第六話 脱鼠大蛇に喰われる
「ボス、助け……ぎゃぁぁぁぁ!」
「ラットォォォォン!」
ゲイルに助けを求めた部下がまた一人大蛇の餌食となった。
大口を開けた大蛇にペロリと一飲みされてしまう。
その光景に恐怖し俺は全速力で逃げ続ける。
「大きすぎんにも程があんだろ!!何なんだよあれは!!」
迫ってくる大蛇を夜目が利く能力を持つ濃褐色の右眼で凝視する。
見た目は普通の蛇なのに大きさが桁違いだ。
この縦穴とほぼ同じ大きさでギリギリ通れるぐらいの胴体の幅だ。
もしやこの穴を開けたと言う魔物もあの大蛇のことなのだろうか?
「走れ走れ!止まったら喰われるぞ!」
ゲイルが部下の尻を叩く。
四人いた部下も今は二人しか残っていない。
先に走り出した俺の後ろからじりじりと追いついてくるゲイルたち。
さらに後ろから大蛇が迫ってくる。
やはり子供の身体では大人のゲイルたちにも大蛇にもいずれ追いつかれてしまうだろう。
でももう少しであの分かれ道まで戻れる!
そしたら出口まで一気に走り続ければ助かるかもしれない!
絶対こんな所で喰われてたまるかチクショウ!!
ひたすら前を向いて走り続ける。
幸い夜目が利く右眼があるおかげで地面がよく見えるので転ぶことはない。
サンキュー神様!
でも生き残れたら後で握り潰すけどな!
よし、もう少しで分岐点に出れ
「うわっ!」
縦穴の終わりが見えた瞬間俺は盛大に転んだ!
しかも何もない所で!
足がもつれてしまったのだ。
硬い地面の上にダイブするように倒れた。
受け身も取れずに倒れたからめっちゃ痛え!
でも痛いとか気にしてなられない。
すぐ走らないとあいつが……いない?
振り返ると大蛇の姿が消えていた。
転んだ拍子に意識が途切れ右眼の能力が止まっていた。
そのせいで見えなくなったのかと思ったのだが、先程まで見えていたあの黄色く鋭い眼光がなかった。
諦めたか二人飲み込んで満足した?
いやそんなはずはないだろ。
大蛇にとって俺たちは格好の餌。
しかもここは奴のテリトリーだ、まだ諦めるには早すぎる。
ならあの大蛇は一体どこへ?
「邪魔だガキ!ボーっとしてんじゃねぇ!」
ゲイルの部下二人が地面に倒れたままの俺の脇を通り抜け追い越す。
まだ彼らは後ろから迫っていた脅威が消えたことに気づいていない。
でもいなくなったのなら好都合。
すぐに出口に続く縦穴まで──
「お前ら上だ!」
最後尾を走っていてまだ俺を追い抜いていなかったゲイルが叫ぶ。
一瞬意味が分からずにいると、がぶっと何かに齧りつく音が耳に響く。
何の音かと前を向くとさっきまで道があったはずの通路に壁ができていた。
いやこれは壁じゃない!
鱗だ、あの大蛇の鱗だ!
俺は尻餅をついて慌てて後ろに下がる。
大蛇にまた一人飲まれたのか悲鳴が聞こえ、喉が蠢きごくりと飲み込まれたのがわかる。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
大蛇の向こうから怯えた男の声が聞こえる。
俺を追い越した二人の内の一人だろう。
足音が遠く離れていく。
それを追うように大蛇がするすると男の後を追いかけていく。
一体どこから現れたのかと思ったら天井に穴が開いている。
あの大蛇は逃げる俺たちを捕まえる為に先回りしていたのだ。
もしこの場所で転ばずに走り続けていたらと思うと恐怖で全身から汗が噴き出る。
背後にいたゲイルが舌打ちしながら大蛇の後を追いかける。
俺も慌てて立ち上がるとその後ろに続いた。
縦穴を抜け先程の分かれ道の空間に出る。
俺たちより先に出ていた最後の部下の男は右に左に逃げ回っていた。
だが大蛇はその体躯を生かし先回し逃げ道を塞ぎ、次第に部下の男は大蛇の円状に伸ばした胴体の 壁に阻まれ完全に退路を塞がれた。
「ボ、ボスぅぅぅぅ!助けてくれぇぇぇぇ!」
男がゲイルに助けを求める。
だがこの距離ではもう彼を救う事叶わない。
徐々にとぐろを巻き獲物を追い詰め、大蛇は大口を開け、男を頭から飲み込んだ。
男の悲痛な叫び声が木霊する。
俺もゲイルもただそれを黙って見ていることしかできなかった。
「く、くそ……くそォォォォ!!」
部下を全員捕食されゲイルが怒りの声を上げる。
腰に備えていた鞭を取り出すと走り出し、大蛇の胴体に鞭を振るう。
「この蛇野郎がァァァァ!!」
振るわれた鞭は大蛇の胴体に叩きつけられ乾いた音が響く。
だが厚い鱗に覆われた大蛇の皮膚には何のダメージも与えられていない。
それでもゲイルは鞭を振るい続けた。
飲み込まれてしまった部下たちの為に鞭を振るうの止めなかった。
今だ!大蛇がゲイルに意識を向けてる間に出口まで走れば!
隙を突いて俺は出口に続く縦穴へと走り出す。
しかし大蛇はこちらの動きに気づくとゲイルを尾で振り払い、縦穴の前を塞ぐように俺の目の前に先回りしてきた!
「シャァァァァ!!」
「ぐっ……!」
大蛇に立ち塞がれ威嚇され、俺はたじろぎ後ずさる。
どうやら俺みたいな小さな子供でも餌である以上逃がすつもりはないようだ。
やばい……このままじゃ本当に死ぬ!
どうする!?どうすりゃいいんだ!?
出口のある穴は塞がれてる。
その隣の穴に逃げ込もうものならあの大きな口でペロリと食べられてしまうだろう。
真ん中の穴はさっきまで大蛇がいた巣だ。
きっと外へと続いてはいないだろう。
そうすると五つある穴の内、残り二つのどちらかに逃げ込むしかない。
だがどちらも奥まで覗いていないので、もしかしたらどちらも行き止まりかもしれない。
でも、ここで迷ってる暇はない!
「シャァァァァァァァ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
俺を飲み込もうとする大蛇から咄嗟に飛び退き、そのまま全速力で穴へと向かって走り出す。
「おっさん!一番奥の穴に走れ!」
大蛇の尾に払われ倒れていたゲイルに叫ぶ。
いくら人攫いとは言え、このまま見捨てて行くのは心苦しい。
できることなら一緒に逃げて欲しい。
ゲイルは悔しそうに顔を歪め、拳を地面に叩きつけると立ち上がり走り出した。
俺が示したのとは別の縦穴へ。
「なっ!?」
別の縦穴へ逃げ込んだゲイルを見て驚く。
何故俺が言ったのとは違う道を選んだんだ!?
いや、ゲイルからして見れば子供の俺の言葉など聞く気はないのだ。
しかもさっき俺は大蛇が潜んでいた穴へと逃げ込んだ運の無い子供なのだ。
そんな子供が言った道とは別の道を選ぶのは当然と言えば当然だ。
一瞬ゲイルの後を追おうかと思ったが、そっちがそうなら!と思い俺は一番右奥の縦穴へと走り込んだ。
縦穴に走り込み後ろを振り返る。
しかしそこに大蛇の姿はなかった。
もしかしてゲイルの方に行ったのか?
続けざまに隣の穴に逃げたゲイルの悲鳴が聞こえる。
やられた!ゲイルも喰われたのか!?
俺が逃げ込んでから悲鳴が聞こえる感覚は短かった。
おそらくゲイルの逃げ込んだ穴は行き止まりだったのだろう。
でももし行き止まりなら、あの大蛇が穴の中から出てくるのに時間がかかるはず。
今なら戻って出口のある穴に入れるんじゃないか!?
そう考え方向転換しようと踵を返した途端、奇妙な浮遊感に襲われた。
「えっ……ええっ!?」
足が地面に着かない。
体が後ろに倒れていく。
穴だ、地面に穴が空いていたんだ!
しまった!また上から襲撃が来ると思って足元にまで注意を払ってなかった!
身を投げ出すような形で落とし穴に落ちていく。
俺は穴の中を転げ落ちるようにして落下していく。
「うわぁぁぁぁ!?」
悲鳴を上げながら穴の中を転げ落ちる。
もはやどちらが上でどちらが下かさえわからない。
しばらく穴の中を転がり続けると終わりが来た。
転がっていた俺の体はそのまま宙に放り投げられる。
制止の効かない空中で俺は地面に叩きつけるられるのを恐れ頭を押さえ丸くなる。
だが覚悟していた痛みとは別に、全身を覆う冷たい感覚に驚き目を見開く。
そこは光が降り注ぐ澄んだ世界が広がっていた。
水だ。俺は水の中に落ちたのだ。
上を見上げると水面から太陽の光りが降り注いでいるのが見える。
俺は無我夢中で水中の中で手を掻き水面を目指す。
酸素が足りない、空気が欲しい、まだ死にたくない。
その一心でひたすら手を掻き続ける。
次第に目に映る光が強くなっていく。
その光を求め俺は精一杯に手を伸ばした。
伸ばした手が光を掴みかけたその時……俺の意識は遠く離れていった。




