ、ニケロース領は田舎だから知らないのかと思われてるのか?

 しばらくティアーヌは俺に疑いの目を向け、またあの革の小袋を漁ると地図を取り出し広げる。

 洞窟の外から漏れる光を頼りに地図を眺めると何か考えている。

 そして地図を閉じ、


「わかったわ。ニケロース領へと行きましょう」


 そう提案してきたのだ。

 もしかして俺を村まで送り届けてくれるのだろうか?

 正直助かる。

 俺は今ここがどこなのかわかってすらいないのだ。

 そんな状況で当てもなく移動するより、地図を持って道を知っている人と行動した方が得策だ。


「雨が止んだら出発するわよ」

「わかりました」


 了承し雨が降るのを待つ。

 止んだ後にティアーヌはティーセットをまたあの革の小袋にしまう。

 不思議に思い小袋のことを聞いたところ、あの袋の内部は別の場所と繋がっており、そこから道具を出し入れしているそうだ。

 さすが魔女、四次元ポケットも作れるのかと感心しながらちょっと欲しくなる。


「そういえば、貴方名前は?」

「クロノスです。クロノス・バルメルド」


 簡単な自己紹介を終え、洞窟を出た後はひたすら平原を歩き続ける。

 魔物に出くわさないようにとティアーヌは細心の注意を払っていた。

 ニケロース領までは歩くと三日程かかるそうなので、俺たちは途中で野宿をすることになった。


「夜は魔物が活発化して動き回るわ。野宿する時はすぐに逃げられるように開けた場所で大きな焚き火を作る。そして絶対に焚き火が消えないようにすること」


 野宿で注意することをティアーヌに色々と叩き込まれる。

 ティアーヌさんはあまり自分のことを語ろうとしない。

 どこから来たのか、どこへ向かっていたのか、何故女性一人で旅をしているのか?

 聞いても答えを教えてはくれない。

 分かっているのは、彼女が魔女だってことぐらいだ。

 焚き火に薪を加えながら横目で地図と睨めっこするティアーヌを盗み見る。

 彼女はいつも使い古され色褪せた茶色のとんがり帽子とローブを着ている。

 真冬と呼ぶ季節でもないのに脱ごうとは一切せず、ずっと帽子とローブで身を隠しているかのようだ。


「さっきから横目で見て……私の顔に何かついてる?」


 盗み見をしていると地図から視線を外さないティアーヌに訊ねられる。

 まさか気づいているとは思わず、俺は慌てて言葉を口にする。


「あ、いや……ティアーヌさんは、どうしていつもローブを脱がないのかなぁと」

「私が魔女だからです」

「魔女だからですか」

「えぇ。それ以外に理由が必要?」

「いえ、ないです」


 簡単にあしらわれてしまう。

 絶対何か理由があるのだろうが、今の関係じゃ教えてくれそうにはない。


「そんなことより、バルメルド君は早く寝なさい。見張りは私がするから、その後で交代して」

「そんな、見張りなら俺がやりますよ!」

「貴方は野宿に慣れていないでしょ。野宿に慣れている私の方が適任よ。その方が貴方だってぐっすり休めるでしょ?」


 いや、まぁ……確かにティアーヌの言う通りだ。

 ティアーヌの方が火の番や周囲の警戒には慣れているだろう。

 一方俺は野宿した経験なんてほとんどない。

 以前王都に行く際にジェイクたちと野宿はしたことはあるが、あの時はジェイクや他にも人がいたから火の番をすることなく安心して眠ることができた。

 しかし恩人よりも先に寝てしまうというのは気が引ける。


「私が火の番をしている間に貴方がしっかり休めば、交代した後に貴方が居眠りする心配が無くなる。なら野宿に慣れていない貴方を先に休まらせる方がいいの。わかった?」

「……わかりました」


 正論なので頷くしかない。

 正直まだ気は引けるが、彼女の言う通りしっかり休んで交代の時に居眠りしない方がいいだろう。

 俺は腕を枕代わりにすると横になる。

 「じゃあ……おやすみないさい」と言い目を瞑ると、「はい。おやすみないさい」と返事が返ってくる。

 薪が弾ける音を耳に感じながら、俺は交代の時間まで眠ることにする。

 彼女に起こされて見張りを交代し、その日は何事もなく夜が明けるのだった。


✳︎


 そして三日間の移動の末、俺たちはニケロース領に辿り着いた。

 領内に続く森の入り口に立つ。


「ようやく着きましたね。送ってもらってありがとうございました」

「……何を見ても取り乱さないように、心の準備をした方がいいわよ」

「またまたぁ、脅かさないで下さいよ」


 ティアーヌの警告をせせら笑いながら森を進む。

 村を囲むこの森を五分も進めば、俺が育った村が見えてくる。

 三日ぶりに村を戻ってきたとなり、気づかぬ内に足早になっていく。

 道の先に光が見え、その光に一直線で走り出す。


「帰ってこれた!」


 森を抜け両手を広げて帰還を喜ぶ──が、


「ニケロース……りょ……う?」


 三日ぶりに帰ってきた村の様相が……全く違う。

 村は昼間ならいつも人がまばらに歩いていた。

 買い物や森に狩りに行く人が行き交っている記憶が残っていた。

 でも今目の前に広がる村には、人の姿がどこにも無い。

 

 村の道はいつも綺麗に清掃されていた。

 砂利の道には草木が一本もない整理されている道だったはずだ。

 なのに俺の眼に映るのは手入れのされていない草木が伸びきった状態となっており、足元の道などどこにも見えない程になっていた。

 

 村の家々はレンガ造りで、掃除はよくされていて汚れなんて殆どなかった。

 だというのに、家の全てが半壊し何かの液体が飛び散り、蔦や苔が生えてレンガを覆っている。


 俺の中の村の記憶と目の前に広がっている村の様子がまるで違う。

 ここが、ニケロース領の村?

 俺が育った……俺の故郷?

 進もうと足を前に出すと何かを踏みつける。

 下を向いて足を退けると、踏みつけていたのが木の板だとわかる。

 そこには『ニケロース領土村』と書かれていた。


「ここが、俺の住んでた村……?嘘だろ。だって、これじゃ……これじゃあまるで……」


 「廃墟じゃないか」──そう口になりそうになるのをぐっと堪える。

 遅れて後ろからティアーヌが現れ、ローブから杖を取り出し、周囲を警告し始めた。


「ここはもう貴方が住んでいた村ではないわ。ニケロース領は、六年前に滅んだのよ」


 ティアーヌの言葉に膝から崩れ落ちる。

 かつてニケロース領であった村から、複数の蜘蛛の魔物の姿が見えるのだった。

皆さまのおかげでPVとユニークが着々と伸びております!

いつもありがとうございます!

ついでに感想とかレビューも欲しい……


次回は明日22時でーふ

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