第八十四話 花園の抱擁
連続投稿三日目です!
スプラトゥーン2が発売されましたが、私のネット環境は対戦環境に向いてないのでできないので買えません!
「セシールさんは……人を、殺したことはありますか?」
クロノスは自分と同じ転生者であるセシールにそう質問をしていた。
彼の心の中に残るシコリを取り除く為に……
その問いに対しセシールは、
「あるぞ」
短く答える。
人が人を殺めるなどこの世界では日常茶飯事だ。
セシールの場合は特に研究成果を奪おうとする輩とのいざこざが多い。
王城の離れにある塔の最上階に住んでいるのもそれが理由だったりする。
返事の早さと回答の両方にクロノスは驚く。
なんでそんなことを聞くのかとセシールは一瞬不思議に思ったが、すぐにその質問の意味を悟る。
「お前……人を殺したんだな?」
セシールの言葉にクロノスが小さく震える。
図星だと分かるとセシールの中でもう対応は決まっていた。
これはまともに取りあう内容ではないと。
「ならもう帰れ。お前が満足する解答を私は持ち合わせてない」
「え……な、なんで!?少しぐらい話を聞こうとは」
「思わんな。私はお前のママではないのだ。良心の呵責に苦しんでいるのなら勝手に苦しめ」
「慰めようとは、思わないんですか」
慰める、と言う言葉にセシールは鼻で笑う。
彼女にとってこのやり取りは前世で何度も体験したことだ。
研究者の彼女にとって、自分の周りで研究成果の利権争いは日常茶飯事だった。
汚い大人たちや金の亡者どもが自分の周りに群がってくる。
そして事故や事件を起こし自分の所に相談しに来る。
だがセシールは知っていた、それは慰めや助言を求める為に来ているのではないと。
だからセシールは今までと同じように答える。
優しくしてやる義理などない。
「ならばはっきり言ってやろう。お前は慰めて欲しいのではなくて、自分が人を殺した事実を正当化する理由を他人から与えられたいのだろう?」
セシールの指摘にまたまたクロノスが驚いた顔をみせる。
その姿にセシールはしたり顔を見せた。
やっぱりな、どうせそんなことだろうと思ったと言わんばかりに。
「なら諦めるのだな。私はお前にそこまでの興味はない。電話交換手のアイディアには感謝しているが、だからと言ってお前の愚痴や懺悔に付き合うつもりはない」
セシールに突き放され、クロノスは何か言いたそうにするが、彼女の冷たい目に言葉が出てこなくなる。
もう用がなくなってしまい、クロノスは「それじゃあ、失礼します……」とまるで捨てられた子犬みたいに項垂れて帰っていく。
扉を閉め出て行ったクロノスを見送ると、セシールは盛大な溜息を吐いた。
「全く、世話のかかる奴だ」
呆れながら作業台に置いてある『試作型携帯電話一号機』を掴む。
四角く削っただけの魔石だが、以前クロノスに見せた物より内部の術式構造は改良されている。
通話する相手は決まってる。
このライゼヌス城内で同じ型の試作機を持ってるのは一人しかいない。
✳︎
クロノス
セシールの研究塔を出て長い階段を降り続ける。
彼女は人を殺したことがあると答えた。
ならば俺の話を聞いて、何か助言または相談に乗ってくれると思っていたのだが、見事に胸の内を見抜かれてしまった。
『自分が人を殺した事実を正当化する理由を他人から与えられたいのだろう?』
確かにその通りかもしれない。
俺は、俺が犯した過ちを誰かに『そんなことはない。君は悪くない』と言って欲しいだけなのかもしれない。
でなければ、自分で『正しい事をした。あれは間違いじゃない』と勝手に自己完結すればいいだけだ。
でも俺はそこまで器用な性格じゃない。
面倒臭いと自分でも分かっているが、そんな簡単に割り切れそうにない。
「戻りたくねぇなぁ……」
廊下を歩きながら食堂に戻るのを躊躇する。
セシールと会話してほんの少しだけ気分は紛れたが、またあの賑やかな空間に戻るのは耐えられない。
かと言って、いつまでも戻らず屋敷の中をうろつく訳にも行かないし。
「はぁ……どうしよ……」
「なにがですか?クロノス君」
頭を垂れながら歩いていると独り言に誰かが質問してくる。
驚いて顔を上げると、ドレス姿のベルが正面に立っていたのだ。
いや、たぶん待っていたのだろう。
俺がここを通るのを……でも、なんで?
「ベル、どうしてここに?パーティーは?」
「抜け出してきちゃいました。クロノス君がなかなか戻ってこなかったので」
抜け出してきちゃいましたって、可愛い顔で言うなオイ。
つまり戻らない俺を迎えに来たのか。
ゆっくり戻る作戦はどうやら失敗みたいだ。
仕方ない、王女直々に迎えに来たのなら戻るしかないか。
観念して食堂に戻ろうと歩き出すと、
「クロノス君、戻る前に少しだけ付き合ってもらっていいですか?」
王女様から寄り道を提案されるのだった。
断る理由もないし、賑やかなパーティーの輪に戻らなくていいのなら大賛成だ。
俺は頷くとベルに連れられ、食堂とは反対方向に歩き出した。
連れて来られた先は、ベルが花を育てている庭園。
月明かりに照らされ、昼間に来た時よりも幻想的な空間に見える。
そのまま庭園の奥へと歩き、ベンチの置かれた休憩場へとやってきた。
ベルはベンチに座るとこちらに微笑む。
隣に座れってことだろう。
俺は大人しくベルの隣に腰掛け、二人並んで月明かりに照らされる花々をただ眺める。
「月に照らされる花も綺麗ですね」
「……そうだな」
自分の側頭部にも花咲いてるけど、その発言は自画自賛なんだろうか。
いや、たぶん無自覚だからここは流しておこう。
同意するもそれ以上会話が広がることはない。
二人とも黙って月明かりの中花を見つめるだけで、特に何もせずにじっとしている。
それに耐えらなくなったのか、はたまたタイミングを伺っていたのか、口を先に開いたのはベルだった。
「あの……クロノス君。何か悩んでいるんですか?」
「どうしてそう思うんだ?」
「今日会った時から、ずっとうわの空です。いいえ、インスマス教会から出てきてた時から」
そんなに前からベルにさえ分かるほどうわの空だったのか俺は。
「もし何か悩みがあるなら、私が聞きますよ?」
「いや……いいよ。ベルに聞かせる程、いい話じゃない」
人を殺したなんて話、まだ子供のベルに相談なんてできないし、きっと怖がらせるだけだ。
俺の答えに「そうですか……」とちょっと残念そうなベル。
せっかく俺を心配してくれてのことなのに、それを拒否してしまったのは少し心苦しい。
すると、ベルが両手を広げて見せた。
えーと、なにをするつもりなんだろう?
「ちょっと、ごめんなさい」
一言断りが入り、何に対する謝罪なのか分からずにいると、ベルの両手が俺の頭を抱えそっと胸元まで抱き寄せられた。
はい……何で抱き寄せられたの俺?
いやいやいやいやいやいや、マズイでしょこれは!!
突然ベルに頭を抱かれて頭の中がパニックになる。
でもやっぱ女の子なんだな、頭を抱く腕も細いし、胸の膨らみも少しあ──だからそうじゃなくて!!
「あ、あの……ティンカーベル王女様?一体なにを……」
「やっぱり、嫌、でしたか?」
「いや、嫌ではないけど……」
むしろ女の子に頭を抱き寄せられるとか御褒美です。
でも流石にこの体勢はマズイでしょ!
こんな所をもし誰かに見られたりしたら間違いなく打首獄門だよ!
「お母様が、お父様がお疲れの時はよくこうしていたんです。だから、クロノス君もこうしたら元気になるかと思って」
グレイズ国王様普段から妻にどんなことさせてんの!?
自分のこと『グレちゃん♡』って呼ばせたり、疲れた時は頭抱いてもらったりって厳つい顔してめっちゃ甘えん坊じゃん!!
「嫌な時はちゃんと言ってくださいね」
そう言うとベルは俺の後頭部を優しく撫で始める。
あかんあかんあかん、この状況はマズイとわかっていても頭を撫でられると抵抗心が無くなっていく。
頭を撫でられるのを拒否することも、引き離すこともできずに俺は黙って頭を撫でられる続ける。
てか、微かに嗅ぎ覚えのある甘い匂いが……
「ベル、頭の花から匂い出してる?」
「はい。心が落ち着く香りを。私もお母様に頭を撫でられる時は、同じ事をしてもらってました」
「……ベルのお母さんが、アラウネなんだよな?グレイズ国王様は人族だったけど」
「ええ、そうです。アラウネのお母様は、王都から離れた『純真の森』に今は住んでいます」
どこだよその森……名前からしてすごくいい所だと思うけども。
頭を撫でられ続けていると、次第に睡魔に負けそうになってきた。
でも眠ったら、きっとまたあの光景を夢に見る。
それだけは嫌だ。
あんな夢を見るぐらいなら起きていようと身をよじると、
「大丈夫ですよ。クロノス君」
耳元でそっとベルが囁いた。
「教会でクロノス君と別れた後、クロノス君に何があったかは分かりません。でも……今はもう、大丈夫ですから」
彼女が俺の頭を撫でる力が自然と強くなっていた。
でも嫌ではない、その小さく温かい手に自然と安堵してしまう。
だんだん瞼が重くなってくる。
だけど、眼を閉じるのが恐い、眠りに落ちるのが恐い。
あのインスマス面の司教の死に顔が、また俺に迫って来るのが恐ろしい。
だから眠れない、眠りたくは
「だから──お休みなさい」
あぁ……ダメだわこれ……勝てないわ。
優しい声と温かい手、そして甘い匂いに包まれて瞼を閉じてしまう。
久々に他人の温もりに包まれたまま、俺は深い眠りへとついてしまう。
だけど、その夜は夢を見る事なく眠れるのだった。
ここから始まるクロノストラウマタイム。
いつまで続くかこの闇。
次回投稿は来週土曜日の22時になります!
そして、来週をもって第三章は終了となります!




