第七十二話 反攻
ストック溜まったんで日曜日まで毎日投稿しまーす
今回は走るだけ
牢屋から出ようとそっと扉を開けて廊下に出る。
透明マントは付けていない。
ベルたちにこそ必要だろうと手渡したのだ。
俺が立てた作戦は至ってシンプルだ。
廊下に出て、後はもう外に向かって走るたけだ。
もちろんそれ以外にも策は考えた。
それは──
「おい、そこで何をしてやがる!」
廊下に出て忍歩きで上階を目指そうとした瞬間背後から声が聞こえる!
振り返るとインスマス面の教団員二人が立っていた!
やっべぇ、もう見つかっちまった!
予定では玄関付近まで見つからずに行くつもりだったのに!
こうなりゃ作戦変更だ!
「風よ!」
右手にマナを込めて振るう。
そこから風が吹き、教団員二人の間を通り抜けた。
だが、風を受けた二人には何の効果もない。
通り抜けるだけの風に二人は顔を見合わせる。
「なんだ今の風?」
「それよりガキを……あっ!」
二人がもう一度顔を見合わせ驚きの声を上げる。
俺は叫びながら一目散に駆け出した。
「全員走れェェェェ!外まで走れェェェェ!」
俺が走り出すと同時に周りの子供たちも俺と一緒に走り出した。
後はもうこのまま力の限り走るだけだ。
「なっ!?どうしてガキどもが!?」
「おい、牢屋が開いてるぞ!ガキが逃げた!ガキどもが逃げたぞぉぉぉぉ!!」
男の声が教会全体に響き渡る。
その声を聞いて廊下の角から別のインスマス面教団員が姿を現す。
「いたぞぉ!こっちだ!」
「風!」
教団員の姿が見えた瞬間にもう一度風属性の魔法を使う。
風は教団員の顔を撫でるだけで特に吹っ飛んだりはしない。
困惑する教団員の脇をすり抜けて、俺と子供たちは角を曲がり走り去る。
「ガキどもは奥だ!階段の方へ逃げてるぞ!」
「追え!追え!」
ひたすら地下一階を走り回る。
その度に教団員に風を浴びせて逃げる。
上階へと駆け上がると同じように廊下を走り回り、教団員たちに風を浴び続けた。
つか、本当にインスマス面しかいないのか教会。
それから数分間教会内を風を振りまきながら走り回り大部屋の中で止まる。
どうやらここは一階の食堂らしい。
俺は食堂奥へと逃げ込み、その後ろに子供たちがいる。
俺たちを追いかけて、三十人ほどのインスマス面の教団員が大部屋に流れ込んできた。
「このガキ!もう逃げられないぞ!」
インスマス面の男たちがにじり寄って来る。
改めて見ると、三十人近い数のインスマス面に一度に迫られると気持ち悪いな。
こちらに襲いかかろうと身構え、
「ちょっと待ってくれ!」
それを誰かが制した。
教団員たちが割れ、ジルミールが姿を現す。
ジルミールは俺を見ると小さく笑って歩み寄ってくる。
「まさか君が来るとは思わなかったよ。クロノス」
「ジルミール……」
「おいおい、義理の兄を呼び捨てしちゃ駄目だろ」
初めて会った時の飄々とした顔でジルミールは俺の前に立っていた。
数時間前に会った時は俺に平手打ちされて泣きそうになりながら帰ったのに。
さすがに七歳児と十八歳では身長差があるので、俺がジルミールを見上げる形もなっている。
「やっぱりあんた、インスマス教会の一員だったんだな。ジェイク父さんに言わなくて正解だったぜ」
「僕の両親の名前を気安く呼ぶな!この孤児が!」
「ほぉー、俺が孤児だって知ってんのか」
「家の情報はいつも僕の耳に届くようにしてたから君のことは知ってるよ。僕がいない時に勝手に家に転がり込んだ、鬱陶しい奴だ!」
勝手に転がり込んだ鬱陶しい奴ねぇ。
もしかしてジルミールは、あの時もう一度家族として迎え入れられたくて本家を訪れたのだろうか?
だとしたら馬鹿だな。
あんな態度とって過去のことを許してもらえると思っていたのだろうか?
「あんたが過去にしでかした話は父さんから聞いた。あんたが書いた日記も読んだ。イルミニオおじいちゃんとも、あんたに会えたらどうしたらいいか話あって決めたことがる」
「お、おじいちゃんと決めたこと?」
「とりあえず──」
右手で拳を作り左手で撃ち鳴らす。
乾いた音が響きジルミールが震え上がった。
「お前を一発ぶん殴る!で、その後ユリーネ母さんの前に引きずりだして謝らせる!」
「あ、謝る?僕が、ママに?」
「テメェ、まだユリーネにケーキの件謝ってないだろう!」
俺の誕生日会の時に乱入して、ユリーネが作ったケーキを台無しにしてくれたのを俺は忘れていない。
しかもジルミールはユリーネに謝らずに捨て台詞だけ吐いて帰りやがった。
俺はそれを許すことができない。
あの行為のせいでユリーネは傷付き体調を崩してしまったのだ。
だからジルミールをユリーネの前に引きずりだして絶対に謝らせる!
意気込む俺を見て少しジルミールは後ずさりするが、すぐに鼻で笑って強気の態度をみせる。
「ふん!兄に歯向かうなんて馬鹿なやつだ。後ろの子供たちを守りながら、僕たち全員と戦うつもりなのか?」
俺の後ろに控えている子供たちのことを言っているらしい。
さっきから一言もし喋らずじっとしている。
「お前一人で子供たちを守りきれるのかなぁ?」
「おい、ちょっと待て……ガキども、さっきからピクリとも動かないぞ」
教団員がドヤ顔をしているジルミールを遮り子供たちを注視する。
その指摘に他の教団員たちも先程から一言も喋らず、微動だにしない子供たちを見て不審がっている。
どうやら、小細工はここまでらしい。
「風よ」
両手にマナを込めて風魔法を発動させる。
大部屋を風が吹き荒れ、甘い匂いと一緒に部屋から出て行った。
「なっ、なんだ!?……こ、子供たちは!?」
風に目を瞑っていたジルミールたちが再び眼を開けると、俺の後ろにいたはずの子供たちが全員姿を消したのだ。
大部屋にいるのは俺とジルミールと教団員たちだけだ。
目の前から子供たちの姿が消えてジルミールたちは驚き戸惑っている。
「ガキどもが消えたぞ!?」
「ど、どういうことだ!?一体何をしたんだクロノス!?」
狼狽えるジルミールたちに笑いを押し殺していると、バタバタと大勢の足音が聞こえる。
続いて大勢の雄叫びも。
その音に俺は不敵に笑みを浮かべた。
✳︎
牢屋から出る数十分前──
「良いこと思いついた」
妙案を思いつき俺はベルにそう言った。
どんな案を思い浮かべたのかとベルたちが食い気味に聞いてくる。
「何か思いついたんですか!?」
「ベル、幻惑効果の匂いをマナが切れるギリギリまで出してくれ。それを教会内に充満させる」
「でも、匂いが広がるには時間が……」
「それを短時間で広げる方法を思いついたんだ」
俺は立ち上がるとマナを込めて風魔法を発動させる。
牢屋の中にふわりと静かな風が起き、俺の周りを渦巻いている。
「風魔法をこの威力に留めて常に発動させておく。そしてこの風に幻惑効果のある匂いを乗せるんだ。後は簡単、匂いを纏ったまま教会内を走り回って匂いを拡散させるんだ」
「もしかして、それって……」
「そ、俺が囮になって教団員を惹きつける。そして幻惑にかかった奴らを誘き寄せている隙にベルたちが正面玄関から脱出するんだ」
「無茶ですよそんなの!」
良い作戦だと思ったんだがベルが勢いよく立ち上がり止めようとする。
駄目かなこの作戦?
割と今できる中で一番確実に脱出できる作戦だと思うんだけど。
「上手く行けば確かに私たちは脱出できるかもしれませんけど、囮になったクロノス君はどうするんですか!?」
「まぁ、囲まれるか追い込まれるだろうね」
「そんな他人事みたいに……危険過ぎます!」
ベルの言う事はもっともだ。
この作戦は囮になった人間は必ず追いかけられ続けなければならない。
なんせ常に匂いも風で纏って拡散し続けなければならないいけないのだ。
もし匂いが信者たちに届いてなければ、すぐに囮だとバレてしまう。
だけど、この大人数の子供を引き連れて脱出なんて俺には無理だ。
それにいつまでもここで押し問答している訳にも行かない。
もし見回りが来て見つかったら、俺たちも仲良く生贄にされてしまう。
外で待機してるジェイクたちだって、俺たちがいつまでも出てこなければ突入作戦に切り替えるかもしれない。
まぁ神様がまだ向こうにいるのなら止めてくれはするだろうけど。
どちらにしても、俺たちにはあまり時間はないのだ。
ならば多少危険でも、それでクラウラや他の子供たちを無事に逃がせるならその方がいい。
「ベル。元々ここに潜入する時点で、ある程度の危険は承知の上だ。いつ見つかってしまうかもしれないこの状況で、できるだけ留まることは避けたいんだ」
「それは……そうですけど」
「俺は騎士の家の子だ。対人戦の訓練は受けてるし、そこらの子供よりかは強い自身はある。だから大丈夫だ」
まだ何か言いたそうなベルに大丈夫だと念を押すと不満そうにしながらもベルは頷く。
「俺が囮になっている間にベルは皆を連れて外に脱出してくれ」
「わかりました。すぐに騎士団の皆さんを連れて戻ってきます」
✳︎
そして俺はベルがマナを込めて作った幻惑効果のある匂いを風魔法で纏った。
後はひたすら教会内を走り回り、幻惑効果を撒き散らしながら見張りをここまで引き連れてきたのだ。
聞こえてくる雄叫びからして、ベルたちは上手く脱出できたのだろう。
「悪いなジルミール。俺たちの勝ちだ!」
勝利宣言と共に何十人もの鎧を纏った者たちが駆け下りて来る。
その集団を先導しているのは、バルメルド家の大旦那様イルミニオおじいちゃんだった。
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次回投稿は明日22時です!




