第八十二話 事件の後に
暑すぎてクーラーを止められないです
学生さんたちは、早いところはもう夏休み始まってるらしいですね
まぁ僕には夏休みなんてないんですけど……
ライゼヌス滞在四日目。
前日の『インスマ教児童誘拐事件』が解決し、俺が騎士団の救護室に運ばれてから十時間近く経った頃。
「はぁ……くそねみ……」
遥か頭上で輝く太陽を見上げながら愚痴をこぼした。
教会から帰った後はもう大変だった。
まずベルに大丈夫かと必要以上に心配され、ユリーネたちに無事で良かったと揉みくちゃにされ、騎士団でイルミニオの部下たちに褒めちぎられた後に俺が見聞きしたことを説明した。
その後は精神鑑定だの身体検査だのとあちこち引き連れられて、今ようやく全ての検査が終わったところなのだ。
おかげで一睡もできずにずっと起きている。
いや、寝るタイミングはいくらでもあったのだがどうしても眠ることができなかったのだ。
「クロちゃん、大丈夫?目の下のクマすごいわよ?」
大きなあくびをしているとユリーネが心配そうに声をかけてくる。
さっきから窓の外に映る自分の顔を見てヒデェ顔とは思ってたが、そんなにすごいのか。
「あちこち行って疲れたの?どこかで休憩する?」
「いえ、大丈夫です」
どのみち休めませんから、と付け加えて首を振る。
この後も予定が押してるのだ。
休む暇ない。
「そう……」と未だに心配そうにするユリーネだが、それ以上は何も言ってこない。
次の目的地に向かって歩き出すと手を繋いでくるのだが、今日に限ってはそれを振り払おうとはしない。
ジルミールの一件があった直後なのだ。
今日だけは母親の我儘には文句は言わないと決めたのだ。
ジルミールに関してだが、その時俺は治療を受けていたのでジェイクたちとのやり取りは詳しくは知らない。
イルミニオの話では
「もう二度とあいつにはバルメルド家を名乗らせん」
と言っていた。
まぁ要するに勘当である。
前回ジルミールを屋敷から追い出した時は、負い目から少しの金貨とバルメルド家の紋が刻まれた短剣を渡してたそうだ。
手元にそれだけを残し、外の世界に揉まれればあの腐った性根も治るだろうと考えていたらしい。
イルミニオの世代ではそういうのが普通だったそうなのだが、ジルミールにその根性論は通用しなかった。
挙句の果て国を脅かす異教徒を招き入れて、児童誘拐事件に加担したのだ。
もはや言い逃れも擁護もできまい。
結果、バルメルドを勘当され騎士団の重要危険人物としてリスト入りを果たしたそうだ。
彼はそのまま監獄に送られたそうだが、出所してもジルミールはもうライゼヌスでは生きてはいけないかも。
その話を俺とユリーネが聞いたのは、ジルミールが王都を追い出された後だった。
帰ってきた息子がまたいなくなった。
しかも今度はもう二度と会うことはないだろう。
それがユリーネの心にまた深く傷をつけたかもしれない。
だから今日一日は優しくしてやってほしいとイルミニオに頼まれたのだ。
別にそんな風に頼まなくなって、俺はいつだって母さんには優しくしているのにな。
ジルミールに関してはそんなとこだ。
一方のインスマス教会なのだが──教会内の資料を全て押収した後取り壊しが決定している。
結局あの門の形をした装置も使用用途が解らずに地下は埋め立てが決まったそうだ。
しかしインスマス教団に関しては謎が多く、構成員はジルミール一人しか捕まっていない。
残りの団員は姿を消し、司教の老人も俺が戦った『インスマス村の海底』とやらの建物と共に海の藻屑となってしまった。
何よりも一番の謎は『ディープ・ワン』の死体が一体も無いことだ。
司教が魔法で生み出した水の中から無限に沸き続けていたディープ・ワン。
しかし司教が死んで魔法の効果が切れて水が引いた後、そこにディープ・ワンの死体は跡形も無かったそうだ。
あるのは騎士団の死体だけ。
ディープ・ワンの血痕も、武器として使っていたトライデントすら無かったそうだ。
しかもインスマス教団の裏の顔《ダゴン秘密教団》との繋がりを示す資料は今の所見つかっていないらしい。
つまり、この件でインスマス村にも《ダゴン秘密教団》と呼ばれる宗教にもライゼヌス王国は一切手出しができない。
なんせインスマス面がインスマス教会を名乗っていたとは言え、本当に彼らがインスマス村の人間であり《ダゴン秘密教団》の指示で動いていたと証拠付けるものが何一つないのだから。
これについてはインスマス教団はトカゲの尻尾切りではなかったではないかと囁かれているらしい。
つまるところ、今回の件でインスマスの人間を捕まえるのもインスマス村に押し入るのも不可能と言うことだ。
実行犯である教団たちを捕まれば背後関係が掴めるかもと、王都からインスマス村までの道を各地方の騎士団支部と連携して監視はしているとのことだが、果たしてそれで奴らが捕まるかは怪しいところだ。
それと誘拐されていた子供たちだが、検査の結果以上は見当たらなかったそうだ。
クラウラを含め、皆元の生活に戻っている。
グレイズ国王も今回の件を受けて、今後インスマス出身者の王都への滞在は厳しく取り締まるそうだ。
また同じような事件を起こすとも限らないし、できれば俺ももう二度と奴らとは関わりたくない。
補足だが、今回身内が事件を起こしたことでバルメルド家ではかなり大騒ぎになった。
一時はイルミニオが責任を取り、騎士団を辞職して自らの首を差し出そうとまでする事態に発展しかけた。
もちろん周りはそれを止めたし、部下の騎士団員たちの嘆願により阻止はできた。
裏で神様が動いてイルミニオを止めていたのを俺が知るのは、もうちょっと後である。
以上が、今回起きた『インスマス教児童誘拐事件』で現在はっきりしていることだ。
✳︎
四日目は結局、検査やら聴取やらでほとんど時間が潰れてしまった。
俺を含めたバルメルド家一同は、グレイズ国王から食事会に招かれ王城へと馬車で連れてこられていた。
もちろんイルミニオやクラウラたちも一緒だ。
姉弟たちは王城に招待されたと喜び、親たちは粗相が無いようにと大慌て。
俺?
もちろん寝不足のままだから殆ど意識がない。
朝からずっと眠れぬまま一日を過ごしている。
正直朝の検査から何をして何の検査をされたのかすら覚えていない。
そんな俺とは対照的にクラウラたちは初めて訪れる王城に目を輝かせている。
「すごい……近くで見ると大きなわね」
「でかい!」「おっきい!」
姉弟たちの反応を後ろで見ながら城内に入る。
ここに来るのは二度目だが、今回は全然緊張していない。
食堂まで通されるとグレイズ国王と白いドレスに身を包んだベルが俺たち家族を出迎え挨拶してくれる。
「バルメルド家の皆さん、ようこそおいで下さいました。王女のティンカーベルです」
「国王のグレイズだ」
「クロノスの父のジェイク・バルメルドです。本日は御招きいただき光栄でございます」
「そう堅苦しいのは無しにしろ。今日はお主たち家族の功績を労う為の食事会なのだ」
さぁ席へ、とグレイズ国王がジェイクたちを席に案内する。
ベルは笑顔を浮かべながら俺の元へと来る。
「こんばんわクロノス君。来てくれてありがとうございます」
「いや……こっちこそ、御招きいただき……」
「クロノス君、大丈夫ですか?すごく疲れた顔してますよ?」
「あぁ、大丈夫だいじょぶ……」
今自分がどんな顔してるか知らない。
クマが酷いからと屋敷を出る前に化粧されたのは何となく覚えてはいる。
空返事で返すとベルが俺の手を取り誘導しようとする。
「こっちへどうぞ。この前の話の続き、また聞かせてください」
期待の眼差しを向けベルは俺を席へと案内させる。
でも俺の目には豪勢な料理も華やかな食堂も映らない。
まだ俺の眼には、司教を殺した時の映像が瞼に焼き付いていた。
今日からまた連続投稿になります!
丁度今月末に第三章が終わるように投稿します!
次回投稿は明日22時です!




