第五十九話 実父と実子
今回はジェイクの視点でクロノスがその都度弄る構成です
語り手:ジェイク 弄り手:クロノス
ジルミール──あの子が産まれたのは今から十八年前だった。
当時私はライゼヌス騎士団本部に勤めており、王都郊外に現れる魔物の討伐を主な任務とする部隊に所属していた。
「ジェイク!」
「あ、ご無沙汰しております。お義父さん」
「ここは家ではない。団長と呼べ」
「申し訳ありません。イルミニオ騎士団長」
ユリーネと結婚し、バルメルド家の婿養子として迎え入れられた私は本家で暮らしていた。
「また詰所に泊まったのか?たまには家に帰ってユリーネに顔を見せてやれ」
「すいません。分かってはいるのですが、魔物が出現した時はすぐに出動したいので」
しかし仕事柄、出動や緊急招集で家にいることは殆どなかった。
月に一回か二回、屋敷に戻れるぐらいだったよ。
『とんだブラック勤めですね。そんなのでよく身体壊しませんでしたね』
若かったからね。
今思うと随分と無茶な生活をしていたと自分でも思うよ。
でもユリーネは毎日、手作りの弁当を持ってきてくれて顔を合わせていたからね。
辛くはなかったよ。
『ひえ〜あっち〜』
ユリーネも私の仕事のスタイルに理解してくれていた。
よく帰ってこいと小言を言われることもあったが夫婦仲は円満だった。
喧嘩もしたことなかったし、何より私が仕事人間なのも理解してくれていた。
だから私は、妻と妻の住むこの王都を守る為に魔物と戦い続けたんだ。
年の殆どを詰所で過ごしながら、魔物討伐に明け暮れる生活を三年近く過ごしていたある日、
「ジェイク!聞いて聞いて!」
「どうしたんだユリーネ、そんなに慌てて」
「できたの!」
「できた?できたって何が?新魔術の構成でもできたのか?」
「そうじゃなくて!赤ちゃん!私妊娠したの!?」
「え?妊娠って……ほ、本当か!?本当なのか!?」
「嘘つく訳ないじゃない!私とあなたの子供よ!」
ユリーネから妊娠の報告を受けた時の事は今でも忘れられない。
あの時は本当に嬉しかった。
我を忘れて喜びのあまり叫んでしまう程にな。
『お義父さんが喜びのあまり叫ぶって、その姿想像できないんですけど。ちょっとここで再現してくださいよ』
勘弁してくれ、もうそんなことする歳じゃないんだ。
それでユリーネの妊娠が発覚してからは、少し生活環境を改めた。
なるべく家に帰るようにもしたし、仕事も減らした。
ユリーネが出産を終えるまではなるべく傍にいるのを心がけた。
『夫の鑑ですねお義父さんは。で、その出産で産まれたのが』
ジルミールだ。
産まれてきたのが男だと分かると皆大喜びだったよ。
特にイルミニオさんは孫の顔を見るのと次期跡取りが同時だったから、誰よりも喜んでいた。
「おぉおぉ!男の子だぞ!見てみろユリーネ、お前そっくりの可愛い子だぞ!」
「お父様、そんなに大きな声出さないの。ふふふ、目元はジェイクそっくりね。ほら、あなたも抱いてあげて」
「お、おお……」
初めて抱える赤ん坊を、私はおっかなびっくりしながら抱き抱えた。
腕に感じる温かさと重み、私と妻の面影を残した無垢な表情──俺はこの子が安心して暮らせるようにしてあげたいと思った。
「ジルミール。立派に育て、お前は俺が守ってやる」
初めて持つ子供に、俺は決意を新たに騎士団の仕事に励んだ。
ちょうどその頃、魔物の大軍勢が大陸に出現し、俺はその討伐任務に就くことになった。
また詰所で寝泊まりし魔物を討伐し続ける日々に逆戻りだ。
しかし嫌気が差したことはない。
大切な家族を守る為、そう思えば戦い続ける理由にも生き残る理由にもなった。
しかし家族の元に帰るのが数年に一回になって、ジルミールの世話はユリーネとサティーラやメアリーたち任せとなってしまった。
本当はもっと家族と共に過ごして、ジルミールと接してやるべきだったのかもしれない。
でも当時の俺は、家族を守る為ならそれも仕方のないことだと思い込んでいたんだ。
『その魔物の大軍勢の討伐って、何年ぐらいかかったんですか?口振りからして一年とか二年じゃないですよね?』
最終的に群れを統率していた魔物を討伐出来たのは、ジルミールが産まれてから八年近く経ってからだ。
俺はそれまで、ジルミールとは年に一回程しか会っていなかった。
顔を合わせた回数も片手で数える程しかない。
久々に会っても顔を忘れられていた時もあった。
『ウッワ、それ辛そ〜……』
だが討伐戦が終わってからは俺はジルミールと会えなかった分ずっと傍にいるつもりだった。
イルミニオさんにも頼んで騎士団の仕事を休ませて貰って、事務作業も家でできるようにして、八年間親らしい事をしてやれなかった分の埋め合わせをしてやろうと……。
八歳のジルミールは初等部の二年生だった。
ところがジルミールは、学校の成績が悪いということがわかってな。
あいつはかなりの勉強嫌いだった。
学年の成績は下から数えた方が早い。
それに加えて運動も得意ではなかった。
剣の腕もからっきしで、同世代の子供に喧嘩で勝ったことも……それどころか喧嘩したことすらなかった。
最初はジルミールは優しい子だから、喧嘩をしないものだと思っていた。
だが本当は人との衝突を避ける為にのらりくらりと逃げているだけと分かった。
ジルミールがそんな性格になった原因はすぐにわかった。
八年間、誰もジルミールを叱った事がなかったんだ。
『あぁ、甘やかされて育ったんですね』
そうだ……そのせいか、あいつは人と意見をぶつけたり、誰かと競い合うことをしようとはしなかった。
失敗を怖れてそれを後回しにし、上手くいかなくても仕方ないと諦めてしまう。
そんな子に育ってしまっていたんだ。
俺は、このままではジルミールはバルメルド家の次期跡取り候補として相応しくないと思い、あいつを鍛え直すことにしたんだ。
まずは生活態度を改めさせ、剣術も一から教えた。
時間を決め、一日の大半を勉強と稽古に回して遊ぶ時間はほとんど与えなかった。
甘やかされていた分厳しく、自由だった分束縛し、あいつを立派な騎士の家の子にしようと俺は必死に取り組んだ。
誕生日も祝いの言葉ぐらいしか贈らずに。
だが、それでもジルミールの成績も剣術も態度もまるで変化がなかった。
だから俺はもっと厳しくする。
心を鬼にして、ジルミールを追い込み続けた。
嫌われても構わない。
俺が強く当たれば、あの子はその悔しさをバネにきっと強くなるだろうと勝手に思い込んで……。
でも実際には上手くいかなかった。
俺が怒り叱っても、あいつは変わらなかった。
むしろ、余計に諦め癖が強くなっていって、初等部を卒業する頃には学業は学年最下位になってしまっていたよ。
『悪循環ですねぇ。叱れば叱るだけ、ジルミールはもっと駄目になっていったんですか』
もう俺には、どうすればいいのか分からなかった。
イルミニオさんにもジルミールの教育について常に小言を言われ、ジルミールを矯正しようとしてもあいつは何一つ変わらない。
ユリーネには厳しく当たり過ぎではないかと言われ、使用人たちにも怖れられてしまう始末だ。
最悪な状態だったよ。
……でも、中等部に入学してからしばらくして、ジルミールが嬉しそうに俺に言ってきた。
「パパ、僕学校で友達ができたよ!」
って……初等部ではあまり友達がいなかったこの子に友達ができた。
しかもすごく嬉しそうな顔で報告してきた。
一緒に暮らし始めてからあんなに嬉しそうな顔をするジルミールを見るのは俺も初めてだった。
だから俺は、ジルミールにもっと友達を作れと言い聞かせることにする。
ジルミールに友達がもっとできれば、もしかしたらこの子の中で何かが変わるかもしれない。
そう思って、俺はジルミールに大勢の人付き合いを強く薦めた。
毎日の様にジルミールは新しい友達ができたと報告してきた。
成績と剣術はあまり上達はしなかったが、少しずつだが向上もしてきた。
このまま見守ってやれば、中等部を卒業するまでには一般的な学力と剣術のラインには到達できるだろうと、内心安心していたんだ。
しかし──中等部の中間期が過ぎた頃に、あいつの言う『友達』と言う言葉の意味を俺は知った。
夏が過ぎてジルミールの十二歳の誕生日が近づいてきた頃だ。
頑張っているあの子を褒めようと、ユリーネやメイド長のサティーラやメアリーたちと誕生日会を計画していた。
その頃にはユリーネの姉妹も結婚していて子供もいた。
俺たちはジルミールに内緒で誕生日会を計画して、クラウラちゃんたちに屋敷でジルミールの相手をするように頼んだ。
そして、買い出しをして屋敷に戻ってきた時に俺たちは見つけてしまった──メイドを強姦するジルミールを。
「な、何をしているんだ……ジルミール……」
「あ、お帰りなさいパパ。なにって、見ての通り遊んでるんだよ」
屋敷に残し、一緒に遊んでいたクラウラちゃんが部屋の隅で震えて泣いていた。
面倒を任せていた使用人が、半裸になってジルミールに組み伏せられていた。
その中で一人、笑ってこちらを見ていたのは自分の息子だった。
「だって、僕とこの子は友達だもん」
「……ッ!ジルミールぅぅぅぅ!!」
俺はその日初めて……自分の息子を殴った。
最近今期アニメのマキャヴェリズムにハマってるんですけど鬼瓦さん可愛すぎません?
次回投稿はいつも通りですん




