第九十四話 死と再生と運命と
オッドアイズとは別の作品書いてたんですけど、そのせいでオッドアイズのストックがなくなっちゃって今必死こいて書いてますです
大雨が降るゼヌス大陸の平原にクロノス・バルメルドだったモノが横たわっている。
そのクロノスだったモノの側に使い古され色褪せた小豆色のとんがり帽子とローブに身を包んだ女性が立っていた。
女性は濡れた地面に横たわる見知らぬ青年を前に悲しげな表情をしている。
「可哀想に……魔王に襲われるなんて」
肌を刺すような痛みを周囲に感じる。
それが魔王ベルゼネウスの闇の魔法だと彼女は知っていた。
(だけど、これではもう……)
この青年がどこの誰だかは知らないが、せめて神に祈りを捧げるぐらいはしてあげよう。
そう考え至り、女性は雨に濡れた地面に膝を着き、青年の胸に手を当て──
「……っ!まだ生きている!」
死んでいると思われた青年からまだ命の鼓動を感じる。
これなら助かるかもしれない。
だが反応は微弱だ。
急いで処置をしないと本当に死んでしまう。
「貴重なマナだけど……命を助ける為なら!」
懐から小瓶を取り出す。
中には小さな光の粒子がいくつも漂っている。
彼女が瓶の蓋を開け、中身をクロノスの肉体に振りかける。
すると光の粒子がクロノスの内部へと侵入し、体が微かな光を帯び始めた。
それを確認すると女性は濡れた大地と雨粒を溢す空に語りかける。
「お願い、精霊たち。この人の息吹を取り戻す為に力を貸して」
彼女の声に応えるように小さな風が吹く。
それに彼女は微笑み、クロノスの口元まで自分の唇を近づけ、優しく息を吹きかけた。
彼女の息吹に含まれたマナと彼女に応えた自然に漂うマナがクロノスの体内を駆け巡って行く。
突如、クロノスの体が震え始め黒い瘴気が体内から排出され空へと昇り消えていく。
それと同時にクロノスが息を吹き返し、女性は安堵の表情を浮かべる。
「良かった……」
とは言っても、このまま雨に濡れたままにしておくことはできない。
雨宿りも兼ねて、この青年を安全な場所に連れて行かなければと女性はローブの下から木の杖を取り出す。
「《大地の精霊よ。我が声に応え、我に力を貸したまえ》」
杖で地面を突いて詠唱する。
地面が膨れ上がり、岩が人の姿を模した人形となる。
女性はゴーレムに「この人をお願いします」とお願いする。
ゴーレムは小さく頷くとクロノスの体を抱き上げた。
抱き上げた際、クロノスの体が大きく揺れて首飾りが跳ねる。
ティンカーベルからプレゼントとして贈られた花弁の水晶の付いた首飾り。
その水晶が淡く桃色の光を放っているのに、彼女は気づいたのだった。
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クロノス視点
全身がまるで鉛のように重い。
瞼を開けるのすら躊躇うぐらいに。
でもこのまま眠り続けるのが何だか無性に怖くて、俺は気力を振り絞って瞼を開ける。
「……なんだここ?」
瞼を開けた俺の周りには真っ暗な闇だけが無限に続く空間の中だった。
存在しているのは俺一人だけ。
ただただ先の見えない闇が深くどこまでも広がっている。
「俺、さっきまで草原にいたはずなのに……」
「ここはあなたの深層心理なのですよ」
不意に女の声が聞こえ振り返る。
いつ現れたのか、俺の背後に時の女神ルディヴァがにこやかな笑顔を浮かべ立っていた。
「どうも〜」
「……チッ」
「おやおや〜、顔合わせるなり舌打ちとは、女神様に対していい度胸してますね」
「現れたのが、人を変な場所にいきなり放り出してくれた張本人なんだ。舌打ちぐらいする」
俺の体は相変わらず青年のままだ。
とっとと元の少年の姿に戻して欲しい。
「あんた、俺をこんな姿にして何がしたいんだ?」
「ちょっとした意趣返しですよ〜。本当はあなたを抹消するのが早いんですけど、先輩があなたのことで慌てふためくのが面白いので」
意趣返しって……普段ルディヴァに何をしてるんだギルニウスは……
「それに、あなたを見ているのも結構楽しそうですので」
「まるで人をオモチャみたいに言わないでくれ」
「オモチャですか。近いかもしれませんね。あなた、自分がこの深層心理に来る前に何があったか覚えてますか?」
深層心理に来る前?
そういや、なんで俺ここにいるんだ?
そもそもどうやってきたんだ?
人里を目指して森を出て、草原をひたすら歩いていたはずだ。
その時に黒いマントに黒い肌の男と出会って、それから……それから?
あれ、その後って何があったんだっけ?
黒い瘴気みたいなのを放たれて、俺はそれを……
「思い出せない」
黒い肌の男が放った闇の瘴気──そこまでは覚える。
でもそこで記憶が途切れてて、何が起きてここにいるのか思い出すことができない。
俺の答えに何が面白いのかルディヴァは満面の笑みを浮かべている。
「やっぱり面白いですねぇあなたは。先輩が選んだ理由が分かる気がします」
選んだ……?
何を言ってるんだ、俺は不幸な事故で死んだから、ギルニウスが可哀想だと思って転生させてくれたんだ。
神様が俺を転生させた理由なんて、ただそれだけのはずだ。
「知らないのは怖いですねぇ。自分が何に利用されているのかも分からず生きているなんて」
ルディヴァの言葉の意味が分からない。
利用されている……俺が?
ギルニウスに?
一体何を言ってるんだこの女は?
「直にわかりますよ。先輩がどうしてあなたを選んだのか、何に利用されてるのか。ほら……もうすぐそこまで」
ルディヴァが杖で示す先──何もないただの暗闇。
だかその暗闇の向こうから、何が蠢き近づいて来る。
「ここはあなたの深層心理。つまりはクロノス・バルメルドの心の奥底」
ルディヴァの話しを流しながら近づいて来る何かを視ようと右眼にマナを込める。
しかし右眼の能力を使っても、闇に蠢く何かを確認することはできない。
「疑問に思ったことはありませんか?どうして転生したあなたは赤ん坊ではなく五歳児の少年だったのか?どうしていきなり奴隷として捕まっていたのか?どうしてバルメルド家の養子として迎え入れられるように仕向けられていたのか?」
どんどん闇の中で蠢く何がこちらに近づいて来る!
それは形を持っていないが、波のように押し寄せようとしてる!
「お、おい女神様!?あれ何なんだ!?」
「さぁ、何なんでしょう?そうそう、もう一つ疑問がありますね」
「こんな時に何を呑気に!」
「あなたの肉体は、元々誰の物だったのでしょう?」
その疑問に俺はハッとして闇の波が迫って来るのを忘れルディヴァを見る。
この肉体が誰の物って……転生した俺の物ではないのか?
「だって、変だと思いません?どうして神であるギルニウス先輩が、あなた一人をやたらと気にかけるんですか?先輩には他にも信者はたくさんいるのに」
「それ……は……」
「あなたが転生者だから?だったら他にもいるじゃないですか」
そうだ、俺の他にも転生者はいる。
坂田やセシールだって転移・転生者だ。
俺が知らないだけで、もしかしたら他にも転生者は複数人いるのかもしれない。
でも神様からその話題が上がることはない。
「それはあなたが先輩にとって特別だから。では何が特別なのか?」
「特別……?俺が……?」
「よぉく思い出してみて下さい。先輩があなたを助けに現れるのはどんな時ですか?」
ギルニウスが助けに来るタイミング。
俺の様子を見に来るか、魔物に襲われた時だ。
でも、あれは信者で転生者の俺が心配だからって……
「あなた自身が特別なら付きっきりで見ればいい。でも決まって現れるのはあなたに危険が迫る時」
そうだ、たまに様子見とか言って夢に出てきたりするけど、大抵その後には何かしら起きた。
どんどん闇の波が迫って来ているが、俺は逃げることを忘れてしまう。
ルディヴァは何か知っている。
俺がどうして転生して五歳児の体だったのか、どうしてバルメルド家に養子として迎え入れられるようになったのか知っている。
そこにギルニウスの意図があったのを!
「あなたも一度ぐらいは疑問に思ったはずです。あなたが転生したのは五歳児の少年。じゃあ──その五年間を生きていた肉体の持ち主は、一体どこに行ってしまったのでしょう?」
その言葉と同時に闇の波が襲い飲み込まれる。
答えを教えてもらう前に波に飲まれた俺は激流に流され、どこまでも深い闇の中へと沈んでいくのだった………………
闇に沈む中で意識が覚醒し眼を覚ます。
全身から汗が噴き出ており、不快な感触に顔を歪めた。
眼を覚ました俺の眼に映るのは岩の天井。
耳に聞こえるは足早な雨音と木が燃え弾ける音。
どうやらここは現実のようだ。
さっきのは夢だったのか、それとも本当に俺の深層心理の世界だったのだろうか。
身体を起こすと自分の身体に毛布が掛けられているのに気付く。
すぐ側では焚き火が焚かれており、誰かが俺をこの洞窟まで運んでくれたみたいだ。
拘束もされていないし、盗賊とかの輩ではないだろう。
「にしても……寒いな」
この雨で気温が下がっているせいだろうか……身体が冷える。
寒さに震えて己の身を抱くが震えが止まらない。
何故だか怖い。
何が怖いのかは分からないけど、ただ漠然とした恐怖心を感じる。
「目が覚めた?」
女性の声が聞こえ顔を上げる。
洞窟の外に眼を向けると、色褪せた茶色のとんがり帽子とローブに身を包む、青い瞳の女性が震える俺を心配そうに見ているのだった。
次回投稿は来週土曜日の22時です!
三連休なんで連続投稿します!




