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第七話 窮鼠大蛇に噛む


 何もない暗闇の中を俺は漂っていた。

 手足の感覚はない。

 ただ暗闇の中をふわふわと流されている。

 俺はどうしたんだっけ?何でこんな所にいるんだっけ?

 思い出せるのはたった二つ。

 空から瓦礫が落ちてそれに潰される光景と、穴の中を転がり水の中に放り投げられ意識が遠く光景だけだ。

 その二つのイメージが交互に浮かび上がり消えていく。

 しばらく流されていると、目の前にオッドアイの白髪の少年が現れる。

 少年はその二色の眼で俺のことをじっと見つめてきた。

 だがその双眸に俺の姿は映っていない。

 あるのはただ闇だけ。

 何者もその眼にはいない。

 なら、今彼の目の前にいるはずの俺は?

 目の前にいるはずの俺はどこにいるのだろう?

 二色の眼の少年は穏やかな顔で俺を見つめてくる。

 次第にその穏やかな顔つきに変化していく。幼い少年は俺に微笑みかけてきた。

 だがその笑みはおよそ人が浮かべるものとは思えぬ邪悪なものだった。

 細めた眼は怪しく光、口元は下卑た笑いを浮かべる。

 目の前にいるこれは人間ではない。こいつはきっと悪魔だ。

 恐ろしく妖しい笑みを浮かべるこいつは化け物だ。

 その不気味な笑みを浮かべる少年に対し、俺は頭突きを繰り出す。

 その瞬間、少年の瞳に俺の姿が映る。

 白髪に二色の眼の少年。

 それが俺の姿だった。

 俺は俺と同じ姿の化け物に額を打ち付ける。

 同じ姿をした何かはガラスのよう全身に亀裂が走る。


「お前じゃない。お前は……俺じゃない」


 しっかりと、目の前の下卑た笑みを浮かべる悪魔に告げる。

 クロノスと同じ姿をした悪魔は砕け散り、クロノスである俺だけが暗闇の中に残される。

 すると、頭上から光が降り注がれる。

 暗闇だった世界に光溢れ、俺の意識が覚醒していった。


✳︎


 眼が覚める。

 水の冷たさが心地良かったが、このままだと風邪引くな、なんて思いつつ俺は顔を起こした。


「寒っ!冷たっ!首めっちゃ痛ぁ!」


 意識がはっきりしてくると水の冷たさと転げ落ちた時の痛みを一気に感じ、慌てて水の中から這い出る。

 辺りを見回すと皆で休憩を取ったあの池がある洞窟だった。

 どうやらあの穴はここまで繋がってたらしい。


「戻ってきちゃったのかよ……あれからどれくらい時間が経ったんだ?」


 外はまだ明るいままで、意識を失ってた間も大蛇に食べられてないってことはそんなに時間は経っていないのだろう。

 でもすぐにここを離れなければ、いつあの大蛇が追いかけてくるかわからない。

 そう言えば、先に外に向かって行ったレイリスたちは無事だろうか?

 追っ手は皆大蛇に食べられたので、彼らを追う者はいないだろう。

 でも俺が追いかけて来ないのを不審に思い、レイリスあたりは引き返してくるかもしれない。

 そうしたら大蛇と鉢合わせ襲われてしまうだろう。

 そう考えたら、こんなところで悠長にしてられない。


「急いで元の場所に行かないと……もうこんなところたくさんだ」


 この世界に来てからいい思い出が一つもない。

 神様だっていつの間にかどっか消えてしまうし……


「あぁ、もう最悪だ」


 歩き出そうとした瞬間黒い影が落ちて来る。

 影は池の中へと落ちると巨大な水柱を立てた。

 池に溜まっていた水が一斉に洞窟内に降り注ぐ。

 嫌な予感がして振り返ると、そこには全身水浸しになり翠の鱗を太陽の光で輝かせる大蛇の姿が!


「来んのはぇよ!しつけぇよお前!」


 明るい所で見ると一層大蛇の恐ろしさが増す。

 またこいつと追いかけっこしなきゃならないのか!

 もういい加減うんざりする。

 俺はここ死ぬまでこいつから逃げなきゃいけないのか?

 こいつに怯えながら?

 そう考えると、だんだん腹が立ってくる。

 俺は前世で成し遂げられなかった童貞卒業をしたいだけなのに、何でこんな目に会わなくちゃあいけないんだ?

 何でこんな大きいだけの蛇を怖がらなくちゃあいけないんだ!


「シャァァァァ!」

「くっ!」


 俺を飲み込もうと大口を開け飛びついてくる大蛇をギリギリで避ける。

 地面にかぶりついた大蛇を目の前にした俺は、


「いい加減、しつこい!」


 落ちていた石を拾い上げ、大蛇の右眼に振り下ろした。

 鋭く尖った石が大蛇の眼球に突き刺さり、大蛇はその痛みに驚き首を振り回す。

 振り回された頭に激突し、俺は後方に吹き飛ばされ地面を転がる。

 強烈な激痛が全身を襲う。

 だが一矢報いってやったぞ!

 眼を潰されたことに激怒したのか、大蛇が咆哮を上げる。

 右眼から血を流しながら再び大口を開け飛び込んでくる。

 俺は左眼に石を突き刺してやろうと思い、もう一度避けようと身構えた。

 だが……大蛇の動きが変わった。

 飛びつく寸前、頭を振り上げ身体を反転させ尻尾を俺の身体に叩きつけたてきた。

 また飛び込んでくると思い込んでいた俺はその動きを読めず、防御もできず尾の衝撃を受け吹き飛ばされてしまった。

 飛ばされた先で壁に叩きつけられ背中に激痛が走る。

 息ができない。苦しい。目の前が一瞬真っ白になる。


「こ、このやろう……!」


 マズイ、体が思うように動かせない!くっそ痛え!

 立ち上がることもできず壁にもたれかかる。

 獲物が動かなくなったのを見て長い舌をチロチロと出している。

 駄目だ!このままだと喰われる!

 早く、早く逃げないと!


「シャァァァァァァァ!!」


 咆哮と共に大蛇の大口が開き迫ってくる。

 脳裏に前世での最後が再生される。

 あの時もそうだった。

 目の前に迫る死に何もできず。

 ただ無力感に支配されながら死に押し潰されるのを。

 また俺は死ぬのか?

 せっかく転生したのに、また俺は死んでしまうのか?

 冗談じゃねぇ……まだ死にたくねぇよ……まだ、何もしてないのに!

 まだ何も始まってすらいないのに!


「死ねるかよォォォォ!!」


 転がっていた石を拾い上げ、すぐさま振り上げる!

 狙うのは奴の口の中!

 こんな奴に喰われてたまるかァァァァ!!

 眼前まで迫った大蛇の口に握り締めた石を振り下ろす。

 それと同時に目の前が真っ暗になった。

 俺は大蛇に喰われてしまったのか?

 でも何故だろう。

 やたらとゴツゴツして冷たい物に包まれている気がする。

 大蛇の口の中はこんなにも冷たく固いのだろうか?

 嫌だなぁ、こんなやつの胃の中で溶けるのなんて。


「全く、石ころで大蛇に立ち向かうとは……なんと無謀な子供だ」


 頭上から人の声が聞こえハッとする。

 もしかして、これ大蛇の口の中じゃない!?

 閉じていた眼を開けると、目の前に白い装甲が飛び込んできた。

 顔を上げるとそこには、顎髭を蓄え、頬に傷を持つ黒髪の男の姿があった。

 俺が大蛇の口の中だと思ったのは、白い鎧を着た男の腕の中だったのだ。

 どうりで固いし冷たい訳だ。

 とか言ってる場合じゃねえ!誰だこの渋いおっちゃん!?


「下がってなさい。後は私に任せて」


 白い鎧の男は抱き抱えていた俺を下ろすと、俺の身を案じ自分の背後に回す。

 俺はただ黙って男の背中に回り、目を白黒させていた。

 男が腰の帯剣を引き抜き構える。

 背中越しからわかるその闘志で彼の背中は大きく逞しく見えた。

 大蛇と剣を構えた男が睨み合う。先に動いたのは──


「シャァァァァァァァ!」


 大蛇だ。

 その大口を開け突撃してくる。

 だがただの突進ではない。

 その動きの途中でわずかに頭が上にブレる。


「尻尾に気をつけ……!」


 大蛇の尾に気をつけてと言いかけた瞬間、眼に見えぬほどの速度で男が剣を振る。

 まだ男と大蛇の距離は離れているのにも関わらず、大蛇の首が胴体からざっくりと斬られたかのように崩れ落ちた。

 え、何これ?

 どゆこと?

 一撃で……倒した!?

 何だ今の!?

 剣振っただけにしか見えなかったのに、大蛇の首が綺麗に切断させてるぞ!?

 あっさりと倒された大蛇を呆然と眺めていると、鎧の男が振り返る。


「君がクロノスだね?」

「え……あっ、はい」

「君のお友達から、君を助けて欲しいとお願いされたんだ。他の子はみんな無事だよ」


 俺の友達?

 レイリスのことだろうか。

 そうか……みんな無事外に出れたのか。

 じゃあ、この人は一体?

 俺の疑問を余所に鎧の男はボロボロの姿の俺をじっと見つめてくる。

 その眼はどこか哀しそうだ。


「こんな小さな子供が、盗賊団相手に……しかもあんな大蛇の魔物まで相手にして」


 盗賊団?

 あ、そうだ盗賊団。

 大蛇に飲まれたままだ。

 でも今ならまだ消化されてないだろうし助かるかも。

 その事をこの人に伝えないと。

 一歩踏み出そうと前に出るが、何故だか足に力が入らず倒れそうになる。

 鎧の男はそれに気付き、倒れそうになった俺を抱きとめてくれた。


「大蛇の……腹の中に、俺たちを攫った、人攫いが……」

「そうか、わかった。何とかしよう」


 あれ、何だか、眠くなってきた。

 そういや、逃げるのに必死で忘れてたけど、腹も減ったしすっごい疲れた。


「大丈夫だ。もう大丈夫」


 何でだろう。

 この人は鎧を着ていて、その感触は冷たい固いのに──とても暖かくて安心する。


「今は、ゆっくり休むといい」


 あぁ、そうだな。ちょっと休もう。

 色々あって疲れたけど、もう大丈夫みたいだから。少しだけ、ほんの少しだけ休もう。

 名も知らぬ恩人の腕に抱かれ、俺は意識を手放す。

 まだ目の前の問題が解決しただけで、これからの事を考えると安心なんてできないはずなんだけど。

 今は不思議と、心から安心して休める気がした。

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