第五十三話 花園の姫
毎話数が3000〜6000字の理由なんですが、個人的にこれぐらいが読みやすいからなんですよ
ライゼヌス王国の第一王女であるティンカーベル・ゼヌスが先日城下町で会ったベルだった。
いやもうそれだけでも十分驚きなんだけども、そのベルから王城に招待されたってのもかなり驚いた。
城の庭園で紅茶とクッキーをご馳走になる。
ジェイクとユリーネは庭園の手入れ作業をしていた兵と一緒にお茶を楽しんでいた。
「あら、このクッキーおいしいですね!」
「姫様が作ったのは絶品ですよ!市販のよりおいしいんです!」
「なに?私に剣の稽古を?」
「はい!ジェイクさんの伝説は騎士学校でも有名でした!」
「その話は私にとって黒歴史だからやめてくれ……」
二人ともだいぶ馴染んでらっしゃる。
兵に囲まれる二人を遠目に俺はベルに誘われて庭園を回っていた。
「この花は春にしか咲かない花なんですよ」
「へぇ、どことなくチューリップみたいな──」
「そう!その花はチューリップって言うんですよ!」
「え……本当にチューリップ?ちなみにあそこの赤白い花、カーネションって名前じゃないよね?」
「正解です!じゃあ、あちらに咲いてるのはわかりますか?花弁が赤くて中に黄色い」
「それは椿です」
「当たりです……!クロノス君、お花に詳しいんですね!」
「詳しいっつーか、見慣れてる?」
どの花も前世ではよく見かけた花だ。
カーネションなんか、母の日には毎年親に送っていた……と思う。
前世の自分に関する記憶はないから、確かとは言えないけどそんな気はする。
「この庭園にあるお花は、大陸全土から取り寄せたんですよ」
「わざわざ取り寄せたのか。ベル……ティンカーベル王女殿下はお花が好きなのですね」
危ない危ない、つい癖でタメ口で話してしまう。
昨日の癖が抜けていないな。
慌てて王女殿下と呼ぶと、彼女は複雑そうな顔でこちらを見ていた。
「すま……せん。昨日の癖がまだ抜けないんだ、です」
「いいえ、構いません。むしろ昨日と同じように接してください」
「いやいや、流石にそれはマズイでしょう?王女に対して王国に仕える騎士の家の子供がタメ口なんて」
「お友達なら普通のことです。それとも……私とお友達になるのは、嫌でしょうか?」
その言い方ズルーい!
これで断ったら後味悪いし俺が意地悪したみたいになるじゃないか!
もし断ったらあそこで談笑している兵士たちに殺されてしまうかもしれない!
「わ、わかったよ……呼びます!呼ばせていただきます!これからもよろしくなベル!これでいいんだろ!?」
「はい!お友達としてこれからも仲良くしましょう!」
なんだか上手く転がされたみたいで納得いかないが、もう本人がそう望んでるのならそうしよう!
うん、もし誰かに何か言われても王女様直々のお願いなら仕方ない、仕方ないな!
「で、ベル?話の続きなんだけど、ベルは花が好きなんだよな?」
「好き、ですけど……少し違うかもしれません」
「なんでだ?こんな庭一杯に花を植えて育ててるんだ。好きじゃなきゃ、こんなに綺麗な庭園は作れないだろう?」
俺の質問にベルは苦笑いを浮かべる。
少し言葉を考えるとゆっくりと口を開いた。
「私にはアラウネの血が半分流れています。アラウネにとって花とは友達のなのです」
「友達?言葉は通じてないのにか?」
「私には聞こえているんです。花たちの言葉が」
花の言葉が聞こえるのはアラウネの特性か。
そういや、精霊を使役し魔法を使う精霊師は自然や動物の声が聞こえると本で読んだことがある。
それと同じようなものだろうか。
「私、普段はお城から出ることを許されていないんです。外に出れるのは週に一回の教会へのお祈りの時だけ……ですから、同年代のお友達はいないんです」
「そうなのか?王族なんて、貴族と繋がりが多いから友好関係は広そうだって思ってたけど」
「もちろん仲の良い人たちはいます。だけど、皆さん歳が離れていて少し遠慮してしまうんです。でも、花は遠慮はしなくていいと言ってくれますから」
彼女の抱えている悩みは複雑のようだ。
確かに貴族ならば礼儀を重要視されるだろう。
ましてや王族の娘とあらば、礼儀に対してはどんな子供よりも厳しく教育をされているはず。
そんな彼女にとって、礼儀や作法を気にせずに接することができるのは花だけなのだろう。
屈んで薔薇に微笑むベルを見て、俺は少し寂しさを感じた。
「それで、俺と友達になろうと強引だったんだな」
「強引、でしたでしょうか?」
「かなりな。ちょっと引いた」
断ったら首刎ねられるかと思って。
「ご、ごめんなさい!そう言えば、彼は友達になってくれるだろうって、ある方が……」
まぁたクソ神ァァァァ!
いや、しかしこれは許そう。
ベルが俺と友達になりたいと願うのを拒む理由もない。
「気にしてない。友達になりたいんだろう?なら、俺がベルの同年代の友達第一号だ」
「……はい!」
「しかし、俺もベルもまだ会ったばかりでお互いのことを知らない。だからベルのことを教えてくれ。俺も自分のことをベルに教えるからさ」
「もちろん。なんでも聞いてください」
ふむ、なんでもか。
でもあんまり突っ込んだ話を聞くと印象悪くするし、ここは無難な話題にしよう。
「初めて会った時から気になってたんだけどさ、ベルの頭……花が生えてるよな?それって本当に生えてるのか?」
「はい、これは生まれた時から頭に咲いてたそうです。その時はまだ蕾だったんですけど、体が成長すると共に花も成長して色も鮮やかになります。アラウネの特性だって聞いてます」
普通のアラウネは上半身が人間の体で、下半身は花で覆われている。
人間体と花は神経で繋がっており、切り離すと死んでしまうらしい。
するとベルの花も同じなのだろうか。
「へぇ、じゃあ大人になる時にはもっと成長してるのか。ちなみにそれって何の花?」
「ピンクファイヤーです。同じ名前の花もちゃんとあるんですよ」
「ピンクファイヤーか。いいな名前だな。色合いも綺麗だし、素敵な花だな」
「あ、ありがとうございます」
ピンクファイヤーを褒めるとベルが照れて顔を伏せる。
やっぱりアラウネなのもあって、自分のあって一部である花を褒められると嬉しいのかな。
「でも花だから、やっぱり枯れたりするのか?」
「ええ、私の身体に栄養が足りないと萎れたり枯れたりするそうです。それ以外で花が散ることはないそうですよ」
「ふぅん?やっぱり手入れとかするのか?」
「もちろんです。毎日虫が付いてないかとか、傷が付いてないかとかチェックしてます。雨の日や夏には特製の帽子を被って守るんですよ」
「うへぇ、めっちゃ神経使いそう」
そのあともベルは色んなことを教えてくれた。
頭を洗う時は髪と花は分けて洗うのだとか、元気な時は花がいつもより綺麗だとか色々だ。
とにかく自分の花に関する話題が多く、姿は人と同じでも彼女はアラウネの血を引いているのだとよくわかる。
アラウネにとって自分の花は己自身であり、己を映す鏡でもあるみたいだ。
「ごめんなさい。私ばっかり話ちゃって。クロノス君のことも教えてください」
「俺か?そうだなぁ」
ベルに俺のことを教える。
村にはレイリスとフロウと言う友達がいること、一緒に学校に通ってること、どんな遊びをしているのかを。
ベルは俺の話に興味深そうにずっと聞いてくれている。
「──で、その時レイリスと一緒に川に落ちてな。それが可笑しくってさぁ」
レイと遊んでた時の失敗談を話していると思い出し笑いをして少し笑ってしまう。
そんな俺を見てベルが小さく笑った。
「どうかしたか?」
「いえ、クロノス君はそのレイリスさんとフロウさんのことが大好きなんだなって思って」
「そういう風に聞こえる?」
「ええ、聞こえます。お二人のお話をしている時のクロノス君、すごく楽しそうですから」
そんなに分かりやすい態度で話してたかな?
ちょっと恥ずかしいわ。
「私も会ってみたいなぁ。クロノス君のお友達に」
「村と王都まで距離があるからな。難しいかも。でもいつか必ず紹介するよ」
「楽しみにしてます」
いつかベルにレイとフロウを紹介すると約束する。
あの二人ならきっと、ベルともいい友達になれるだろう。
特にレイは大喜びするかもしれないな。
「あぁ姫様、こちらでしたか」
約束をして笑い合っていると一人の男が現れた。
兵士ではない。
ガウンに四角いキャップを被る四十代程で少し頬が痩せこけている。
見るからに学者だ。
「サカタさん、こんちにわ。どうかされましたか?」
「家庭教師の先生が探しておられましたよ。そろそろお勉強のお時間ですよ、と」
「もうそんな時間でしたか!クロノス君、ごめんなさい。私はこれから他の予定がありまして……あまりにお話が楽しくて時間を忘れていました」
「そっか、構わないよ。話せて楽しかったぜ」
「せめて門までお送りいたします。送迎の馬車の手配を致しますね」
そそくさとベルが歩き始める。
あの様子だと家庭教師のことも忘れてたっぽいな。
その場に俺とサカタと呼ばれていた男が残される。
正直気まずい……おっさんと二人で取り残されてしまったんだけど、どうすればいいんだ?
ベルが来るまで待ってればいいのか?
どうしたもんかと困っているとサカタが横目でこちらを伺ったいるのに気づく。
ここは俺から声をかけるべきだろうか?
「……あの、なにか?」
「いえ、ベル王女様がお城に同世代の子を招くのは珍しいと思いましてね。いつも招待されるのは歳上か歳下なのでね」
「ベル……ティンカーベル王女様の周りには、歳の近い友達はいないのですか?」
「ええ、親類や懇意にしておられる知り合いは皆さん歳が離れていらっしゃいますからね」
「それはそれは……」
運がないと言うか縁がないと言うか。
俺なんて村に行けばレイとフロウ以外にも同世代の知り合いはいる。
学校にも友達はいるし。
「そういや、王女様も学校に通っているのでは?そこになら友達は……」
「さぁ、学校でのことは私は存じておりませんので」
サカタはそう言うと歩き出す。
目的を果たしたので移動するようだ。
「では私はこれで」
「あ、待ってください!」
背を向け歩き始めたサカタを思わず呼び止めてしまう。
だが、どうしても彼に確認したいことがあるのだ。
サカタは移動しようとしたのに呼び止められたことに少し苛ついたようで鋭い目つきで振り返る。
「まだなにか?申し訳ありませんが私にも用事がありまして、貴族であるあなた様のお相手をしている暇がないのですがね」
その態度に俺は一瞬尋ねるのを戸惑ってしまう。
もし間違ってたら更に相手を苛つかせてしまいそうだが──ええい、違ったらその時は謝ればいいか!
「あなたは、サカタ──というお名前なんですよね?」
「……そうですが、それがなにか?先程も言いましたが、私は忙しいので貴族様の相手をしている暇は
「サカタって、どんな漢字を書くんですか?」
苛つきを見せるサカタに割り込むように質問をする。
俺の言葉を聞いた瞬間、苛つき悪態をついていたサカタの表情が消える。
ハッとした顔で俺をじっと見ると何度か瞬きをし、確かめるようにゆっくりと口を開く。
『あなた、日本語はわかりますか?』
あぁ、やっぱり思った通り、この人は……。
様々な気持ちが俺の中で渦巻く。
しかし不思議と安堵感を覚え、俺は彼に答える。
『ばっかにしてくれちゃてぇ』
苦笑いしながら日本語で返す。
その答えに先程まで苛ついていた彼からは、怒りではなく安心感を感じた。
お互いの間に沈黙が訪れる。
しかし気まずいとか、苦しいなどの空気ではなく、そうか君もかといった奇妙な連帯感だ。
何も言わずに苦笑いしていると、どちらからか分からず小さく吹き出し笑い合う。
そうしているとベルが急ぎ足で戻ってきた。
「クロノス君、お待たせしました……?お二人とも、どうかなされましたか?」
戻ってきたら何故かお互いを見て小さく笑いあっている俺たちを見てベルが首を傾げた。
「ははは。いやぁ、なんだか可笑しくって」
「ふふ、そうですね。可笑しいですね」
「はぁ……?」
意味がわからずまたベルが首を傾げる。
サカタは笑いを押し殺すと俺の元まで来て肩に手を置く。
「姫様、彼をお借りしても宜しいでしょうか?」
「クロノス君をですか?でも、彼のご両親は馬車で待って」
「ご両親には私から説明をいたし、彼は私が責任を持ってお送りいたします。同郷との彼とは、結構長話になりそうですから」
サカタの言葉に頷く。
確かに彼とは語り合うことが多そうだ。
なんせ俺自身、同じ日本人と会うのはかなり久々なのだから。
明日も1日、投稿がんばるぞい!




