第五十四話 同郷のよしみ 前編
ゴールデンウィーク———でも、アイツは俺なんかを庇ってッ・・・!ミッションしてる私。皆みたいに連休取ってパーっとファイナルファンタジーに行き、”渇き”を癒やしたいなァ!(ノムリッシュ翻訳より)
夕陽が傾き始めた頃、俺はまだ帰らずにライゼヌス城の一室にいた。
サカタと名乗る俺と同じ地球からこの世界に来た彼にこの部屋で待っていて欲しいと案内されたのだ。
暇を持て余しながら待っていると、十分程でサカタが迎えに来た。
「すまない、待たせたね」
「いえ、すいませんお仕事が立て込んでる時に来たみたいで」
「この時期はどこの部署も立て込んでるからね。さぁ、こちらに来てくれ」
部屋を出てサカタの案内で城内の廊下を並んで歩く。
巡回中の兵士と何度かすれ違うと、皆一様に立ち止まり頭を下げてサカタに挨拶している。
どうやらサカタはかなり高い地位の人物のようだ。
「サカタさんって、もしかして結構な地位の人ですか?」
「ああ、ライゼヌスの学問・教育の指導鞭撻をしている。文部科学大臣みたいなものだ」
「めっちゃ重役じゃないですか!」
そうか〜、道理でこの世界の学校のシステムに覚えがあるはずだ。
奨学金制度とかは元の世界のを使ったのか。
てことは、他にも前の世界で見覚えがあるのはこの人が……。
「それで、サカタさんはどうしてこの世界に」
『待った。こんな人の多い場所で話すようなことじゃない。日本語で頼む』
『うぃっす』
この世界の共通語から日本語に切り替えて了承する。
するとサカタは少し嬉しそうに天井を見上げた。
目尻には涙が浮かんでいる。
『あぁ……異国の地で、故郷の言葉が通じる者と出逢えるのがこれ程までに嬉しいとは……!』
『異国っつーか、ここ異世界ですけどね』
だが俺にもサカタの喜びは理解できる。
俺だって、この世界に来てから同じ国の言葉で話せる相手と出会えたのは嬉しい。
しかし彼の場合、こちら世界に来てからもう随分と長い時間を過ごしたのだろう。
そんな俺と彼では喜びの度合いが違うのだ。
一応神様のギルニウスとは日本語は通じるが、あれは神様だから感動はしない。
『ところで最初の質問に戻るんですけど、サカタさんの名字は?漢字はどう書くんですか?』
『坂道の坂に田んぼの田だ』
『オッケー覚えましたぜ』
『くっ……漢字の意味が伝わるのは当然なのに、こんな、こんな……!』
『わかったから、一々目に涙を溜めないで下さい坂田さん!俺が泣かしたみたいに見えるじゃないですか!』
日本語で会話が成立する度に目に涙を浮かべる坂田。
さっきからすれ違う兵士が何事かとこちらを凝視してくるのでたまったものではない。
坂田はハンカチで涙を拭うと謝る。
『あぁ、すまん。私自身、こんなに涙脆いとは思わなかった』
『しかし驚きましたよ。こんなところで、同じ世界出身の人間に会えるなんて』
『私もだよ。この世界に来て二十年……同じ日本人に会えたのは』
二十年か……あれ、見た目と年数が合わなくね?
『坂田さん今いくつですか?見た目四十代近くに見えますけど』
『今年で四十六歳になる。この世界に来たのは二十年程前だ』
『は、え、ちょっと待ってください?坂田さんはこの世界に転生したんじゃないんですか?』
『いいや、違うよ。私はこの世界に二十代の頃に連れてこられた。何と言ったか、その何とか転生ではなくて……』
『異世界転移──元の世界から別の世界に迷い込む事象ですね』
『そう、それだよ。それに遭ったんだ。以来この世界で生き続けている』
なるほど、俺とは違うパターンか。
二十代で転移とかツイてないな……。
『それは……災難でしたね。向こうでの生活もあったでしょうし』
『災難とは思っていない。むしろ良かったと思っている』
『帰りたいと思わないんですか?元の世界に』
俺の質問に坂田の足が止まる。
窓に目を向けると地平線へと落ち始めている夕陽を遠い目で見つめる。
『私は前の世界では、あまり上手くいってなくてね。そんな時にこっちの世界に来たんだ。最初は日本に帰ろうと必死だったが……まぁ、その、ここで生きていくのも悪くはないんじゃないかと思い始めてな』
『それでこの世界で生きて行くのを決めたんですね』
『まぁ、そんなところだ』
坂田は小さく笑いまた歩き始める。
俺は遅れないように、また彼の隣へと足早について行く。
『最初は不自由に感じたこの世界も、慣れると前の世界よりも自由に感じた。そう思えるようになったら、ここでの生活も好きになっていたんだ』
『そうですか……』
きっと色々な出来事があったのだろう。
その中で彼はこの世界での生き方を見つけられたのだろう。
まだ俺が見つけてない答えを。
『君は?どうしてこの世界に?』
『俺は転生です。前の世界で死んでしまいまして』
『そうか……君も君で最悪な形でここに来たのか』
『ええ、童貞のまま死んでしまいまして』
『あぁ……それは何と言うか……』
俺の言葉に坂田は口籠る。
同じ男としてその無念に共感してくれたのだろう。
『事故に巻き込まれて、瓦礫の下敷きになっちゃいまして』
『痛いで済むのかいそれ?』
『まぁ、その時にギルニウスに声をかけられてこの世界に転生したんです』
『そうだったのか』
『だから驚きましたよ。こんなところで同じ世界の、しかも同じ国の出身者と出会えたから。多分いるだろうなぁとは思ってたんですけどね』
『私も同じ世界の人間がこの世界に来ているとは感じてはいた。実際に会えたのは君が初めてだけどね』
『他にもいたんですか?この世界に来てた人が?』
『あぁ、先人たちは自分たちの知識を使い繁栄を支えてきた。私はそれを引き継いで、崩さないように調整しているのさ』
てことは、俺たちよりももっと昔から転生者や転移者がこの世界に来てたのか。
神様め、そんな大事な話を何故しなかったんだ。
『だから君の様に、生きている同郷に出逢えたのは本当に奇跡なんだよ』
『じゃあ、俺と坂田さん以外にこの世界で生きてる同郷は、もういないんですか?』
『……いや、もう一人いる。その人は日本人ではないけどね』
『その人は今どこにいるんですか?』
『これから行く先だ』
坂田が足を止めて窓の外を示す。
示された先は離れの塔だった。
その時、塔の頂上の窓から黒煙が勢いよく噴き出した。
狭い塔から漏れ出す煙を見て坂田が呆れている。
『またやってるな……』
『何をしているんですか、あの塔で?』
『実験だよ。塔に住み込みで魔法の研究をしている。この世界で『写真』の技術を造ったのも彼女だ』
坂田はそう答えると再び歩き出す。
王城から離れの塔まで続く渡り廊下を通り塔の内部に入る。
塔の中は螺旋階段となっており、暗い内部を窓から射す夕陽だけが足元を照らしてくれる。
『そうだ、彼女に一つ言っておかなければならないことがある。くれぐれも対応には気をつけてくれ』
『女性なんですか?』
『ああ、だが……かなりの人間不信でな。かなり扱いが厄介なんだ』
そういうや、『写真』の技術を造った人物はかなりの人嫌いたと聞いたな。
せっかく同郷と会えるのだ。
その人とも仲良くしたいし気をつけよう。
螺旋階段を上り終わると、この世界では珍しい鉄製のドアを見つける。
坂田は鉄製のドアの前に立つと三回ノックし、
「私だ、坂田だ。開けてくれ」
「──合言葉は?」
鉄のドアの向こうから、この世界の言語で少女の声が聞こえる。
しかもかなり幼気の声色だ。
もしかして、俺より年下?
合言葉を問われ坂田は面倒くさそうに溜息を吐く。
『そんなものはない』
ガチャリとドアの鍵が開く音がした。
え、今のが合言葉なの!?
いくらなんでも適当すぎない!?
でも日本語で答えてたし、この世界ではある意味有効なのか?
ドアを開けて部屋に入る坂田。
その後に続き、俺も部屋と足を踏み入れ──
「部外者は出て行け」
威圧が込められた少女の声が聞こえる。
次の瞬間、俺の目の前に夕焼け空が広がっていた。
「は?」
何が起こったのか理解できず口を開ける。
外に追い出されたのか?
と言うか、やたら風の抵抗を受けるんですけど……って、これ俺の身体が宙に浮いてる!?
「はぁぁぁぁ!?」
意味がわからず声を上げていると俺の体は落下していく。
そのまま水面に叩きつけられ、どこかの池の中へと沈んでしまった。
慌てて水面を目指して浮上する。
なんで俺水の中にいるんだ!?
さっきまで塔の中にいたはずなのに!
ここはどこだと辺りを見回すと、王城の中庭だとわかる。
先程まで居た塔のすぐ側にある池の中に落ちたらしい。
と言うか何故塔の中にいたはずなのに、俺は今の池の中に飛び込んだんだ?
まるで意味がわからんぞ!?
状況を把握できず困惑していると、塔の窓から白衣を着た少女が身を乗り出してきた。
灰白色の短い髪に眼鏡をかけ、高圧的な態度でこちらを見下ろしている。
「部外者は出て行け!ここは私の研究室だ!私の研究は誰にも奪わせんぞ!」
少女はまるで、親の仇であるかのような目つきで俺を睨んでいる。
ヤベェ……あいつ、この世界で会った人の中で一番厄介な人かもしれない。
明日も同じ時間に投稿されるよい




