第七十四話 大混戦
ようやく三章も決着が見えてきました。
しかし、クロノスの受難はまだまだ続きます。
ディープ・ワンの持つトライデントの槍先が迫る。
すんでのところでかわすし、槍先が鼻を掠める程度で済んだ。
透明マントの内側に作ったポケットからナイフを二本取り出すと両手で構える。
再び突き出されたトライデントをナイフ二本で弾く。
魔法で撃退したいけど、周りでは騎士団の人たちもディープ・ワンと戦っていて乱戦状態だ。
こんな状況で魔法を使えば他の人に被害が及んでしまう。
そうなると火と風は使えない。
水も威力が高くなければ攻撃には使えないので駄目だし、雷は浸水したこの場所で使えば全員が感電してしまう。
この教会の壁と地面はマナを通さないから土属性は使えない。
ならば使える魔法は後一つだけ……ッ!
「うわっと!」
突き出された槍先をかわすが、膝下まで流れる水に足を取られ転んでしまう。
水の中で尻餅をついて体勢を崩してしまった。
その隙を見逃さず、ディープ・ワンがトライデントを振り下ろし、俺を串刺しにしようとする!
「氷よ!突き刺せ!」
咄嗟にマナを込めて氷属性の魔法を発動させる。
マナが水中で渦巻き、二つの氷を生成し水面へと突き出す。
氷の壁を防御、もう一方の氷は先端を尖らせ水柱を攻撃として使用する。
突出した氷の壁で槍先を受け止め、尖がされた氷柱でディープ・ワンの右肩を狙う。
ところがトライデントは防げたが、水柱はディープ・ワンの右肩を貫くことができなかった。
あのテラテラと光る鱗にぶつかっただけで貫通まで至らない。
予想していたよりマナ濃度と魔法のイメージが弱すぎた!
ディープ・ワンはトライデントを振るい氷を破壊する。
そしてもう一度俺に槍先を振るう!
「クロノス、頭を下げろ!」
声が聞こえ咄嗟に頭を下げる。
頭上を剣が通り抜け、ディープ・ワンの白い腹を斬り裂いた。
ディープ・ワンの腹部から何かの液体が溢れ、水の中へと崩れ落ちた。
顔を上げると俺を助けてくれたのはイルミニオだった。
彼の伸ばした手を取り、俺は礼を言いながら立ち上がる。
「ありがとうございます」
「怪我はないな?」
「はい。でも……」
周りを見渡し惨状に言葉を失う。
突然水の中から現れたディープ・ワンの大群により、騎士団の陣形は崩壊してしまった。
団員たちはディープ・ワンの奇襲により一人、また一人とやられてしまう。
金切り声を上げる者、パニックで逃げ出す者、大声で笑いながら武器を振るう者、早口で意味の分からない会話をしている者、味方に襲いかかる者とまさに地獄絵図と化している。
先程まで優勢だったはずなのにディープ・ワンの出現で一気に戦況を覆されてしまった。
気がつけば司教やジルミールたちの姿は既にない。
この混乱に乗じて逃げてしまったようだ。
にも関わらず、床からは絶えず水が溢れ続けている。
「このままじゃ……ッ!」
迫るディープ・ワンの攻撃をかわしながら策を考える。
このままでは全員ディープ・ワンによって全滅してしまう。
イルミニオが迫ってきたディープ・ワンを蹴り飛ばすと俺の肩を掴む。
「クロノス、お前はここから脱出しろ!」
「おじいちゃんは!?」
「私はここに残り、他の者をまとめて脱出する!」
「俺だけ先に逃げろってことですか!?そんなことできる訳……」
反論しているとまた背後からディープ・ワンが襲いかかってくる。
俺が反応するよりも先にイルミニオがそれを斬り捨てた。
「お前がここにいると私が満足に戦えんのだ!邪魔でしかない!だから早く行け!」
その言葉に俺は反論できない。
確かに今の俺では満足に戦えない。
ナイフ二本ではトライデントを相手にするのは分が悪すぎる。
しかも足元の水のせいで、俺はイルミニオたちよりも動きが拙い。
今の俺にできることはない。
その事実に悔しさと歯痒さを思い知り、大部屋の外へと走り出す。
「応援を呼んで戻ってきます!」
そう言い残してその場を離れた。
大部屋を出て浸水する廊下を走り続ける。
大部屋以外でもディープ・ワンが出現したらしく、あちこちで戦闘が起きている。
足元の濁った水に騎士団の死体が漂っており、思うように前に進めない。
出口に向かって水に抗い進んでいると正面からディープ・ワンが迫ってくる。
「邪魔だ!どけよ魚野郎!」
この狭い通路なら攻撃を外すことはない!
俺は水を思い切り蹴り上げて大量水飛沫を飛ばす。
「氷よ!貫け!」
水にマナを通すと、水飛沫が一瞬にして凍りつき氷の槍となる。
今度のは硬い鱗を貫くイメージとマナを多く含んでいたおかげか、ディープ・ワンの肉を貫いた。
氷の槍が砕けるとディープ・ワンは水の中に沈む。
俺はそれを飛び越えると出口へと急ぐ。
大部屋から廊下へと出て礼拝堂へと辿り着いた。
ここにもディープ・ワンが出現したようで乱戦となっており、外に出さない為に出入り口で応戦している。
「ここにまでディープ・ワンが!」
一体どれだけの数のディープ・ワンがこの教会内に出現したのだろう。
しかし一番の疑問は、これだけの数のディープ・ワンが今までどこに潜んでいて、何故いきなり水の中から現れたかだ。
浸水するほどの水を生み出したのは司教だ。
でもその水の中からディープ・ワンが出てきたのが理解できない。
今もディープ・ワンが騎士に斬られて水の中へと沈んだのに、また水の中から別のディープ・ワンが現れているのだ。
これではキリがない。
この現象には何かカラクリがあるはずだ。
それを解明しなければイルミニオたちは敗北し全員殺されてしまう。
一体どうすればディープ・ワンのこれ以上の出現を止められるのかと考えていると脇の通路から悲鳴が聞こえる。
「や、やめてくれ!助けてくれぇ!」
通路を覗いてみると騎士団の一人が宙に浮いており、その真下に配下を連れた司教とジルミールの姿があった。
騎士はまるで何かで吊るされているかのように宙に浮いており、勢いよくその身を放り投げ出されると壁に激突して動かなくなった。
司教たちはそれに目もくれず地下へと通じる階段を降りて行く。
彼らを追うべきか俺は迷う。
もしかしたらジルミールたちは下水道を使って王都の外まで脱出するつもりなのだろう。
そうしたら、もう二度とジルミールを捕まえられないかもしれない。
でも俺が追っても、できることなんて──
「だぁーもうチクショウ!迷うぐらいならやった方がいい!」
どこかで聞いた言葉を口にして自分に言い聞かせる。
後を追うと決めると、先程宙に投げられた騎士の元へ駆けつける。
「大丈夫ですか!?しっかり!」
力なく倒れる騎士に話しかけると呻き声が返ってくる。
気を失っているだけのようで安心する。
倒れる騎士の手から離れた剣を見つけると、俺はそれを手に取りジルミールたちの後を追いかけ階段を駆け降りる。
階段を流れ落ちる水に気をつけながら地下へと降りると、地下でもディープ・ワンと騎士団の戦闘が繰り広げられていた。
戦闘をしている集団の中にジェイクの姿を見つける。
指示を出しながらディープ・ワンを斬り合っている。
「バラバラに戦うな!周りの者と協力して仕留めるんだ!」
ディープ・ワンを見ると混乱する人が多いのにいつもと同じように指揮する姿を見て安堵する。
だが声を掛けようとした瞬間、ジェイクの背後からディープ・ワンが水の中から飛び出した!
「父さん危ない!氷よ、貫け!!」
マナを込めた手を水中に勢いよく沈める。
水中に押し込んだマナを走らせ、ジェイクの背後に襲いかかるディープ・ワン目がけて氷の槍を作る。
氷の槍は水中から飛び出しディープ・ワンの背中から腹部を貫き串刺しにする。
魔法を解くと腹部を貫かれたディープ・ワンは水の中へ倒れ、ジェイクは倒れるディープ・ワンと俺を姿を見て驚きの声をあげた。
「クロノス!?」
「父さん、大丈夫でしたか?」
「君が援護してくれたのか。それより、何故まだここにいる!?イルミニオさんには会えなかったのか!?」
「会えたけど、おじいちゃんたちの方にもあの魚の化け物が現れて劣勢なんです!」
ジェイクに教会内の状況を伝えていると階段を駆け下りて騎士団が現れる。
どうやら先鋒の仲間が中々出てこないので応援に来てくれたみたいだ。
数を増した騎士団がディープ・ワンを押し返す。
この様子だとイルミニオの方にも応援が駆けつけているかもしれないと思い少しだけ安堵する。
それでもディープ・ワンの出現は止まらない。
一体倒して水に沈めてもまた水の中から新たな個体が現れてくる。
「奴ら、一体どれだけの数がいるんだ!これではキリがない!」
次々と出現するディープ・ワンを見てジェイクが憤りを感じている。
やはりこの無限に出現するディープ・ワンを止めないとダメだ。
この足元の水が流れ始めてから奴らは現れた。
この水を止めれば、もしかしたら出現も止まるのかもしれない。
「父さん、さっきここに頭に王冠を乗せた皮膚病みたいな面の面々が来ませんでしたか?」
「通ったぞ。化け物との戦闘で止めることができなかったが」
「その王冠を被っている奴がこの足元の水を魔法で生成したんです!そしてその水の中からあの化け物は出てきた」
「つまり、あの王冠の男を抑えればこの化け物の出現を止められるかもしれないと言うことか」
俺の意図を理解してくれると「よし!」とジェイクは意気込み、前を塞ぐディープ・ワンを斬り捨てる。
通路にいる騎士団全員に聞こえるように声を張り上げ、
「皆聞いてくれ!この化け物を生み出している元凶は、おそらく奥にいる王冠の被っている老人だ!今から我々は奥へと進み、この元凶を抑える!全員、陣形を保ちつつ前に進め!」
ジェイクの号令に騎士団員たちは「おー!」と答えると、雄叫びを上げながら進路を塞ぐディープ・ワンを蹴散らして行く。
確かこの先は変な門が置かれた『儀式部屋』があったはず。
ジルミールもそこにいるのだろうか?
「父さん、ここを通った一団に普通の面の青年はいませんでしたか?」
「いや、見てないが……まさかまだ人質が!?」
「違います!見てないならいいんです……見てないのなら」
それジルミールです、なんて言ったらこの場を放り出して探しに行きかねないから黙っておく。
その間にも団員たちがディープ・ワンを押し退け、通路の奥へと進む道を切り開いていた。
「ジェイク班長!道が開きました!」
「わかった!クロノス、君は早くここから脱出しなさい。ティーカーベル殿下が君を心配していたぞ」
「わかってます。父さんも気をつけて」
行くぞー!とジェイクの掛け声と共に騎士団が奥へと進んで行く。
俺はジェイクたちが進むのとは反対方向へと向かう。
司教たちを見かけたがジルミールの姿は見てないとジェイクは言っていた。
ならばジルミールが向かう場所は一箇所しかない。
浸水した廊下を進む俺の前にディープ・ワンが水中から姿を現す。
「邪魔だ魚野郎!水よ、大蛇となりて敵を飲み込め!!」
前方のディープ・ワンに対して水の大蛇を創り上げ放つ。
足元の水が大蛇となってディープ・ワンを飲み込み廊下の奥へと押し流して行った。
さすがに見慣れてきたせいか、初見の時程悍ましさを感じなくなってきた。
その代わり、今度は魚が食べられなくなりそうたけど。
障害が無くなり進み続ける俺は、教会に潜入した際に通ってきた地下への階段を前にする。
木製の扉は開け放たれており、階下へと続く階段に水が流れ続けている。
俺は一度深呼吸すると階段を降りる。
足を滑らせないよう注意しながら降りていると、階段の隙間から水が流れているのに気がついた。
上りの時は見えてなかったが、地下の保管庫に水が流れないようにしてあるようだ。
階段を降り終わる頃には水は排出されており、樽の保管庫には水溜り一つない。
保管庫の奥にはボソボソと話し声が聞こえた。
声のする方へと進むと、下水道へと続く階段の前でジルミールが立っている。
「よぉ、何やってんだい」
後ろから声をかけるとジルミールは驚きこちらへと振り返る。
彼の周りに護衛はいない。
俺とジルミール、一対一の状況。
ようやくバルメルド家の問題に片がつきそうだった。
クロノスとジルミールの一対一の対面。
暴走するジルミールと作者の明日はどっちだ!
次回投稿は明日22時です!




